#29 蒼海の一閃
「“竜の波導”!」
サザンドラは右手をフィルドに向け紫色の衝撃波を撃つが、彼は冷静に見ながら両手に一つずつ“波導弾”を形成し放つ。二種類のエネルギーは中央でぶつかると相殺するように爆発を起こす。
今日は「爆発がやけに多いな」とフィルドは呟きながら“守る”を発動する。まもなくしてサザンドラが煙から現れ緑色の壁にぶつかった。
「くくく……自分ばかり守ってると足元をすくわれるぞ?」
口元を歪めてサザンドラは警告すると両手と自分の口を最大限に開く。
「まさか……ッ! リョウトさんッ! 今すぐ耳を塞いでください!!」
サザンドラが口を大きく開いた事、そして息を大きく吸う音が聞こえたためか“ハイパーボイス"を出すと導き出したフィルドは、岩蔭にいるリョウトに指示をする。
彼の鋭い声を聞き、岩蔭からリョウトは顔を出すと近くに倒れていたエレナ、入り口にいたキュベレーを“電光石火”を使って順々に岩蔭に運んで自身の耳を塞いだ。そして――
「“ハイパーボイス”!」
サザンドラの口から“ハイパーボイス”が放たれた。
「くッ……!?」
“守る”を使って防いでいたフィルドだが至近距離で放たれた“ハイパーボイス”の威力に段々と押されていった。
また巨大な音波は洞窟内を共鳴して全体に響かせる。そのため――
「うぅ……頭が……!」
岩蔭に隠れて耳を塞いでいたリョウトにも少なからず影響を与えていた。
(……リョウトさんが苦しんでいる? 急いで何とかしないと!)
波導でリョウトの状態を感知したフィルドは咄嗟に空いた左手で“波導弾”を作ると、“守る”を瞬時に解いたと同時に放った。
咄嗟の不意討ちにサザンドラは舌打ちをすると技を中断し両腕を交差させて“波導弾”を受け止める。
“――フィルドよ、念じるが良い”
(コバルオン……あぁ!)
頭に直接語りかけてきたコバルオンに言われた通りに目を瞑り何かを念じるフィルド。すると巨大岩に祀らわれていた銀色の丸い石が光出した。
まるで意志が備わったように宙を浮くとフィルドに向かってゆっくりと移動を始める。その間、フィルドは波導を使いサザンドラがいつ仕掛けて来ても対応出来るように警戒をしていたが――
(……攻撃して来ないのか?)
サザンドラは防御姿勢のまま動こうとはしなかった――いや、まるで時間が止まっているかのように動かなかったのだ。
その間にも石は徐々にフィルドに近づき彼の目の前に来た。その事が分かったのかフィルドはゆっくりと目を開ける。そして深呼吸をすると右手を翳した。
するとピキッと軽い音がしたと共に石に一筋の皹が入る。それは徐々に枝分かれしながら広がり石全体を埋め尽くした時、音もなく崩れていった。
入れ替わるように石が浮いてあった所には小さな銀色の光が浮いていた。光は翳しっぱなしにしたフィルドの右手首に近づくと形状を変えて銀色の腕輪となってかけられる。
「次はその腕をもらう!」
前方から聞こえたサザンドラの声に弾かれるようにフィルドは顔を上げる。どうやらサザンドラは時間が止まったような感覚に襲われていないようだった。
(……俺の時間が早く過ぎていったように感じただけなのか……?)
「ぼさっとしてるとは……随分と余裕漕いでるな?」
「なッ……しまった!?」
考えていたためかサザンドラがこちらに突っ込んで来ている事に気が付けなかったようだった。
(距離は離れてるけど、スピードがあるからすぐにでも接近する……なら“波導弾”で対処できる……はず!)
打開策を編み出そうとしている間にも迫りくるサザンドラ。フィルドは“波導弾”を出そうとするが――
「なッ……打てない? まさか切れたのか……!?」
“波導弾”の
PPが切れてしまったために撃てなくなっていたのだ。
(くッ……どうすればいいんだ……!)
十八番の技が肝心な時に使えずフィルドも焦りが徐々に募り始めたその時――
「フィルドよ……あの技を打つがよい……」
(え……!? 技の出し方が頭の中に入ってくる……?)
不意に聞こえたコバルオンの声――それは頭に響いたのではなく、フィルドの腕についた銀色の腕輪から直接語りかけたのだ。コバルオンが言い終えたと同時に技の出し方がフィルドの頭をよぎる。「やってみるしかない」とフィルドは呟くと右手に銀色の光を集め始める。そして――
「「“ラスターカノン”!!」」
頭に過った技の名前をフィルドを叫ぶと合わせるようにコバルオンも腕輪から技名を言う。放たれた銀色の光は突進してくるサザンドラに向かっていった。
「なッ……鋼タイプの技だと!? 馬鹿なッ! リオルが使えるわけが――」
リオルが覚える事がない鋼タイプの技“ラスターカノン”を放つ――常識ではありえない現象を目の当たりにして頭が真っ白になりながらも突進し続けたサザンドラに銀色の光が命中し、彼の周りで紅い波紋が弾けた。
「ぐおおおぉ!?」
サザンドラは“ラスターカノン”を喰らい怯む。
「今が好機だ!」
コバルオンが言うと腕輪が青く輝き出した。腕輪はフィルドの右手首から離れると徐々に形を変えていき、光が弱くなるとその姿を露になる。その柄は深海のような蒼色、そこから伸びた光の刃は柄よりもやや明るい青を帯びた刀だった。まるで海を彷彿させるような美しい刀をフィルドは片手に持ち直すとサザンドラに向かって走りだす。
「どうやら血迷ったようだな。だが……いいぞ、受けて立ってやる!」
体勢を立て直したサザンドラら一呼吸をするとフィルドに向かって低空飛行をする。
「「うおおぉぉぉお!!」」
声を上げながら走る二人。その距離は約七メートルぐらい。そこでフィルドは刀を両手で握り横へ構え、サザンドラは自らの首を突き出し自身最強の物理技を使うための準備に入る。
そして――
「“噛み砕く”!!」
「“思念聖剣”!」
すれ違い様に二つの技を使った。技を決めた二人はスピードを緩め、やがて止まる。お互い以前として立ったままだったが――
「――くッ!?」
先に膝を着いたのはフィルドだった。引きちぎられたであろう右の二の腕から血が溢れ、彼は苦痛の表情をしながら押さえていた。
「ククク……ヒャハハ! やはり俺が勝った! 今楽に――!?」
一方のサザンドラは勝ち誇ったように声を上げたが突然ピタリと動きを止める。やがて、体中を痙攣させるとゆっくりと地面に倒れていった。
「い、今のは一体……いや、それよりもやった……のか?」
「もう立ち上がる事はないだろう……」
肩で息をするフィルドに刀からコバルオンは静かに答えると再び腕輪となってフィルドの右手首にはまった。
「でもまた立ち上がれたら厄介だしな……」
そう呟くとフィルドはサザンドラの所へ歩いて行く。そして、辿り着くと彼の右頬から尾の先まで白い筋が刻まれていたのが見えたが、気にしていて起き上がったらまた戦わないといけないと思い念のため縛られの種を取り出しサザンドラの口に入れた。
「これでもう大丈夫かな……」
溜め息を一つ溢した彼はリョウト達が潜めていると思われる岩に向かってゆっくりと歩きだす。
「そう言えば“ラスターカノン”はたしか鋼タイプだよな……なんで打てたんだろう……? そしてあの刀みたいな技……確か“思念聖剣”だっけ? あれは一体……」
歩いてる途中、フィルドは右腕を押さえながら先ほど打てるはずのない“ラスターカノン”を打てたのか、そしてあの蒼い刀の事を考えていた。しかし、どう考えてもなかなか答えが出ない。
「……あ、知ってるやついるじゃないか!」
何かを閃いたように声を上げた。答えを知るポケモンはおそらくただ一人しかいないと思ったのだ。
「コバルオン……これはどういう事なんだ?」
そのポケモン――コバルオンの声がする腕輪にフィルドは話しかけた。
「……汝は我の力を授かっているが故、我の扱える技が汝にも扱えるようになるのだ……先ほどの“ラスターカノン”や“思念聖剣”のように……」
「なるほど……つまりコバルオンの力を授かったからお前の技も使えるようになったって事か?」
フィルドが結論を言うとコバルオンは「“守る”を使えたのは偶然のようだが」と付け加える。
「そしてもう一つ――汝はあのサザンドラに白い筋が刻まれていた事に気付いたか?」
「……なんとなくは」
「あの筋は“思念聖剣”でダメージを与えると刻まれるのだ」
コバルオンの説明を聞きながら唸るフィルド。すると何か閃いたのか表情を少し明るめた。
「あ、そう言えばサザンドラを斬り付けた際に血が飛び出なかったよな? それと何か関係ある?」
「ほぉ……よく気付いたな」
思い出したように言ったフィルドにコバルオンは感心した声を上げる。
「“思念聖剣”は体ではなく神経に衝撃を与える技なのだ。白い筋はポケモンの神経にダメージを与えた事を証明する烙印……時間が過ぎれば消えてしまうがその間は刻まれた部位を自由に動かす事は出来ないのだ」
「……! そうか! だからあの時サザンドラは痙攣を起こしたんだな!!」
説明を聞きフィルドはサザンドラが倒れた理由と白い筋の因果関係に納得する。そうしている間にフィルドがリョウト達が隠れている岩に着いた。蔭から慎重に覗いて見るとリョウトはまだ耳を塞ぎ体を丸めさせていた。
「もう終わったから大丈夫ですよ」
「え……終わったんですか?」
やや苦笑気味に声をかけたフィルドにリョウトは顔を上げ安堵の表情を浮かべたが直ぐに血相を変える。
「フィ、フィルドさん!? 腕を怪我されてるじゃないですか!!」
リョウトがフィルドの右腕から滴っている血を見つけて彼に駆け寄る。
「これくらい大丈夫ですから気にしないでください……それよりキュベレーは……皆は大丈夫ですか?」
心配をかけさせないためにフィルドは話題を変えるとリョウトはすぐに沈んだ表情に変わる。
「エレナさんとジュードは気を失っていて……命に別状はないみたいです。シンラさんは――まだ入り口近くで倒れてたみたいですから今運んで来ます……」
状況を説明したリョウトは入り口に向かって素早く走りだす。フィルドはその様子を一瞥するとすぐにキュベレーの元に駆け寄り腕の中に抱く。
「キュベレー……」
フィルドはキュベレーの名前を呼ぶが彼女は呼びかけに応じずぐったりとしてる。
「お尋ね者サザンドラは倒したよ……後はバイル保安官に報告すればいいんだ……だからさ……」
フィルドは未だに虚ろな彼女へ優しく語りかける。その途中キュベレーの瞼は光無き瞳を隠すかのようにゆっくりと降りていった。
「だから……閉じないで……目を……開けてくれ……」
気が付いた時にはフィルドは声を震わせて縋るように呟いていた。しかし、完全に落ちた少女の瞼は再び開ける気配はないように思わせた。
「……目を開けてくれよ! キュベレー!!」
フィルドの悲痛な声は祭壇に虚しく反響するだけだった。
「くそっ、俺が早く……いや、もっと早く決着をつければ間に合ったかもしれないのに……!」
悲しみから自分の怒りへと変わった時、フィルドは醜態をつき抱いていた右手を握り締めて地面を思いっきり殴り始めた。せっかく塞ぎかけた腕の傷も再び開いて真っ赤な血がフィルドの腕を赤く染め始める。
「あ……フィルドさん!?」
地面を叩く鈍い音は祭壇に小さく余韻をつけ響く。その音を聞きつけて急いでシンラをくわえて戻ってきたリョウトは彼を慎重に置き止めようとしたが――黒い影がフィルドの右腕――なるべく傷口には触れないよう――に噛み付き動作を封じたのだ。
「……ッ!? 離してくれッ!」
突然の妨害にフィルドは噛み付いてきた者に苛立ちを秘めた目で睨む。その視線の先にいたのは――先ほどまで気を失っていたジュードであった。
「うっ……何を言ってるんですか! そんな事をしたら腕が壊れてしまいますよッ! 怪我もされているのに!!」
タメ口を使いながらも振り払おうとするフィルド。ジュードも負けじと耐えるが――限界が来てしまったのか腕から離れてしまう。ジュードを振り払うとフィルドは再び拳を地面へ殴り始めた。
「ジュード! 大丈夫!?」
「うん……少し頭が痛いけど平気。それよりフィルドさんを止めないと!」
受け身をうまく取れず地面に叩き付けられたジュードは軽い脳震盪に襲われるが、心配をかけまいとゆっくりかぶりを振りリョウトに微笑を向ける。やがて視線は固い地面を叩き続けるフィルドに向けられ再び彼に向かって歩んでいた。だが、今度が止めるタイミングが合わず振り上げた腕に当たって弾かれたりと難航が続いてしまう。
「……フィルド。それ以上自分を責めてはならん」
コバルオンも腕輪から悟るように声を掛けるが聞こえていないのか、フィルドはただ地面を殴り続けた。
――今の彼は自分がキュベレーを助けられなかった事に憤りを感じていた。ただ、その感情をリョウト達にぶつけるわけにはいかない――そうして選んだのが身近にあった地面を殴る事だったのだ。
それからどれ程の時間が経ったのだろう。地面を打ち付ける音がピタッと止んだのは余光の空に星が少しずつちらつき始めた時だった。
「フィルドさん……?」
リョウトが心配そうに言う中、フィルドはある一点を見ていた。リョウトとジュードも目で追ってみる。
「あ……あれは……?」
ジュードが首を傾げながら前足で示す。その先にある物……それは球体に黄色の曲線のようなものがついている――時空のオーブ≠セった。
“……汝はこのまま何もせずにいるのか……”
「ッ! 今、声が……。それにこの声……どこかで聞き覚えが……」
フィルドの頭に響いた声――それはコバルオンよりも低く、たった一言言っただけでも相当上の位にいそうな雰囲気が聞き取れた。
ただ、リョウトとジュードは聞こえていないのか、いきなり声を出したフィルドを眉をひそめながら見ている。
(思い出した! たしか弟子入りした初日の夜に見た夢で聞いた声……そういう事は声の持ち主は時空のオーブ≠ネのか!)
その視線に気付いていないフィルドは時空のオーブ≠見ながら思い返していた。
“……汝は何もせずにいるのか……”
「違う……ただ、どうすればいいか分からなかったんだ……何度も声を掛けても反応が返ってこなくて……最悪の考えもよぎったんだ……」
“…………”
フィルドは無意識に小声で呟きながらキュベレーの肩を握りしめる。
「だけど……俺はまだ……皆と探検をしたい……いや!」
そして、決心づいたように時空のオーブ≠見上げた。
「俺はキュベレーの……大切な仲間の声をもう一度聞きたいんだ!」
ありったけの想いを少ない言葉に込めてフィルドは叫んだ。リョウトとジュードは突然声を上げたフィルドに驚いたが彼の行動を水を差さないよう時空のオーブ≠見上げた。
“……それが汝の想いか…………”
すると、時空のオーブが虹色の光を纏い始めた。
「……まさかあの光は……!」
「コバルオン……? 何か知っているのか!?」
先ほどまで黙っていたコバルオンが驚きの声を上げる。
「おい、聞こえてないのか? コバルオン!!」
フィルドが何度も呼びかけてもコバルオンは動揺してるのか彼の声に応じる事はない。その間にも時空のオーブ≠纏っていた光は徐々に輝きを強めていき、まばゆく発光する。幻想的な虹色を帯びたその光は……祭壇にいる者全てを一瞬で包み込んでしまった――。