#21 待ち受けたのは過酷な罰
――プクリンのギルド――
「な……なんだってぇぇーー!?」
『リンゴの森』から期間したフィルド達の報告――セカイイチが採るのに失敗した事――をペラトにしたところ、彼はゴルダに負けないくらいの大声を出し驚愕する。そのボリュームにフィルド達は思わず耳を塞いだ。
「う……うわぁぁぁぁあ!! ど、どうしよー!! あれがないと親方様がぁーー!!」
翼が千切れる勢いで左右に飛びまくるペラトの様子からセカイイチを採りに行くのが余程重要な任務だった事が改めて窺えた。
「ごめんなさい……。でもセカイイチが腐っ――」
「おだまりッ!!」
「ッ……!!」
フィルドが説明をしようとしたがペラトが逆ギレを起こし制されてしまう。
「とにかく……今夜お前達の飯は抜きだよ!!」
「そ、そんなぁ……」
ペラトが放った一言によりキュベレーは力を無くしたようにへなへなと地面に座り込んでしまう。そんな彼女に目をくれず彼は続けて言い放つ。
「それと……飯が終わったらお前達も親方様の部屋に来てもらうからな!!」
「…………」
「と、とにかく私ばかりが“あれ”とばっちりを喰らうのは不公平だし、分かったな!!」
睨むエレナに気圧されつつもありったけの怒りを言葉に込め言い切るとさっさと階段を降りていった。
「ここにいてもしょうがないし……俺達も行こうか……」
しばしの沈黙の後、フィルドが重そうに口を開くと彼らは重い足取りで食堂へと向かった。
食堂では兄弟子達や『ドクローズ』が夕食を食べていた。しかし、『サンライズ』のメンバーは依頼に失敗したため、皆がおいしいそうに食べているのをただ見ているしかなかった。
そんな地獄のような夕食が終わった後、フィルド達はペラトと共にサクヤの部屋へと向かった。
「……やあ! セカイイチを採ってきてくれた?」
「うっ…………」
いつものようににこやかな表情で言うサクヤにフィルドは言葉を詰まらせ、キュベレー達も俯いてしまう。
「いや…………『サンライズ』はセカイイチを採る事にその…………失敗をして……」
「大丈夫だよ♪ 失敗は誰だってするから。……ところでセカイイチは??」
慰めながらもセカイイチにこだわっているようで笑顔を崩さず問うサクヤ。
「だから……失敗したので……セカイイチの収穫は………ゼロ……なんですよ………あは、あはははははははははは!!」
「…………え?」
渇いた声で笑い出ししまいには狂いだしたように笑い続けるペラトに対し、サクヤの表情は笑顔がスッと消え陰りが一気に支配していた。それどころかつぶらな大きな瞳は潤んでおり、ご丁寧に目の淵には涙を溜めていて今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出している。
「………うぅ…………」
そしてサクヤが呻き声を漏らした時、ギルドが厳かに揺れ始めた。
「な……なんだぁ!?」
「い……いかーーん!! お前達!! 耳を塞ぐんだ!!」
ペラトが早口で叫んだと同時に翼で耳を塞ぎ、地面に伏せる。それはまるでこの世の終わりだと丸めた背中が物語っていた。
「……ひっく………」
「と、とにかく塞ぐんだ!!!」
サクヤが嗚咽する度、揺れは呼応するように大きくなる。フィルドもただならぬペラトに危険を察したようで耳を塞ぎながらキュベレー達に大声で指示をする。彼の指示で全員が耳を塞いだ瞬間――
「う……うええぇぇぇぇん!!」
サクヤが大声で――否、“ハイパーボイス”を含めた声で泣き始める。ギルドも彼の泣き声に応じてさらに揺れを大きくした。
「きゃあぁぁぁ!?」
「あ、頭が……いつも以上に痛い……!!」
ただでさえ高威力を誇る“ハイパーボイス”が今や凶器と化してフィルド達を襲う。耳を塞ぐ行為も無駄のようでサクヤの泣き声がダイレクトに彼らの耳に入り、頭痛を引き起こしていた。
「ビエエエエエエエエエエエエン!!」
「あ、あれ……きれいな川が視える……」
「も……もう限界かも……しれな……い……」
更に泣き喚くサクヤにシンラの嫌な呟きはすぐにかき消され全員の耳に届くことはなかった。フィルドも限界が近づき意識を手放しそうになっていた。だが――
「御免ください!! セカイイチをお届けに来ました!!」
何処からか声が聞こえると先ほどの揺れとサクヤの泣き声が嘘のようにピタッと止まった。
フィルドもその声により意識を繋ぎ止め、頭を押さえながら声がした部屋の入り口の方を振り返る。耳を塞いでいたキュベレー達も彼と同じように振り返った。
「なっ……! お前らは!?」
その瞬間、ペラト以外の全員が凍りついた表情(エレナは睨み付けるような表情)へと変わる。なんと、入り口にいたのは『ドクローズ』の三人であった。
ヘスカはフィルド達の反応(エレナだけは見ないようにしている)を面白がるように見ると、セカイイチをサクヤの前に置いた。
「わぁー! セカイイチだぁー!! ありがとう、ともだちー♪」
セカイイチを見た途端、サクヤは何事もなかったかのようにいつもの表情に戻った。
「ど……どうして!? セカイイチは確か腐って――」
「あ……ありがとうございます!! ほ、ほら!! お前達も頭を下げろッ!!」
キュベレーの疑問を遮ってまで『ドクローズ』に礼を言うペラト。フィルド達は納得がいかないまま渋々と頭を下げる。ただ、エレナだけは頭を下げようとはせず『ドクローズ』を睨んでいたが。
「いえいえ……自分達はギルドにお世話になっている身なので……困った時にはお互い様なので……」
一方のヘスカはうわべだけの笑いを浮かべて対応する。その笑いにフィルド達の悔しさが一層増した。
「あなた方のような素晴らしい探検隊と共に行動できるのはとても心強いです!!」
「いえいえ……それではもう遅いので失礼します……」
そんな事は知らないペラトの感嘆の言葉を背にヘスカ達は退室した。
「……私達の邪魔をしたくせによくもあんなセリフが言えるわね……」
彼らが退室した後、エレナは誰にも聞き取れないぐらいの小声で呟く。しかしフィルドはその呟きを聞き取り、顔を上げて入り口を睨んだ。
(……あの時…クロがいなかったのは、セカイイチを採ってさらに残りを腐らせて俺達を失敗させるようにするため……そして奴らの目的は……俺達を遠征に行かせない事か!?)
この時、フィルドの頭の中でジグソーパズルのピースがカチッと音を立ててはまった。しかし、今更分かったと言えどももう後の祭り。自分がもっと早く気付けば良かった、とフィルドは悔しそうに下唇を噛み、拳を強く握った。
「しかしアニキィ。どうしてあの時セカイイチを差し出したんですか? 俺はあの後『サンライズ』がどうなるのか見てた方が面白かったと思いますよ?」
サクヤの部屋から退室して借り部屋へと歩む途中、『ドクローズ』のクロが少し残念そうに言う。そんな彼につまらなそうに鼻を鳴らすとヘスカは口を開く。
「馬鹿かお前は? 俺様達の目的は遠征に行くことだろ? 今はサクヤに信頼を寄せられる事が重要だろうが」
「なるほど! 流石はアニキ! しかし……」
マタドがヘスカを賞賛するとふと気づいたことを口にしようとするが、ヘスカが汲み取るように続けた。
「あの有名な『プクリンのギルド』に俺様も初めは警戒したが……拍子抜けだったみたいだな……」
「そうですねぇ。サクヤなんてセカイイチがないとすぐに泣くお子様だったですねー」
「ケッ、ギルドの連中どもがあの親方に怯える理由が分からねぇぜ」
ヘスカの言葉にマタドとクロもギルドの生活で感じた事を口にする。
「まぁ、ともかく……遠征でお宝を見つけたら……」
「ギルドの連中を倒して……」
「お宝を奪ってズラかる! ヘヘッ、今回の計画は楽勝ですね、アニキィ」
「そうだな……クククッ」
ギルドの借り部屋に着いた頃、三人の不気味な笑いをしながら部屋へと入っていく。もちろん、それを聞いたものは誰一人いない――。
一方、おそらく人生初の“ハイパーボイス”拷問から解放された『サンライズ』は自分達の弟子部屋に戻って来ていた。
「やっぱり、あいつらだったんだわ!!」
「それってエレナ達が技を防いでいる間にセカイイチを腐られた……って事?」
「だろうな」
完全に怒ってるエレナに理由を問うキュベレー。しかし、頭に血が上っていたエレナの代わりにフィルドが答えた。
「なぁ、このまま起きていても辛いしもう寝ようよ!」
「そうだね……皆お腹が空いてるし……それじゃ、おやすみ」
シンラが努めて明るい声で催促すると三人も頷き、各々のベットに横になり眠りにつく。だが、空腹のためか彼らはいつも以上に眠れることはなかった。