#23 誘(いざな)いの声
――パッチールのカフェ――
「で……案内人は一体誰なんだ……」
入り口付近の椅子に座り呆れ混じりにフィルドは言った。フィルド達『サンライズ』はサクヤから『ルイスタウン』へ手紙を届けるように直接依頼を受けた。
その時に案内人と合流してと言われ、待ち合わせ場所となっている『パッチールのカフェ』へと足を運んだのだ。ちなみに店はオープン初日と比べて客は少し減ったようだが相変わらず繁盛しており、賑やかだった。
「どうせなら種族とか何匹で来るのか教えてくれればいいのにね……」
テーブルに頬杖を付きながら呟くエレナに「そうだね」とキュベレーが頷く。
そして、待ち続けて5分くらい経った頃――
「あの………」
「はい?」
後ろから控えめな少年の声が聞こえたため、フィルドは振り向いた。またキュベレー達もフィルドに声をかけた者に目を向ける。
そこには全身が銀色で首にふさふさした毛と大きな尻尾が特徴なポケモンと灰色の毛皮に覆われており、首には銀色の首輪をしていたハイエナを小さくしたようなポケモン――ポチエナが立っていた。
「……あれ? イーブイって銀色じゃないよな?」
「シンラ!? いきなり失礼だろ!」
銀色の体をしたポケモン――イーブイを見ながら思った事を口にしてまじまじと見るシンラにフィルドは睨みながら注意する。但しも、シンラが言ったことは間違いではなく本来イーブイは茶色の毛並と首にクリーム色のふさふさした毛が特徴の愛らしいポケモンである。今彼らの前に立つイーブイは愛らしい顔つきはあるが毛並が銀色の俗に言われる色違いポケモンだった。
「あ……ごめん……」
「だ、大丈夫ですよ。気にしてないので。ところであなた方は探検隊『サンライズ』ですか?」
頭を下げたシンラにイーブイは左前足を出して許すと質問を切り出す。おそらくフィルドに声をかけたのは彼だろう。
「そうです。あのひょっとしてあなた達が案内人ですか?」
「あ……はい。ぼく達が『ルイスタウン』から来た案内人です。ぼくの名前はリョウトです。そして――」
「僕はジュードと言います」
キュベレーに頷きながら少し緊張した面持ちで自己紹介をするイーブイ――リョウト。また彼の後ろにいたポチエナ――ジュードも前に出て自己紹介した。
「それじゃ、同行するならこっちも自己紹介しないとね。私はエレナです」
「オレはシンラ!」
「わたしはキュベレーと言います」
「俺は『サンライズ』のリーダーのフィルドって言います。今回はよろしくお願いしますね」
フィルド達も自己紹介をして、代表してフィルドが右手を差し出す。
「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
案内人側はリョウトが代表して右前足を差し出して互いに握った。
「それでは『ルイスタウン』に案内するルートを確認しますので不思議な地図を出してもらえないでしょうか?」
「分かりました」
二人が手を離したを確認してジュードが口を開いた。フィルドはトレジャーバッグから不思議な地図を出しテーブルに広げる。
「『ルイスタウン』はここにあります」
ジュードはテーブルから身を乗り出し、『リンゴの森』の北東にある山脈の前を指した。
「じゃあ、『リンゴの森』を通って行けば――」
「シンラ君……地図に書いてないけど『リンゴの森』の周りは柵が囲んであって通り抜ける事が出来ないんだよ?」
「そ、そうなのか!?」
シンラの考えはキュベレーの説明により直ぐ様潰れてしまう。
「『ルイスタウン』に向かうには『リンゴの森』を迂回するしかないんです……『ルイスタウン』の南に『忘れ去られた抜け道』があるのでそこを通って行くんです」
「「「『忘れ去られた抜け道』???」」」
「はい。あれは村人がつけた名前なんです。最近見つけられたばかりなんですけど……でも昔からあったっていう形跡があるみたいなんです。
だから本当の名前が分かるまでは僕達は『忘れ去られた抜け道』と呼ぼうと決めたんです」
ジュードの説明の中に聞き慣れない言葉を拾った『サンライズ』は揃って首を傾げた。そんなフィルド達を汲み取ったのか彼は説明をする。
「つまり……昔は名前があったけど、分からなくなるほど使われていなかったため忘れられてしまったからそう名付けたんですね」
フィルドの推測にジュードは「たぶんですけど」と頷いた。
「じゃあ……あなた達はどうやって……それに村のポケモン達はどうやって外に出てるんだ?」
「ぼく達は“テレポート”で『トレジャータウン』まで運んでもらったんです。……実は柵が出来てから村はほとんど封鎖されたような状態に近かったんです。また、昔は『忘れ去られた抜け道』を知らなかったんです。だから、ポケモン達は考えたんです……どうすれば物資が入るのかを……」
質問攻めをするフィルドに今度はリョウトが過去の話を盛り込みながら丁寧に説明をする。
「そして偶然村には“テレポート”が使えるポケモンがいたんです」
「それで移動手段は“テレポート”で行ってる訳ね」
エレナが言うと彼は頷いた。
「あ……だったら、なんでリョウトさん達は“テレポート”を使えるポケモンとは一緒に来なかったんだ?」
説明が区切りをつけたのを確認しフィルドは次なる疑問を言う。確かに村で“テレポート”を使えるポケモンがいるなら一緒にいてもおかしくないはずだ。
「なんだかこういう時に限って皆して出かけたりしていないんですよ……だから運ぶという形でここに送ってもらったんです」
やや困ったような表情をしながら答えるジュードにフィルドは村でのやり取りを思い出しながら言ってるんだな、と感じた。
「まぁ、説明はここまでなんですが……何か質問等はありますか?」
「大丈夫です。それじゃ、案内お願いします!」
「分かりました。それではついてきてください」
ジュードが席を立ったのを合図にフィルド達は席を立つとカフェをあとにした。
★
「は……はっくゅん!」
「キュベレー、大丈夫か?」
「うん。ちょっと草が鼻に入っちゃってね」
俺の後ろでキュベレーがくしゃみをした。心配したのに不謹慎だけどかわいいなぁ……。
……え? 今どこにいるかって? 俺達は『忘れ去られた抜け道』へと向かうために何故か獣道を通ってるんだ。案内人のジュードさんが言うには、昔からあるのに誰も知らないから高い草が生い茂ってるらしい。
その草に鼻を擽られてキュベレーがくしゃみをしたというわけだ。……今通ってる獣道も大変だけど『リンゴの森』を通りすぎる時が大変だった気がする……と思うのは俺だけだと思うんだよね。何故かって?
そうだな……あれは森から漂ってくるリンゴの甘い匂いに誘われてシンラが森に行こうとしてたんだ。それを俺やエレナが行かせないように引っ張って来たんだ。こう思うとエレナも大変だったんだよな。
それが通り過ぎるまで実に数十回……正直辿り着く前に体力を使った気がする……はぁ。
「あそこが『忘れ去られた抜け道』です」
しばらく歩くと前にいたジュードさんが声を出す。そして、高い草むらをようやく抜けるとどこかにありそうな普通の洞窟の入り口が目に入った。
「村の長がダンジョンなのに一本道だから迷わずに済むと言ってました」
「でも、ダンジョンだから野生のポケモンは出てくるんだよね。気を引き締めて行かないと……」
キュベレーが言って俺達はゆっくりと頷き、『忘れ去られた抜け道』へと入っていった。
――忘れ去られた抜け道――
『忘れ去られた抜け道』は長年ポケモン達が入らなかったためか、灯りなどは全くなくて暗い。入り口付近で拾った木にキュベレーがつけた松明の灯りだけが頼りなんだ。天井を仰ぐと確かに今でも崩れてきそうな亀裂が目に入った。――今にも崩れてきたら――そう考えるだけでぞっとしちゃいそうだ。
ちなみに松明を持っているのは前方を歩いてるエレナが担当。隣はキュベレーが、彼女達の後ろは案内人のリョウトさんとジュードさん、そして彼らの後ろに俺とシンラが歩くという並びになっていた。
いくら手紙配達とはいえ案内人は同行者……彼らが力尽きたら失敗と同じだからちゃんと守らないとな。
「前方から敵がくるぞ!」
前からひたひたと聞こえてくる音が耳に入り、俺は前方を歩く彼女達に注意する。するとエレナは松明を持ちながら構えて――
「“蔓の鞭”!」
前方に向けて“蔓の鞭”を放った。すると、ドサッと何かが倒れたような音がした。
俺達はゆっくりと前に歩みを進めるとそこには、おそらくエレナの技を当てられた暗い緑色の体をしたポケモンが倒れていた。
「なるほど…キバゴを倒したんですね」
冷静に言うジュードさん。確かにキバゴは目を回して倒れるな……。しかし、エレナはいつの間にやら強くなっているな。
「“蔓の鞭”だけで一発KO出すなんて……さっすがはエレナだな!」
「私だって強くなるために努力してるんだから!」
「あなた達のような強い探検隊と一緒にいるなんて……すごく心強いですよ!」
「なんか照れるわね……」
そんな他愛ないの話をしながら再び先に進もうとした……その時――
“――ルド…………フィルド……”
「……え?」
一瞬だが俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「フィルドさん? どうしたんですか?」
「あ……いや、何でもないです」
心配そうに見るリョウトさんに俺は誤魔化す。
――今いるメンバーの中であんなに低い声で名前を呼ぶポケモンなんて思い浮かばなかったし、聞く程もないだろうと思ったからな。
出会った野生のポケモン達を倒しながらしばらく進んでいると二百メートルぐらい先に明かりが見えてきた。しかも、近く看板が立てられておりこの先『ルイスタウン』≠ニぼやけてはいたが書かれていた。しかし、本当に一本道だったな。ここもダンジョンの一つなのか疑いたくなるよ。
「本当に分かれ道が見当たらなかったね」
「だなぁ……ってあれ?」
キュベレーが振り返りながら言ったが、俺の隣にいたシンラが呆けた声を上げて止まった。何か見つけたのだろうか? とりあえず声をかけてみるか……
「シンラ、どうかしたのか?」
「こっちにも道があるんだけど!」
あれ? 一本道じゃなかったんじゃないのか? とりあえずシンラがつったっている場所へ戻った。すると確かに右側に幅が狭い道が続いていた。
「まさか分かれ道があるなんて……」
「まぁ、ここもダンジョンだから割りと不思議じゃないですよ。むしろ、入り組んでないのが珍しいくらいですし」
聞いた話と実際に見て驚いてるリョウトさんにエレナは説明を入れた。
「せっかくだから行ってみよ――」
「シンラ……今依頼中なのよ」
残念ながらシンラの好奇心はエレナの発言によって粉砕されてしまったとさ……というのは置いといて、俺達の目的は『ルイスタウン』へ手紙を配達する事……寄り道して時間を喰ったら門限まで帰れなさそうだしな。
「じゃあ、今度来たら行こうぜ! な?」
「わたしも行ってみたいなぁ……」
まぁ、そうだな……って何故目を輝かせながら俺を見るんだ? とりあえずエレナを見たが目を逸らされてしまった……絶対わざとだよな、あれ……。だけど断ったらシンラはうるさいだろうし、キュベレーは傷つくはずだしなぁ……あぁ、仕方ないな!
「今度時間があったら行ってみるか」
「「やったぁ!!」」
根負け……と言っても短いけど俺が言うと二人はハイタッチをして喜びを表す。そんなやり取りをリョウトさんとジュードさんは微笑ましく、エレナは苦笑しながらも嬉しそうに見ていた。
「……そういう訳だからとりあえず、早く行こうか?」
まずは依頼を完了させないといけないから俺は皆を促し歩き出そうとした時――
“――フィルドよ……”
……! また……聞こえた――いや、俺を呼ぶ声が頭の中に響いた。くっ、頭まで痛くなってきた。それに自分の周りの時間が何故か遅くなってるような――
「くぅ……ぁぁあ……!!」
頭が……痛い……視界がぼやける……一体誰が――
“我は待っているぞ……『
導の祭壇』で――”
その言葉が響いた時――
俺は意識が遠退いていく感覚に襲われた――。
★
「……行かなきゃ……」
「えっ……フィルドさん?」
先ほどとは明らかに声を落として呟いたフィルドにリョウトは思わず振り返る。リョウトの声に異変を感じたのか少し先に進んでいたキュベレー達も戻ってきた。
「リョウト? 何かあったの?」
「そ、それが……フィルドさんの様子が――」
心配そうに聞くジュードに彼とフィルドを交互に見ながらリョウトが状況を伝えようとした時――
「……行かなきゃ…………誰が……俺を呼んでる……から……」
「「「!?」」」
フィルドが急に顔を上げた。その光が宿っていない虚ろな瞳と視線が合ってしまいキュベレー達は一瞬たじろいてしまう。そんな彼らをよそにフィルドは弾かれたように地面を蹴ると先ほどの狭い通路を走っていった。
「……あ! フィルドが!!」
彼が去ってから数秒後、状況を飲み込んだキュベレーが声を上げ、皆が我を取り戻したようにフィルドが通った分かれ道に体を向ける。
「オレ、追いかけるよ!」
シンラか後を追いかけるように通路に入っていった。
「よろしければ僕も――」
「……ダメです」
ジュードも加勢しようとしたがキュベレーが首を横に振った。
「ど、どうしてなんですか!?」
「たぶんこの先は危険だと思うんです。あなた達を巻き込む訳にいきません! 気持ちだけは受け取っておきますので先に『ルイスタウン』へ行っててください!」
「わ……分かりました……」
キュベレーに諭され渋々頷いたジュード。
「あの、必ず戻って来てください!」
心配そうに言うリョウトにキュベレーとエレナは頷くとジュードと一緒に『ルイスタウン』へと走っていった。
「キュベレー! 私達も追いかけるわよ!」
「うん! ……フィルド……今行くから!」
リョウト達が出口へ向かっていったのを確認した彼女達も狭い通路を通り先に行ったフィルドとシンラを追いかけ始めた。