#19 気分転換
翌朝――
「えー、今日は新しい仲間を紹介するぞ♪」
「また、弟子入りか?」
「一体どんな方でゲスかね?」
ペラトの言葉に弟子達はざわざわし始める。
「こんな忙しい時期に一体誰なんだろうな?」
「お前もそんな時期に来ただろうが……」
呑気なシンラにフィルドは呆れながらもツッコミをいれる。
「皆静かに! 今から紹介するからな。……それではこっちに来て下さい♪」
次の瞬間、地下一階に続く穴から煙が噴き出し弟子達を包み込んだ。
「きゃー!! オナラ臭いですわーー!!」
「ビート……てめぇ!!」
「あっ……あっしじゃないでゲスよぉーー!!」
「じゃあ、一体誰が……!?」
弟子達を包み込んでいる煙はサンシャの言うとおり、オナラ臭いのである。皆が匂いに悶えるとどこからか鍵が開いた音が聞こえた。その方向を見てみるといつの間にやらエレナが窓を開けていた。
「シンラ! “吹き飛ばし”をやって!!」
「りょーかい! “吹き飛ばし”!!」
シンラは飛び上がると開いている窓に向けて“吹き飛ばし”を放つ。また弟子達も彼に続けて必死に扇いで匂いを逃がそうとしていた。
「おい、お前達何をして――」
ペラトが制しようとした時、彼の目の前に風を切る音が聞こえたかと思うと何かを叩きつけたような音が続く。その音に小さな悲鳴を漏らしたペラトの目の前の地面が小さなクレーターのようにへこんでいた。
「ペラトさんは口を挟まないで!!」
声がした方向を見てみるとエレナが険しい表情でペラトを睨んでおり、彼女の体から現れた“蔓の鞭”がしなっていた。おそらく先ほどのはエレナがやったのだろう。
ペラトはここは彼女に従うしかないと思ったのか、何度も首を縦に振った。やがて、煙も晴れてようやく弟子達も落ち着く。
「しかしこの匂い混じりの“スモッグ”……まさか!?」
フィルドに嫌な予感が走る。まもなくして、梯子から見覚えのある体格をしたポケモン達が降りてきた。
そう、彼の予感通り新しい仲間と言うのは――
「ケッ、ドガースのマタドだ」
「ズバットのクロだ、ヘヘッ」
「そして俺様がこの『ドクローズ』のリーダー、スカタンクのヘスカだ……覚えてもらおう……」
昨日、フィルド達にいちゃもんをつけた『ドクローズ』だったのだ。
「えぇー!? 新しい仲間ってこいつらの事なのかぁ!?」
「おだまり!!」
すぐにブーイングをしたシンラをペラトは叱責する。
「えー、この方々達は遠征の助っ人として参加してもらう事となった」
「……はぁ」
にこやか話すペラトにフィルドは溜め息をつき、キュベレーやシンラ、兄弟子達は嫌な顔つきになる。エレナに至っては『ドクローズ』を終始睨み続けていた。
昨日エレナにフルボッコされた彼らは彼女の視線に小刻みに(特にマタドとクロは)震えている。
「まぁ、いきなりはチームワークが掴めないだろうし、遠征までの数日間共に過ごしてもらう事になったのだ♪ 皆、仲良くしてくれよ♪」
(んな事言われてもなぁ……)
(それより……親方様とペラトの嗅覚がおかしいのではないか?)
(親方様とペラトさんはあの臭いによく耐えられますよ……)
(うぅ……早く遠征が終わってほしいでゲス……)
弟子達全員が遠征を楽しみにしていたのに今は手のひらを返したように遠征が早く終わる事をこの場にいた誰もが思っていた。
「さぁ、今日も張り切って仕事を頑張るよー!!」
「「「おぉー……」」」
臭い匂いが原因なのか、いつもの掛け声もいつも以上に元気がなかった。
「お……お前達!? どうしたんだい!?」
「どうしたもこうも……こんなに臭うんじゃ仕事も身に入らん!!」
「「「そうだそうだ!!!」」」
痺れを切らしたゴルダを筆頭に弟子達全員がブーイングを始めた。
「お前達いい加減に――」
突然ペラトの言葉がプツン、と途切れる。彼の視線の先にいるのはサクヤだが今日の彼はいつものにこやかな表情が消えていた。
「う……うぅ……」
サクヤが呻き始めた時、ギルド全体が小刻みに揺れ始める。
「な……何!?」
「まるでサクヤと共鳴してるみたいだな……」
突然の揺れに『サンライズ』は戸惑う。その中でフィルドはちゃっかりと耳を塞ぐ準備をした。一方のペラトはその事で何かをすぐに悟ったのか翼を何度もばたつかせていた。無論、他の兄弟子達もである。
「い……いかん!! み、皆!! 今日も張り切って仕事を頑張るよぉぉーー!!」
「「「おっ……おぉーー!!!」」」
半ば悲鳴に近い声質で裏返りながらも再び締めるペラトに弟子達も出来るだけ声を張った。すると、先ほどまでの震動はピタリと止み、サクヤもいつもの表情に戻っていた。そうしていつもとは違う朝礼は過ぎていった。
朝礼が終わった後、フィルドはシンラと依頼を選んでいた。
「しばらくはあいつらと生活するのかぁ………」
「あぁ……しかしどうも嫌な予感しかしないな。あいつら、絶対何か企んでるよ」
話題はもちろん、助っ人としてきた『ドクローズ』のことである。すると――
「おーい!!」
「ん? どうしたんだ二人とも……」
『トレジャータウン』で道具を揃えに行ってたキュベレーとエレナが帰ってきた。
「なぁ、エレナ。その紙は何?」
「あぁ、これ? さっき『交差点』でもらってきたの」
「それね、今日新しいお店がオープンするみたいだから皆と行こうかなって思ってたんだ!」
エレナの言葉を継いで話すキュベレー。その表情はどこか嬉しいそうだった。
「それはいいな……じゃ、依頼をやる前に気分転換に行くか?」
「やったぁーー!!」
フィルドはあっさりと了承するとキュベレーは右前足でガッツポーズと似たような素振りをした。そして、『サンライズ』は適当に依頼書を取った後、『交差点』へと向かって行った。
――交差点――
フィルド達はギルドへと続く長い階段を降りて『交差点』に着いた。何の変哲もない十字路に看板が立てられていた。
「ここから入るみたいだよ!」
真っ先に駆け出したキュベレーが看板の近くで止まる。フィルド達も追いつくとそこには、『パッチールのカフェ――一攫千金! ユメとロマンの店――』と看板に書かれてあり、すぐ近くには穴が空いていた。穴は横に二人ぐらい広がっても大丈夫くらいの大きさがあった。
「早速いこ?」
「キュベレー、待ってよ!!」
「お、俺を置いていかないでくれーー!!」
嬉しさを隠しきれないキュベレーを追いかけるようにエレナとシンラも穴の中へと走っていく。そんな元気な三人に肩をすくめながらもフィルドも続いた。
――パッチールのカフェ――
地下へと続く階段を降りて行くと地面を掘り進んだとは思えないくらい広々とした空間が広がっていた。またオープンしたばかりのためか、たくさんのポケモン達がくつろいでいる。フィルドも人集りを見ながら階段を降りていったためか、登ってきたポケモンの存在に気が付かないようだったため――
「うわッ!?」
「きゃッ!?」
誰かとぶつかってしまった。フィルドは階段から落ちそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「ふぅ……あ、ごめんなさい! 怪我はないですか!?」
「私は大丈夫です。それよりあなたこそお怪我はありませんでしたか?」
慌てて頭を下げたフィルドはそっと頭を上げる。ぶつかった相手は宙に浮いており、目を瞑っているムシャーナというポケモンである。彼女――話口調からして女性のため――の問いにフィルドは首を縦に振ると、ムシャーナは安堵の溜息をつき口を開く。
「私こそ考え事をして注意を怠っていたので……ごめんなさい。では、急いでますので……」
「あぁ、はい」
ムシャーナはフィルドに微笑みかけると店の出口へと去っていった。フィルドは店の出口をボーッと眺めていると――
「おーい、フィルドー!! 何してんだよー?」
後ろからシンラの声が聞こえたのでフィルドは振り向くと、店の奥の両サイドのカウンターの間のスペースにキュベレー達の姿が目に入る。キュベレーは心配そうに、エレナとシンラはやや不機嫌な顔つきでフィルドを見ていた。
「(……どうやら置いていかれたみたいだな……)悪い!! 今いく!!」
周りの雑音に負けないくらいの大声を出すと、フィルドはキュベレー達が待っている所へと急いだ。
「何やってたの??」
「まぁ、いいじゃないか?」
苛立ちを隠せないエレナをシンラは宥める。
「本当にごめん! ……というか皆進むのが早すぎだよ……」
「ごめんね、フィルド……」
「いや、キュベレーが謝らなくても大丈夫だから。……ところでここは何をやってる店なんだ?」
このままだと埒が明かないな、と判断したフィルドは話題を変えた。
「フィルドがくる前に説明を聞いたから教えるよ!」
「あぁ、頼む」
フィルドはキュベレーに頷く。
「まずは左側のカウンター。あれはこの店のオーナーであるパッチールのチロルさんがドリンクを作ってるんだよ!!」
キュベレーが右前足で指しながら説明をする。カウンターにはフラフラとした足取りでシェイカーを振っているポケモン――パッチールが目に入った。
「チロルさんはリンゴや木の実などの材料を持っていくとドリンクにしてくれるんだけど……材料は自分で持っていかないと作ってくれないんだって」
「へぇ……」
「それで……右手のカウンターはソーナノのポルトさんとソーナンスのメリスさんがやっている探検リサイクル!!」
先ほどとは真逆の方向を指すキュベレー。右側のカウンターには青い体をした二人――小柄で笑顔が印象的なポケモンのソーナノとやや大柄で我慢してるような表情をしている(何故か口紅のような模様がついてる)ポケモン――ソーナンスが集まってるポケモン達に説明をしていた。
「彼らは要らない道具を受け取る代わりに別な道具をくれる……いわば物々交換のような事をしてるのよ」
「なるほどな」
キュベレーとエレナの説明により『パッチールのカフェ』を把握したフィルド。
「なぁなぁ、せっかくだからチロルにジュース作ってもらおうぜ!! 俺さ、喉が渇いちゃった!」
「そうだね!! わたしも説明してたから喉が渇いたし……」
「そうね」
「あぁ。(しかし、シンラは子供だな……)」
せがむシンラにフィルド達は頷く(フィルドは苦笑しながら)とチロルがいるカウンターへと向かった。先ほど相手にしていた客はちょうど席を立ったようでカウンターは空いていた。
「いらっしゃいませぇー」
「すみません! これを一つずつドリンクにしてもらえませんか??」
キュベレーはトレジャーバックから橙グミ、赤いグミ、若草グミ、空色グミを取り出してカウンターに置く。
「分かりましたぁ。えー、橙グミ、赤いグミ、若草グミ、空色グミ入りましたぁー!」
「ソーナンス!!」
のんびりとしたチロルの呼びかけにメリスは応えると彼は四つのシェイカーを取り出してグミをそれぞれにいれ、蓋をする。
そして、フラフラとした足取りでシェイカーを一つずつ降り出した。その単調な動きにフィルド達はしばらく見ていた。やがて――
「お待たせしましたぁ。まずは空色グミジュースですぅ」
「はいはい! オレです!!」
シンラは右翼を挙げるとチロルはジュースとなった空色グミが入ったコップを置いた。
「続いては、つぶつぶ若草グミですぅ」
「はい! ありがとうございます」
エレナは手を挙げてお礼を述べると、若草グミが入ったジュースを彼女の前に置かれる。
「そして、ホット赤いグミですぅ」
「はい!」
キュベレーは返事をすると、赤いグミが入ったジュースを置いた。
「そして、最後は幻の一品ですぅ!!」
「はい! …………はい?」
チロルが発した言葉にフィルドは首を傾げる。
「この幻の一品は狙って作る事なんて出来ない一品なんですよぉ!!」
チロルは説明をしながら、橙グミが入ったジュースをフィルドの前に置いた。但し、見た目はオレンジ色のジュースのためどこが幻の一品なのかよく分からないが。
「それよりも、早く飲もうぜ!!」
「そうだな、じゃあ……」
「「「いただきます!!」」」
フィルド達は声を揃えるとジュースを飲みはじめた。
「……うめぇ!!」
「おいしい!!」
「チロルさん、おいしいですよ!!」
「皆さんのお口に合って良かったですぅ!」
キュベレー達がおいしいと口々に言う中、フィルドはと言うと――
(な……なんだ!? なんかうまく言えないけど……感動するうまさだ!!)
あまりのおいしさに幻の一品を見ながら固まっていたのだった。そして、ドリンクを飲み終わった『サンライズ』は今日の依頼をこなすため、ダンジョンへと走っていった。
――プクリンのギルド――
同じ頃『プクリンのギルド』では――
「失礼します♪ 親方様、お客様です♪」
サクヤの部屋に入ったペラトは報告すると、一人のポケモンを通して部屋を後にする。サクヤはペラトを一瞥した後、入って来たポケモンに満面の笑みを浮かべた。
「久しぶり♪ シャルナ♪」
「お久しぶりです、サクヤ! こうしてあなたと会うのは五年振りですね!!」
シャルナと呼ばれたポケモンはサクヤに微笑み返した。
「ボクの手紙、届いた?」
「えぇ、ちゃんと目を通しておきましたよ」
「そっか♪ それで……どうかな?」
やや真剣な顔つきになるサクヤ。
「もちろん、構わないですよ。但し……」
「うん♪ 分かってるよ! シャルナの条件も忘れてないよ♪」
サクヤの顔つきが先ほどとは嘘のように晴れやかな笑顔になる。そんな彼にシャルナは安心したように溜め息を小さく漏らした。
「それでは二日後来ますので……」
「うん♪ じゃあね、ともだちー♪」
用が済み部屋を後にするシャルナをサクヤは手を振って送ると――
「本当に遠征が楽しみになってきたなぁー」
天井を見上げながら彼は呟いた。
そして、夜になり弟子達が夕食を食べ終わった頃――
「アニキィ……腹減りやしたねぇ」
ギルドの一室を借りて休んでいた『ドクローズ』のクロが口を開く。
「あんなんじゃ、腹一杯になりませんぜ?」
マタドも続くように愚痴る。
「クククッ……そろそろギルドの連中も寝静まった頃だ……行くぞ!」
「へっ? 何がですか??」
急に立ち上がったヘスカにマタドは呆ける。
「決まってるだろ? ギルドの食糧を盗み食いするのさ」
「なるほどー!」
「さすがアニキィ!!」
『ドクローズ』不気味な笑みを浮かべると闇夜に紛れて食堂へと向かっていった――。