#38 グラードンの石像
フィルド達は野生のポケモンと戦いながらも『霧の湖』の探索を続けていた。周りは似たような景色が並び誰もが道に迷ったのではないかと思い始めていた頃。
「……ん?」
フィルドが急に立ち止まったのだ。
「どうしたの?」
「なんか……水が流れていると言うか……滝が落ちている音が聞こえてないか?」
フィルドが首を捻りながら言うと彼以外の全員が耳を澄ましてみる。
「……なんも聞こえねぇぞ?」
「そうね……」
「うーん……」
「ごめん、分からないや」
「あ……なんとなくだけど聞こえるよ」
シンラ、エレナ、キュベレー、ジュードは頭を振りながら答えるがリョウトはだけは聞こえたようだ。
「だよな。どこかに滝壺とかあるのか?」
「二人がそう言うならあり得るかもね……滝の音がどこから聞こえてくるのか教えてくれる?」
フィルドが腕を組みながら考えているとジュードが割って入ってきた。彼は返事をすると音がする方向に向かって歩き出し、キュベレー達もついていった。
「本当だ……滝が流れている音がするね」
「だな。それになんとなく湿っぽくなってきたような気がするなぁ」
やがて聞こえてきた滝の轟音に四人が各々と反応する。そして一行の足並みが止まったのは音が森全体に響き渡っていた時だった。
「たぶんここらへんが発信源だな」
「そうみたいだね……水滴が跳ねてくるし……」
「――――ヘイヘーイ!!」
「あれ……? 確かこの声って――」
辺りを見回しているとどこかで聞き覚えのある声が滝に負けないくらいの音量で木霊(こだま)した。やがて前方から見覚えのある影がフィルド達に向かって近づいてくる。
「あ、ヘイトス先輩!」
フィルドは正体に気付き、思いっきり手を振る。影も返すように両手を大きく振りながら近づいて来て、ようやくそれがヘイトスだという事が全員が気がついたのは彼がこちらに来て肩で息をし始めた時だった。
「ヘイ……ヘイ……お前達は見つかったか?」
「いや、まだ見つかってないですよ」
「ヘイトスさんは『霧の湖』が見つかったのですか?」
「湖は見つけてないけどよ……ちょっと気になるやつを見つけたんだ」
ヘイトスの質問にフィルドは頭を振ると少し肩を落とす。キュベレーが質問する前より答えは出ていた。しかし、ヘイトスは敢えて答えると意味深げに濁して踵を返して来た道をせかせかと戻って行く。どうやらついてこい、という意味のようでフィルド達も慌てて彼の後を追いかけた。
「お、ちゃんとついてきたか」
「いきなり行かないでくださいよ」
「出来るなら声をかけて欲しかったですね……」
先に着いていたヘイトスはついて来てくれた『サンライズ』に満足そうに頷くがジュードとエレナに勝手に行った事をつつかれるとシュンとしてしまった。
「あ、そうそう。これなんだが……」
「うわぁ……威厳がありそうな感じだね……」
しかし項垂れるのも一瞬のうちだったようですぐさまフィルド達に気になるものを自身のハサミで示した。そこにあったのは斜めに傾いたポケモンの石像で、風化の影響もあってか所々欠けていたり皹が入っている部分があった。
「見た事ないポケモンだな……」
「あぁ、それはグラードンだよ。その昔、大陸を広げた伝説のポケモンとして謳われているんだ。グラードンが近くにいれば日差しも格段に強くなるとも言われているね」
「「「へぇー」」」
「……あ、見て!」
ジュードが分かりやすく説明するとその場にいた全員がハモらせながら理解する。すると石像を調べながら聞いていたキュベレーが声を上げる。彼女に反応するように皆が集まるとそこには足型文字が刻まれているプレートのようなものが目に入った。
「ちょっと擦れている部分もあるから分かる所だけ読むね。――グラードンの命灯りし時……空が日照り……宝の道……開くなり――」
「そっか! これを解ければ宝が手に入るってことか!!」
「宝の道ね」
キュベレーが解読するとシンラは分かったように羽を打つ。そうな彼が言葉が間違っている事に気付いたエレナが言い直すとシンラは「そうそう、それそれ!」と何度も頷く。だが――
「だけどよ……グラードンの命って何だろうな」
ここでヘイトスが最もな疑問を言う。確かに宝の道に行くには解けば良いのだが、グラードンの命が具体的にどういうのか、全く検討がつかない。なのでフィルド達は意見を出し合う事にしてみる。
「グラードンの命を……灯せか」
「あの石像に何かを灯せばいいんじゃねぇか? 例えば炎とか」
「そんな単純な方法で解けたら苦労しないよ」
「そうだよね……うーん…………」
その場にいる全員が解く方法を一生懸命に考えているがいい案はなかなか出てこない。そんな中、フィルドが手がかりを掴むために石像に触れると――
(くっ……この眩暈は……!?)
『滝壺の洞窟』での探検以来、来なかった眩暈がフィルドを襲う。そして、視界が黒く塗り潰されて――
『そうか! ここにあるのか!!』
(えっ……声だけなのか――うぅっ! また来る、のか……!?)
彼の脳内に男性の声が響いた。さらに眩暈は立て続けにフィルドを襲い、暗転しかけた視界を暗闇が再び覆う。
『なるほど……グラードンの心臓に日照り石≠嵌める。そうすれば道が開けるんだな。さすがは俺のパートナーだ!』
『そんな事ないさ。それにおだててもいいものは出せない』
『おーい、こいつのお蔭で謎は解けたんだけどさー。元を言えばその石像は俺が最初に見つけてやったんだぞー』
『分かってるって。――もありがとう』
『フン、それを見つけたぐらいで満足しているな。さっさと行くぞ』
『あっ、おい――! 待ちやがれっ!』
眩暈が治まったフィルドは石像からゆっくりと手を離して腕を組んだ。
(あの眩暈……一回目は男だけだったな。二回目は……解説をしてたのはあの男の声。そしてお礼を言ってた声が聞き覚えがあるけど……石像を見つけた奴は一体……いや、それよりも)
考えても分からないため、フィルドは声に関しては一旦置いておく事にしてグラードンの石像の謎について整理する。
(あの男の声が言うにはグラードンの心臓に日照り石≠嵌めればいいんだな……ただ問題はその石――いや、待てよ? 確か入り口で拾った石……ひょっとしたら!)
フィルドは記憶を巡らせてある一点に辿り着く。それは『濃霧の森』の入り口でキュベレーが見つけたあの真紅の、触ると暖かい石が脳内に浮かんだ。
「あれ? こんな所に窪みがあるよ」
そしていいタイミングでリョウトが石像の胸付近に当たる部分に窪みを見つけ、全員が駆け寄る。
「これ、何か嵌まりそうだね」
「(嵌まる……よし!)キュベレー、入り口で拾った石を貸してくれないか?」
「うん、いいけど……急にどうしたの?」
「ひょっとしたらだけど……分かったかもしれないんだ」
「「「えぇ!?」」」
キュベレーから渡された石を受け取りながら言ったフィルドに全員の声が見事にハモった。
「あ、さっきリョウトが見つけた窪みの中に入れるって事?」
「そうだよ」
ジュードが分かったように聞くとフィルドは返事を返しながら石を窪みに入れようとする。そして、
「よし、嵌まったぞ!」
石を入れたのと同時に石像の眼が真紅色に灯り、同時に辺りが揺れ始める。
「のわっ!? じ、地震かよ!」
「とにかく石像から離れるわよ!」
エレナの鋭い声が上がると同時に全員が石像から離れようとする。だが、それよりも早く石像からまばゆい光が放たれ、彼らや辺りを包み込んだ――――。
「うぅ……み、皆……大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「えぇ」
「オレは大丈夫だぞー」
「まだ目はチカチカするけど……」
「なんとか平気だよ」
「オイラも平気だぜ」
フィルドは目をゆっくりと開けながら皆に声をかけると、全員が返事をする。どうやら皆無事のようだ。
「それはよかった……。しかし、さっきの霧が嘘のようになくなったな」
フィルドは先程の風景が一変した事に戸惑う。あれほどの濃い霧に包まれたのがまるでなかったかのように辺りが晴れ渡っていたのだ。フィルド達が聞こえていた轟音も滝が奏でている音だと言うことも見て証明される。
そして、巨大な影ができている事を不審に思ったキュベレーが空を仰いで大きく目を見開かせた。
「キュベレー?」
「み、皆……上……」
「上? 上に何かある――」
様子がおかしい事に気づいたジュードが首を傾げると彼女は武者震いをしながら上に指を差す。それに全員がつられてその方向を見上げて絶句をしてしまった。
「なっ、なんだありゃ!?」
「……そうか。俺達がこの辺りをうろうろするのは仕方がなかったんだよ……地面にあるわけじゃなかったから」
「うん。どうやら僕達の概念を覆されたみたいだね」
「そうね。まさか湖が
上にあるなんて誰も思わないわ……」
「「じゃあ……あれが『霧の湖』なのかよっ!?」」
エレナが言った事にシンラとヘイトスの声が見事に重なった。そう、彼らの目に映ったのは遠征の目的である『霧の湖』が頭上に広がっている光景だったのだ。