#14 激流に呑まれた先は
――温泉――
場所は変わってここは温泉。緑が豊かな自然に囲まれており、のどかな時間が流れていた。また源水が湧き出ている場所が平地よりやや高かったためか、木々の間から広大な景色が見れるのである。そんな温泉には数人のポケモン達が入っていた。
すると、どこからかゴゴゴゴゴ……と言う音が遠くの方から聞こえてきたのである。その音が聞こえたポケモン達は辺りを心配そうに見渡していた。音はだんだんと大きくなっていき、辺りが震動し始めた瞬間――
岩盤浴をしていた一人のポケモンのすぐ後ろからブシャアアアア、と水が噴水のように噴き出したのである。まもなくして水が作り出した冷たい雨が降り出したと同時に上から三つの影が叫び声を上げながら落ちてきた。
時間はほんの少し遡る。フィルド達は宝石に組み込まれていた罠により激流に呑まれていた。その流れが想像以上に強くそして速かったため、彼らは何も出来ずに流されていたのだ。だが次の瞬間――
(うわぁ!?)
フィルドは宙へと放り出されたような感覚を感じたのである。
思わず目を開けてみると先ほどいた洞窟とはうって変わり青い空と白い雲が彼の眼下に映し出されていた。その風景に見惚れていると下に引っ張られる感覚を感じた。
フィルドはその原因を確かめるために下を向いた。
「本当に浮いてたのか……てことはこの感覚は下に落ちているって事か……?」
フィルドは今自分が置かれている状況をなんとなく理解する。
「あれ……これって落ちているよね……?」
「キュ、キュベレー!? まさか、じょ……冗談で言ってるのよね……?」
キュベレーとエレナもどうやら気がついたようだった。心なしかエレナの顔から血の気が引いていたようにも見える。そして、フィルドはキュベレーが言った事に再度重力に引かれる感覚、そして真下から吹き付ける風を改めて感じた。つまり――
「やっぱり……本当に落ちているんだぁぁぁあ!!?」
「きゃあぁぁぁぁ!!?」
「嫌あぁぁぁぁあ!!!」
三人はもはや叫ぶしか出来ずに落ちていった。やがてバシャアアアン、と何かに叩きつけられた音が聞こえたのと同時にフィルドは意識を手放してしまった。
「――て――――ルド! フィルド! 起きて!!」
「……むぐッ!?」
誰かに呼ばれて返事をしようとしたフィルドだが、水を一緒に飲み込んでしまった。
「……ケホケホ……こ、ここは一体……?」
「うーん……見た感じだとさっきいた洞窟とは違うみたいだね……」
フィルドはむせ返りながらもキュベレーと状況を把握しようとする。
「あの……あなた達大丈夫?」
「「えっ??」」
どこからか声が聞こえてきたため、二人は声がする方へ体を向けた。そこには、茶色い体に額の三日月模様が特徴的なこぐまポケモン――ヒメグマが心配そうに見ていた。また、ほかのポケモン達もヒメグマと同じ表情をしてフィルドとキュベレーを見ていた。
「あぁ、驚かせてごめんなさい……俺達は大丈夫です」
「そう、なら良かったわ。でも、本当にビックリしたわよ」
「どうしてですか……?」
「だってあなた達空から落っこちてきたんだもの。あっ、私はヒメ」
ヒメグマのヒメはすこし安堵を浮かべた表情をする。そして、先ほどフィルド達が落ちてきた事を説明した。
「あれ? そう言えばエレナは……?」
「おーい!!」
キュベレーがエレナがいない事に気付き辺りを見渡すとどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。声がする方向を見てみると、岩盤の近くにエレナがいて岩盤には亀のようなポケモン――コータスが座っていた。
「エレナ……無事でよかったよ。それにさっきよりは顔色が良くなったみたいだな」
「え……何が……」
「空中に浮いてた時、顔から血の気が引いてたけど……ひょっとして高い場所とか苦手――」
「そ、そうだった? ……あ、ここは温泉よ!」
心配するフィルドを余所にはぐらかすエレナ。若干目が泳いでいたためどうやら図星のようだ。
「えっ!? これが温泉なの!!?」
「そうじゃ」
キュベレーの声に反応したのは岩盤に座っていたコータスである。彼は温泉に入らない代わりに岩盤浴をしていたのだ。
「ほれ、地図を出してみなされ」
言われた通りに地図を出すフィルド。激流に呑まれたのにトレジャーバッグの中身が全く濡れていなかった事にフィルドは「すごいなぁ……」と呟く。そして、岩盤の上に地図を広げた。
「今お主達がいる温泉はちょうどこの辺りじゃ」
コータスが温泉がある位置に指を差す。
「俺達がいた『滝壺の洞窟』はここだから……」
「わたし達は洞窟から温泉まで流されたって事なの!?」
コータスとフィルドが指差した場所を交互に見ながら驚きの声を上げたキュベレー。
「なんとそんな所から流されてきたのか! それはさぞ長い時間水に浸かっていて寒かっただろう……。この温泉に入って体の芯まで温まっていきなさい」
「やったぁ!」
コータスの勧めにエレナは大喜びである。
「あ、ひょっとしてエレナが言ってた温泉って……」
「そう! ここの事よ! ここの温泉は肩こりによく効くし、疲れも一気に吹き飛ぶの。それに水が苦手なほのおタイプのポケモンもはいれちゃうのよ!!」
「おぉ。ここの温泉について詳しいのぅ」
温泉の特徴に熱弁を振るうエレナにコータスはかなり感心していた。その様子を見てフィルドが今のエレナはセカイイチについて語る親方みたいだな、と心の中で言ったのはここだけの話である。
――交差点――
「ふぅ。さっぱりしたね! おかげで探検の疲れもとれちゃったよ」
「でしょ!! あそこの温泉はね温泉マニアが五本指に入れるすごく有名な場所よ! だから一度でもいいから行ってみたいと思ってたの♪ 本当に今日はよかったわ!」
(ポケモンの世界にもマニアがいるもんだな……こうしてるとポケモンも人間とあんまり変わらないだな……)
温泉の事をまだ話しているキュベレーとエレナ。そんな二人を見てフィルドは微笑みながらもポケモンと人間はあまり変わってないなと実感を感じていた。
――あの後フィルド達は体が温まるまで温泉に入っていた。そして、充分に体が温まったので温泉を後にし現在はギルドに戻っている最中である。
「さて、俺達は今からギルドに戻らないといけないんだな……エレナはこれからどうするんだ?」
「そっか……あなた達は探検隊で修行の身なのよね……うーん……」
フィルドに話を振られてしばらく考えるエレナ。そして――
「……そうだ! 私まだあなた達にお礼してなかったわよね?」
「えっ? 温泉に案内してくれたからお礼はしたんじゃ……?」
キュベレーの疑問にエレナは静かに首を横に振る。
「あれは流されて着いたって事でしょ? 私は案内してないわ」
「なるほど……それでお礼の内容は?」
エレナの理由に納得したフィルドは改めてお礼の内容を聞く。
「私のお礼……それはあなた達の仲間にしてほしいの」
「「えっ……??」」
フィルドとキュベレーの声がハモった。
「でも……俺達はまだ修行中なんだ。仲間になったら温泉に行けなくなるぞ?」
「温泉は堪能したからもう大丈夫よ。それに少しの間あなた達と探検してすごく楽しかったし……」
焦らすように話を区切るエレナ。そして――
「あなた達、まだ仲間がいないでしょ?」
「うッ………」
エレナの発言に何も言い返せないフィルド。静寂が辺りを包む。お互いに黙ったまま時は静かに過ぎていった。
「……フィルド、私はいいと思うよ!」
「キュベレー……」
そんな静寂を打ち破ったキュベレー。
「確かにエレナのいう通り私達『サンライズ』には仲間がいない……それに私事が挟んじゃうけど、同年代の女の子でこんなに話したのは初めてなの……だから私は……エレナともっと話がしたいんだ!!」
珍しく強気で語るキュベレー。フィルドはその言葉から彼女の強い意志が込められているのを感じていた。
「そうだな……エレナが言ってる事は正論だし、キュベレーの意志も確認出来たからな。……エレナ、仲間になるからには途中で放棄する事は許されないからな」
「……フィルド!!」
「覚悟は出来てるわ!」
言ってる事はややきついが穏やかな表情で言うフィルドにキュベレーは満面の笑みを浮かべ、エレナは強く頷いた。
「それじゃ、探検の報告と仲間の手続きをしにギルドに行くか!」
「うん!!」
「わかったわ!!」
こうして、エレナを加えた『サンライズ』はギルドへと走っていった。