#26 現れた本性【後編】
フィルドがサザンドラを相手にしている頃、キュベレーとエレナは重傷を負ったシンラを連れて岩蔭に身を潜めていた。一時はサザンドラに狙われそうになったが、フィルドのおかげで無事に隠れる事が出来たのだ。
「シンラ……目を開けて……」
「エレナ……」
「……どうして彼がこんな目に合わないといけないの……? 襲ってきたのは向こうからなのに……なんでよッ!?」
「エレナッ! 落ち着いて!!」
声を震わして心中を吐露するエレナをキュベレーは必死に宥めるが、エレナはなかなか冷静さを取り戻せない。
(早くエレナを落ち着かせないと……そのためには!)
ここでキュベレーは思いついたようにフィルドから預かったバッグからピーピーマッスグとオレンの実を何個か取り出すと、キュベレーは器用にピーピーマッスグの蓋を開けて一気に飲み干す。
ちなみにこれはマッスグマという種族が飲むとピーピーマックスと同じ
PPが回復するのだが、それ以外の種族が飲んでも回復しない――俗に言うそっくり道具と呼ばれるものである。
キュベレーがそれを飲んだ訳は悪い状態異常にならないし持っていてもしょうがないと思ったため。彼女はそれを一気に飲み干すとエレナに近づいた。
「エレナ、傷口を防ぐから手を貸して!」
「うぅ……ッ」
しかし、嗚咽を始めてしまったエレナからはまともな返事が返って来ない。
(エレナと一緒に過ごして来たけどこんな状態になるのは初めてだよ……)
いつも冷静で落ち着いてる彼女が今にでも取り乱しそうになるところはキュベレーも初めてであり彼女自身の心中は戸惑っていた。 しかしキュベレーは決心したのか静かに深呼吸した。そして――
「いい加減にしてよ! いつまでも泣いてるんじゃ、シンラ君は助からないよ!?」
「――ッ!?」
エレナに向かって怒鳴ったのだ。先ほどまで顔を下げていたエレナも今まで聞いた事のない彼女の声に驚き思わず顔を上げていた。
「エレナは大切な仲間が苦しんでいるのにいつまでも泣いてばっかりでいいと思ってるのッ!?」
「それは………」
「立ち止まっているなら少しでも最善の方法を探して取りかからないと……」
先ほどの怒鳴り声から一変して静かに言い切ったキュベレーは俯く。彼女の頬には一筋の涙が伝っていた。エレナは呆然として彼女をしばらく見ていたが――
「そうよね……私ってば何で泣いてたのかしら……そんな事をしてる暇があるなら先に進まないといけないのに……」
注意しないと聞き取れないほどの小声で呟くと、涙を拭って両手で頬を叩く。
「キュベレー……ありがと。おかげで目が醒めたわ!」
「エレナ……!!」
「さぁて、私は何をすればいいのかしら?」
顔をしっかりと上げて笑顔を見せるエレナ。その表情は先ほどまでの不安な色は消えていた。キュベレーもいつも通りのエレナに戻れたのを見て安堵の笑みを浮かべた。
「それじゃあね、エレナの蔓でオレンの実を握り潰して欲しいんだ。あ、絞った汁はこの空き瓶に入れてね」
「分かったわ!」
キュベレーは早速オレンの実を数個をエレナに渡す。それを受け取ったエレナは蔓の血がついていない部分を使って器用に握り潰す。その作業を繰り返すこと僅か数分でオレンの実が全て潰された頃には瓶の中は中身があった時とほぼ同じ量になっていた。
「それで……これを飲ませればいいのね?」
キュベレーが頷いたのを確認するとエレナはシンラの脇に立ち膝をする。
「シンラ……これを飲んで……」
蔓を器用に使ってゆっくりと飲ませる。シンラはまだ意識はあるようで絞ったオレンの汁を飲み込んでいく。その動作は狭い通路でシンラにオレンの実を無理矢理食べさせた時とは正反対に手つきが優しい。
「あっ! エレナ、半分ぐらいになったらストップして」
キュベレーが後ろから思い出したように言うとエレナは慎重にシンラの嘴から瓶を離してキュベレーを見上げる。中身はちょうど半分くらいになっていた。
「キュベレー、どうしたの?」
「んと……ちょっと待って……あった!」
怪訝そうに言うエレナにキュベレーはバッグから何かを取り出す。それは淡いピンクのリボン――ただのリボンである。
「いつの間に拾ったのね」
「うん。フィルドを追いかけてる時にね。あっ、これにさっきのオレンの実の汁をつけてシンラ君の患部に巻いてほしいんだ」
「……! そういうことね!」
エレナはキュベレーの説明で理解すると彼女からリボンを受け取り残りの汁をつけると蔓を器用に使い染み込ませた部分を患部に当てるように巻いた。
「うっ……あぁぁ!」
「シンラ……痛いけど我慢して……」
痛そうに体を捻って呻くシンラの額をエレナはそっと撫でる。ほどなくして彼は落ち着いたようで呻き声をやめ、安定した呼吸をし始めた。
「さて、私達もフィルド達のところへ行かないと!」
「うん! フィルド一人で戦わせるのは危険――」
――ドンッ!
先ほどから耳に入っていた技がぶつかり合う音とは明らかに違う鈍い音が小さく反響し、キュベレーとエレナは顔を見合わせる。
(嫌な予感がする……!)
キュベレーは不安そうな表情を浮かべながら音が聞こえた方向を見上げた。
「と、とにかく行ってみよう!」
「えぇ!」
キュベレー達は意を決して岩から飛び出す。だが、彼女達の視界に入ったのは信じられない光景だった。
「……う……そよね……」
エレナがその光景を目の当たりにして声を震わしながら呟く。隣ではキュベレーが今にも泣き出しそうな表情で見上げていた。今の二人には絶望という二文字が似合っている。
「次は二人目だ。ヒャハハハ!!」
二人に聞こえるのは狂ったサザンドラの嗤い声。その彼が目を向けているのは――重力に引かれて落ちてゆく敗北者。
そう、キュベレー達が見た光景――それは岩から離れて地面へと落下していくフィルドの姿だった。
「フィルド! フィルドぉーー!!」
気付いた時にはキュベレーは落ちていくフィルドに向かって走りだしていた。しかし――突然後ろに引っ張られるような感覚を覚え、足を止めてしまう。
「エレナッ!? なんで――」
「キュベレー! 前を見て!!」
涙を浮かべながら睨むキュベレーにエレナは前方を指差す。そこには赤紫の炎が火柱となって立ちはだかっていた。
「あとは私がなんとかするから、落ち着きない!」
シンラを看病している時とは真逆の立場に立ったエレナはキュベレーに詰め寄る。気圧されたキュベレーが頷いたのを確認するとエレナは少し下がって走りだし、炎を跳躍していった。火柱の中へ消えていったエレナを見たキュベレーはそれを作った要因――空に浮かぶサザンドラを見上げる。
「いい顔してるじゃねぇか……キサマは最後に葬るとしよう……」
一方のサザンドラは邪悪な笑みを浮かべながらキュベレーを品定めしてるように見下すが、やがて視線を別な方向に変える。キュベレーも慌てて目で追うとそこにはエレナが立っておりフィルドは巨大岩の一角に横たわっていた。どうやら無事に救出出来たようだ。彼の右腕には歯形のような模様が楕円状に刻まれていた。
「エレナ、大丈夫!?」
「えぇ、なんとかギリギリだったけどね……! キュベレー、危ない!?」
「えっ――きゃああぁぁ!?」
エレナに体を向け無防備なキュベレーの背中にサザンドラの“トライアタック”が襲いかかってきたのだ。無論、彼女は避けられることなく直撃を許してしまう。
「キュベレー! 大丈夫!?」
「う、うん……大丈――」
ダメージを負ったキュベレーは立ち上がろうとしたがすぐにその場に崩れ落ちてしまう。
「体が、言う事をき、かない……!?」
「キュベレー……まさかさっきの“トライアタック”の追加効果で麻痺を浴びたの!?」
立てずに悪戦苦闘するキュベレー、そして冷静に分析したエレナに上空から「そうだ」と投げかける。エレナが見上げて睨む先には――両手を構えて技を放つ準備をしていたサザンドラが笑みを深めて見下していた。
「さて、次はキサマの番だ……“竜の波導”!!」
「くっ……させない! “グラスミキサー”!!」
サザンドラは両手から紫色の衝撃波“竜の波導”を繰り出す。一方のエレナはフィルドの時と同じくもうげきの種を食べると“グラスミキサー”を前方に繰り出した。
両者の技は中間あたりでぶつかり合うと“波導弾”と“竜の息吹き”と同じように爆発を起こす。しかし、今度は相殺されたためかすざましい突風を起こりエレナは思わず目を細める。すると、何かを見つけたのか息を漏らすと後ろに下がり蔓を出して自分の目の前にクロスした。
まもなくして晴れない煙からサザンドラがスピードに乗って現れてエレナに――正確は彼女の蔓に噛み付いてきたのだ。
「なるほどな……俺がキサマに噛み付くと予想して防御したんだなぁ……だが!!」
サザンドラは鼻を鳴らすと自らの口を開け紫色のエネルギーを溜めはじめる。
(……やばッ! 離れないと!!)
エレナはこの場でサザンドラが“竜の波動”を出すと分かり距離を置こうとしたが――
「ッ!? 離れない……!!」
蔓に噛み付いた手が離そうとしなかった。しかもサザンドラ自身もただ噛み付いているのではなく前方に押しながらやっているのである。さらに押す力も強いため両足で支えているのが精一杯なエレナは自慢の足技も必然的に封じられていたのだ。
(どうすれば……離れるの!?)
エレナが焦りを感じて必死にもがいている間にもサザンドラはエネルギーを着実に溜めていた。そして――
「終わりだッ! “竜の波導”!!」
「あ――きゃああぁぁ!?」
零距離で放たれた“竜の波導”はエレナと彼女の悲鳴を呑み込み吹き飛ばしてしまった。
一方キュベレーは痺れた体をゆっくりと動かしながらもフィルドの所へと歩いていった。そして、辿り着くとバッグを下ろして中から芽が出ている種を取り出し彼の口に運んだ。
「復活の種……効き目があればいいけど……」
キュベレーは呟くとたまたまバッグに入っていた小さな赤い実――クラボの実をかじる。クラボの実は麻痺を緩和する効果があり、彼女の痺れを治していく。そして痺れが完治した後、近くの岩場に立て掛けていたバッグがドサリと音を立てて倒れた。
さらに開けっ放しであったため、中身が少し散らかってしまう。
(何だろう……胸騒ぎがする……)
その様子から胸に押し寄せる不安を覚えてしまうが、それと闘いながらもキュベレーは荷物をバッグの中にいれた。
そして、最後の一つ――時空のオーブ≠ノ手を伸ばそうとした時、彼女の後ろで何か落ちたような音が反響する。
キュベレーが恐る恐る振り向くとそこには身体中に傷を負ったエレナが倒れていたのだ。
「……! エ、エレナ!?」
傷付いたエレナを目の当たりにしたキュベレーはバッグをそのままにして彼女の元へ行こうとするが――
「――あッ!?」
彼女の目の前にゆっくりと現れた黒い影によって阻まれてしまう。
「うっ……ほ、“炎の渦”!」
声を上ずらせながらもキュベレーは立ちはだかる影に“炎の渦”を放ち、相手を閉じ込める。しかし、“炎の渦”は突如現れた“竜の息吹き”によりかき消されてしまい、紫色の炎はキュベレーの頬を掠めた。
「いたっ――!?」
キュベレーは思わず顔を歪めるが再び近づいてきた影――笑みを浮かべたサザンドラにより先ほど受けた痛みよりも恐怖の感情が沸き上がり、痛みは感覚から一瞬の内に消え去っていた。
「―――!!」
「来ないで!!」、そう声に出そうとしても発するのは吐息と間違えそうな
擦れた声。恐怖のあまりに動けない体。キュベレーはサザンドラが纏っている威圧感に全てを束縛されてしまった。
そんな彼女を見て更に笑みを深めて迫るサザンドラは――
「あ……ぅ……!?」
両手を伸ばしてキュベレーの首を締め始めた――いや、噛み付いたが正しいだろう。
「ようやくメインディッシュに手を伸ばせた……さてついでに教えるか。俺が大好きな事を……」
上へと上昇しながらサザンドラは無邪気な子供のようににやける。それがかえって彼の不気味さをさらに増した。
「……くッ……俺、生きてるのか……?」
ほぼ同じ頃キュベレーが復活の種が効いたのかフィルドが静かに目を開けた。そして彼は近くに倒れていたエレナに目が入る。
「エレナッ!? どうした……ッ!!」
エレナの元に行こうと立ち上がったフィルドに背中から焼けるような激痛が牙を向き片膝をついてしまう。
「しぶといガキだな……まぁいい。俺の好きな事が一気に堪能出来る……キサマにも聞かせてやろう」
「サザンドラ……! あ、あれは……キュベレー!?」
やや不満気に言った声から満足げに変えて降りかける声にフィルドは見上げるとそこにはキュベレーの華奢な首に両手を咬ませているサザンドラが目に入った。
「お前! 何をしてるのか分かってるのか!? キュベレーを放せッ!!」
「クックッ……俺の大好きな事……それは……」
フィルドが片膝をつきながら叫ぶがサザンドラは全く耳を傾けようとはしない。それどころか二つの口がキュベレーの首をさらに噛み締めていく力を強めていった。
「うぅ……あぁ……」
「それはな……首を折った時に発する断末魔と大切なモノを目の前で失って絶望に打ち付けられる者達の叫びさッ!!」
「や、やめろ……!!」
狂ったように嗤いながら力を強めるサザンドラ。フィルドの切実な言葉は彼に届くことなく――
―――グギッ
「―――――ッ!!」
聞きたくないような、骨が折れた嫌な音が響く。その瞬間、キュベレーはこれ以上もないくらいに大きく目を見開いて声にならない奇声を発していた。
「う……うわあああぁぁぁ!!?」
「ヒャァァハハハッ!! いいぞ……この音にキサマの悲鳴! もっと響け! 喚けぇ!!」
耳を塞ぎ叫ぶフィルド、快感を覚え狂ったように嗤うサザンドラ、そしてキュベレーの悲鳴。三つの声が祭壇に反響し、不協和音を生み出す。
(俺は……キュベレーや皆を守れないのか……力がないから……俺が弱いから……!)
傷付いた仲間達がフィルドの頭を
過り彼は心の中で自分を責めた。
(力が欲しい……目の前で大切なヒトを失いたくない……だから……ッ!!)
“――フィルドよ……汝は力を求めるのか?”
(……!? あの時の……声?)
己を苛ませながらも力が欲しいと切実に思った時、『忘れ去られた抜け道』でも聞いた声がフィルドの頭の中に響く。その声に彼は叫ぶことを忘れ、声に対して答える。
(あぁ……欲しい!)
“――ならなんのために求めるのか……我に証明するがよい……!”
声が響いた瞬間、フィルドは目の前の風景が歪んだように見えた。
やがて全ての動きが遅くなる感覚がフィルドを包む。
(これは……あの時と同じ……)
フィルドはその感覚に全てを委ねると気を失ってその場に倒れた。