#28 仇となった不安
――忘れ去られた抜け道――
「!? 今……フィルドさんの声が聞こえたような……」
『忘れ去られた抜け道』にジュードは分かれ道の部分で風に流れて聞こえてきた声に耳を済ます。
「とにかくフィルドさん達はこっちの道に行ったんだよね……」
首を捻りながらフィルド達と一緒にいた時の出来事を思い出し確認するジュード。そこへ――
「あ、いた……ジュード!」
「えっ? リョウト!?」
リョウトが追いかけてきたのだ。
「リョウト……どうして来たの?」
「いや、だって……ぼくも心配だったし、それに君に何かあったら嫌だからね」
村でのやり取りを引きずっているのか、憂いを帯びさせながら問うジュードに静かに答えるリョウト。その内容にジュードも面食らったのか暫し瞬きをしたが、心配されたのが嬉しかったようで「あ、ありがとう」とまだぎこちない笑みで返した。
「……本当はあんな事言って少し心細かったんだ。来てくれて嬉しいよ! それから……さっきはごめんね?」
「だ、大丈夫だよ。ぼくは気にしてないし……それにあの時止めても行くつもりだったよね……?」
内に秘めていた不安を口にした後、村にいた時とは違いジュードは頭を深く下げて再びリョウトに謝る。おそらくあの時は彼自身も感情が昂っていてきちんと謝れてなかった事を引きずっていたのだ。それに対してリョウトは首を横に振って許して確認するようにジュードに訊くと彼は真剣な面持ちを浮かべながら力強く頷いた。
「……やっぱりね。それじゃ、様子を見に行こう」
ジュードの答えを予想づいていたのかリョウトは少しだけ困った表情を浮かべてジュードを促す。その際、彼の瞳を覗いたジュードは強張る表情とは裏腹に覚悟の色が灯されているように映っているように見えていた。
そして、偶然にも敵に会わずに進んでいくと――
「―――――ッ!!」
「あぅッ!?」
「何ッ!? この……空気をつんざくような奇声!?」
リョウト達に風によって運ばれた声なき奇声が浴びされられた。その声は不快音として耳に残り耳を塞いで地面に突っ伏したリョウト達を苦しめた。さらに――
「う……うわあああぁぁぁ!!」
「ヒャァァハハハッ!! いいぞ……この音にキサマの悲鳴! もっと響け! 喚けぇ!!」
間髪入れずに次は聞き覚えのある悲鳴と低い声で嘲嗤う声が彼らの耳に入ってきたのだ。
「今の悲鳴……やっぱりフィルドさんだよ!」
「じゃあもう一つは……とにかく行ってみないと分からないね」
立ち上がりながら確信したように言うジュードに三つの声を聞いて浮かない顔をしたリョウトは「そうだね……」と付け加えながら歩みを速める。ちなみに彼らが奥に進んでる間は野生のポケモン達は奥から響き渡った三つの音に驚いていたためか全く襲わなかったそうな。
――
導の祭壇――
リョウトとジュードが祭壇の入り口近くまで来るとつんざくような声とフィルドの悲鳴はピタリと止む。嫌な予感を感じた彼らは入り口の両脇で待機して慎重に中を覗き込むと信じられない光景が目に入った。
「あれって……シンラさんにエレナさん!?」
腹に一部だけ紅く染まったリボンを巻いて入り口近くで倒れているシンラ、その奥で傷だらけで横たわっているエレナに思わず声を大にしたリョウトにジュードは「しっ!」と注意をする。注意をされたリョウトは「ごめん……」と首を竦めながら小声で謝ると再び中の様子を窺う。
「ど、どうしよう……」
「……僕達じゃ、あの凶暴そうなポケモンを相手するのは敵わないから戻って保安官に依頼するしかないね……」
不安そうに質問を投げたリョウトに妥当な答えを返したジュードの声は空中に浮く存在に怖れを抱いているのか、にわかに震えている。あまりダンジョンを行き来しない彼らでも空中に浮いている者――サザンドラから発する異質なオーラが感じ取れていた。それが脳に危険信号として変換されて、“今すぐ離れろ”と警告しているのだ。
その本能を直感的に感じ来た道を戻ろうとした二人だが――
「こんな所でなぁにしているんだぁ?」
「「――ッ!?」」
サザンドラは彼らに気付きドスの効いた声で問いかけたのだ。その声が耳に入ってしまったリョウト達は金縛りにでもあったように体を硬直させてしまう。
それでも必死に前へ進もうと足掻くリョウト達。だが体は彼らの想いに反して動かせず、気持ちだけが焦り出す。そこへ――サザンドラは彼らの真後ろに立ち、掴んでいたキュベレーを投げ捨てた。その瞬間に生まれた風圧と彼女が地面に落ちた重い音が二人の背中を撫でる。
その風は二人をさらに固まらせるのに十分な効力を発揮させた。すぐ後ろに立つ者の吐息が彼らの耳に入り悪寒を走らせ、息に含まれた血の匂いが戦慄を生ませる。もう足を動かすことすら忘れてしまいそうな、全身を蝕む恐怖。極めつけにキュベレーが地面に叩き付けられた鈍い音が耳に入り恐怖をさらに扇ぐ。頭が真っ白になり何をすべきか分からなくなっていた時――彼らの首に激痛が走っていた。
「ああぁぁあ!?」
「あぅッ!?」
その激痛――噛まれているよりはつねられているような感覚――にリョウトとジュードは悲鳴を上げる。サザンドラは彼らの声に口元を歪め、二人を掴んだまま上昇を始めた。その状況がさらに恐怖心を煽りリョウト達を混乱に陥れる。
「ぐっ……は、放してくださいッ!」
「そう言って放すと思うかぁ?」
声を震わしながらも抵抗しようともがくジュードだが、サザンドラは一蹴し彼を掴んだ腕を引き寄せた。その瞬間、ジュードは目を大きく見開く。目を合わしただけなのに恐怖が彼の体中をものすごい速さで駆け巡り足掻くことさえも忘れさせた。
「あ、あぁ……!!」
「……よぉし、まずは貴様から案内してやろうか……」
顔を強張せるジュードにサザンドラは口元を吊り上げると彼の喉元を持つ左手を伸ばし――
「あの世行きへのな!」
「あ――――」
喰わえた口のような手を開いたのだ。その瞬間、支えをなくしたジュードの体は重力に従って墜ちてゆく。
「ジュ、ジュードォォォ!?」
「ヒャハハハハァ! 今日は素晴らしい日だ……一気に快感を満たせるんだしな!! さて……次はキサマだッ!!」
リョウトの悲痛な声が祭壇の部屋に響き渡る。この高さでは助かる確率もないに等しい。先ほどまで話していた親友を殺された絶望と喪失が入り雑じった声がサザンドラへ快感を沸かせた。彼は声を大にして嗤うと空いた片方の手をリョウトの首にかけ、力をいれ始めた。気道を止められ呼吸する行為を絶たれたリョウトはジュードと同様足掻いてみるが、やはりサザンドラには効いていない。やがて息苦しくなり意識が朦朧とし始める。
(うぅ……ここで死ぬの……?)
抗おうとしても息が出来ないため力が思うように入らない。目の前が端から徐々に闇が迫り始める。意識を保つのも辛くなり手放そうとした時――
「グハッ!?」
サザンドラが苦痛の声を上げたのだ。と、首を締めていた両手の拘束が解けてリョウトは新鮮な空気を吸い込むことが出来た。だが空気のおいしさに噛み締めているのも束の間、今度は下へ引っ張られる感覚が彼を襲う。その瞬間、自分は落下しているのだと彼は理解する。
(でも……もしかしたら先にジュードは逝って待ってるかもしれない。なら怖いけど――)
――受け入れるしかない。リョウトがそう思った時、誰かに体を受け止められたような感覚が包む。一方受け止めた本人はリョウトを脇に抱え込むと尖った岩肌を足場にしてリズムよくに降りて行く。
「本当にしぶといガキだな!」
痛みに耐えながらその様子を見たサザンドラは空中にうきながら忌々しく呟く。
「ジュードさんは無事です。あとは……俺に任せてください!」
腕から解放されて地に足をついたが自身の心配を汲み取ってくれた聞き覚えのある声を聞きどこか安心感を覚えたリョウトは何度も頷き、彼が指を指した岩場に向かって走り出す。
「さて、今度こそこっちの番だ!」
リョウトを一瞥しサザンドラに向き合った少年――フィルドは両手を打ちながらサザンドラを見上げた。