#35 岩場に響く音色【後編】
話はジュードが意識を手放す少し前に遡る――
ブルンゲルに捕まったキュベレー、シンラ、そしてジュード。
一足先に動いたエレナとリョウトはキュベレーとシンラを捕えているブルンゲルに奮闘してる。
「“グラスミキサー”!」
エレナはブルンゲルに技を当てる。水タイプに草タイプの技は相性がいいため、ブルンゲルは苦痛の叫びを上げたものの相手の耐久力の方が上手なのか、そう簡単に解放してくれない。
「うぅ…………はぁ……はぁ……」
「なんだ……これ…………力が……入ら……ねぇ…………」
するとさっきまで抜け出そうともがいていたキュベレーとシンラが苦しそうに喘ぎ出したのだ。
「エレナ、二人の様子が変だよ……!」
「くっ、分かっているわ!」
キュベレー達の異変に気付いたリョウトが叫び、エレナは焦燥の表情を浮かべながらブルンゲルを睨む。
この時、キュベレーとシンラを掴んだブルンゲルは彼らから生命エネルギーを吸い取っていたのだ。早く救出しなければ二人の生命が吸い尽くされてしまうだろう。勿論、それはエレナにも充分伝わっている。だが、今の自分にはブルンゲルに対抗出来る力が足りない。先程の“グラスミキサー”を喰らった時だって声を上げただけで状況は変わらなかった訳なのだから。だが、もたもたしていたらキュベレー達が危ない。どうすれば良いか判断がつかず、歯痒さに駆られて睨むしか出来ない。
「あっ、エレナ! 来るよ!!」
突然リョウトの鋭い声に思考を中断してブルンゲル達を見据えると、ブルンゲルから出したと思われるバブルリングがこちらに向かっていて――それが“水の波動”だど気付き回避しようとした時には既に遅かった。脇に避けようとしてもいつの間にか両サイドはプルリル達の“バブル光線”が塞がれていたのだ。完全に詰められてめ――
「きゃあぁぁぁ!!」
「うわあぁぁっ!?」
エレナとリョウトは“水の波動”を甘んじて喰らうしかなかった。
一方、反対側のフィルドはジュードを捕えているブルンゲルに近付こうと試みたがお供のプルリル達が邪魔をしていたため、なかなか辿り着けない。
そうしてプルリル達の相手をしている間にジュードを捕えた触手が力を入れて彼を締めあげる。その度に彼の口から呻き声が漏れた。
「くっ……一体どうすれば――」
「きゃっ!?]
「あぐっ!?」
後方から二つの呻き声が聞こえてきたため、フィルドは思わず振り向く。するとそこには、キュベレー達を助けるためにピンクのブルンゲルの相手をしていたエレナとリョウト、そしてまだ二人を捕えているブルンゲルと彼女が率いているプルリル達の姿があった。
「二人とも!? 大丈――ぐわぁっ!」
エレナ達に駆け寄ろうとしたフィルドの背中に大量のプルリル達から“バブル光線”が浴びさせられる。直撃を喰らったフィルドはエレナ達が倒れている所まで押されてしまった。
「フィルド! 大丈夫!?」
「私達の心配をしてくれるのはありがたいけど、敵に背中を向けるのは良くないわね」
「あぁ……すまない……」
逆に心配してきたリョウト、厳しい指摘をしたエレナにフィルドは謝るとブルンゲル達を交互に見て――サザンドラがキュベレーの首を絞める場景が重なった。
(くそっ、このままじゃ……あの時≠ニ変わらない……っ!)
悔しさに歯を食い縛るが、忘れさせるかのように頭を振った。
「もう同じ事は起こさせない! いや、させてたまるもんか!」
自分を奮い立たせてブルンケルを見上げたフィルドだがそこで何かに気付いたかのような曖昧な表情を浮かべる。彼の視線の先にいるのは、ブルンケルの触手に囚われたジュード。
光が消えた双眸は、今にでも瞼が覆ってしまいそうに細めている。しかし、気道を確保するために無意識に上に向かれた口は呟いているかのようにゆっくりと動いていた。
「え……えっと………ル……ディ…………アル……リキュ――いや、クイ……ス?」
ジュードの口に合わせて言葉を出してみるフィルド。だが、それが当たりなのか――そもそもそれはどういう意味なのかを理解する前にジュードは目を瞑り首をガクッ、と下げてしまう。
そして、入れ違うように空中に水色の半透明の鐘が現れた。
「な……っ!?」
「何よあれ……」
「鐘……どうしてダンジョンの中に?」
突然出てきた事によりフィルドは驚きを隠せない声を出しエレナは茫然と、リョウトは首を傾げながら、またブルンケルやプルリル達も攻撃をやめてその鐘をただ見ていた。全員の意識が向けられる中、静止していた鐘が動き出す。振り子のようにやや水平に上がり、重力に従いゆっくりと落ちる瞬間、中にある
舌が本体に触れて澄んだ音色を生み出す。それはどこかの教会に吊るされた鐘の音と似ていた。
その音色が『沿岸の岩場』に反響した時、
空気が変わった――いや、変わっていた。
「あっ、見て。プルリル達の様子が……」
「あぁ……あれほど俺達に敵意剥き出しだったのに……」
フィルド達を襲い掛かったプルリル達が襲う気配を見せなくなっていたのだ。さらにブルンケルも捕えていたキュベレー、シンラ、ジュードをゆっくりと降ろした。その行動に拘束されていたキュベレーとシンラは顔を見合わせる。最初は何が起こったのか理解していなかったようだがやがて助かった事が分かったのか、安堵の表情を浮かべる。
一方のブルンケルは何事もなかったようにプルリル達を連れて去っていった。
「本当に何があったんだろう……」
「そう、ね……突拍子過ぎて整理がつかないわね……」
リョウトとエレナは首を捻りながら鐘があった天井を見上げたが、役目を終えたらしい鐘はいつの間にかなくなっていた。
「とりあえずずっとここにいるわけにはいかないし……出口に行こう」
「うん……皆、助けてくれてありがとう!」
「ホント、助かったぜ!」
キュベレーとシンラは笑顔で礼を言うとフィルドは「どういたしまして」と返すと目覚める気配がないジュードを、まだ顔色が悪いキュベレーとシンラをリョウトとエレナがそれぞれおぶって出口に向かって進んだ。
――ツノ山 入り口――
『沿岸の岩場』から抜けてしばらく歩いていたフィルド達は、この大陸で高いと謳われている『ツノ山』の入り口で休憩をとっていた。
「キャンプするにはまだ早すぎるな♪」
「はぁ、お前なぁ……」
呑気に言うシンラにフィルドは呆れる。疲れているのか、あるいはツッコミする気力がないのか二の句が続かなかった。なので――
「うーん。テントを張るには早いね」
キュベレーが代わりに合いの手を入れる。フィルドが休憩を始めてからまだ一時間しか経っていないが、太陽は南の一番高い部分に位置している事から夕方を迎えるにはまだまだ時間がかかるのが窺えた。
「……そういえば不思議に思った事があるんだけど」
「ん? どうしたんだ?」
「僕達……プルリル達の攻撃を喰らってのに、傷が一つも見られないんだよね?」
リョウトに指摘されてフィルド達は思い出したように自分の体を見てみるが、彼の言う通り傷が全く見当たらなかった。
「……戦闘が終わった後、なんとなく体が軽いなって思ったよ」
フィルドが納得したように言うと、ほかの皆も「なるほど」と口々に言いながら頷いた。
「でも……あの状況で傷を治すことができたのかしら?」
「……あ、ひょっとしたら――」
「…………ん……」
フィルドが何か分かったような表情を浮かべて話そうとするとジュードがもぞもぞと動き出す。どうやら目を覚ましたようだ。
「あ……あれ…………僕……」
「ジュード! 良かった……!」
「ホントか!?」
リョウトは大きい声を上げるとフィルド達がぞろぞろとジュードの周りに集まった。
「体調は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ところで……プルリル達は? いや、それよりいつ洞窟から抜けたの?」
「ん? あぁ、それはな――」
ジュードの問いにフィルドは彼が気を失った後に起きた出来事を要約して話始めた。
「そうだったんだ……」
話を聞きジュードは状況を理解したようだった。
「……でも、本当はプルリルっておとなしい種族なんだよね?」
「うん。獲物を狙う時も待ち伏せでやっているから……自ら襲う事は限りなくゼロに近いよ」
「て……事は」
リョウトの確認に顎に前足を当て答えるジュード。それを聞いてフィルドは顔を上げる。シンラ以外は何かが分かったような表情を浮かべていた。
「時が狂いだした影響……でしょ?」
「……たぶんな」
ジュードが口を重くあけるとフィルドはゆっくりと頷く。シンラも「あぁ〜なるほど」と言いながら何度も頷いた。
「二年前に来たより敵が凶暴になっているし……辻褄が合いそうね」
エレナは顎に指を当てながら呟く。どうやら過去に来た時と比べているようだ。密やかにだが、空気が重さを纏い始めていた。
「で、でもさぁ、ブルンゲル達もすごかったけど急に出てきたあの鐘もすごかったよな♪」
重さに耐えなくなる前に話題をくるりと変えるのは他ならぬシンラ。そのおかげか、場の空気が少しだけ軽くなったようだ。
「そうだね。我を忘れたプルリル達を一瞬の内に宥めて取り戻せたんだしね」
「それにさっき言いそびれたけど、あの鐘には治癒効果があるかもしれない」
「なるほど……それなら辻褄が合いそうね」
「うん。本当にあの鐘は――」
「“
安息の奏で”」
リョウトの――いや、『サンライズ』メンバー全員が思っていた疑問に答えるかのようにジュードは答えた。ただ、顔は下を向いていたためどんな表情をしているのかは分からないが。
「ジュード……あの鐘が“
安息の奏で”って技で……それを出したのは君ってことか」
フィルドは技を名前の聞き納得したように大きく頷いた。それは先ほどの戦闘でジュードが口パクで言っていた事を思い出したからであろう。しかし当の本人はと言うと――
「え? そう……かな……ごめん、さっき僕が言った名前教えてくれる?」
「あぁ、いいけど……自分がついさっき言った名前、覚えていなかったのか?」
フィルドの質問に複雑な表情を浮かべながら頷き、逸らすようにあさっての方向を向いた。どうやら彼は無自覚で発していたようだ。そんなジュードにフィルドは先ほど言った言葉をゆっくりと教え返した。
「“
安息の奏で”だよ、ジュードがさっき言ったのは」
「“
安息の奏で”……」
ジュードは反芻しながら首を傾げた。何か考えているのか、それとも思い当たる節でもあるのか――
「ジュード……? ねぇ、ジュードってば!」
「…………へっ?」
だがリョウトに肩を揺らされて考えを中断する事を余儀無くされてしまう。しかし、返事は少し間が抜けたような声が出てしまったが。
「あっ、僕の方は大丈夫だから……それより皆は平気。」
「あぁ、大丈夫だよ。ゆっくり休んだから。とりあえずあの危機を乗り越えたのはおそらくジュードが出したと思われる技のおかげだしな」
フィルドが答えるとキュベレー達も笑顔で頷く。どうやら、彼らも休めたようだ。その様子を見てジュードも安堵の笑みを浮かべる。そしてフィルドは立ち上がり全員を見渡すと、
「現時点で分からない事で止まっていたら一行に進まないからな。それじゃ、皆大丈夫みたいだし、日もまだ傾いていない……今日中にも『ベースキャンプ』に向かうぞ!」
「「「おぉーっ!!」」」
号令を掛け、全員がそれぞれ腕や足、翼を蒼空に向かって高く掲げた。
「でもジュード君はさっきまで気を失っていたから無理しないでね?」
「ありがとう。でもキュベレーも無理しちゃダメだからね? ブルンケルに捕まっていたんだから」
「うん!」
「さっきみたいに野生のポケモンたちに追われなきゃいーな」
「そ……そんな不吉な事言わないでよ……」
「お前、言った事が本当に起きたら怨むからな……」
フィルド達は他愛のない話をしながら『ツノ山』へ分かれ道の右側を迷う事無く進んでいく。たがこの時、奇しくもシンラの一言が現実となる事を彼らが知る由もなかった――。