#37 『濃霧の森』
「ん……もう朝か……」
テントの外から聞こえてきた鳥ポケモン達のさえずりによりフィルドは目を覚ます。ゆっくりと立ち上がり大きく伸びをして体を起こさせる。いつもの柔らかい藁のベッドとは違い、折り畳み式のマットは硬くて体のあちこちが凝っていた。そこでフィルドは「自分達は遠征に来ていたんだっけ」と改めて自覚し直す。眠気覚ましに頬を叩き意識をはっきりさせる。
「おーい、朝だぞー」
そして、未だに寝ている仲間達の方を振り向いて寝起きのかすれぎみの声で掛けるが――
「うーん……あ、おはよう……」
「おはようさん! ……で、首どうしたの?」
起きたのはリョウトだけだった。しかしまだ疲れが完全にとれていなかったのか、顔が少し窶れている。だが、フィルドが気になっていたのは起きてから首を傾げたままになっている事だった。
「あぁ……寝違えちゃったんだ」
「そうか。やっぱり慣れてないもんな、キャンプみたいなの」
「そうだね。それよりも……皆起きないね」
フィルドの心配した疑問にリョウトは苦笑しながら答える。彼もまたフィルドと同じく遠征が初体験の身。そのため体がテント生活に慣れてない。昨日の激走のせいか、深い眠りから全く覚ます気配が見られない他のメンバーもきっと同じだろう。ただ、探検をしていたエレナは例外かもしれないが。
「そうだな……多分、朝礼みたいな事はやるだろうし」
未だに首を傾げたまま穏やかに言うリョウトに対して、フィルドは呆れたように溜め息を吐くと右手にエネルギー弾を形成する。もはや彼の十八番になっている"波導弾"だ。
「えっ……ちょっとフィルド―――いたっ」
突然技を出したためリョウトは驚愕するが、その拍子に首を反射的に動かしてしまったためにまだ完治していない寝違いによる痛みを味わってしまう。フィルドはそんな彼を尻目にしないで“波導弾”を眠るキュベレー達に――――
――――ではなく入り口に向けて放つ。その同時に入り口が開き――――
「おい、朝だ――グギャア!?」
久々に起こしに来たらしいゴルダに見事に命中。ノーマルタイプの彼に格闘タイプの技を喰らってしまったら謂わずともその威力は分かってしまう。悲鳴を上げたゴルダはそのまま二、三回ほどボールのようにバウンドして地面に突っ伏した。
「なんか変な音が聞こえたような……」
「あら、もう朝?」
「……うわっ、ひょっとして寝過ごした!?」
ゴルダが発した悲鳴が目覚まし代わりとなってくれたのか、キュベレー、エレナ、ジュードが順次に起きる。ただ、表情は疲労感がとれていないように見えた。
「まぁ……いつもよりは遅いかもな」
「そう……ところで」
エレナはフィルドに返事をしながら目を擦ると、ある一点を見る。その視線の先にいるのは未だに爆睡をしているシンラだった。
「あぁ、こいつにはよく効く呪文があるんだよ」
「そうなの?」
「ま、見れば分かるさ」
フィルドは頭を振りながらシンラへと向かう。そして――
「おーい、サクヤ親方のお見えだぞー」
「えっ? マジで!?」
先程まで全く起きる気配がしなかったシンラが跳ね起きる。ただ、棒読みで報告しただけというありきたりな呪文の効果はかなり効いたようだった。
「サクヤ親方様はどこにいるんだ!? 外で待っている――」
「さぁて、外に行くか」
期待するシンラをあえてスルーしてフィルドは他の皆に声をかけ、さっさと外へ行ってしまう。キュベレー達はそれに戸惑いながらも彼の後についていった。
「あ……れ? 何で無視するんだ? はっ、まさかさっきのは嘘だったのかよぉぉぉ!!」
フィルド達の行動に理解出来ず暫し呆然としていたが、真相に気付くとシンラは大声を上げながら、テントから出て五人を追い掛ける。ちなみに道中で伸びていたゴルダだが後にジュードがフウを呼んで小一時間くらい介護したのはまた別の話――――。
「それでは全員揃ったようだし、『霧の湖』の探索を行う♪ 噂ではこの森のどこかに『霧の湖』があるらしい……のだが、見ての通り森が深く濃い霧に覆われているため、多くの探険隊が挑戦したが未だに見つかっていないのだ」
いつもと変わらず始まった朝礼――と言っても一時間くらい遅れたが――でペラトは自分の後ろにある森を指しながら今回の目的について改めて説明をする。変わっている事は場所がギルドではない事と、ゴルダの顔色が若干悪い事くらいだろう。
「もしも、『霧の湖』に関して何か分かったら私か親方様に伝えるようにしてくれ」
「あのぅ……」
説明が一区切りついたところでフウが控えめに手を挙げる。全員の姿勢が刺さる中、彼女は厳かに話始める。
「実はここに来る途中ある伝説を聞いたんです……」
「「「伝説???」」」
「はい……実は『霧の湖』にはユクシーと言われる珍しいポケモンがいて……湖を守っていると言われます」
「「「ユクシー???」」」
フウの話にほぼ全員がハモらせながら聞く。すると唯一ハモりに入っていなかったジュードが思い出したように声を上げる。
「そういえば本で見た事があります。確かユクシーは目を合わせた者の記憶を消してしまうんだとか」
「「「……!!!」」」
「はい。……そうして湖を守っていると」
彼の言った事に頷くフウ。しかし、他の者達は話を聞いて驚きのあまりに言葉が出ないようだ。
「なんだか……おっかない話でゲスね……」
ここでビートが呟く。僅かに続いた静寂に落とされた不安げな発言は波紋を広げて仲間達の不安を煽っていく。
「ワシ……記憶を消されたらどうしよう……」
「あら、そんな心配はないですわ。だってあなたはいつも物忘れが激しいんですもの」
「なっ…………んだとぉ!?」
ビートに続いたゴルダだがサンシャが小悪魔の笑みを浮かべながら彼をおちょくる。当然ながらゴルダはサンシャの挑発に乗ろうとしたが、ペラトがわざとらしい咳払いを大きくしたためいつもの痴話喧嘩までには至らなかった。しかし、そのおかげもあってか強張っていた全員の表情は少しだけ柔くなっていた。
「ゴホンっ!! ……こうした所には伝説や言い伝えが残っているが、我がギルドはそうした困難も乗り越えてきた!」
「その通りですわ!」
「それこそが私達のギルドが一流とされている由縁だからな!」
「フフフ……何も心配はいらないよ。今回の冒険も成功するって信じて頑張ろ♪」
「「「おぉーっ!!!」」」
ペラトが力強く言うと、サンシャ、クリオ、そしてサクヤの軽々しい発言が続く。しかし、それでもメンバーのボルテージを高めるには十分な威力を誇った。
そして地面にあるかもしれないと読んだティラスとクリオが潜ったのを合図に他のメンバー――『ドクローズ』を含む――も森の中へと入っていく。
「おっしゃぁー! オレ達も負けてられねぇな!!」
「別に勝負する訳ないからそんなに張り切らなくてもいいんじゃないかな」
テンションが高いシンラにジュードが苦笑い。他の皆も声には出さないもののジュードと同じく苦笑いを浮かべながら森へと進んでいった。フィルドもそんな彼らの後ろをついて行きながら先ほどの話を整理していた。
(もしフウ先輩が聞いた噂とジュードが言ってた事が本当なら、俺はここに来てユクシーに記憶を消されたって事になるか……だったら俺がここを知っているのにも納得できるな……)
「皆見てー!」
不意に聞こえたキュベレーの声によりフィルドは現実に引き戻される。視線を向けるとキュベレーが皆を集めていたのだ。とにかく何があったのか確かめるためにフィルドも駆け足で向かう。
「何かあったのか?」
「あ、フィルド。実はね……」
フィルドに気付いたキュベレーは嬉しそうに手招きする。彼は従うように皆がいる所に近づくと、そこには真紅色のきれいな石が落ちていた。
「うわぁ……これはまたきれいだなぁ」
「でしょ!」
久々に目を輝かせたフィルドにキュベレーは何度も頷く。
「ねぇ、せっかくだから拾っていきましょ? 皆で来れた記念に」
エレナの提案に全員が合意する。ちなみに石の所有者は最初に見つけたキュベレーだ。彼女は興奮覚め止まずに石を拾うと、今度は驚いた表情へと変わる。
「すごい……この石、触るとポカポカして暖かいよ!」
「マジで!?」
拾った石を何度も回転させながら言うと、シンラが食い付き石を受け取る。
「うわぁー、
暖けぇ♪ 皆も触ってみろよ!」
「うん、暖かいね」
「えぇ。見た目じゃなくて機能性も備わってるなんて珍しいわ」
「確かに。自分でエネルギー作ってるのかな?」
「こいつはすごいな……!」
シンラからリョウト、エレナ、ジュード、そしてフィルドの順に渡されそれぞれの感想を口にする。石はキュベレーの所に戻ると彼女は丁重にバッグの中へと閉まいこむ。
「だいぶ時間が経っちゃったみたいだけど、俺達も頑張って『霧の湖』を探索するぞ! ……『サンライズ』、ファイトぉー!」
「「「おぉーっ!!!」」」
フィルド達は円陣を組み掛け声を掛け合うと霧が立ち込める森の中へと入っていった。
――濃霧の森――
『霧の湖』の前、あるいは付近に広がる針葉樹が特徴の『濃霧の森』。その名の如く、深い霧に覆われていた。シンラは目の前の視界を広げるため“吹き飛ばし”を多用するが、ただ吹き飛ばすだけではすぐに霧が立ち込めてしまう。しかしそのおかげでもあるのか――
「“吹き飛ばし”!」
シンラは先程と同じく霧を払おうとしたが、その風圧がより強力なものとなり広範囲の霧までをも払う事が出来ていた。
「今のは“霧払い”だよ!」
「すごいわね。“吹き飛ばし”を多用してただけで新しい技を覚えるなんて」
「そ、そうなのか? 誉めても何も出ないぞ!」
「いや、それ以前に誰も期待なんてしてないからな」
ジュードに感心され、エレナに誉められた調子に乗ってきたシンラだがフィルドに貶されてガックリと肩を落とす。そうして、霧が立ち込める度にシンラが払って進むと敵も徐々に現れ始める。
「“炎の渦”!」
キュベレーは三人で群がるカイロスに攻撃を当てる。敵もそれなりにタフなためか相性が良くても倒れはしなかったが、ダメージがかなり効いた様でフラフラになっていた。そこへ――
「“燕返し”だぁ!」
「“炎の牙”! そして“シャドーボール”!」
シンラとジュードが相性のいい技で一人ずつ追い討ちをかけ倒す。そして残った一人にジュードは直ぐ様“シャドーボール”を放った。もちろん、相手は直撃を許してしまい気絶した。
一方のフィルド、エレナ、リョウトはというと――――
ポケモン達に囲まれていた。相手はヨルノズクとキノガッサが二人ずつ、そしてミミロルの合計五人だ。
「昨日の追いかけっこの次は囲みときたか」
「そうね……だけど!」
エレナは素早くバッグの中から不思議玉を取り出し、地面に叩きつける。割れたガラスから現れた赤い光は『ツノ山』でも使われた払い除け玉の結晶。その光は波紋を広げて周りにいた野生のポケモン達をワープさせた――はずだった。
と言うのも払い除け玉はワープさせるとはいえ、どこに飛ばされるかはランダムである。なので稀に同じ部屋の別な所にいたりするのだ。説明した通り、ワープしたのはヨルノズクの二人とキノガッサの計三人。つまりはもう一人のキノガッサとミミロルはワープしても場所を入れ換えただけという状況である。
「まぁ、二人だけなら俺達でもやれるよな?」
「そうね」
フィルドとエレナは顔を見合せ、残った敵を倒すために駆け出した。
「二人に力を……“手助け”!」
先陣を切った二人にリョウトは“手助け”をかける。すると、フィルドとエレナの周りに透明な輪が現れて彼らに吸収された。
「力が溢れてくる……!」
「これなら行ける!」
フィルドはキノガッサに向けて“波導弾”を、エレナはミミロルに“叩きつける”を繰り出した。キノガッサの方はリョウトの“手助け”と自身と同じタイプの技に補正がかかったため一撃で倒せたものの、ミミロルは倒せきれなかったようだ。
「くっ……ならもう一ぱ――」
と、言いかけエレナは動きを止める。彼女がそうならない――いや、そうしざる得ない理由はミミロルの様子がおかしかったからである。先程まで他のポケモンと同様にフィルド達に敵意を剥き出していたのが一変して、まるで怯えているようにエレナは見えたのだ。
「そういう事ね」
エレナは納得したように呟くと同時にミミロルは泣きながらジグザグと動き逃げ始める。
「おい! あれはどういう事なんだ!?」
「あれは特性“逃げ足”が発動したのよ。体力が一定以下になるとすべてに怯えて逃げるようになるの――リョウト! 敵がそっちに行ったわよ、止めを!」
「えぇっ!?」
この光景を見たフィルドは目を疑いながら言うがエレナの説明を聞いて納得したのか、逃げ惑うミミロルを追うとするが、ミミロルが逃げた先に偶然にもリョウトがいた。自分に向かって走ってきたミミロルに間の抜けた声を上げながらもリョウトは“アイアンテール”で迎え撃つ。鋼鉄の尻尾は見事にミミロルの顔面を捉えて、まともに喰らったミミロルは仰向けに倒れた。
「さすがに顔面ストライクはかわいそうだな……」
「いや、だってこっちに来たから……」
「まぁ……仕方がないよな」
その一部始終を見たフィルドは心境を言葉に表すとリョウトは正論を言う。確かにこちらに向かって来られた挙句、仲間に後押しされたら迎撃するしかないだろう。敵だって反論の余地なども待ってはくれないのだ。
「あ、そっちも終わったみたいだね!」
「まぁね……よし、先に進むぞ」
カイロスを相手にしていたキュベレー達と合流したフィルド達は歩み始め森の奥へと進むのだった。