#33 『沿岸の岩場』にて
地平線の彼方から太陽がまだ出ていない頃。高台にプクリンの上半身が建てられた『プクリンのギルド』の前に一人のポケモンが立って――正確には浮いていた。その者が見つめる先にあるのは扉についていた貼り紙。それにはこう記されてあった。
『ただいま遠征に行っております。依頼は他のギルドに当たってください』
――と。
「……ならば彼らが帰ってきた時に聞けばよい」
そう呟き明るみがかかった空を見上げた。やがて太陽が東から顔を出す頃――先ほどいたポケモンはギルドの前から姿を――
――――消していたのだった。
一方でギルドに訪問者が来たのを露知らず、遠征に参加していた『サンライズ』一行は――
「海だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
現在彼らがいる場所は海沿いの断崖に来ていた。といっても道は舗装されているため、危険度はかなり低い方だが。
そんな中、白波が立つ海に向かって叫ぶシンラにエレナがジト目を送り、キュベレーが苦笑いをした。
「でも海ってこんなきれいだったんだ。潮風も気持ち良いし……」
「そっか、ジュード君は海に来たことなかったのね」
「んじゃ、オレと同じだな。オレも村から一度も出なかったから海なんて初めてなんだぜ」
「シンラも来たことなかったんだ」
海風を全身に受けながら素直な感想を言うジュード。そんな彼に同情したのか、シンラも近づいて話し掛けた。
「でもこれからは海見られるよ。ギルドから近いしね」
「マジか!? そんな近い所にあるなら早めに知りたかったぜ……」
「ごめんね……言うタイミングが掴めなくて今になっちゃった……」
「キュ、キュベレーが謝る事はないよ!?」
「そうよ……このお馬鹿さん!」
「いでっ! 何で叩くんだよ!?」
「何だか遠足に来たみたいだよな……ん? これもポケモンか?」
遠征に来たと言うのにいまいち緊張感に欠けている四人。そんな彼らを離れた所から見ていたフィルドは視線を入り口に変えようとしてふと止まる。隣にいたリョウトも不思議そうにフィルドの横からそれを見ると灰色のポケモンが入り口の横に突っ立っていた。
「あの……すみません」
「………………」
「もしもーし、聞こえてますかー?」
もしかしたらダンジョンから出てきたのかもしれないと踏んだ彼らは早速声をかけてみるがポケモンは物言わずに突っ立っているだけ。ならばとフィルドはポケモンの肩を軽く叩いてみるが反応はない。
「んな……このポケモン、岩みたいに硬いぞ!?」
「というより完全に石化してるよね……」
「まさか……化石?」
「何してるのよ……あなた達……」
岩のように硬いポケモンに二人は顔を見合わせていると不意に呆れた後ろから声が聞こえてきた。二人は振り向くと先程までキュベレー達と話してたはずのエレナが突っ立っていたのだ。
「な、なんだエレナか……」
「なんだとは失礼ね。それより、そんなにガルーラ像が珍しいかしら?」
「「ガルーラ像??」」
「ガルーラ像は道具の預けたり引き出したりする事が出来るの……探検隊にとってはかなり重宝されているわ」
「そ、そうなんだ……」
彼らが驚いてるのを尻目にエレナはガルーラ像について簡潔に説明をする。その後、「探検隊なら話は聞いた事ぐらいあるじゃない?」と付け加えフィルドは言葉を詰まらせてしまう。
「あっ、そうだ! 改めてルートを確認するんだけど……」
(た、助かったよキュベレー……)
ふとキュベレーは思い出したようにフィルド達に振り向くと不思議な地図をやや狭い足場広げた。急に声を上げた彼女に案の定エレナはつられてキュベレーに体を向けた。ここでの彼女の行動はフィルドに取っていい機転になったようで彼はお礼を内心で呟く。
「今は……『沿岸の岩場』の前って所かな?」
「えぇ。ここから『ツノ山』を通っていくわ」
エレナは指でなぞりながら説明をする。ちなみにこのルートを選んだのもエレナだ。彼女が言うには初めて遠征に行くならば海沿いに沿って行けばほとんど迷わずに行けるだろう、との事。
もちろん、フィルド達は経験豊富なエレナに意義を唱える事なく決め、今に至るのだ。
「とにかく……頑張って行こうね!」
キュベレーは気合いを込めて言うと右前足を差し出した。それを見て察したのか、フィルド達も次々と己の手や足、翼を重ね合わせる。
「フィルド、よろしくね!」
「あ、あぁ……それじゃ行くぞ!」
キュベレーに振られて若干驚きつつもフィルドはしっかりメンバーの顔を順番に見た。
「『サンライズ』、ファイトぉーーー!!」
「「「おぉぉぉぉお!!!」」」
『サンライズ』の掛け合いが崖から響き渡った。掛け合いをすると全員にやる気が入ったのかキュベレーを先頭に全員が洞窟へと進んでいく。
(キュベレー……昔は臆病だったのに今はリーダーシップをとるようになったんだな……彼女も成長してるって事か……)
そんな彼女にフィルドは後ろから追い掛けながらしみじみと思った。初めて出会った時の臆病な彼女はどこへいったのか。何がともあれキュベレーも少しずつではあるが確実に逞しくなっていた。
「…………あれ……?」
「どうしたの?」
先ほどとは打って変わりキュベレーは気の抜けた声を出す。その様子に首を傾げながらジュードは彼女に聞くと彼の声に反応したキュベレーは――
「道が……二手に別れているんだけど……」
困ったような顔をして振り向いて答える。フィルド達が入り口に近づくと――確かに右と左で別れていた。
「ええええぇぇぇ!? 迷わないんじゃなかったのかよ!」
「私がきた時には一本道しかなかったわよ? ……もう二年前の事だけど」
「さ、流石に二年も来ないんじゃ新しいダンジョンも増えるよね……」
不満の色を入れて声を上げるシンラにエレナは怪訝そうに洞窟の右側を指を差す。ジュードもエレナの説明にさりげなくフォローをした。
「それで……どうするの?」
「そうだな……こういう時は――」
リョウトの質問に話を一端区切らせるとフィルドは枝分かれした入り口の手前間で来て耳をすましはじめた。
「――よし、右がいいな。風通りもこっちがいいし……異論はない?」
そんな単純な理由で右へ行くことに決めたフィルドに全員が頷き、足を進めたのだった。
――沿岸の岩場――
フィルド達が入っていった『沿岸の岩場』は海が近いためか、水タイプのポケモンが多く占めていた。海風が運ぶ塩の匂いが鼻につくのを気にしながら彼らは奥へと進んでいく。
「さすがは遠征……なかなか歯応えのある敵ばかり立ちふさがるな……“波導弾”!」
フィルドは素早く“波導弾”を形成して目の前にいたタマザラシに向け放つ。無論、彼(または彼女)に避ける時間などなく直撃を受けて倒れた。
「そうね……。“蔓の鞭”!」
そんな彼の独り言に反応しながらエレナはピンク色の海月のような姿をしたプルリルを二人まとめて攻撃する。
「さすがはエレ――! 危ないっ!?」
「え――!?」
エレナの後ろに何かがいたのを偶然見つけたキュベレーは声を荒げた。その声につられて振り向いた彼女の顔面に――茶色い何かがベチャ、と音を立てて貼りついた。
「エレナ! 大丈夫か!?」
「えぇ……さっきはよくもやったわね! “蔓の――!?」
顔に引っ付いた泥を気にせずに技を出そうとしたエレナの動きが一瞬止まってしまってしまう。その動きはまるで何かに引っ張られているかのように出さないのだ。
「エレナ!? 一体何があったの?」
「……くっ、やられたわ。さっきプルリルと戦った時に特性を発動されたみたい……」
「プルリルの特性って確か“貯水”と“呪われボディ”……!? まさか!!」
ジュードは呟くと先ほどプルリルが気絶した場所を見てみる。そこには先ほど“蔓の鞭”を喰らったプルリルが二人とも立っていたのだ。プルリルの特性は二つ。一つは“貯水”と呼ばれており、水タイプの技を吸収して回復するもので、一つの“呪われボディ”は隣り合った敵の技を封印する事が出来る。エレナの技にプルリルが反応したのは後者によるものでこれもまた一撃で倒せば発動しない特性であるが……どうやら先程の一撃では仕留められなかったようだ。
「ここからが僕が近い……なら、“シャドーボール”!」
たった今起き上がったばかりでおぼつかない様子のプルリル達にジュードは素早く“シャドーボール”を二発打ち込む。初めて使用したのか、まだ小さく頼りない漆黒の塊も体力があまり残されていない且つ相性が悪い彼女達にはかなり効いたようで命中した彼らが起き上がる事はなかった。
その様子を見ていたエレナだったがそれが大きな隙を作る事となってしまう。今がチャンスと言わんばかりに彼女の目の前にいた“泥かけ”の犯人――トリトドンが口に水色のエネルギーを溜めはじめる。
「エレナ、来るぞ!」
「分かってるわ!」
フィルドに返事をしながらエレナは視線を再びトリトドンに向けると技を出すために構える。
「エレナ……まさか目を瞑ったまま出すつもり……?」
「「えぇっ!?」」
エレナの様子を見ていち早く違いに気付いたリョウトが言うとキュベレーとシンラはハモらせながら驚き彼女を見やると敵を目の前にしてもエレナは目を瞑っていたのだ。
「さっきのトリトドンの“泥かけ”で視力も奪われてる中どう出るか、だな」
「それ以前に泥を落とせばいいと思うけど……」
静かに見守る態勢になったフィルドにジュードがごもっともなツッコミを入れたが誰もそれに突っかからない。それよりもエレナとトリトドンに注目していたのだ。全員が固唾を飲んで二人を見る中、先に動いたのは――
「“グラスミキサー”!!」
エレナだった。相変わらず目は瞑ったままだったが、大量の葉っぱを出しトリトドンに向かって放つ。葉っぱはエレナが標的を見ていないのにも関わらず正確にトリトドンを包み込んだ。
「「「うわぁ……」」」
「す……すげぇ……」
視力を頼らずに技を当てたエレナに全員が思わず感嘆を漏らしていた。
「エレナ……一体どうやって……」
「そうね……第三の特性≠フおかげかしら?」
「第三の特性=c…」
リョウトが反芻するとエレナは頷く。ちなみにリョウトとジュード、シンラは第三の特性≠ノついてはフィルドから聞いていたが、実際に見るのは初めてのようで少々驚きながらも続きを聞こうと耳を傾けている。
「私の第三の特性は“天の邪鬼”……能力変化の効果が逆になるのよ」
つまり“泥かけ”をくらい命中率が下がったかに見えたが、それをきっかけにエレナの第三の特性が発動して命中率が上がったのである。
その証拠に泥を拭った彼女の双眸は紅色ではなく首に巻かれたスカーフと同じミント色を携えている。即ち、第三の特性が発動した事を意味していた。
「いつの間にそんな事を――」
「いつの間に……というか、目の前が茶色く塗り潰されたら逆に相手がどこにいるのか、はっきりと分かるようになったのよ。それでもしかしたらって思った訳」
エレナによると最初のトリトドンの技を喰らった際、どうやら無意識に発動していたようだった。彼女は「それが普通でしょうけどね」と付け加える。
「でも、うまく使いこなせば私みたいに任意で使えるかもしれないね!」
「そうね……出来ればの話だけど……」
嬉しそうに語るキュベレーにエレナは視線をやや下に向けながら返す。その瞳はいつの間にかいつもの紅色に戻っていた。
「よし……とりあえず次に進むぞ」
フィルドが催促したのを合図に『サンライズ』は歩みを進めた。
それから通路に立ちふさがる野生のポケモン達を倒し続けていた時、ふと先頭を歩いていたフィルドが足を止めた。それにつられてキュベレー達も立ち止まる。
「フィルド、どうかしたの?」
「いや……何かがついて来てるような気がして――」
そこまでフィルドが言うと言葉が途切れた。皆がただ首を傾げている中、フィルドは静かに耳を澄ます。
(何かが擦れ合っているような音が聞こえる……)
彼は何かが壁を擦りながら近づいている音を聞き取っていたのだ。フィルドは仲間の顔を見るために振り返るとリョウトだけが少し強張せながら目を泳がせている。どうやら彼にも聞こえているようだ。そして今まで来た道に目を向けた時――
「――っ!」
フィルドは無意識に悲鳴を上げた。他の皆もつられて後ろを振り返り――
「「「…………っ!!」」」
絶句をしてしまった。なぜなら彼らの後ろにはピンク色と水色の二色が獲物が逃げられないように通路を隙間なく埋めていたのだから。それがゆっくりではあるが確実に近づいていたのだ。
その行動から自分達は追われているとフィルド達は理解する。そこからとる手段はただ一つ――
「皆……とりあえず走れぇぇーー!」
フィルドが言うと同時に全員が進路方向に向けて走りだした。