#20 食料調達
「「食料調達??」」
フィルドとシンラはハモらせるとペラトは何度も頷いた。
……現在フィルド達『サンライズ』はペラトから仕事の内容を確認している所である。だがこれはいつものことであり、なんかしら変わっていることはないのだが――今日はちょっと違っていたのだ。
「実は今朝ギルドの貯蔵庫を見てみたら、中身の……セカイイチだけが全部なくなっていたのだよ……」
ややうなだれながら経緯を話すペラト。どうやら知らない間にセカイイチが消えていた、というのだ。
「それって……完全に盗み食いですよね? バイル保安官には言ってないんですか?」
「いや……実はここだけの話なんだが……」
エレナの問いにペラトは辺りを気にしながら翼でフィルド達を包み込むようにする。どうやら、誰にも聞かれたくない話のようだ。
「……親方様が夜な夜なセカイイチをこっそりと食べているんだ。親方様はセカイイチが大が三つつくほどの好物なんだよ」
声を潜めて話すペラトにフィルドはある会話を思い出した。
*
『サクヤ親方。これってリンゴ……ですよね? なんでみ――』
『違うよッ! これはねセカイイチっていう食べ物! ボクの大・大・大好物なんだ!!』
*
「そうだったな……サクヤ親方が食べている可能性が大きいから言えないんだな」
フィルドの結論にペラトはまた頷いた。ちなみにキュベレーもまた彼と同じく事情を知っていたため納得がいった表情をする。
「それで……セカイイチはどこにあるんですか?」
「あぁ、セカイイチは『リンゴの森』という場所の奥地にあるんだ。地図を出してごらん」
ペラトに言われてフィルドは不思議な地図を広げる。
「『トゲトゲ山』の下に広がっている森があるだろ? この赤色の実……リンゴがなってるところが『リンゴの森』だ」
ペラトは翼で指しながら説明をした。
「本当は私が調達しに行くのだか、あいにく忙しくてな……」
「つまり……サクヤ親方様は一日我慢出来ないってことかぁ」
「あぁ……シンラの言う通りだよ……もし…セカイイチがない事を親方様に知られたら………」
「「「…………」」」
ペラトの言葉を待つフィルド達だっだが、ペラトは躊躇っているようでなかなか言わない。
「……知られたらどうなるんですか?」
ついに我慢が出来なくなったのか、エレナが口を開いた。
「もし知られたら……………………なのだ」
「「え?」」
「うんん?」
肝心な部分が小声かつ早口だったため聞き取れなかったキュベレー、エレナ、シンラは顔を顰める。
「それは大変だ!! セカイイチを取って来ないとな!!」
だかフィルドは分かったようなのか、やや慌てたように言う。
「頼んだぞ! 絶対失敗するなよ!! 親方様の………………だからな!!」
「分かったよ」
かなり念を押すペラトを背にフィルド達は梯子を上がっていった。しかし、そんな彼らのやりとりを陰から見ていた者達がいた………。
「ケッ、あいつら食料を採りに行ったようですぜ」
「昨日俺様達が盗み食いをしたせいでとんだとばっちりだな」
「ヘヘッ。それじゃ、ちょっとちょっかいを出しに行きましょうよ」
「そうだな……クククッ」
――リンゴの森――
ペラトにセカイイチを取ることを頼まれたフィルド達は『リンゴの森』に辿り着いた。
「確か、この森の奥地にセカイイチがあるんだよね?」
「あぁ、なんとしてもこの依頼は成功しないとな……」
キュベレーにうなずくフィルド。その表情はいつもと違い強張っている。
「フィルド……今日はやけに緊張しているわね」
「そうか……? まぁもし、失敗したらヤバそうな気がしたんだよ……ペラトがボソボソっと喋ってる時点で」
フィルドが“ヤバそう”と言った途端、全員がその意味を理解し表情を引き締めた。
「それはまずいかもね……それじゃあ、早く奥地に行こう!!」
「あぁ!!」
「えぇ」
「りょーかい!」
フィルド達は頷くと『リンゴの森』へと入っていった。遅れて数分後……
「ヘヘッ、あいつら森の中へ入って行きましたぜ」
「さて……俺様達も行くとするか……クククッ。おっと……但し、あいつの神経を逆撫でしないようにしないとな……」
「「へ……へい!!」」
一瞬躊躇うような素振りをしながらも彼らもフィルド達の後を追って森の中へと入っていった。
『リンゴの森』はその名の通り、ダンジョンの至る所にリンゴが実っており甘い匂いが辺りを包みこんでいた。また、その香りに誘われているためか、ほかのダンジョンよりも虫タイプのポケモン達も多く住んでいるのも特徴である。
「なぁなぁ、ここのリンゴうまいよなぁ!!」
「お前……いつ採ったんだよ……それ」
「ん……ふひさっひはよ(ついさっきだよ)」
リンゴをおいしそうに頬張ってるシンラを見てフィルドはちいさな溜め息をつく。
シンラがリンゴを食べ終えた頃になると、木々のあちこちから野生のポケモンが現れるようになった。
「くっ……なかなかタフな奴だな……“はっけい”!!」
フィルドは新しく覚えた“はっけい”をハネッコに当てる。しかし、飛行タイプを合わせもつハネッコには期待したダメージを与える事は出来ない。そこへ――
「“翼で打つ”だ!!」
シンラが空から奇襲をかけた。ハネッコは奇襲に対応しきれずに“翼で打つ”をまともに喰らって気絶する。
「フィルド、シンラ君、ナイス!!」
「さて、私達も負けていられないわね……」
一方のキュベレーとエレナはビードルの最終進化形であるスピアーと対峙していた。
「私が牽制するわ!!」
「お願い!」
エレナは“蔓の鞭”を出してスピアーの注意を向ける。突然目の前に現れた蔓に彼は本能が赴くままに攻撃を始める。しかし、エレナは蔓を器用に操りスピアーの攻撃を避け続ける。
蔓に攻撃が当てられないスピアーは羽音を更に強くした。――どうやら、怒ったらしい。
するとスピアーは蔓への攻撃をやめ、エレナに向けて大量の“毒針”を放つ。スピアーが攻撃パターンを変えたことによりエレナも“蔓の鞭”での挑発を中断して“毒針”を回避する事に専念するが――
「……くっ!?」
何発は当たったらしく、苦痛の表情に歪ませる。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながらスピアーを睨むエレナ。スピアーはそんな彼女を見てトドメを刺そうと腕を突き出し突っ込んできた。
「……うっ……!?」
エレナは攻撃を避けようとしたが、突如片膝を地面についてしまう。どうやら、先ほどの“毒針”を食らった際に毒に侵されて体力を削られていたようだった。
スピードを上げて突っ込んでくるスピアー。エレナは咄嗟に目を瞑ろうとしたその時――彼女の目の前を横切るかのように炎の渦が現れ、スピアーを飲み込んだのだ。エレナは炎が来た方を見てみるとそこにはキュベレーが立っていた。
「なんとか間に合ったみたいだね……」
「……あ、ありがとね、キュベレー……」
彼女達が微笑んでる間、スピアーは目を回して気絶していたのだった。
「一瞬、どうなるかと思ったよ」
「でも結果オーライで良かったじゃん!!」
遠くで見ていたフィルドとシンラはそれぞれの感想を口にした。
「そうだね。それに新しい技を覚えたみたいだし……」
「えっ……それってさっきの?」
エレナが思い出したように言うとキュベレーは頷く。
キュベレーは先ほどのスピアーに出したのは“炎の渦”と言う技である。つまり、彼女は“炎の渦”を覚えたのである。
「とりあえずエレナ、モモンの実でも食べろよ」
「ふふっ、そうね。すっかり毒に侵されていた事を忘れてたわ」
フィルドはトレジャーバッグからモモンの実を取り出すとエレナに手渡す。そして、彼女の毒が抜けて少し休んだ後フィルド達は先に進んだ。
――リンゴの森 奥地――
「お! 前方に大きな木はっけーんー!!」
シンラが声を上げた先には遠くから見ても目立つほどの一際大きな木が立っていた。
「あれが目的のセカイイチがなっている木みたいだね」
「早く採りに行きましょ」
キュベレー、エレナ、シンラは木に向かって走り出そうとするが――
「皆、待ってくれ!」
フィルドがそれを制した。
「どうしたんだよぉ、フィルド?」
「いや……嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感って……?」
膨れっ面をしながら訊くシンラに答えるフィルド。その答えにキュベレーも不安そうな表情になる。
「そう……例えば――
誰かに後をつけられているとかな……“波導弾”!!」
言い終えたのと同時にフィルドは後ろの草むらに向けて“波導弾”を二発打ち込む。すると、呻き声が草むらから聞こえてきた。
「……!! この声……まさか!?」
キュベレーは嫌な予感がすると言わんばかりに声を上げた。もちろん、彼女の予感は見事に的中し、草むらからフラフラになりながらも『ドクローズ』のヘスカとマタドが現れたのである。
「いってぇなぁ……クククッ……」
「チキショウ……俺達が後をつけていた事を知ってたのか……」
マタドはやや残念そうな表情をしていたが、ヘスカは余裕の態度を崩していなかった。
「なぁに? また私にボコされたいの?? それに……あのズバットがいないじゃない?」
「くっ……だが、今回はあの時のようにはいかねぇよ」
エレナの放つオーラにヘスカは後退りしながらも言い返した。
「(そろそろ頃合いだな……)おい、マタド! “あれ”をやるぞ!!」
「ヘい!」
ヘスカの声に先ほどまで後ろにいたマタドが彼の隣に移動した。
(何か……仕掛けてくるのか!?)
フィルド達も構えながら、様子を見る。
「クククッ! 様子見をしたのが仇となったようだな……喰らえ! 俺様とマタドの“毒ガススペシャルコンボ”!!」
ヘスカはマタドと同時に大量の“毒ガス”をフィルド達に向けて放った。
「範囲が広い!! これじゃ回避が間に合わない……!?」
「ど、どうしよう……!?」
フィルドとキュベレーは前方から迫ってくる広範囲の攻撃に戸惑っていたが――
「シンラ、久々に“あれ”をやるわよ!」
「!! あぁ、分かった!」
対して、エレナは本来の性格である冷静さを崩さないでシンラに指示を出す。シンラはどこか嬉しそうに了承するとエレナの真上に移動した。
「フィルドとキュベレーは地面に伏せていてね?」
「あ、あぁ、分かったよ」
フィルドとキュベレーは頷くと地面へと伏せた。
「行くわよ……“グラスミキサー”!!」
二人が伏せたのを確認するとエレナは“グラスミキサー”を自分達の周りへと囲ませる。
「準備万端! “吹き飛ばし”!!」
シンラは技名を叫んだかと思うと空中に浮いたまま蹲る。その状態から一気に解放すると、彼の周りから強烈な風が広がるように放たれた。
「ぐぅぅ……!?」
「きゃあぁ!?」
その風に吹き飛ばされないように地に這いつくばるフィルドとキュベレー。その間にも“吹き飛ばし”で生み出された風は“グラスミキサー”と合わさり小さな竜巻は勢いを更に増し、大きく膨れ上がる。
「これが守りの――」
「「“リーフネイド”!!」」
エレナとシンラが技名を叫んだ時、巨大竜巻の勢いは呼応するかのように早くなった。
「ア、アニキィ! 大変です!!」
“毒ガス”の様子にいち早く気付いたマタドが声を荒げた。
「どうした? あの技は誰にも破れな――!?」
と、言いかけてヘスカは言葉を失う。まるで信じられない光景でもみているかのように。それが意味すること――それは彼らが放った“毒ガススペシャルコンボ”は緑色をした巨大な竜巻によって霧払いのように払われていたのだ。
「ば……馬鹿なッ!? 俺様とマタドの“毒ガススペシャルコンボ”が破れるなど!?」
高慢だった多雨度から一転してヘスカは狼狽えていた。そこへクロがセカイイチがなっている木の方向から飛んで来た。
「アニキィィ――ってこいつは一体!?」
「少しばかり厄介な状況になってるだけだ……それより、クロ! 例のやつは手に入ったか!?」
「もっ、もちろんです! あと、残りはあれをやっておきやした!!」
「ならもう用はねぇ! ズラかるぞ!!」
「「へい!!」」
ヘスカは動揺を隠すように早口で喋りきるとマタドとクロを引き連れ竜巻を背に向け走り去る。その顔には――勝ち誇った笑みを浮かべていた。
一方、巨大竜巻“リーフネイド”の中にいた『サンライズ』のメンバーは――
「そろそろいいかしらね」
エレナが呟いたのと同時に“リーフネイド”を解いた。だが――
「うぅ……あ、あれ!? 『ドクローズ』は!?」
地面から顔を上げたキュベレーは辺りを見渡しながら言う。彼女の言う通り『ドクローズ』はフィルド達の前から姿を消していたのだ。
「どうやら、逃げたようだな……でも、俺達の目的はあいつらを叩きのめす事じゃない」
フィルドも立ち上がりながら言う。フィルド達の目的はセカイイチを採ってくる事だ。本来の目的を思いだし木に向かって歩きだそうとする三人。
「あれ、シンラ君は??」
「みんなー! た、大変だぁー!!」
キュベレーがいつの間にかいなくなっているシンラの姿を探すと前方から慌てて戻ってきた。
「シンラ……私達を置いて行ったのね……。それであれはセカイイチの木なの?」
「確か大きいリンゴがなってい――じゃなくて!! とりあえず来てくれよ!!」
真面目に質問に答えようとしたシンラだが、首を横に素早く振ると再び木に向かって飛んでいった。彼の慌てっぷりに嫌な予感が
過りフィルド達もシンラを追いかける。そして、木に辿り着いた一行が目にした光景は――
「なっ……!?」
「これって……」
「腐ってるじゃない!?」
木の周りには全体、あるいは一部が腐っている――ベトベタフード状態となってるリンゴが落ちていたのだ。
「……確かにこれはセカイイチだけどこれじゃ持って帰れないな……」
一部が腐ったリンゴを手に取りながら呟くフィルド。確かにリンゴがふたまわりほど大きくて腐った臭いと一緒に甘い匂いが漂っていた。
フィルドとキュベレーはこの匂いに覚えがあるため、セカイイチと分かるのに大して時間がかからなかった。ふと、フィルドは木を見上げた。それはまだ残っているかもしれないという最後の望みである。が――
「ダメだ、なっているやつも腐ってるよー」
「そ……そんなぁ……」
「きっとあいつらが……セカイイチを…!!」
シンラが木の枝に止まり肩を大きく下げる。最後の望みが絶たれフィルドは苦虫を噛んだような表情を浮かべ「そうか……」と呟く。結果を聞いたキュベレーもうなだれ、エレナは犯人が分かったのか拳を握りながら呟いた。
「仕方がないけど……ペラトに報告しないとな……」
悔しげに言うフィルドにキュベレー達は頷くとバッチを高く上げてギルドへと帰還した。