#31 依頼を終えて
――プクリンのギルド――
「……本当に大丈夫だろうか」
崖にぽつんと建てられた建物『プクリンのギルド』の入り口に立っていたペラトが空を仰いで呟く。門限になっても帰ってくる気配がない『サンライズ』を彼は心配していた。その空は真っ暗になり、星達が存在を示すように輝き始めていた。まさかダンジョンに力尽きたのではないのか――ふと最悪の予想が頭を過り、ペラトは頭を思い切り振って否定する。そしておもむろに視線を戻した彼の前に一つの光が現れた。それは突如輝きだし、ペラトは反射的に声を漏らして目を瞑る。やがて光が弱まるとそこには――
先ほどまで『ルイスタウン』にいたフィルド達『サンライズ』と住人であるリョウトとジュード、そして長のシャルナが現れた。心なしか『サンライズ』の表情は少し強張っている。
「お、お前達……! 大丈夫だったかい!?」
ペラトは目の前に現れたフィルド達を見て心配した声を出す。一方で出迎えられた彼らはペラトに怒られるのではないかと先ほどまで緊張していたようだが、予想に反したため緊張から解放される事となった。
「お帰り! フィルド、キュベレー、エレナ、シンラ♪」
「サクヤ親方……」
そんな彼らにペラトの後ろから呑気な声を出してサクヤがギルドから出てくる。
「まぁ、積もる話はあるけどとりあえず入って?」
サクヤに促されてフィルド達はギルドに入った。
「……なるほどそんな事があったんだね」
ギルドへ帰還したフィルド達はサクヤに『ルイスタウン』へ行く道中であった事を報告する。ちなみにフィルドは“コバルオンが力を貸した”と言う事はしなかった。
というのはあの場で知っていたのはフィルドだけ――リョウトは岩蔭でじっとしていたため戦闘を見ていなかったのと他のメンバーとジュードは意識を失っていたため――と言う事で落ち着いたら話そうとフィルドが勝手に決めたのだ。
「……確かにお尋ね者を退治に時間がかかってたなら門限になっても帰って来なかった訳だしバイル保安官が賞金を持ってきたのも納得がいくな」
ペラトは理解したように何度も頷く。
「でも……キミ達はすごいよ!」
「えッ……どうしてですか?」
「はぁ? “どうしてですか”って……お前達あの凶悪サザンドラを……☆4ランクのサザンドラを逮捕したんだぞ!?」
「…………えっ……」
サクヤが急に褒めたため、理解出来ずに首を傾げた『サンライズ』にペラトは呆れながら補足をいれた。その後、束の間の静寂が包み込み――
「「「えええええぇぇッ!?」」」
『サンライズ』のメンバーの驚いた声がギルド中に
木霊する。そしてこの後、彼らをさらに驚愕させる会話が立て続けに待っていた――。
「まぁ、そんな快挙を成し遂げたのですか!」
「そうだよ、シャルナ♪」
「……長とサクヤさん、なんだか親しくお話してますね」
「うん♪ だって、シャルナはともだちなんだもん!」
リョウトの呟きに自慢するような口調で答えるサクヤにフィルドは「え……」と驚きの反応をする。エレナとジュードは納得しながらもやはり驚いたのか、二、三度瞬きをしてサクヤとシャルナを見返した。そしてキュベレーやシンラ、ペラトはいうと次々とカミングアウトされる内容についていけず、唖然とした表情でサクヤをただただ見ていた。
「それでサクヤ……」
「分かってるよ♪ そのイーブイ君とポチエナ君を弟子入りして欲しい、って事でしょ?」
「サクヤ親方!?」
「おッ、親方様!?」
そんな彼らを無視して勝手に話を進める二人にフィルドとペラトの声が見事にハモる。
「お、お言葉ですが親方様……我々にはもう少しで
遠征があるんですよ? 今更弟子入りなど――」
「ペラト」
ペラトの説明をサクヤは真剣な表情でピシャリと制す。その険相にペラトは何を言っても無駄と悟ったのか、口を挟む事はなかった。
「まぁ、とりあえず二人は『サンライズ』に入ってもらう事にするから♪」
「は……はぁ……」
「本当に忙しい時期ですのに勝手に押し付けて申し訳ありません……」
呆気にとられているフィルド達にシャルナは頭を下げた。
「彼らには身近な所ではなく、もっとこの広い世界を自分達の目で見させてあげたいと思ってました。しかし、あまり戦闘に慣れていない彼らをいきなり探検させるのは無謀だと思ってしまい……そこで困っていた時にサクヤに頼んだのです」
「それで親方様は……」
「もちろん、了承したよ♪ でもね、ボクからも条件を出したんだ。新弟子達の遠征メンバー入りのテストのような事をするからそれを手伝ってくれたらいいよって」
「つまりそれが『ルイスタウン』の長……シャルナさんへの手紙配達って事か……」
フィルドが言うとサクヤは満面の笑みで頷き返す。
「あなた達に内緒でこんなことをしてしまって本当にごめんなさい」
「いや、そんな謝らなくていいですって」
「フィルドさんの言う通りですよ、長。あなたが僕達を想って行動していた事が分かりましたから……」
再び頭を下げたシャルナにフィルドとリョウトは首を横に振る。そしてフィルドは後ろに立っていた新入り二人に向き直して口を開いた。
「なんか既に決まったような感じがあったけど……改めてよろしくな!」
「はい……こちらこそよろしくお願いします!」
「かしこまらくても大丈夫よ」
「そうそう、オレ達はもう仲間だからな♪」
「……そうだね、これからはよろしく!」
「こちらこそよろしくね」
リョウトとジュードが仲間になる事が決まりフィルド達は喜んだが、半ば空気になりかけたペラトの咳払いにより再びサクヤを見上げた。
「とりあえずまずはランクアップするからバッチを貸してくれるかな?」
「分かりました……でもランクアップって自動で上がるのではなかったんですか?」
フィルドはバッチを渡しながらサクヤに質問を投げる。探検隊バッチは依頼をクリアしたりお尋ね者を逮捕したりすると評価に合わせたポイントがバッチに貯まる仕組みとなっている。そのポイントがある程度貯まると、バッチの色が変わり勝手にランクアップするのだ。それをギルドの親方が自らの手でやるなど、フィルドにとっては矛盾しているようにも感じたのだ。それはキュベレー達も同じ考えだったようで彼女達も相槌を打つ。
「まぁね、でもね飛び級する時は手作業でやらないといけないんだ……」
バッチと格闘しながら説明をするサクヤ。その表情は実に親方らしい真剣な顔つきそのものである。だが――
「あれ……? ここからどうやったっけ??」
首を捻りながら小声で呟いたのだ。耳がいいフィルドは呟きを拾い呆れ顔を作る。
「親方様……私でよけれ――」
「……まぁ、いいや。こういう時は二ついっぺん(・・・・・・)にやっちゃおう!」
ペラトの言葉を聞き入れずサクヤは何か悪戯を思いついた子供のような笑顔を作った。するとシャルナは冷静にフィルド達に指示を出す。
「皆さん、私の後ろにいて下さい」
「えっ……今から何があるんですか?」
「見ればすぐに分かりますよ」
リョウトの質問にすぐに答えるシャルナ。一方のサクヤは息を大きく吸っており今から大声を出しますよ、と向けられた背中から語っているようにも見える。
「“守る”」
「たあああぁぁぁぁぁぁ!」
「あ――」
タイミングを見計らったようにシャルナが緑のドーム場のバリア――“守る”を使う。緑色のバリアが七人を覆い尽くした時、ワンテンポ遅れてサクヤの十八番である“ハイパーボイス”が飛んで来た。そして逃げ遅れたペラトの断末魔が、さらには積んであったお宝が積み木倒しの如く崩れゆく音が次々と発せられて……サクヤの部屋から即興不協和音と埃が溢れたのだった。
「皆さん、ご無事ですか?」
「あ……はい。シャルナさんのおかげで何とか……」
シャルナの“守る”で難を逃れたフィルド達はこんな状況を作った本人――サクヤを呆れ混じりに見上げた。そして当の本人はと言うと――
「はい、探検隊バッチ! キミ達はダイヤモンドランクに昇格だよ!」
何事もなかったようにニコニコした表情でフィルドに探検隊バッチを渡す。確かにバッチは今までの銀色から碧色に輝いてる宝珠へと変わっていた。
「それとリョウトとジュード……キミ達の弟子入り登録も一緒にやったから♪ これからは『サンライズ』のメンバーの一員になって頑張ってね!」
「「あ……ありがとうございます……!」」
ランクアップと一緒に自分達の登録をした事に驚きながらも礼を述べるリョウトとジュード。どうして一気に出来たのか気になったのは言うまでもない。
「あぁ、それと……皆の分のトレジャーバッグがようやく届いたよ♪」
「本当ですか!?」
あどけない顔つきとやや幼い声から想像つかない程次々と仕事を片付ける手際の良さは端からこの場にいた全員がついていけていなかった。そんな中、次に出したのは『サンライズ』のリーダー以外の人数分のバック。嬉しそうに声を上げたキュベレーにサクヤは頷きながら、フィルド以外のメンバーにバッグを配分する。
「やったぁ……! ありがとうございます!」
「これなら道具もすぐになくなる事はないわね」
「よぉし、オレのバッグには大量のリンゴを――」
「リンゴばっかり入れてどうする……」
キュベレー、エレナ、シンラは早速バッグを首からさげる。ちなみにシンラはフィルドのツッコミがもれなく付いたが。
「それじゃ、フィルド。部屋に案内してあげましょ?」
「そうだな……二人とも、ついてきてくれ。それでは失礼しました!」
「……あッ、皆さん待ってください!」
部屋を出ようとしたフィルド達はシャルナに呼び止められた。
「どうか……お二人をよろしくお願いしますね」
「分かりました」
「それとリョウト、ジュード……頑張ってください」
「長……はい!」
「分かりました……!」
リョウトとジュードはシャルナに向けて一礼をし、フィルド達の後を追う――シャルナの応援を胸にしまいながら――
「さて、シャルナ。今日はもう遅いから泊まっていきなよ?」
「そうですね……では、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「じゃあ、今夜は思い出話とかしようよ♪」
部屋に残ったシャルナはサクヤの言葉に頷いた。夜、灯りがついたサクヤの部屋から二人の話が絶えなかったのはまた別の話――。
「……てな訳で、俺達『サンライズ』に本日付けでリョウトとジュードが加わる事になったんだな。改めて、よろしくな!」
「うん、よろしく! ……まさか長がサクヤさんに手引きしていたとは思わなかったけど……」
「でも、そのおかげもあって僕達はこうして弟子入り出来たし……皆と一緒に探検も出来たから良かったかな……」
部屋に着いたリョウトとジュードは今日体験した事を思い出しながら想いを言葉に表す。フィルド達も口には出さなかったものの、出来事を懐かしむように噛み締めていた。
サクヤ直々からの依頼から始まり、リョウト達案内人の護衛、☆4ランクのお尋ね者との闘い、そして――
「……時空のオーブ≠フ光か……」
「フィルド?」
「あ……いや、なんでもないよ」
心配そうに見つめるキュベレーと合いそうになった目を逸らすフィルド。
「なぁなぁ、仲間が増えたんだから“あれ”やろうぜ!」
「……あぁ、“あれ”か。今出すから」
なんとなく包まれた気まずい雰囲気を壊したシンラにフィルドは心の中で感謝しつつ、自分のバッグから“あれ”に必要な道具を出す。
(あ……でもよく考えたら確か空中で光ってたよな……)
そんな事を思い出しながら漁っていると見覚えのある黄色い曲線が他の道具に埋もれているのを発見する。入れた記憶がない――というより空中に浮いていたため、戻す余地はなかったよな? と不思議に思いながらフィルドは掴んでバッグから取り出す。彼が取り出したのは時空のオーブ≠ナある。
「あぁ……ごめん。実は俺達のチームに入ったらこれに触れて波導のスカーフ≠チてやつを作るんだ」
「波導のスカーフ=c…あれ? どこかで聞き覚えが……」
「知ってるの?」
ジュードの呟きにキュベレーが食い付く。
「うん……あれは……確か昨日……夢の中で波導のスカーフ≠与えるって……色は紺色だったかな。そういえばリョウトも視たんだよね?」
「うん。僕は水色だったよ」
(二人とも夢で視てるんだな…………やっぱりこれって何か関係があるのかな?)
二人の話を聞き関連性を考えたフィルドだが、今は気に留める必要はないと結論づけると時空のオーブ≠リョウトの目の前に置いた。
「リョウト……触れてみてくれないか?」
「う、うん……」
リョウトは言われた通り前足で時空のオーブに触れるとフィルド達の時と同じように触れた部分から波紋が広がり、透明だったオーブはだんだんと水色を帯びていく。そして、完全に色づいた時、文字が浮かび上がった。
「――汝の波導はきれいなアクアブルーである。よって汝に水色スカーフを与える――」
「あ、フィルド。文字読めるようになったんだ!」
「まぁね。これも毎晩足型文字を練習して頭にたたき込んだおかげかな」
フィルドが浮かび上がった足型文字を滑らかに読み上げると時空のオーブ≠ヘ光を生み出す。目の前で起こった現象にリョウトとジュードは目を奪われていると光はリョウトに近付き……水色のスカーフへと姿を変えた。
「首に巻くか?」
最後の短めな質問にリョウトは頷くとフィルドは彼の首にスカーフを巻いた。
「おぉー! 似合ってるなぁ!」
「ありがとう」
スカーフをつけたリョウトにシンラは誉め言葉を送ると彼は少し紅潮させた。
「じゃ、次はジュード君の番かな?」
「そうだね。……お願いします!」
(時空のオーブ≠ノ言ってもねぇ……)
時空のオーブ≠ノ向かって頭を下げたジュードにエレナは心の中でツッコミを入れる。そうしてる間にもジュードはオーブに触れていた。色は濃い紺色へと変わっていく。そして、色づいた頃、毎度の如く足型文字が浮かび上がった。
「――汝の波導は知的なマリンブルー。よって汝に紺色スカーフを与える――」
ジュードは謳うように読み上げると、先程と同じように光がオーブから生み出される。そして、彼の前に降りるとスカーフへと姿を変えて地面に舞い落ちた。
「で、ジュードはどこに着ける?」
「うわぁッ、いつ拾ったの!?」
ジュードの足元に落ちていた紺色スカーフをいつの間にか拾ったフィルドにジュードは若干驚く。
「いつ拾ったってついさっきだよ……それでどこにつける? 首?」
「首は……別なものをつけているから前足に結んでくれる?」
ジュードは首についた首輪を撫でてから右前足をフィルドの前に出す。フィルドは「分かった」と言うと紺色スカーフを前足につけた。
「あれ? フィルド、腕輪つけていた?」
「ん? あぁ、これか」
ジュードがフィルドについていた腕輪に気が付く。“腕輪”という単語に喰いついたのか、ほかのメンバーもぞろぞろとフィルドの近くに集まってきた。
「本当だ!」
「銀色の腕輪ね……いつ拾ったの?」
「フィルドずりぃぞー。オレのはないのかぁ?」
キュベレー、エレナ、シンラが三者三様の反応を示す。
(コバルオン……話してもいいか?)
“ふむ……我は別に構わぬぞ? いずれは正体がばれる事になるであろう……なら、今明かしてもいいと思うが……”
フィルドの心の中で問うとコバルオンがテレパシーで返事をする。彼の返答にフィルドは目を瞑り、数秒経ってから開くと説明を始めた。
「そうだな……この腕輪はあの祭壇で所で見つけたんだ」
決心したように話を始めたフィルドに全員が耳を傾ける。彼はたった一人でサザンドラと戦った時、その途中でコバルオンが力を貸してくれた事を五人に告げたのだった。
「……そうだったんだね。フィルドは私達が倒れている間、一人で……」
話を終えてキュベレーが申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開く。またフィルド以外の全員がキュベレーと同じ表情をしたり、悔しそうに俯いたりしている。
「キュベレーや皆が気にする事はないよ」
「なぁ……今、コバルオンってヤツは出せないのか?」
そんな重い空気に包まれた雰囲気に似合わない質問をするのはシンラ。彼のお願いにフィルドは眉間に皺を寄せながら答える。
「無理だな。例え出せたとしても、今ここで出したら天井突き抜けるぞ?」
答えは当然、無理。身長が2.1メートルあるコバルオンを弟子部屋に召喚すればフィルドが言ってた通り天井を突き破り、下手をすればギルドが壊れかけない状況になる。さらには「そもそも召喚なんていつ言ったんだ?」と付け加えられて肩を落とすシンラに全員が苦笑。当然彼は、「苦笑いすんなぁ!」と涙目で反論する。
「まぁ……とりあえず、シンラにとっては第一関門を突破した事になるわね」
「本当だね! これで皆で行ける事になったかな?」
「いや……まだ分からないよ。むしろこれから頑張らないとな……」
そして話は依頼の話に巻き戻され、フィルドの言葉に全員が頷く。
「よっしゃあ! そうと決まれば明日からまたいつも通りに依頼をして遠征に行けるように頑張るぞ!」
「「おぉー!」」
「おっ、おー!」
「……うん!」
「おいシンラ!? 勝手に音頭を取るな! てかキュベレー達も合わせるなぁ!!」
シンラに合わせた四人に今度はフィルドが反論する番となっていた。――今日の弟子部屋からいつも以上に賑やかな笑い声が溢れて静寂な夜に余韻を残したのだった。