#24 祭壇で待ち受ける者
「はぁ……はぁ……は、速いわ!」
「フィルド……あんなに速かったかな……それにシンラ君も……"炎の渦"!!」
エレナが息を切らしながら狭い通路を走っている。その前ではキュベレーも懸命に走っており、彼女達に立ちふさがるテッシードの群れに“炎の渦”を当てていた。
「シンラが速いのは……飛んでいるからよ……いつも、歩いてるくせに……」
エレナが先にフィルドの後を追ってこの場にはいないシンラを思い浮かべて愚痴をこぼす。――シンラはいつもは歩く……というかペラトみたいにホッピングしながら行動しており戦闘以外ではあまり飛ばないのである。
それはさておきキュベレー達が走り続けて数十分くらい経った頃、見覚えのある背中が見えてきた。だがその背中はあちこちにかすり傷が刻まれており、場所によっては血が滲んでいたのだ。
「シンラッ!」
「やっと来たんだ……遅いよ……」
エレナが呼ぶとシンラは後ろを振り向き力なく笑う。
「シ……シンラ君!? 怪我してるよ! それに……」
キュベレーが言葉を区切り辺りを見渡す。そこにはテッシードが五、六人倒れていた。またそのうちの数匹は赤い液体のようなものがトゲや体に付着していた。
「フィルドを追いかけていたら……襲い掛かって来たから……反撃した――んぐ!?」
「……言い訳は分かったからこれを食べていて!」
シンラが状況を説明しようとした時、エレナは蔓を突如伸ばし何かを拾うと彼の口に何かが無理やり入れた。そのせいもあり彼はオレンの実を喉に詰まらせ、翼で何度も喉元を叩いた。
「これで一安心ね」
「ゲホゲホッ! 相変わらず強引だなぁ……」
「でも、傷の方は治ってきたみたいだね?」
手を鳴らすエレナに涙目でむせるシンラ。だがキュベレーの言ってる通り彼の傷がいつの間にか癒えていた。つまり、シンラはエレナにオレンの実を無理矢理食べされたと言うことだ。
「さてと、シンラの傷に血を浴びたテッシード……つまりあなたはテッシードの特性を知らないまま直接攻撃したのね」
「うっ………」
シンラの傷が癒えた所でエレナは彼と気絶しているテッシード達を交互に見ながらシンラが起こした行動を推測すると彼は言葉を詰まらせる。どうやら図星のようだ。
テッシードの特性は“鉄の刺”――直接攻撃をしてきたポケモンにダメージを追わせるカウンターのような特性である。ただ、これは中途半端な攻撃ではなく一撃で倒せば発動しない特性なのだ。
つまり、エレナの推測通りシンラはテッシードに直接攻撃でしかも一撃で倒しきれなかったために特性を受けて傷だらけになっていたのである。
「とにかく……いつ野生のポケモンに見つかるか分からないから早くフィルドを追いかけるわよ」
「りょーかい! オレも元気になったしな♪」
「うん!(フィルド……待っていてね……!)」
キュベレー達は頷くとフィルドが向かっていった――その先には出口と思われる光が差しこんだ方向へと走りだした。
――
導の祭壇――
一方フィルドはキュベレー達より一足先に開けた場所へと着いていた。周りの壁は青を基調としところどころ銀色の何かが塗ってある。中央には天まで昇りそうな巨大な銀色の岩がそびえ立っており、天井にぽっかりと開いている穴から夕暮れを告げるやや赤みを含んだ光が差し込み巨大岩や壁を照らしていた。
フィルドは虚ろな瞳で巨大岩をしばらく見上げていたがやがて正面を向くと一歩ずつ前へと踏み出し、やがて岩の根元で立ち止まる。そこには岩の一部を円形に
刳り
貫かれた所に銀色の丸い石が祀らわれていた。大きさは占いとかでよく使われてる水晶玉と同じくらいだろう。
その丸い石に向けて彼はゆっくりと両手を伸ばした。そして、あと少しで触れるところで――
「「「――フィルド!!!」」」
聞き覚えのある三つの声が祭壇に響き渡る。フィルドはゆっくりとした動きで声がした方向へと振り返るとそこには彼を追ってきたのだろう、エレナ、シンラそしてキュベレーの姿が目に映った。
彼らがフィルドの視界に入った瞬間――まるで糸が切れた操り人形のように彼はゆっくりと前のめりに倒れていった。
「「フィルド!!」」
「“蔓の鞭”!」
キュベレーとシンラが声を上げる中、エレナはただ一人冷静に蔓を出して倒れていくフィルドを受け止め、ゆっくりと引き寄せた。
「フィルド! しっかりして、フィルド!!」
「フィルド! しっかりしろよ!」
「フィルド、目を開けて」
「うぅ……」
エレナがフィルドを地面に下ろしてからまもなくして彼は呻き声を漏らして目を覚ました。
「……俺は一体――ってうわッ!?」
「フィルド! 良かった……無事で良かっ、たよぉ……!!」
「えっ……あ、あぁ…心配かけてごめん……大丈夫だから……」
目が覚めたフィルドにキュベレーは彼の胸に飛び込んで肩を震わす。そんな彼女の頭をフィルドは優しく撫でる。
「しかしビックリしたよ! いきなり走りだしたからさ……大変だったんだぞ?」
(俺が走りだした……?)
「その顔……まさか覚えてないとでも?」
とぼけた表情をしたフィルドにエレナは半分呆れ混じりの顔つきになる。
「あぁ……全く覚えてないよ……低い声が頭に響いてから意識を失ったから……」
「意識を失ってたぁ!? でもオレ達にはそうは見えなかったけどなぁ……?」
シンラが言うと「目は虚ろだったけどね」とエレナが付け加える。
「へ……へぇ……あ、リョウトさん達は?」
「リョウトさん達は先に『ルイスタウン』に行ってもらったよ」
フィルドの疑問はいつの間にか泣き止んだのかキュベレーが顔を上げながら答えた。そして、二人が互いに目が合ってからおおよそ三秒後――
「「…………
うわぁッ(ひゃあッ)!?」
お互い悲鳴に近いような声を上げて少し後退りする。そして、気まずい雰囲気が漂い始める。
「……早く行かないと心配かけられちゃうわよ?」
「そ、そうだな……」
「う、うん……」
そんな雰囲気を打破するように出されたエレナの助け船によりフィルドとキュベレーはようやく立ち上がる。依然顔は赤いままだったが。少し歩いて行くとフィルドが急に立ち止まった。
「……さっきから気付かないとでも思ったか……“波導弾”!」
フィルドは巨大岩の蔭に向かって“波導弾”を放つ。技があたると何かが岩から飛び出してきた。
フィルド達は何かを目で追って巨大岩に向けるとそこには漆黒に染められた六枚の羽を使って岩の先端を浮遊しているポケモン――サザンドラがいた。
「あ……あの――」
「トレジャーバッグに探検隊バッジ……やはりキサマらは探検隊か?」
キュベレーの質問を遮るように静かに訊くサザンドラ。質問も許さないような赤紫の鋭い瞳(め)がフィルド達を動けなくさせた。
「……た、確かに探検隊ですけど俺達はあなたの事は知らないし別な用件があるのでこれで失礼しますね」
その射ぬくような目がピクリと動いた。だがフィルドはそれに気付くことなく一瞬だけ一瞥したあと来た道を戻り始めた。
「ちょ、フィルド!?」
「オレらがやったのに、いくらなんでもあっさりし過ぎなんじゃ……」
エレナとシンラが困惑した表情をしたが、今の彼はそれに突っ込む暇など考えていなかった。
(あいつ……いやな予感がする――)
思考しようとしたフィルドの小さな耳がピクリと動いた。そして――
「皆! 脇へ飛ぶんだっ!!」
「えっ……わ、分かった!」
彼が叫んだのと同時に『サンライズ』のメンバーは直ぐ横に脇へ飛んだ。そして、ほぼ同時に赤紫色の炎――“竜の息吹き”がフィルド達が先ほどいた場所を横切った。
「い、いきなり何をするんですか!?」
「悪いな……俺の姿を見たら……」
睨むエレナを見て視線をフィルドが身につけているトレジャーバッグに付いていた銀色に輝くバッジに落として言葉を発するサザンドラ。だが、先ほどフィルド達に質問した時とは明らかに威圧が含まれているようだった。
それを証明するようにキュベレーが二、三歩ほど後退りをした。やがてサザンドラは組んでいた腕を解き、静かにフィルド達に向ける。
「なっ……なんだよ、あれ!?」
サザンドラの腕を見たフィルドは若干後ろに下がりながら叫ぶ。その訳はサザンドラが解いた袖のような腕に隠れていた二つの手――正確には顔が覗かせていたからである。二つの顔は口をガバッと開けると右側は青色、左側には黄色のエネルギー弾を溜め始めた。
ちなみにフィルド以外はと言うと、キュベレーは完全に怯えており体をビクビクと震わせておりシンラは信じられない、と言わんばかりの表情で口をあんぐりと開けている。エレナはサザンドラの腕より別な意味で冷や汗が伝っていた。
そんな彼らの反応も特に気にする事なくサザンドラは続けた。
「そう……例え俺を事を知らない探検隊だろうが……
ここでくたばってもらう!!」
サザンドラは自らの口に赤いエネルギー弾を溜め、三つの口から三種類のエネルギー弾“トライアタック”がフィルド達に向けて放たれた。
フィルド達は四方に分かれて技をかわすと、先ほど彼らがいた場所に着弾した“トライアタック”は小規模の爆発を起こし、少量のエネルギーが地面に残る。
「なるほど、つまりお前はお尋ね者なんだな」
「あぁ、そうだ……。悪いが通報されては困るからな」
サザンドラを見上げて敬語を外し言ったフィルドに彼は淡々と説明する。
「……“ハイパーボイス”ッ!!」
やがて話す事はないと悟ったのかサザンドラはフィルド達に“ハイパーボイス”を浴びさせる。
「ぐ……あぁぁぁぁ!?」
「「きゃあぁぁぁ!!」」
「うわぁぁぁぁ!?」
サクヤが放つのとはまた違った大声量の叫びがフィルド達を襲う。
「ぐぅ……し、“真空斬り”!!」
「ぐッ!?」
フィルドは耳を塞ぎながらも風の刃を形成しサザンドラに向けて放つとサザンドラに命中し“ハイパーボイス”を中断させる。“真空斬り”は与えるダメージが固定されており致命的なダメージを与える事が出来なかったが、サザンドラの攻撃を止めさせるには十分な牽制を果たしたのだ。
「ありがとう、フィルド!」
「どういたしまして! ……さて次はこっちの番だ!」
キュベレーに笑顔で答えるとフィルドは真剣な顔つきへと変えてサザンドラに向かって“波導弾”を放った。
「“竜の息吹き”」
対するサザンドラは冷静に“竜の息吹き”を放つ。青白いエネルギー弾と赤紫の炎、二つの技が空中でぶつかり合う。やがて炎を吸収するようにエネルギー弾が膨れ上がりそして、中規模の爆発が巻き起こり煙が立ち込めた。
「何も見えねぇじゃん! こうなったら“吹き飛ばし”で――」
「いや、また技が来る……避けるんだ!」
技を出そうと飛び立ったシンラに鋭く制し再び横へ跳んだフィルド。ほぼ同時に“トライアタック”が煙から現れた。
「うわわッ!?」
軌道上にいたシンラが間一髪で技を避けると“トライアタック”は一発目と同じように着弾して爆発を起こす。
(あ……いいこと思い付いたぞ!)
爆発したあと、三種類のエネルギーが僅かに残った地面を見てシンラはゆっくりと降りる。そして、地面すれすれの所で低空飛行をすると――
「“爪研ぎ”!」
縮めていた足を伸ばし黒い爪を地につけるとおもいっきり地面を引っ掻き始めたのだ。
「……ほぅ。俺に背中を向けるとはいい度胸だ……」
だがサザンドラは自分に背中を向けたシンラに気付き右手を彼に向ける。
「“竜の波――”!?」
技を放とうとした時、突如彼の視界がまばゆい光に覆われた。
「ちぃッ!? 何があった!」
サザンドラは目を細めながらも光が放った原因である天井を見上げる。空は先ほどより赤みを帯びており、夕暮れである事を告げているようだった。ただ、一点だけ違うのは照らす太陽が昼間とは変わらない強い光を発していることだ。
「なるほど……“日本晴れ”を使っての目眩ましか……」
サザンドラの呟くと“日本晴れ”を使ったと思われるポケモン――キュベレーを睨む。サザンドラと目が合った彼女は、怯えがまだとれてないのか少し後退りをする。ちなみにこれはキュベレーの第三の特性≠ナある“日照り”の影響だが、無論サザンドラは気付いていない。
「目眩ましは合ってるかな!」
「何ッ――」
「遅い! “はっけい”!!」
「ぐぉッ!?」
サザンドラの呟きに応えるようにフィルドの声が響く。サザンドラが視点を下に向けた時には目と鼻の先までフィルドが迫って来ていた。そして、狼狽えている隙にサザンドラの腹に“はっけい”が命中した。
「“グラスミキサー”」
続いてエレナが“グラスミキサー”でサザンドラに追い討ちをかける。“はっけい”によりバランスを崩したサザンドラは為す術もなく“グラスミキサー”をまともにくらいさらに空中へと投げ出された。
「お……のれ……ッ!」
「よそ見をしてる場合かぁ!」
未だにバランスがとれないサザンドラにシンラが彼の真上をとる。
「しまっ――」
「お前の“トライアタック”利用させてもらったぜ!」
縮こませていた足を伸ばすシンラ。その黒い爪は僅かに赤、青、黄色が帯びている。先ほどシンラがエネルギーが残った場所で“爪研ぎ”を行ったのはそのエネルギーを自身の爪に擦り込ませるためなのだ。
「ぐわぁぁぁ!?」
シンラの爪は見事にサザンドラの鳩尾に当たり、彼は地面へと落ちていった。
「やった……のか?」
フィルドは肩で息をしながらサザンドラが落ちたと思われる土煙が上がった方向を見る。やがて土煙が晴れるとそこにはサザンドラが仰向けで倒れていた。
「そう……みたいだね」
キュベレーは静かに目を閉じながら答える。すると、先ほどまで強かった日差しが急に弱くなった。
「キュベレーが日差しを強くしてくれなかったらオレやられてたよ。マジでありがとうな♪」
「どういたしまして! それにしてもさっきの技、すごかったね!」
シンラが地面に降り立ちながらキュベレーにお礼を言った。その足の爪には少しだけ血が付いていた。
「へへッ、なんか閃いちゃったんだなぁ……よしッ。この技は“トライクロー”って名付けるぞー!」
「名前がそのまんまだな」
「それよりも、あの行動はシンラにしては奇策だったわね……子供っぽいシンラがねぇ……」
キュベレーが先ほどのシンラの行動に関して褒めると彼は照れて仁王立ちする。その状態から告げたのは先の技名であった。そんな彼を見てフィルドとエレナは辛口を言うと、彼は「そんなこと言うなぁ!」と涙目で反論する。
「さて、そろそろ行かないとね?」
「そうだな。でも、その前にバイル保安官に連絡をいれないとな」
場が和やかになってきた所でフィルドがバッジを手に取った。その時――
「ク……クククク……」
どこからか不気味な笑い声が聞こえてきたのだ。
「い、一体……何なの……!?」
キュベレーが声を震わす。そしてフィルド達が向けた視線の先には――
先ほど鳩尾に攻撃を受け倒れていたはずのサザンドラが空中に浮いていたのだ。その証拠に彼の鳩尾には切り傷が刻まれている。
「クククク……クハハハハハハ! ヒャァァァハハハハ!!」
サザンドラは
頭を垂らしたまま嗤っていたのだ。