#15 探検の報告にて
――プクリンのギルド――
『滝壺の洞窟』を探検し、秘密を解いたフィルド達はギルドに帰還しペラトに報告をしていた。
「なるほど……『秘密の滝』の裏側はダンジョンになっていたと……」
「あぁ」
「そして、ダンジョンの一番奥には宝石があって……一際大きい宝石を採ろうとしたがそれは罠で……押した瞬間仕掛けが作動して、お前達は激流に流されたと……」
「はい」
現在ペラトがフィルド達の報告を整理しており、フィルドとキュベレーが時折相づちを打っていた。
「そして……流れ着いた場所があの有名な温泉だったと……」
「あぁ」
「それで……一連の探検を後ろのツタージャも同行して……『サンライズ』のメンバーになる事を志願していると……」
「そういう事です」
「お宝は採ってこれなかったのはすごく残念でしたけど……」
エレナが付け加えるように言うとキュベレーは暗い表情へと変わった。
「いやいや! そんな事はないよ! だいたいあの滝の裏に洞窟があったなど誰も知らなかったわけだし……それが分かっただけでもすごい成果だよ♪ お前達、よくやってくれた♪」
その様子を見たペラトは珍しく褒めながらフォローをすると、キュベレーの表情が一瞬のうちに晴れやかになる。
「ほ、本当ですか!?」
「本当さ♪ これは世紀の大発見だよ!!」
「やったじゃない!! キュベレー!!」
「うん!!」
キュベレーの両前足を手にとって上下に降るエレナ。その表情は笑顔だった。キュベレーもつられて表情が綻びる。ペラトも上機嫌にメトロノームのような尾羽を左右に動かしていた。
だが喜ぶ三人をよそにフィルドだけは腕を組み考え事をしていた。
(『秘密の滝』で見た二つのポケモンの影……小さい方はエレナだな。じゃあ、もう一つは……)
フィルドは『秘密の滝』――いや『滝壺の洞窟』に映し出されていたポケモンの影について考えていた。
「(あの長い耳にやや胴長でふっくらした体型……絶対見覚えが――!! まさかあれは!)なぁ、ペラト?」
「おや、やっと口を開いたか♪」
先ほどとは変わらない上機嫌で反応するペラトはサクヤの部屋に向かって歩きながらフィルド達に指示を出した。
「今回の探検と仲間の件については私が報告をするからお前達はここで待っ――」
「単刀直入に聞くけど、サクヤ親方は、あの滝に行った事があるのか?」
フィルドの質問にペラトの足が止まり、ゆっくりとした動きで振り返った。その表情は先ほどとは打って変わりかなり驚いていた。
「な、何を今更! もし、親方様が既に探検をしていたらお前達には頼まないはずだよ!!」
「だったら、報告するついでに本人に確認してほしいんだ! 頼むよ!!」
やや早口で理由を述べるペラトに必死に訴えるフィルド。その様子をキュベレーとエレナはただ見ているしかなかった。そして、一分半ぐらい口論した末にペラトが先に折れて渋々とサクヤの部屋へと入っていった。
「……フィルド。どうして親方様があの滝に行った事があるって聞いたの?」
ペラトが部屋に入ったのを見計らいキュベレーが口を開いた。彼女の表情はフィルドがとった行動に理解し難いと訴えるようにも見える。
「あぁ、実は探検している途中で眩暈に襲われて映像が見えたって話をしただろ? その時に見た影の一つがサクヤ親方にそっくりだったような気がしたんだ」
「そうだったんだ」
「え、眩暈がして映像が見えた? それってどういう事??」
キュベレーは納得をしたがエレナは驚きの声を上げるエレナ。
「あ、まだエレナには話してなかったな。実は――!!」
フィルドが経緯を話そうとした時、彼の表情が一気に青ざめた。
「二人とも! 耳を塞げ!!」
「!! わかったよ!!」
指示を出すのと同時に耳を塞ぐフィルド。キュベレーも何かを悟ったのかすぐに耳を塞ぐ。一方のエレナは状況が読めないようですぐに耳を塞ごうとはしなかった。
「えっ、何!? どういう――」
そして、次の瞬間――
「たあぁぁーーーーー!!」
「きゃあぁぁぁ!!? み、耳がッ!?」
「ぐぅぅ!!」
「うぅぅ!!」
聞き覚えのある声質の“ハイパーボイス”がサクヤの部屋からギルド中にこだました。部屋の外にいるため幾分和らいでいるがやはり耳を塞がないと辛い。またその拍子にせっかくペラトが直した扉もバコン! と勢いよく吹き飛んでしまった。
(またペラトさんの仕事が増えそうだなぁ……)
とキュベレーは心の中で呟いた。そして、埃が作り出す煙がサクヤの部屋から溢れだすとケホケホ、とむせかえりながらペラトが煙の中から現れた。
「ペラトさん!! 大丈夫!!?」
「あぁ……なんとか、な……ケホケホ……」
(全然大丈夫そうに見えないって!!)
心配するキュベレーに大丈夫だ、と答えるペラトにエレナは心の中で突っ込んだ。
「それでどうだったんだ?」
「あ、あぁ……それが報告したついでに聞いたところ――」
ペラトが話を区切る。
「“思い出思い出! たあぁぁーーーーー!!”と言ってから……“あ、よく考えたら行った事あるかも♪”とおっしゃってた……」
「そうだったんだ。聞いてくれてありがとうございます」
体に付いた埃を落としながら説明するペラトにフィルドは大して気落ちせずに納得をした。
「はぁ……せっかく苦労して見つけたのに……」
一方のキュベレーは大きく項垂れてしまう。
「まぁ、前回のお尋ね者退治と今回の調査でのお前達の努力は評価しているからそう気落ちするな。また明日から頑張ってくれ。……おっと、忘れるところだったが夕食を食べたら親方様の部屋に行くようにな」
ペラトはそう言うと食堂へと歩き出す。
「ねぇ……ひょっとしてさっきの大声を聴くことになるの?」
「あぁ……耳を塞いでも無駄なくらいの大声がとんでくるよ……」
辛そうに目を向けたエレナにフィルドはため息をつきながら答えた。こうして、三人は食堂に向かってゆっくりと歩いていった。
フィルド達『サンライズ』は夕食を食べた後、ペラトと共にサクヤの部屋に来ていた。
「やあ!!」
「ひゃあ!?」
サクヤはフィルド達がギルドに初めて来た時のように突然振り向いて声をかける。ちなみに驚きの声を上げているのはエレナである。フィルドとキュベレーは一度経験したため特に驚いた様子はなかった。
「今回は大変だったね! でも大丈夫!! キミ達の活躍はちゃんと見てるから安心して♪ ……あ、後ろのキミははじめましてだね♪」
“後ろのキミ”とはフィルド達の後ろにいるエレナの事である。
「ボクの名前はサクヤ♪ よろしくね、ともだち♪」
「よ、よろしくお願いします……ツタージャのエレナです……」
サクヤのペースに少し戸惑いながらも簡単な自己紹介をするエレナ。
「それじゃ、ここからは本題に入るね♪ まずはエレナの探検隊登録についてなんだけど……」
話を切るサクヤにフィルド達はゴクン、と生唾を飲む。
「……実は登録してあるんだ♪」
「「「ええッ!?」」」
意外な答えにフィルド達は驚きの声を上げる。
「あ……まさかペラトが報告してた時にか!?」
*
『二人とも! 耳を塞ぐんだ!!』
『!! 分かった!!』
『えっ、何!? どういう――』
『たあぁぁーーーーー!!』
『きゃあぁぁぁ!!? み、耳がッ!?』
*
「……まさにその通りだよ」
夕方のやりとりを思い出したのか、苦い表情をするペラト。その表情の八割方はおそらくサクヤの“ハイパーボイス”が原因であろう。さすがにこれ以上の追及はしない方がいいかな、とフィルドは思い考える事をやめた。
「まぁ、次がキミ達を呼んだ訳に最も近いんだ」
『サンライズ』のメンバーを一人ずつ見ながら言うサクヤの表情はフィルド達が見てきた中でおそらく一番真剣で真面目な表情をしていた。
「実はね近々遠征をやろうと思ってるんだ」
「「遠征??」」
聞き慣れない言葉を聞き、フィルドとキュベレーは声をハモらせる。
「遠征……って結構遠くのダンジョンまで探検に行くって事ですよね?」
「そうだ。今までのように近場を探検するわけじゃないから、それなりの準備をして行く。そして、遠征はメンバーの中から選抜して連れて行くんだよ」
エレナに頷きながら補足をするペラト。
「それで通常は新入りした弟子は連れて行かないけど……キミ達はかなり頑張ってるじゃない? だから、今回は特別にキミ達『サンライズ』も選抜の候補に入れようと思うんだ♪」
「えっ……!?」
「ほ、本当ですか!?」
フィルドとキュベレーは驚いた声を上げてサクヤを見上げる。そんな二人に彼は満面の笑みを浮かべる。
「あの〜質問なんですけど……」
「ん? 何かな?」
エレナが手を挙げた。サクヤは先ほど変わらない笑みを浮かべながら彼女を見る。
「それって私も加わっているんですか?」
「もちろん♪ だってボクは『サンライズ』のメンバーに言ってるんだよ♪」
エレナの質問にサクヤは当たり前と言わんばかりの答えを返した。
「やったぁ!! エレナも遠征に行けるんだ!」
「入ったばかりで選ばれるっていいのかなって思うけど……すごく楽しみね!!」
「こらこら。まだ決まった訳じゃないぞ! これからのお前達の頑張り次第だからな!!」
喜ぶ女性陣を見たペラトが一喝を入れる。
「あ、サクヤ親方! 俺も質問があります!」
フィルドが何かを思い出したように声を上げた。
「いいよ♪」
「実は……ギルドに入門した時にもらった箱……あれの中身についてなんです」
フィルドの質問にサクヤのにこやかな表情が急に真面目な顔つきへと変わる。キュベレー、エレナ、ペラトはサクヤの急変に戸惑う。フィルドもそれを気にしながらもトレジャーバッグから何かを取り出す。
「この道具は初めて見るな……」
「あ、それって……」
「これ……見たことがあるわ……」
ペラトが物珍しそうに球体を見る中、キュベレーが思い出したように言う。またエレナも小声で呟いた。
フィルドが取り出したのは弟子入りした翌日、サクヤからもらった箱に入っていた不思議な球体である。
「親方様はこれについて何か知ってますか?」
サクヤに見せながら言うフィルド。
「そうだね……ほんの少し知ってるよ」
「ほ……本当なんですか!?」
サクヤの答えにキュベレーは声を上げる。
「うん♪ だからね……見せてもらいたいんだ」
「見せて……もらいたい?」
エレナは言葉のオウム返しをする。
「それが――
波導のスカーフ≠生み出せるのかを……ね」
「なっ……!?」
「「えっ……!?」」
フィルド、キュベレー、エレナは思わず絶句をしてしまう。一方のペラトは話に全くついていけないようで何度も首を傾げていた。
「だってキミ達がしてるスカーフはボクがあげた探検隊キッドに入ってなかったんだよ? それに無地のスカーフなんてダンジョンに落ちていないしね」
サクヤの説明にペラトは「さすが親方様!」と称賛しフィルドはサクヤの分析力に思わず舌を巻いていた。
「それじゃ、証拠を見せないとな……エレナ、この球体を触ってみて」
「分かったわ」
フィルドに言われた通り球体に触れるエレナ。すると、フィルド達が前に触れた時と同じように波紋が広がり球体の色が変わっていった。
その様子にペラトは口をあんぐりと開け、サクヤは黙って事の様子を見ていた。やがて球体が青みがかかった緑色に完全に色づいた時、足型文字が浮かび上がった。
「――汝の波導は優しいミントブルー。よってミント色スカーフを与える――か」
サクヤが呟くように言うと球体から光が生み出される。そして、光はエレナに向かってゆっくりと向かい、彼女の目の前に止まった後、スカーフへと姿を変えた。エレナはふわりと落ちていくスカーフを慌てて掴んだ。
「なるほど……スカーフを生み出すのは本当みたいだね♪」
サクヤの声に四人は彼を見た。その表情はいつものにこやかな表情に戻っていた。
「さっき言った事……覚えてますよね?」
「うん♪ キミ達はちゃんと証明してくれたからね。ボクが知っている事を教えてあげるよ。キミ達にあげた球体……それは時空のオーブ≠チて呼ばれてるんだ」
「「「時空のオーブ=H??」」」
初めて聞く単語にサクヤ以外の全員の声が重なる。
「そう。実はボクも名前と選ばれし者≠ノ力を……つまり波導のスカーフ≠与える事しか知らないんだ。ごめんね?」
表情は崩さぬまま残念そうに言うサクヤ。しかしこれ以上は訊いてもムダ、と顔に書いてあるようにフィルドは見えた。
「(名前だけ分かっただけでも収穫にはなったかな……)いいえ、むしろ教えてくれてありがとうございます!」
その事を悟ったフィルドはとりあえず礼を述べる。
「どういたしまして♪ それじゃ、選抜メンバーに選ばれるように頑張ってね?」
「あ、はい! 頑張ります!!」
キュベレーが元気よく答え、『サンライズ』はサクヤの部屋を後にした。そして、彼らの後を付いていくようにペラトも「失礼しました♪」と言って部屋を出ていった。やがて静寂がサクヤの部屋を包み込む。
サクヤは絨毯の上に置かれた一枚の紙を手にとる。それは足型文字で“『サンライズ』メンバー表”と書かれていており、フィルド達の名前が書かれていた。これは通常、ギルドの親方の手書きで書かれるのだがサクヤの字はかなり汚いらしいためペラトに書かせていたのである。
「……これ以上は“あれ”もお役ご免かな……」
サクヤは呟くように言う。そんな彼の寂しげな言葉を聞いた者は誰もいなかった。
一方のフィルド達は部屋に戻って、今回の探検を振り返っていた。
「まさか親方様が先に行ってたなんてね……がっかりだなぁ。あ、でも探検をしてすごく楽しかったなぁ……こんなに楽しめたのは久しぶりだよ!!」
キュベレーが嬉しそうに言う。
「キュベレーは小さい時に探検した事があるって言ってたな」
「そうだよ」
フィルドが思い出したように言うとキュベレーは頷いた。エレナも「そうなの」と言う。その彼女の手には先ほどのスカーフが握られていた。
「それに……あの“ハイパーボイス”を間近で聞かなかった事だけでも助かったよな」
「それにしてもフィルドは耳がいいわね。私の悲鳴を聞きつけて助けに来てくれるし、急に耳を塞げって言った後にあの“ハイパーボイス”が飛んできたし……」
エレナは夕方の出来事を思い出し少し苦い表情をする。
「まぁ、“ハイパーボイス”が来るって分かったのは親方様が技を出す前に大きく息を吸うからなんだ。それがたまたま聞こえたから来るなって思ったわけ。そしたら案の定だったんだ」
「へぇ……あ、思い出した事があるんだけど……夕方の続き話してくれない?」
「ん? ……あぁ、眩暈の事か。あれはそうだな……俺達が初めて出会った時から話した方がいいかもな」
「そうだね」
フィルドとキュベレーは頷くと今までの経緯を話始める。海岸で二人が出会った事、フィルドが元人間で記憶喪失の事、キュベレーの宝物を一緒に取り返した事、その宝物の謎を解くためにギルドに入門した事、そして眩暈のきっかけになったお尋ね者退治――などを話した。
エレナは相槌を打ったり、頷きながら聞いていた。
「そんな事があったのね」
「ちなみにエレナが洞窟にいた事やサクヤ親方が既に行ってた事が分かったのも眩暈のおかげなんだ。……まぁ、だいたいこんな感じかな」
喋り疲れたのかベッドの上で大の字になるフィルド。
「それでフィルドは元人間ねぇ……」
「そうなの。あ、その事でエレナにお願いがあるんだけど……この事はエレナ以外まだ話してないんだ。だから――」
「内緒にしてほしい、って事ね?」
エレナが受け継いで言った言葉にキュベレーは静かに頷いた。
「分かった。私達だけの秘密ね……約束するわ!」
「エレナ……! ありがとう!!」
「ありがとう、エレナ!!」
エレナの答えにキュベレーはパッと表情が明るくなる。フィルドも安堵の表情を浮かべながら、礼を言った。
「あ、フィルド! 私ね、眩暈の事で気付いた事があるんだ!」
「気付いた事?」
キュベレーが何かを思い出したかのように言う。フィルドは体を起き上がらせながら言う。
「実は……フィルドの眩暈って必ず何かに触れた時に起きない?」
「あ、そう言えば……!!」
キュベレーに指摘され、フィルドは今までの出来事を思い返して見た。初めて襲われた時はリィナにリンゴを渡した時だった。その後、リーパーとぶつかった時に二度目の眩暈が来た。
今回の探検でも滝に触れた時や奥地の宝石を引いた時にも眩暈が来ていた。キュベレーの言う通り、眩暈は何かに触れた時に来たようであった。
「……それにリィナがリーパーに脅されてるのが見えた……あれは未来に起こった出来事だったんだよな」
「そして、今回の探検では私や親方様が洞窟に入って行ったのが見えた。つまり、過去が視えたって事ね」
「そうなんだよ!! きっとフィルドには何かに触れた時に過去や未来を見れる力があるんだよ!!」
フィルドとエレナの結論を聞き、何度も頷くキュベレー。
「すごいよ!! フィルドのその能力があれば探検に便利だよ!!」
「確かにそうね」
キュベレーとエレナが喜ぶ中、フィルドは腕を解こうとはしない。
「キュベレー、手を出して」
「? うん」
フィルドの言う通り前足を出すキュベレー。そして、フィルドは彼女の前足を手に取った。
「フィ、フィルド!?」
「ちょ……何やってるの!?」
「……………………」
キュベレーは顔を赤く染め、エレナは驚いた様子でフィルドを見る。
「…………やっぱりな」
「「えっ……?」」
「俺の能力、どうやら見たい時に見れるわけがないみたいだ」
呆然とする二人に説明をするフィルド。
「あ、それで私の足をいきなり掴んだんだね」
「あぁ……いきなりでごめんよ?」
「謝る事ないって!」
納得するキュベレーにフィルドは謝る。対してキュベレーは彼を笑顔で許した。
「まぁ、俺の能力に頼らないで……俺達の力で遠征のメンバーに入れるように頑張ろうな!」
フィルドはキュベレーとエレナの前に右手を差し出す。それを見て察したキュベレーは自分の右前足を重ねた。エレナも続くように右手を重ねる。
「行くぞ……『サンライズ』! ファイトー!!」
「おぉー!!」
「お……おぉー!!」
そして、一番大きな弟子部屋から元気な声が響き渡った。