#16 見張り番
エレナが『サンライズ』のメンバーに入ってから次の日の朝――
「くうぅぅー……あ、エレナおはよう!」
「あら、フィルド。おはよう」
おもいっきり背伸びをしながらフィルドは既に起きていたエレナに声をかけた。よく見ると彼女の首には昨日は手で握っていたミント色のスカーフが巻かれていた。
「早速付けたんだな」
「エレナ、似合ってるよ」
いつの間にかキュベレーも起きてエレナに話しかけてくる。
「そう? ありがとう!!」
「じゃあ、皆起きた事だし朝礼場所に行くか!」
「うん!」
「分かったわ!」
こうして、フィルド達はまだ日が半分しか登っていない頃に朝礼に行くためにドアを開けるが――
「なんだこれ?」
突然フィルドが呆けた声を出しながら何かを拾う。キュベレーとエレナも彼の後ろから顔を覗かせた。それは紙切れでそこには足型文字で何かが書いてあった。だが――
「字が……汚くて読みづらいな……」
フィルドが頭を掻きながら呟く。紙に書かれていたその字は殴り書きでもしたような汚い字が並んであったのだ。
「とりあえずペラトに聞くか……」
フィルドの意見にキュベレーとエレナは頷くとロビーへと急いだ。
「えー昨日の夕食の時も言ったが、この度に『プクリンのギルド』に新しい弟子が入門したぞ!」
朝礼が始まりいつもの誓いの復唱が終わった後、ペラトに手招きされフィルドの隣にいたエレナが前に出る。
「はじめまして! この度、『サンライズ』のメンバーとなり弟子入りをしたツタージャのエレナです! よろしくお願いします!」
元気よく自己紹介をしたエレナに兄弟子達の暖かい拍手が迎えてくれた。(ちなみに昨日の夕食時も彼女を紹介したため、弟子達の自己紹介は省略されている)
「さぁ、新入りも入った事だし今日も張り切って仕事を頑張るよー!!」
「「「おーっ!!!」」」
朝礼が終わり弟子達は自分の持ち場へと散っていった。
「おーい、お前達!!」
ペラトがフィルド達に近付いてきた。
「親方様が呼んでいるぞ!!」
「あぁ、あと俺達の部屋の前にこんな手紙が置いてあったんだけど……」
今朝フィルド達の弟子部屋の前に置いてあった紙切れを渡すフィルド。
「…………これは、確実に親方様の字だな……」
紙切れを受け取りながら言うペラト。表情はやや呆れてるようにも見えた。そして紙切れを懐にしまうとノックをして親方様の部屋に入っていった。もちろん、フィルド達も彼の後についていくように入っていった。
「親方様! 『サンライズ』のメンバーを連れて来ました……ってありゃ、珍しく体をこっちに向けてるよ……」
「……………」
(ふぅ……これなら突然振り向く動作もしなそうだな……)
今回は珍しく体を正面に向けていたため、フィルド達は警戒心を解いた。
「親方様!! ……親方様……?」
ペラトが何度も呼びかけても反応がないサクヤ。それどころか彼は――
「……ぐぅ……ぐぅぐぅ……」
目を開けたまま立って寝ていたのだ。
「まさか…朝礼以外でも立ち寝をしてたなんてなぁ……」
「あれは完全に常人超えしてるわね……」
「あ、あはは……」
フィルドとエレナは呆れたように、キュベレーは苦笑いをしながらサクヤを見た。
「お、起きてください!! 親方様ぁ!!!」
「………はッ」
ペラトが耳元で大声を出したことによりようやく起きたサクヤ。
「『サンライズ』を連れて来ましたよ?」
「……へ? なんで??」
「「「えぇー……」」」
キョトンとした表情でペラトとフィルド達を交互に見るサクヤ。これにはフィルド達も唖然とするしかなかった。ペラトは溜め息をつきながら部屋の入り口で受け取った紙切れをサクヤに手渡す。それを読んだ途端――
「……あ!!」
「うわっ!?」
「「ひゃあ!?」」
サクヤが突然声を上げたため、油断していたフィルド、キュベレー、エレナは驚いてしまう。
「そう言えばキミ達を呼んでたね♪」
にこやかに言うサクヤ。この時『サンライズ』は全員で「本当に忘れてたのかよ!」と心の中で突っ込んだのは言うまでもなかった。
「それで……どうして俺達を呼んだのですか?」
「それはね、これからの『サンライズ』のメンバー登録についての話があるからなんだ」
フィルドの質問に先ほどまでのにこやかな表情から少し引き締めて答えるサクヤ。
「キミ達は探検隊やメンバー登録が終わったらその後どうするか知ってる?」
サクヤの問いにフィルド達は首を振る。
「それじゃ、簡単に説明するね。キミ達が登録をしたら、『ポケモン探検隊連盟』に申請書を送らないといけないんだ」
「『ポケモン探検隊連盟』??」
「ギルドを総括している本部の事だよ。そこから各ギルドに依頼書が届くんだ。ただし、その場所はギルドの親方様か一流の探検隊しか知らないらしいがな」
首を傾げるフィルドにペラトが簡潔に説明をする。
「それで申請書はギルドの親方が書く決まりがあるんだけど……」
「親方様の書く字は幾何学的で私にしか分からないから、特例として私が代わりに書いてるんだよ」
(なるほど……確かにあんな汚い字だったら誰も分からないよな)
サクヤの言葉を受け継いで説明するペラトにフィルドは心の中で納得をした。
「さて説明はここまでにして……今回はキミ達に聞きたい事があって呼んだんだ。キミ達って昨日エレナをメンバーに入れる時にペラトを通じてボクに言ってわざわざボクの部屋まで来てくれたよね?」
「はい」
サクヤの問いにフィルドが代表して答える。
「その事なんだけど……次からはボクの部屋まで来なくても大丈夫だよ♪」
「「「えっ!?」」」
突然の発言にフィルド達は驚きの声を上げた。
「だってキミ達が来なくてもボクが“ハイパーボイス”を使えば……いや、本当は使わなくてもいいくらいなんだよね……」
「親方様?」
途中から消え入りそうな声になるサクヤにキュベレーは心配そうに彼の
気色を伺う。
「ん? 心配してくれてるの? ボクは大丈夫だよ♪ 仲間にしたいなら今まで通りペラトに言うだけでOKだから♪」
いつの間にかサクヤはいつもの表情に戻っていた。
「そうですか……。じゃあ私達はこの辺で失礼しますね」
「うん! 昨日も言ったけど選抜メンバーに選ばれるように頑張ってね!!」
キュベレーは後ろ髪を引かれながら、サクヤの部屋を後にする。エレナも彼女を追っていく。そして、フィルドも部屋を出ようとした時、彼は立ち止まり振り返った。
「サクヤ親方は“ハイパーボイス”を日常に使う事に悩んでいたようですね。でも、俺は……いや俺達はサクヤ親方の技は確かに身に堪えますけど迷惑とか思った事はないですよ? これからもその響きあるサクヤ親方の“ハイパーボイス”を出してくださいね」
「最後に失礼しました!」と言って部屋を出ていったフィルド。一方のサクヤは終始驚いた様子でフィルドの話を聞いていた。
「……こんなに嬉しい気持ちになったのは久しぶりだなぁ……」
サクヤの表情はいつも以上に笑顔だった。その様子を見ていたペラトも、また嬉しさを噛み締めていた。
サクヤの部屋を後にしたフィルドは近くで待っていたキュベレーとエレナに近づいた。
「親方様は大丈夫なの?」
「あぁ、どうやら“ハイパーボイス”を使い続けていいかどうか悩んでたみたいだけど……きっと大丈夫だよ。俺も伝える事は言ったから」
「そっか。じゃあ、親方様の方は大丈夫みたいね」
フィルドの報告を聞き安堵の表情を浮かべるキュベレー。エレナはそんな彼女の頭を撫でた。
「もう……子供扱いしないでよっ……」
「別にいいじゃない!」
「まぁまぁ、それより仕事を探そ――」
「あのぉー……『サンライズ』の皆さん?」
フィルドが最後までいい終えていない内にいつの間にかティラスが会話に割って入ってきた。
「どうかしたの?」
「実は頼みたい事があってついてきてもらえないでしょうか?」
「あ、はい。俺達でよければ」
ギルドの兄弟子からの頼みを断ろうとはしないフィルド達は快諾をし、ティラスの後をついていった。少し進むと穴が空いており、そこにはゴルダがいた。
「あ、ゴルダさん」
「おぉ、忙しいのにすまないな」
フィルド達を一瞥して話し掛けるゴルダ。喋る音量がかなり減ったらしく、うるささが減ったようであった。
「そんな事ないですよ? ところで手伝いって何をすればいいんですか?」
「実は僕の代わりに見張り番をやってもらいたいんです」
フィルドの質問にティラスは申し訳なさそうに答える。
「あれ? ティラスさんも一緒にやらないんですか?」
「実は僕の父さんが仕事をほったらかしにしてどこかに行っちゃったみたいで……」
「それであなたがお父さんの仕事をやる羽目になったって事ね」
エレナが受け継ぐように言うとティラスは小さく頷いた。ティラスの父――クリオは主に掲示板の依頼書の更新をするのだが、放浪癖があるらしく突然行方を眩ます事があるらしい。そのため、ティラスはクリオがいない時は彼の仕事を請け負っていると言うわけだ。
「なるほど……事情は分かりました。とりあえず仕事に行ってください」
「すみません……では、お言葉に甘えさせてもらいますね」
フィルド達に頭を下げると地面に潜っていった。
「それで……見張り番は何をすればいいんですか?」
「そこに穴があるだろ? そこに入って進めば上から光が射し込んでる場所があるから、そこまで進んでくれ。やり方はギルドにやってくるポケモンの足型を見て俺に伝えてくれ」
「了解です」
エレナの質問にゴルダは簡潔に説明をする。そして、フィルド達は穴に入ろうとするが――
「暗そうだね……この中を進んで行くの?」
「……みたいね」
キュベレーとエレナは渋い顔をして穴を見つめる。
「ランタンみたいなものはないんですか?」
「ん? まぁ……あるが、そんなのがなくても行けるだろ?」
二人の表情から明るくするものが必要だと感じたフィルドはゴルダに訊くが素っ気なく返されてしまう。
「(あるって分かったし……)ゴルダ先輩? そこは……頼みますよぉー」
「だから、なくても平――」
と言い掛け、固まってしまう。一方のフィルドは声を明るくして笑顔で質問をする。しかし、目は笑ってはおらず何故か手には“波導弾”を形成していた。このことからフィルドがゴルダに脅しをかけていたのが見てとれる。
「は……はいぃぃ! わかりましたぁぁぁぁ!!」
一度コテンパにされたゴルダにその効果は絶大で彼は猛ダッシュでランタンを取りに行った。
「本当にどうしようね、フィルド――ってあれ、ゴルダさんは?」
どうするかフィルドに訊こうとしたキュベレーはゴルダがいない事に気付いた。
「あぁ、ゴルダ先輩なら――」
「も、持ってきたぞ!!」
フィルドが理由を話そうとした時、ゴルダが走って戻ってきた。そして、右手にはランタンを持っていた。
「これなら穴の中に入れるわね」
「そうだな。ゴルダ先輩、ありがとうございます!」
「ぜぇ……ぜぇ……と、とにかく光が射し込んでる場所についたら大声で……言ってくれよな……」
肩で息をしているゴルダからランタンを受け取ったフィルド達は穴の中に入っていった。
穴の中は日射しが照りつけていない分、ひんやりとしていた。当然、穴の中は暗いため借りたランタンの光を頼りに進んでいった。
「まだつかないのかな?」
「うーん……お、あれがそうじゃないのか?」
ランタンを持っていた手で奥を指すフィルド。彼が言った通り、奥には光が射し込んでおり、格子模様の影が出来ていた。
「ゴルダさーん、着きましたよー!」
エレナは大きく息を吸って大声で話す。
「そうかー、んじゃ格子の上に立ったポケモンの足型を大声で伝えてくれー!」
光の真下に入ったフィルド達はゴルダから次の指示をもらう。
「あ、来た!!」
上を既に向いていたキュベレーはポケモンが格子に乗ったのを確認する。
「足型はヨーテリー!! 足型はヨーテリー!!」
キュベレーはすぐに大きい声で伝えると「よし、正解だ!!」と言うゴルダの声が返ってきた。
「そうだ! キュベレー、足型が分かったら俺達に教えてくれなかいか?」
「私達が代わりに伝えておくから。あ、疲れたら言ってね?」
「うん! 分かったよ!!」
こうしてフィルド達は各々の役割を決め、見張り番を続ける。ちなみにキュベレーが疲れた時はエレナが代わりに足型を判別をしていたため、フィルドがほとんど大声で伝える役をやっていた。
「来客終了ー、来客終了ー♪」
「おーい、お前達ー!! 戻ってきていーぞ!!」
見張り穴に射し込む光がオレンジ色を帯びてきた頃、ペラトとゴルダの声が聞こえてきた。
「ふぅ……終わったね……」
「首が痛いわね……」
「おぜばのどがいでいよ……(俺は喉が痛いよ……)」
などと話ながらフィルド達は穴の中を進んでいった。ちなみに戻った後、フィルドは速攻でうがいをして水を飲んだ事は言うまでもない。
「お前達、よくやったな♪」
戻ってきてしばらく立った後、ペラトがやってきて称賛の声をかけてきた。
「結果だが……見事パーフェクトだ♪ 初挑戦で素晴らしいぞ♪」
「「やったぁー!!」」
結果を聞き、キュベレーとエレナは互いの手(と前足)でハイタッチをする。
「報酬もスペシャルバージョンだよ♪」
ペラトはフィルド達に500ポケ、幸せの種、
生命の種、カテキンを手渡した。
「こんなにくれていいんですか!?」
「お前達は頑張ったからな。それに見合った報酬を与えたまでだよ♪」
「「「ありがとうございます!!!」」」
フィルド達はペラトに礼を述べた。
「そうだ。忘れるところだったがエレナ、“お前に会いたい”と言ってたポケモンがいたぞ」
「えっ……私に……ですか……?」
疑問を浮かべた表情をするエレナ。
「どんな種類のポケモンでした?」
「うーん……たしか鳥ポケモンだったかな。ギルドへは最後の来客として来てたし……」
フィルドの質問にペラトは考えながら答える。
「確か最後のポケモンの足型は――!! まさか!!」
エレナは思い立ったように地下一階へと上がって行った。
「お、おい! エレナ!?」
「フィルド、わたし達も追いかけよう!!」
「あぁ!」
フィルド達もエレナの後を追いかけるように地下一階へと急いだ