#36 一難去ってまた一難
「うぎゃあぁぁぁぁぁあ!?」
『ツノ山』に少年の悲鳴が
木霊する。
「だぁぁぁーっ、何でこうなるんだよぉ!?」
次は悲痛を帯びた少年の声が負けじと響く。――この二人は『サンライズ』のメンバー、シンラとフィルドである。しかも彼らは走っていた。もちろん、後ろには必死で追い掛けるキュベレー達の姿がある。
――では何故彼らが全力疾走しているのか? 話を少し巻き戻してみよう。
*
『ツノ山』を登っていた『サンライズ』は自分達の前に立ち塞がった野生のポケモン達を次々と倒して進んでいた。そして、敵がやや歯応えが出てきた頃――大きな部屋で少し休憩を挟んでいた時だ。
『『沿岸の岩場』と比べると敵も強くなってきたな』
『確かに……でも』
『オレ達も強くなってきてると思うぞ? 右肩上がりでな♪』
『そうね。でもあまり調子に乗らない方がいいわね』
上からフィルド、リョウト、シンラの順に口を開けばエレナは頷きながらも男性三人を諭す。強くなっても油断はするなと言うことだろう。無論、彼らは素直に頷く。
『ねぇ、そろそろ出発してみる?』
『そうだな……早くベースキャンプに着きたいし……』
キュベレーが言ったのを合図にフィルド達は立ち上がり歩みを進めようとする。だが、約一名その場に動かずに上を見上げた者がいた――
『……シンラ?』
エレナが訝しげながらそのポケモン――シンラの名を呟くと他の皆もエレナの様子に気が付いたのか次々と足を止めて振り返った。
『エレナ……どうかしたのか?』
フィルドが声を掛けるとエレナは口を開かない代わりに顎で指した。その視線にいるのは動こうとしないシンラ。彼はフィルド達の話を耳に入っていないようでただ上を食い入るように見ていたのだ。フィルド達も彼につられて見上げる。すると――
『あれって……アゲハントとモルフォンだね』
ジュードが冷静に呟きながら上空で舞っている二人――すみれ色の羽を持つ蛾のようなポケモン、モルフォンと黄色の線が目立つ蝶々のようなポケモン、アゲハントがいたのだ。
『あの二人はさしずめ縄張り争いでもやっているのかしら?』
エレナもまたジュードのように二人の行動を観察していた。アゲハントとモルフォン……普段はおとなしいはずの二人。だがフィルド達が見ている限りは全く見えない。現に彼らは互いの技を放ちながら飛んでいるのだ。
『ならいいんだが……そろそろ、行こうか?』
これ以上見ていても埒があかないと判断したフィルドは仲間達を促す。
『ちぇ、今いいところだったのにぃ……』
『しょうがないだろ。今日中に行くって目標を決めたんだから。それに……』
『……それに?』
『……嫌な予感がするんだが……』
『それって口に出さない方がいいんじゃ……』
不服そうに頬を膨らませるシンラをフィルドはあえて聞き流すと全員に声を掛けた。もちろん、全員頷き再び進路方向に歩き出す。しかし――
『キシャァァァァァ!!』
『『『――っ!?』』』
上空から響いた第三の奇声によりフィルド達は思わず足を止めてしまう。やがて翼をはためかす音がリズムよく聴こえて彼らは本能に従うがまま上を見上げると、そこには――――
銀色の何かがプテラの大群を襲っていたのだ。
『なっ……なんだよあれ!? てかいつの間にプテラがいたのか!?』
『あれはたぶん“銀色の風”だよ』
『“銀色の風”……ひょっとしてさっきのモルフォンとアゲハントが出した技があのプテラの大群に当たっているって事か?』
冷静に分析したジュードにフィルドが仮説を立てるとジュードは「そんな感じかな」と言いながら頷く。この場合、プテラ達の矛先は彼らに偶然とはいえ攻撃を当てた事になるアゲハントとモルフォンになるはずだが――
なぜか下でただ休憩をしていたフィルド達を鋭い眼光で睨みつけている。何人かは腕である翼を大きくはためかせて旋回を始める者もいた。しかも、仕掛けた本人達はというといつの間にかどこかへ行ってしまい辺りを探しても全く見つからない。
『なぁ……すげー嫌な予感しかしないんだけど』
『同感だな』
『……だから入り口で言わない方がいいって言ったのに……』
シンラはロボットのようにカクカクと動かしてフィルド達に顔を見合わせた。彼らもそんなシンラに――特にリョウトに至ってはかなりバツの悪い表情を浮かべながら頷く。そうしている間にもほとんどのプテラは今にでも襲おうと虎視眈々と見ていた。そして――
『とにかく逃げろおぉぉぉ!』
フィルドの声を合図に『サンライズ』メンバーは走りだし、またプテラ達も雄叫びを上げながら彼らの後を低空飛行で追いかけたのだった――。
*
回想でもあったようにフィルド達はアゲハント達のとばっちりという形でプテラの群れに追われていたのだ。もちろん場所は狭い通路。プテラ達もぎゅうぎゅうになりながらもフィルド達を執拗に追い続けている訳で。つまりは『ツノ山』の入り口でシンラが言った事が現実となってしまったのだ。
「シンラ、今日からお前の事を怨むからな!?」
「だっ、だってさぁ、言わねぇとすっきりしないだもん」
「なら時と場合を選べよ!」
「そっ、それはともかく……ど、どうするの?」
フィルドに終始睨まれて若干萎縮しながらも弁解するシンラにキュベレーが口を挟む。もう起こってしまった事を怨んだり仲違いしている暇などない。今はこの事態を何とかするのが先決なのだ。
「とにかく部屋に
誘き出すしかないわね……」
「そうだね……狭い通路じゃ満足にダメージを与えられないし」
「それに……今回はアレ≠ェある!」
フィルドが口走ったアレ≠ノキュベレー、シンラ、リョウトは首を傾げるがエレナとジュードは分かったのか納得をした表情を浮かべた。そうしている間に狭い通路から広間らしき場所がフィルド達を歓迎する。
「フィルドー、アレ℃gわないのかぁ?」
「シンラ、急かさなくても大丈夫だ。ちゃんと使うから」
部屋に入ったのを見計らってシンラは急かすがフィルドは自分のバッグに手を突っ込んだまま動かない。それは獲物を待つ動物のような――そんな鋭い眼光でフィルドは先ほど自分達が来た道を睨みつけた。
ほどなくして先ほどのプテラの大群が叫びながらなだれ込む。そのほとんどは体勢を立て直すために上空へと上がったが何人かは怒り任せにフィルド達へと突っ込んでくる。そのプテラには技を使って反撃をするが丈夫が取り柄なのか一発では倒れてはくれない。
「さすがは古代の化石ポケモン……なかなか頑丈だな、“波導弾”!」
「そうだね……“アイアンテール”!」
フィルドは空いている片手で"波導弾"を形成して弱ったプテラに向け放つ。そして、よろめいたところをリョウトがつかさず“アイアンテール”――どうやら修行中に覚えたようである――で追撃した。
「あぁぁぁあっ! 岩タイプは苦手だぁー!」
「うーん……対抗出来る技がないときついね」
こちらは愚痴るシンラと困ったように呟くキュベレー。二人が覚えている技はどれもプテラにはあまりダメージを与えられない。そのため拾ったいしのつぶてや鉄の刺などの道具を使い、ダメージを蓄積させるしかなかった。
少しのダメージしか与えられない上にプテラは次から次へと襲ってくる。彼らの道具が尽きるかは時間の問題になりそうだ。
「“グラスミキサー”から“蔓の鞭”!」
「“シャドーボール”!」
一方のエレナとジュードも襲いかかってくるプテラの大群に技を使ってしのいでいた。
「くっ……フィルドはまだアレ≠使わないのかしら?」
「まだ敵が出てくるから使えないのかもね……“シャドー――!?」
若干苛立っているエレナを宥めながら“シャドーボール”を放とうとしたジュードだが黒い塊は形成しなかった。
「うっ……
PPが切れたんだ……それに……」
ジュードの呟き通り、“シャドーボール”の
PPが切れたのだ。また、その尋常ではないポイントの減りに違和感を覚えた彼はある答えをすぐに導き出していた。
「プテラの特性……“プレッシャー”か!」
そう、プテラの特性“プレッシャー”によりいつもより減りが早かったのだ。彼は回復するためにバッグからピーピーマックスを取ろうとするが――
「ジュード! 前よ!!」
「――っ!?」
エレナに指摘され弾かれたように顔を上げるとプテラがジュードに向かっていたのだ。その距離おおよそ五メートル――回避しようとしてもプテラのスピードを考えれば間に合わない。
(回避が無理なら……!)
ジュードは決心したようにプテラを見据えると自分の足を肩幅ぐらいに開く。一方のプテラもジュードに自身の翼を当てようとするために軌道をずらす。
「……まさかプテラの攻撃を受け止めるつもりなの?」
エレナはいつの間にか飲んでいたピーピーマックスの空き瓶をプテラに投げつけながらジュードが動かない事に気付く。
彼女の声が聞こえたのかジュードは目をエレナに見る。その瞳は揺るがない決意に満ちていた。おそらくこうなってしまったら何を言っても曲げる事はないだろう。
それに彼に突っ込んでくるプテラはたった一人だけという点、彼女自身も多数のプテラ達を相手にしてた事もあり、見守る事にした。そのプテラの翼がジュードの顔面を捉えた瞬間――
――本当に大丈夫よね……?――
そんな不安がエレナを過る。しかし、それはプテラの悲鳴により杞憂に終わった事を告げた。プテラのスピードを味方につけた渾身の一撃“翼で打つ”をジュードは己の口で受け止めていたのだ。しかも、噛み付かれている部分からは氷が徐々に面積を広げていた。
「なるほど、“氷の牙”ね……!」
その一部始終をプテラを蹴り飛ばしながら見ていたエレナは、あの時ジュードが自信ありげにプテラを見ていた事に納得したようだ。プテラは自身の翼に食い込んだ“氷の牙”から逃れるために翼を大きく動かしてジュードを引き離そうとする。その力は強いためかジュードはあえなく離され宙へ投げ出されるが、体勢を立て直してうまく着地した。
「ジュード! 平気?」
「うん、平気だよ……それよりも……」
ジュードは視線をプテラに向けたまま返事をする。エレナもつられてプテラを見てみると――――
彼は鬼のような形相でこちらを睨んでいたのだ。そして、天に向かい雄叫びを上げると、空中で旋回していたプテラ達も雄叫びを返す。その双眸達が向ける先にいるのはもちろん、ジュードとエレナだ。
「……どうやら、さっき倒し損ねたのは群れのリーダーみたい……」
「え……?」
申し訳なさそうに横目で流したジュードにエレナは面食らい二、三度瞬きをして再び群れを見る。先程彼の攻撃を喰らったらしいプテラは、他と比べて体格が一回り大きい事が分かった。そこでようやくジュードが呟いた事の重大さの意味を理解したエレナは――
「何で……そんな重要な事をなんで早く言わないのよ!?」
声を荒げて盛大にツッコミを入れた。一方のジュードは言うと「ごめん……」と呟き俯くしかなかった。
「「「ギィシャァァァァァァ!!!」」」
「「!?」」
そんな気まずい雰囲気にも待ったをかけずプテラ達は鋭い牙を見せながら二人に向かって急降下してきた。
「さすがにこれはきついわ!」
「とにかく逃げなきゃ!」
今は仲違いしている場合ではないのは見るに明らか。一瞬だけお互いの顔を見合せて彼らは猛ダッシュでその場から離れようとするが戦闘を続けていた二人の体力は限界に来ていたためか、あっという間に距離を縮められてしまう。
「うっ、ダメだ……追い付かれる……!」
ジュードが後ろを振り向いた時には先頭のプテラとの距離は目と鼻の先までとなっていた。その後も縮まり続けて遂には二人の真上を飛んでいた。
「あっ!? エレナっ! ジュード君!」
「なっ……なんだありゃ!?」
道具を駆使して戦っていたキュベレーとシンラは視界にエレナとジュード、そして彼らを追うプテラの大群を見て思わず動きを止めてしまう。
「なんとかできねぇのか――ってぎゃあ!」
「ダメ……ここからじゃあ間に合わない――きゃあ!?」
それが仇となり他のプテラの攻撃を受けてしまう。その間にも逃げ続ける二人の真上を飛ぶプテラ達が徐々に高度を下げて来た。
「これって……僕達を捕まえるつもり?」
「なっ……じょ、冗談じゃないわ! 絶対に捕まりたくないわ!」
プテラの行動を予測したジュードに高所恐怖症であるエレナは空に連れて行かれると思い、顔を真っ青にしながら抗議する。その間にも二人にはプテラの足が掴もうと迫っていた。
「こっ、こんな所で、捕まって空中散歩させられるなら、死んだ方がマシよー!!」
「皆、待たせてごめん!」
エレナが本心を叫んだ時、ようやくフィルドが本格的に動き出す。彼はバッグから硝子のような玉――不思議玉を取り出した。水色の球体の中身は赤い光が禍々しく光っている。その不思議玉を思いっきり地面に叩きつけると甲高い音を鳴らして四方八方に破片を散らかす。そして、青い殻から解放された光は同じ色の波紋を部屋中に広げた。すると――
プテラ達が次々と姿を消していった。
「これは一体……」
「払い除け玉だよ。同じ部屋にいる敵ポケモンをどこかにワープさせるんだ」
「あっ、そういう事なんだ」
「そういう事」
突然の出来事に茫然としているリョウトにフィルドは説明をする。つまり、逃げている時に言ったアレ≠ニは払い除け玉を指していたのだ。この説明にリョウトも納得したようである。
「フィルドー、サンキューな♪」
「本当に助かったよ!」
「でもさ、だ……出すの遅すぎる……よ……」
「本当よ……おかげでこっちは……死ぬかと思ったんだか、ら……」
上からシンラ、キュベレー、ジュード、エレナの順にフィルドとリョウトに合流し言葉をかける。但しジュードとエレナは走っていたため、まだ声が荒げていたが。
「遅くなってごめん……プテラの群れが全員部屋に入るまで待っていたんだ……」
疲労困憊のジュードとエレナにオレンの実を渡しながらフィルドは訳を話した。
「そうだったんだ……いや、それよりあの時に僕がリーダーを倒していれば済んだ事なんだよね……エレナ、本当にごめん……」
「もういいわよ……過ぎた事を引きずったって何もないんだから」
「「「……?」」」
ジュードはかじりかけのオレンの実を置いて頭を下げたが、エレナは頭を降って許した。しかし他の四人は彼らが追われていた間に何があったか分からないために首を捻るのであった。
「さて……そろそろ行くわよ?」
「休まなくて大丈夫なの?」
「勿論よ。オレンの実も食べたしね!」
「それにほら出口も見えるよ?」
心配をしてきたキュベレーにエレナとジュードは頷く。そしてジュードはオレンジ色に染まった光が見える出口を前足で差した。
「そうか……じゃあ、もうすぐベースキャンプに着くんだな……皆、あと一息頑張るぞ!」
「「うん!」」
「「分かったよ(わ)」」
「りょーかいだぁ!」
フィルドの掛け声に全員が自分を鼓舞するように力強く返事をすると夕暮れに染まった出口に向かって歩いていった。
――高原の麓――
『濃霧の森』の前に広がる高原――そこは森から流れてきた霧が周りに薄くだが立ち込めていた。夕日が西に傾き、茜色を含んだ射光が照らされた高原を歩いていた『サンライズ』だが――
「お、あれがベースキャンプじゃないか?」
フィルドが何かを見つけたようだ。やがて霧の中に見覚えのある
影が何個もあるのが見える。それはプクリンの上半身のテントであることが近づいて見て分かってきた。
その時『サンライズ』が全会一致で他にテントがなかったのだろか、と心の中で思っていた。但し、シンラが口に出そうだったので危うくフィルドが口元を塞いだのは別の話である。
「おっ、お前達無事に着いたようだな♪」
ベースキャンプに着いたフィルド達の迎えたのはペラトだった。
「まさか一日以内で着けるとは思わなかったぞ♪」
「ありがとうございます」
『サンライズ』が自身が予想していた時間より早く着いた事に上機嫌のようだ。これではフィルド達がテントの形状について突っ込んだ事を気付く事は一生ないだろう。
「あの……『霧の湖』の探索ってまさか……今からやるんですか?」
「いや、探索は明日行おうと思っている。何ていったってまだ全員揃っている訳じゃないからね……とにかくお前達はそこのテントで明日に備えてゆっくり休みなさい」
恐る恐る現実的な質問をしたキュベレーに一息で答えると興が冷めたのか、さっさと行ってしまったペラト。しかし、今のフィルド達にとって探索が明日にずれ込んだ事態は非常にありがたいことだ。
なぜなら、今回は野生のポケモンから立て続けに追われていたのだから。いくら休憩を挟んでいたとはいえ彼らに蓄積された疲れはゆっくり休まないと、とれないものなのだ。
「助かったよ……」
「ホントね……今から探索に行けなんて言われたらダンジョンで倒れるわよ」
「そうだね……」
「でさでさ、夕御飯は何にするんだ?」
「相変わらず気が早いね……まだ夕方だよ?」
リョウト、エレナ、キュベレー、シンラ、ジュードの順に言うと次々にテントの中へと入っていく。フィルドも皆の後を追って入ろうとしたが、そこでピタッと足を止めた。
(なんだろう……)
奇妙な違和感――というより、どこか懐かしさを感じてそっと胸に手を置く。周りは木々が
微風に揺らされて乾いた音を奏でていた。それはフィルドの頬を優しくなでる。
「俺は……」
――――ここを知っているのか?――――
なんとも言えない感覚に疑問が生まれたが悩んでも答えは出るはずもなく。仕方がないのでフィルドもテントの中へと入っていった。