#34 岩場に響く音色【前編】
「い……いつまでついてくるつもりだ……!?」
やや薄暗い岩場の中、独り言を呟くフィルド。その声は走っているせいか若干荒げていた。
――現在『サンライズ』は後ろから追い掛けてくるピンクと水色の物体――いや、その体にレースのような触手を持つポケモン――プルリルの大群、さらには水色のプルリルを何10倍にも大きくさせ、白い髭のようなものがついた――まるで王様のような貫禄を見せるブルンゲルに追われていたのだ。
我を忘れているのか、今の彼らの目に映るフィルド達はもはや倒すべき敵として認識してるようでしつこく追い続けていたのだ。
そんな鬼ごっこが開始されてから数十分後――だいぶ引き離せたのか、プルリル達の群れはいつの間にか見えなくなっていたが、いつ追いつかれるか分からないためフィルド達は気を抜かず走っている。
「あ……み、見てっ!」
そんな中、キュベレーが前方を見ながら首を上下に動かす。「前を見て」とジェスチャーしているのだ。
フィルド達が前方に目を向けると光が見えていた。その中には青い空と海が映し出している。それは終わりを示す道標……つまり、出口である事を指していた。
「よし……このまま突き抜け――」
フィルドはそう言いかけると突然立ち止まった。
「ちょ……急に止まらないで!」
急に動きを止めたフィルドにエレナも悲鳴を上げながら止まろうとする。ほかの皆も口々に叫びながら同じくスピードを緩める。全員ほぼ全速力で走ってきたため止まる際、海老ぞりのようになっといたが互いにぶつからずに済んだようだ。
「フィルドぉー、なんで急ブレーキかけた――」
シンラが不満げな声もピタリと止む。その表情は信じられない、と言いそうな驚愕の表情をしていた。キュベレー達もシンラと同じ表情を作っていた。
「う……嘘でしょ……」
エレナがややうなだれながら呟いた。なぜなら、先ほどまで見えていた出口は前方にある水路から傾れ込んだプルリルの群れが、そして水色のブルンケルとは対照的なピンク色のブルンゲルが陣取っていたのだから。フィルド達は完全に逃げ道を塞がれてしまったのだ。
「ど、どうしたら……」
前から途切れる事無く現れるプルリル。フィルド達は対策を考えながらも一歩、また一歩後ろへ後退する。しかし――
「皆……後ろの群れが……!」
リョウトが来た道を振り返ったと同時に声を上げる。全員が後ろを見るとあれほど引き離したと思われるプルリル達が眼下に映った。
「……八方塞がり、ね……」
エレナは険しい表情をしながら軽く舌打ちをする。
「……これって地道に倒していくしかないよね……?」
「でももし攻撃したら一斉に襲い掛かってくるかもしれないよ? それこそ危ないよ」
キュベレーの案は確実に袋叩きに合うため却下されてしまう。
「……それじゃあ不思議玉は?」
「ごめん……今までの戦闘で全て使いきっちゃった」
「悪い。俺もだ」
頭をフル回転し絞り出したエレナの問いに次々と首を横に降るフィルド達。そうしている間にもプルリルの群れは徐々に距離を詰めていき、ついにフィルド達の目と鼻の先まで近づいてきた。
「……これは反撃覚悟で強行突破しかない! “真空波導弾”!!」
覚悟をしたようにフィルドは前方を見据えると巨大な刃を形成し、プルリル達に向けて放った。
「やっぱり強行突破か……まぁ、このまま指を加えて訳にもいかないし……妥当かもね」
「おっしゃあ!」
「が、頑張るよ!」
「仕方がないけど……こうするしかないんだよね」
「……あぁもう、仕方がないんだから……」
フィルドが技を放ったのを合図に『サンライズ』はプルリル達に攻撃を始める。唯一、強行突破に反対していたジュードだけがわざとらしい溜め息を大きくついた。
――それからどのくらい経ったのだろうか。先ほどより数は減ったものの水路と
親玉がいるためか、尽きることなくプルリル達はフィルド達に向かっている。
「キリがないわね……シンラ! 防御バージョンよ!」
「あいよー!」
エレナの指示を受けてシンラは彼女の真上に、フィルド達は近くに集まり伏せた。
「「リーフネイド!!」」
二人の声が重なった時、葉や草を含んだ小さな竜巻が突風を受けて巨大な竜巻――天井に合わせているためかいつもよりは小さい――を生み、フィルド達を包み込む。
「さて……とここからどうするか……」
フィルドは"リーフネイド"を見上げながら呟く。緑色の竜巻から発する音は風のほかまだフィルド達の事を諦めていないプルリル達の悲鳴も混ざって彼らの耳に入ってきた。どうやら『リンゴの森』でも活躍したエレナとシンラの合体技がここでも真価を発揮しているようだ。
「数は減ったとはいえ仕掛けたのは僕達……いや、それよりも」
ジュードは一端区切る。
「どうして彼らは襲ってきたんだろう?」
「そうだね……私達いきなり追いかけられたんだし……」
ジュードが投げた疑問に全員が思い出す節を考える。しかしその瞬間、『サンライズ』を守っていた“リーフネイド”が突如揺らぎ始める。
「一体何が……」
エレナの呟きも竜巻と外からの干渉によって奏でる不快な音にかき消される。そして――歪みが現れた部分から穴が広がるように緑色の竜巻は消えていった――。
★
エレナとシンラが作り上げた緑色の竜巻“リーフネイド”は歪みがあった場所から徐々に――蝕まれるかのように消えていった。そこからはピンク色のブルンゲルが何やら触手をこちらに向けて真っ直ぐ伸ばしていた所が目に入って――今度は薄紫色の突風――“怪しい風”が僕らを襲う。
「「「うわっ!?」」」
「「きゃあぁ!?」」
この技……通常より風の力が強い……! 下手したらシンラの“吹き飛ばし”と同じ風力を持っているんじゃ……!? このままでは吹き飛ばされる、と思ったけど後ろからもまた同じ要領の“怪しい風”が吹きつけたためなのか、上手い具合に相殺されていて僕らが飛ばされる事はなかった。その分、紫の風を存分に受けてしまう結果になったけど。
状況は……芳しくない。ブルンケル二人と大量のプルリル達に道を阻まれて先に進む事も後戻りが出来ない事に変わりはない。それにダメージも蓄積されているから長期戦も僕らにとっては望ましくない。
「こうなったら前方の
ブルンゲルを倒して先に進むしかないな……」
意を決したように言ったフィルドに僕らは頷く。プルリル達を倒しても恐らくキリがない。ならば群れのリーダーを倒して戦意を削がせるしか手立てはない。ただしブルンケルはプルリルの進化系……うまく事を得るのは難しいと思うけどやるしかないんだ。
「“真空波導弾”!」
「“グラスミキサー”!」
「「“シャドーボール”!」」
僕達は今覚えている中で強い遠距離技を選んでピンクのブルンゲル(つまり、♀)に向かって一斉砲撃を繰り出す。フィルドの技で一掃され、道が出来た所で僕らの技が向かう。突然の行動にブルンケルは反応しきれなかったみたいで全て命中していた。そこへ――
「“騙し討ち”!」
「“燕返し”だぁ!!」
キュベレーとシンラが必中技を繰り出した。二人が技を当てた時、ドカッ、と鈍い音がしたため手応えはあったのが分かった。だからと言って一撃で倒れてくれる事はないかもしれないからすぐに安心する事は出来ない。これがダンジョンでの戦闘だ。フィルドが彼女達を呼び戻そうとした時――案の定ブルンゲルは反撃をするため触手を伸ばす。それは攻撃後した後、間合いが取れなかったキュベレーとシンラに素早く絡み付いていた。
「きゃあぁ!」
「ぬわっ、離せー!!」
「あぁっ、二人が!?」
「早く助けに行くわよ!」
勿論、当たり前だと僕は心の中で言った代わりに頷いてブルンゲルに向かって走りだしたフィルド達を追おうとした。だけどその瞬間、突然風景が下から上へと流れる。
「な、何!?」
本当に何があったのか分からなかった。そして、足が地面から離れていく感覚と腹部が締め付けられるようなきつさに気付いて僕はようやく分かったんだ。
――――僕は後ろから追いかけてきたもう一人のブルンゲルに気付かずに捕まっていた事を。
「ジュード!?」
僕の声に気付いたリョウトが僕を見上げながら声を上げた。その声に反応したのか、他の二人も足を止めて僕を見る。
「僕は大丈――ああぁ!?」
喋ろうとした時、ブルンゲルが締め付ける力を強めた。その力に僕は悲鳴を上げる。――声を上げないと激痛に自我を押し潰されてしまいそうで。少しでも気を抜いてしまったら意識などいとも簡単に放せてしまうくらい痛かった。
「ジュ――! 今助け――――ていて――」
フィルドが叫んでいるけど途切れ途切れしか聞こえない。僕は離れていく意識をつなぎ止めるだけで精一杯だ。そんな中で僕の脳裏は次第に諦めと痛みからの逃避したい気持ちが生まれていて。
――僕はここまでなのかな――
――意識を手放したら楽になれるのかな……――
朦朧とした意識の中でそんな考えが浮かんでいた。でも……
せめてキュベレーとシンラを助けて、皆を進ませてあげたい――
そう思った時、僕は――
――僕の口は無意識にある言葉を紡いでいた。それが何なのかは分からない。ただ、勝手に動いていたのが分かった。そして――限界がきたのか僕は意識を手放してしまった。
――遠くから聴こえてきた鐘の音色に抱かれながら――――。