#25 現れた本性【前編】
――ルイスタウン――
ここは『ルイスタウン』。周囲を山や森で囲まれたこの地は『トレジャータウン』のような賑やかさはないかわり、静かで穏やかな雰囲気が包んでいており、町と言うよりは村と言った方が似合っている。
「おや? 誰かと思えばリョウトとジュードじゃないか」
そんな村の入り口に当たる洞窟から勢いよく走ってくる二人――リョウトとジュードに気付き、少し低い声質でかけたのはキャラメル色の体に帽子の様な形のした頭、目には緑色のサングラスを掛けたようなポケモン――オーベムである。
「あっ、オーベムさん……っ!」
「確か、探検隊を連れてくるって聞いたけど……というか、息が荒いぞ?」
「はぁはぁ……ちょっと……訳ありで……ところで長は帰ってきた?」
彼に気付き足を止めた二人だが走ってきたため荒く呼吸している彼らに心配そうに顔を覗き込むオーベムにジュードは肩で息をしながらに質問を投げる。
「あいにくだがまだ帰って来てないよ」
「そ、そうですか……」
答えを聞き残念そうに頭を垂らしたリョウト。その時――
『――クハハハハハハ!! ヒャァァァハハハハ!!……』
狂ったような嗤い声が洞窟から吹いてきた風によって運ばれてきた。
「えっ……!?」
「うわぁ! すごい声で笑ってるねー」
「オーベムさん!? 感心してる場合じゃありませんよ!?」
その嗤い声にリョウトは顔を少しだけ強張らせると、洞窟へ振り返った。一方のオーベムは呑気に聞き入っており、そんな彼にジュードはツッコミを入れるなど風に運ばれた嗤い声に対するリアクションは三者三様である。
「……ねぇリョウト、ひょっとしたらフィルドさん達に何かあったのかもしれないよ!?」
と、ここでジュードは緊迫した表情で言う。「まるで自分が助けに行かないと」とでも言いたそうな感じにも見えなくもなかった。
「でもぼく達はキュベレーさんに言われて今洞窟を出たばかりだよ? 日もまだ落ちてないし……それに案内しているぼく達が行ったって迷惑がかかるだけじゃ、ないかな……」
だがリョウトは不安そうな顔を浮かべながら洞窟の出口とジュードを交互に見て口を開く。今の二人にぴったり合う言葉にジュードは「そ、それは……」と声を詰まられて俯いてしまう。だがそこから何か思案している顔へと変えてると再びリョウトに顔を合わせた。
「……でも僕は心配なんだよ! たった一回ポケモン達と一緒に話してただけでも何かあったら嫌なんだ! ……だから僕は行くよ!」
「……!!」
「あ……ごめん。威圧するつもりじゃなかったんだ……」
ジュードの口からから出た強い言葉にリョウトは驚いたのか目を見開く。そんな彼の様子を見て罪悪感を感じたジュードは謝ると足早と来た道を戻って行った。
「……んで、お前さんはどうすんだ?」
「……ぼ、ぼくは……」
ジュードが去り残されたリョウトにオーベムは顎に手を当てながら問う。彼が答えるのに戸惑っているとオーベムは洞窟を見ながら話を切り出す。
「リョウト、ジュードが優しいのは知ってんだろ? 例え少しでも面識がある奴が困ってたら手を差し伸べずにはいられないくらい。
あいつが戻っていったのはたぶんあの性格に一緒に来ていた探検隊が何かしらあったのか予想づいての行動がプラスされたからだと思うんだよな」
「……そうですね」
彼の話にリョウトは小さく微笑みながら相槌を打つ。それはジュードの性格を知っているからこそ出来るのだ。外との交流があまりない小さな村でのコミュニケーションは村に住むポケモン同士。住むポケモンが他の町と違う分、一人一人の性格は誰もが知らない間熟知してしまうものなのだ。もちろん、二人も例外なくジュードの性格を熟知している。
「もしあいつの予感が当たってるなら探検隊どころか突っ込んでいったあいつも危ないが……止めたって無駄だろうな」
終始手を顎に当てながら話したオーベムに不安を駆られたリョウトは黒い瞳を大きく揺らす。その様子にオーベムは「ま、まぁジュードも状況を見たらすぐに冷静になると思うから大丈夫だと思うんだがね」と慌てて取り繕ったがリョウトは不安な顔を隠すように下を向いてしまう。
これはさすがに言葉が過ぎたな、とオーベムが頭を掻きながら謝ろうと口を開きかけた時――リョウトがゆっくりと顔を上げた。
「オーベムさん……ぼくも、行きます!」
「……へ?」
先ほどまでの不安な表情では消え、真っ直ぐな瞳を携えて口を開いたリョウトにオーベムはいまいちついていけず呆けてしまったがリョウトはその事を気には止めずに踵を返すと洞窟へと走り出す。オーベムが我に帰ってきた頃には彼の姿は洞窟に消えていった後だった。
「……どうやら俺が言うまでもなかったかな……さてと」
二人が戻っていった洞窟を見つめて状況を理解したオーベムはふっ、と笑うと洞窟とは逆方向へ向かって動き出す。
「リョウト、ジュード……気を付けろよ……」
村に戻る途中に出た言葉は誰の耳にも拾われずに小さく消えていった。
――導きの祭壇――
ジュード、少し遅れてリョウトが洞窟内に入ってきた頃、フィルド達は鳩尾に攻撃を喰らったのにも関わらず頭を下に向けながらもなお嗤っているサザンドラと対峙していた。
「……クハハハハハハヒャアァァハハハ!!」
今のサザンドラはもはや初めて出会った時の冷静さは見当たらず、顔を下に向けて狂ったように嗤う姿は威圧感というよりもはや不気味という言葉しかかけられなかった。
「まさか……俺の体に傷をつけるとはな……クックックッ……キサマらは生きて帰れない……そして……生きて帰すつもりもないッ!!」
「「「……!!」」」
言い終えたと同時にサザンドラは顔を上げる。その狂気に歪んだ表情はまだ下積み中であるフィルド達をいとも簡単に怯ませる。
そして、サザンドラの姿が――消えた。
「! 皆避けるんだッ!!」
怯みからいち早く立ち直ったフィルドが声を上げる。彼の声を聞きキュベレー達も立ち直ったようで言う通りに四方に散った。その瞬間――何かが通り過ぎたと同時に突風が彼らを襲う。
「きゃ!?」
「くッ……サ、サザンドラはどこにいったんだ!?」
風に煽られながらもフィルド達は消えたサザンドラの姿を探すと彼らの真後ろから声がかかる。
「俺はここにいるぜ?」
「なっ……!?」
声がした方へと振り返るフィルド達。そこには消えたはずのサザンドラがいたのだ。
「まさか……さっき通り過ぎて行ったのは……!」
「そうだ……まさに俺だよ……だが次は逃がさねぇ……」
険しい表情を浮かべるエレナにサザンドラは「クックックッ」とせせら笑いながら言う。だがその視線は次第にあるポケモンへと注がれていった。そして、姿勢を低くしたかと思うと再び彼の姿が消える。
「ますば俺に傷をつけたキサマからだッ!!」
「傷をつけた……!? シンラッ! 避けろ!!」
「わ、分かった!」
フィルドの指示を空へ飛ぶシンラ。その直後らサザンドラは先ほど彼がいた場所を通り過ぎてゆく。ところがあまりにもスピードがつきすぎたのか近くの岩に派手にぶつかってしまった。
さらに岩が脆かったためか亀裂が岩全体を駆け巡り、崩れ落ちる。ぶつかったサザンドラは避ける暇もなく崩れてきた岩に埋もれてしまった。
「あ、あぶねぇあぶねぇ……」
小さく溜め息をつくシンラ。どうやらしばらくは攻撃が来ないと分かったのか緊張が解けたようだ。もちろん、それはキュベレーとエレナも同じである。
ただ、フィルドだけはどうしても腑に落ちないような表情をしていた。
――あれほど俺達を逃がさないと言った奴があんな攻撃で終わるはずがない……!――
フィルドがそう思い上を見上げた刹那、彼の目が見開く。その視界に映ったのはシンラの背後に一直線に迫る黒い影。
「シンラッ! 後ろだ!!」
「ん――ってうわっ!?」
フィルドの大声にシンラが後ろを振り向いた時にはサザンドラは手についた顔と共に彼に牙を向け今でも噛み付ける所まで近づいていたのだ。シンラは噛み付かれる寸前でなんとか避ける。
「あ、危なかったね……」
キュベレーは安堵の表情を浮かべシンラを見ている。しかし、それも束の間だった。
「な、何よあれ……」
エレナが何かを見つけたようで小さく呟きながらシンラに目を凝らす。二人もつられてシンラをよく見ると彼の脇腹から何かが散ったように映った。
それは重力に引かれるように落ちていき、いくつかはフィルド達の近くに落ちて小さく花を描く。その色は洞窟の中にいるせいか黒みを帯びた不吉な色を彼らに見せつける。
「これって……血、だよね?」
キュベレーが地面に染みていく何か――血を見て恐る恐る口を開いた時――
「ぐ……ぐわあぁぁぁぁぁぁ!?」
上空から悲鳴が響き渡った。フィルド達が見上げるとその声の主――シンラが背中から落ちている姿が彼らの視界に入ったのだ。
「お、おいシンラ!? しっかりしろ! 落ちてるぞ!!」
「シンラ君! 飛んでー!!」
フィルドとキュベレーが切迫したように大声をかけてみたものの聞こえいないのか、シンラは返事をする事は愚か翼を動かそうともしなかった。
「私が受け止めるわ! “蔓の鞭”ッ!!」
もう間に合わないと判断したエレナが蔓を出し、フィルドの時のようにシンラを受け止めようとする。それが功を制したのか地面にぶつかるすれすれのところでシンラを受け止めた。
「シンラ! しっかりしな――!!」
「おいどうしたんだ――って!?」
蔓をゆっくりと戻し、シンラを見たエレナは絶句をしてしまう。シンラの様子を見に来たフィルドとキュベレーも彼を見て固まってしまった。
彼らが絶句をしざるえない訳……それはシンラの右脇腹の羽毛が無惨に引きちぎられており、そこから血が溢れて地面に滴っていたためである。フィルド達は目の前のポケモンが血をかなりの量で流している光景を見慣れていないためか、戸惑っていたのだ。
「シンラッ! 目を覚ましてよ!!」
それを暗示するかのようにいつも冷静なエレナは焦ったように声を荒げてシンラの体を揺さ振っているのが証拠となっていた。一方揺さ振られている彼は目を覚まさないどころか呼吸はだんだんと浅くなっており危険な状態となっていく。
「と、とにかく安全な場所に運ばないと……」
「そうだな……よしキュベレー、エレナ、頼めるか? 俺がサザンドラを引き付けるから」
キュベレーにフィルドは少しだけ腕を組み何かを考えると二人に提案を持ちかける。それは今の彼女達に囮は危険すぎる、とフィルドが結論に至ったため。それが裏付けるようにキュベレーは血の気が引いており、エレナは少し冷静さを欠けているようにも見えた。
「わ、分かったわ」
「それとキュベレー、俺のバッグを預かってもらえないかな?」
「うん……いいよ」
二人は承諾するとエレナは蔓を出してシンラを抱え近くの岩場に行こうとする。
「逃がすかよッ!!」
だが、そこまでの隠れ蓑がない彼女達の行動は上空で旋回していたサザンドラに見つかってしまい三人に向かって急降下し始めた。
「させるかッ! “波導弾”!!」
その彼女らを守るためにフィルドがつかさず“波導弾”を繰り出しサザンドラの動きを止めようとする。彼の技にサザンドラはスピードに乗っていたためか、防御姿勢に入る事は出来ずに直撃を許した。そのおかげもあってか軌道がズレてエレナ達は強襲を受けずに済み、岩蔭に隠れる事が出来たようだ。
一方のサザンドラはバランスをとるために地面にぶつかる寸前で急上昇して邪魔をしたフィルドを睨み付けた。
「キサマ……よくも邪魔してくれたなッ! まずはキサマから地獄に送ってやる!」
「いいさ……やれるものやらやってみろ!」
怒りを露にするサザンドラにフィルドは手を前に出し来いよ、と合図を送る。
「き……キサマァァァア!!」
この完全なる挑発的な行為にサザンドラの怒りは爆発した。その間にフィルドは反対の手に持っていたもうげきの種を口の中に放り込んで噛み砕くとサザンドラに向かって“波導弾"を撃った。一方のサザンドラも三つの口から“トライアタック”を放つ。二つの技は両者の中間辺りでぶつかり合った。
しかしそれは一瞬のうちで“波導弾”が“トライアタック”を打ち破った。
「何ッ!?」
もうげきの種の効力により格段に威力が上がった“波導弾”はスピードをほぼ落とすことなくサザンドラに直撃すると爆発を起こす。
「ぐッ……どこにいやがるッ!」
「こっちだ!!」
爆発によって生み出された煙により視界を奪われたサザンドラにフィルドが後ろから再び“波導弾”を繰り出す。
「ぐはッ!?」
後ろから攻撃を食らいサザンドラは青白いエネルギー弾と共に地面に落ちていった。
「よし……今度こそやった――」
着地してサザンドラが落ちた方向に踵を返したその時だった。フィルドは足が地面から離れる感覚に襲われそれと同時に右腕に何かが噛み付かているような感覚を覚えた。それは次第に噛む力を強めていく。
「ぐぅッ……」
痛みに耐えながらもフィルドは噛み付いている手の持ち主――サザンドラを睨んだ。
「……あの時当たったはず……なのに何で……飛んでいられるんだ……!?」
「そうだな……冥土の土産に教えてやるよ……」
絞りだすように呟いたフィルドに口の端を吊り上げると彼の腕に噛み付いている力をさらに強くする。
「ぐ……ああああぁ!!」
「キサマは知ってるか?
“身代わり”という自分の体力を削って分身を作り出す技を……」
サザンドラの言葉を聞きフィルドは全てを理解した。
(そうか! あの時岩にぶつかったのは“身代わり”で出来た分身……本体は俺達が分身が岩に埋もれているところに気をとられている隙に反対側から回り込んでシンラを襲ったんだ! つまり……さっきも地面に落ちる寸前で“身代わり”を作って俺が油断したところを狙ったんだ!)
悔しがるフィルドを見てサザンドラは余裕を含めた笑みを作る。それは「もうげきの種を食べて攻撃を底上げにした“波導弾”を食らっても“身代わり”を使えるほどの体力がありまだ使えるのだ」とでも言ってくるような、どや顔に近い笑みだった。狂ったように見せかけて相手を油断させたのか、あるいは狂気の中でも冷静は失われずにフィルドに悟られないくらいの理性を保っていたのか――何がともあれ今の彼にフィルド達が勝てる見込みなど無いに等しいだろう。
「さて……種明かしはした。お前には逝ってもらおうか!」
「くッ! “波導――」
サザンドラは口角を吊り上げるとフィルドを連れてさらに上昇した。その速さにフィルドが形成していた“波導弾”は光の粒子となって雲散する。
そして、岩が角張っている部分の近くまで上がるとサザンドラはフィルドを掴んでいる腕を大きくしならせて彼を思いっきり叩きつけた。
「かはッ……!?」
ドン、という鈍い音が反響するなかフィルドは背中から走った激痛に耐えられずに意識を手放してしまった。