#12 新たなる力
「あっ!? フィルドあれ!!」
キュベレーが走りながら叫ぶ。そこにはハスボーとドジョッチがいて彼らの向かい側には今にも力尽きそうなポケモン――ツタージャが倒れていた。さらにハスボーはトドメを刺そうと岩を空中に浮かせていた。
「なんでハスボーが岩を浮かせてるんだ!?」
「あれは、“自然の力”だよ! フロアの地形に、よって技が変わるの!!」
驚きを隠せないフィルドにキュベレーは走ってるせいか若干声を荒げながら説明をした。
「なるほどな……じゃあ、まずは倒れているポケモンを助けに行くぞ!! “波導弾”!!」
フィルドは走りながら“波導弾”をハスボーに向けて放った。咄嗟に反応出来なかったハスボーは直撃をくらい岩を落としてしまう。
「大丈夫!? これを食べて」
その間にキュベレーは倒れているツタージャの傍に近づいてオレンの実を手渡した。
「あ、ありがとう……」
ツタージャはオレンの実を受け取って食べた。一方のフィルドはハスボーとドジョッチの二人の相手をしていた。
「一気に終わらせる!! “真空波導弾”!!」
フィルドが放った巨大な刃――“真空波導弾”はハスボー達を飲み込んだ。だが――
「な……なに!?」
倒れていたのはドジョッチだけだった。ハスボーは“真空波導弾”の射程外にいたのだった。
「まさか……あのドジョッチがハスボーを突き飛ばしたのか……」
ドジョッチは技があたる直前、ハスボーに“水鉄砲”を当てて射程外にとばしたのだ。その証拠にハスボーの体が濡れていた。まさにフィルドが思っていた通りである。すると、ハスボーは自分の目の前に小さな水色の光を作り出し、その光を空に掲げる。
光はゆったりとしたスピードで上がっていきある程度上がったところでまるでシャボン玉が割れるかのように弾けた。まもなくして頭上からぽたぽたと何かが降ってきたのである。
「これって……雨?」
「あのハスボー、どうやら“雨乞い”を使ったようね……」
少し顔色がよくなったツタージャは言ったその時、雨が一気に降ってきた。
「雨が降ったって別にかわら――!!」
フィルドがハスボーに視点を戻した瞬間、絶句をした。なぜならハスボーは先ほどいた場所にはいなかったからである。
「フィルド!! 後ろー!!」
「なっ……ぐわあぁぁ!?」
キュベレーに言われて後ろを向こうとした時、ハスボーの“吸い取る”がフィルドを襲った。不意討ちをくらいフィルドは思わず膝をついてしまう。
「フィルド!?」
「……! 上よ!!」
心配するキュベレーにツタージャは声を上げる。彼女達の頭上にはいつの間にか岩が漂っていた。そして、大量の“岩なだれ”が彼女達を襲う。
「「きゃあぁぁ!?」」
キュベレーとツタージャは“岩なだれ”をまともに喰らってしまう。
「大丈夫か!? 二人とも!!」
「うん……大丈夫、だよ」
「私もなんとか平気……」
なんとか立ち上がった二人。しかし、キュベレーは相性が悪かったためか、かなり苦しそうな表情を浮かべていた。そんなキュベレーにツタージャは偶然近くに落ちていたオレンの実を拾って食べさせる。
フィルドは再び立ち上がると目を閉じていた。どうやら彼は波導を読み取って素早く動くハスボーの位置を特定しようとしているようだ。そして――
「……! そこだぁー!!」
フィルドは“電光石火”を使い、真っ直ぐに突っ込んでいく。するとドカッ、という鈍い音が聞こえた。
「よし、手応えはあった!! あとは――!!」
フィルドはハスボーを見た瞬間言葉を失ってしまう。
「えっ!? さっき技を喰らったはずじゃ……」
キュベレーも驚きの声を上げてしまう。何故なら、ハスボーは先ほど技をくらったが平気そうな表情で立っていたからだ。
「体力の自然回復で回復することはできるわ。けどここのダンジョンのポケモン達はすぐに全回復できるほどの回復スピードはないはず……なのにどうして……」
「!! そうか……ハスボーの特性か」
ツタージャの説明にフィルドは顔を少し険しくしながら、反撃を喰らわないようにハスボーから離れた。
ハスボーの特性は“すいすい”と“雨受け皿”の二つ――“すいすい”は雨が降っていると連続攻撃が出来たり、素早さがあがる。そして、“雨受け皿”は雨が降っていると自然回復のスピードが上昇するのである。
今フィルド達がいるフロアは先ほどハスボーが“雨乞い”を使ったことにより、雨が降り続いているためハスボーの特性が二つとも発動しているのだ。
この状況を打破するには、天気を変えるのが一番手っ取り早いのだが、今のフィルド達は天気を変える技を覚えておらず道具なども持っていなかった。
「このままじゃ……やられっぱなしだ」
ハスボーの技をかわしながらフィルドは苦虫を噛んだような表情になる。キュベレーとツタージャもハスボーの攻撃や流れ弾が来るためそれらが来る方向を見極めるために全神経を尖らせていた。
「……一つだけあるかも」
「本当なの!?」
そんな時にキュベレーが呟く。それを聞き取ったツタージャが詰め寄った。
「や、やってみないと分からないけど……」
そういいながら一歩前へ出るキュベレーに異変を感じたハスボーは“自然の力”を出そうとするが――
「やらせはしない! “波導弾”!!」
フィルドが先に出たため、技が命中して壁際に吹き飛ばされた。その間にキュベレーは目を瞑りやがてカッと開いた。すると――
「……あ、雨が止んでいく……」
先ほどまで降っていた雨がだんだんと弱くなり、しまいには止んでしまった。入れ替わって今度は強い日差しがフロア内を照らし始める。
「“日本晴れ”……? でも、ロコンってわざマシンを使わないと覚えられないんじゃ……」
ツタージャが考え込んでいるとふと後ろを振り向いていたキュベレーと目が合った。
「どうしたの?」
「えっ、なんでもないわ。それにしてもあなた、“日本晴れ”が使えたのね!」
「うーん、そうなのかなぁ……」
ツタージャの質問にキュベレーは曖昧に答える。その時ツタージャは自分を見つめているキュベレーの瞳が首に巻いているピンク色のスカーフと同じ色を帯びているように見えた。ずっと見つめているとまるで吸い込まれそうな感覚に少しだけ襲われる。
「でも……今はフィルドに加勢しないと!!」
「そ、そうね!!」
キュベレーの声に現実に引き戻されたツタージャ。そして先に走ってフィルドがいる方向に向かって走りだした。
「急に天気が変わったな……。それじゃまた雨を降らせないうちにトドメを刺しておくか!」
「それなら私も手伝うよ!!」
「私も手伝わせて!!」
天気が変わったことでチャンスだと思い構えるフィルドにキュベレーとツタージャも合流し三人はハスボーに向き直す。ハスボーは再び“雨乞い”を出そうとしていた。
「やらせない! “グラスミキサー”!!」
まずツタージャの“グラスミキサー”がハスボーを包み込み、空中へと浮かせた。
「次は私! “火の粉”!!」
“グラスミキサー”を出している間に"瞑想"を使い威力が上がったキュベレーの“火の粉”が無防備状態となっているハスボーに当たる。
「こいつでトドメだ!! “真空波導弾”!!」
そこに追い討ちをかけるようにフィルドが“真空波導弾”を放った。技はかわされる事はなく見事に命中。ドスンという音を立てて地面に落ちたハスボーは目を回して気絶をしていた。
「どうやら……なんとかなったみたいだな。ありがとう、キュベレー! それからえっと――」
「私の名前はエレナ。種族はツタージャよ」
「エレナさん……ありがとう! じゃあ、俺も自己紹介するよ。俺の名前はフィルド。種族はリオル」
「わたしの名前はキュベレーです。種族はロコンです」
フィルドはキュベレーとツタージャ――エレナに礼を述べる。そして、互いに簡単な自己紹介をした。
「ところでエレナちゃんは――」
「“ちゃん”、それに“さん”はいらないわよ。エレナって呼んで。そのかわりに私も呼び捨てで呼ぶから」
「う、うん。じゃあエレナ、あなたはどうしてダンジョンにいるの?」
キュベレーはどうみても探検隊らしくないエレナにごもっともな質問をする。
「……やっぱり、探検隊じゃないからそんな質問をするのね」
「えっ!? じゃあ、たった一人でダンジョンにきたの!?」
「そうよ。でも、私はいろんなダンジョンを突破してきたから依頼を出すことはめったにしないの」
エレナの話を聞いてフィルドは彼女が探検隊じゃないのにかなり戦い慣れをしている事に納得をした。
「でも……今回はあなた達が来なかったら、危なかったかもね」
「やっぱり……悲鳴をあげていたのはエレナだったんだな」
「つまりあなた達は私の悲鳴を聞き付けて来てくれたのね?」
独り言のように呟いたフィルドに少し驚いたような表情をしながら聞くエレナ。そんなエレナにフィルドは頷いた。
「そうなの……本当に助けに来てくれてありがとう!!」
そしてフィルドとキュベレーを交互に見ながら礼を述べるエレナ。
「どういたしまして。ところで最初の質問の答えなんだけど……」
「分かってる。私が何故ダンジョンにいるか……よね? それは温泉に行くついでに来たの」
「温泉??」
エレナは目を輝かせながら答えるが、キュベレーは初めて聞く言葉に首を傾げた。
「キュベレー、温泉っていうのは天然のお風呂のことだよ。ちょっと匂いが独特なのが難点なんだけどね」
「でも、温泉に入ると疲れがとれるし、美容効果があるのよ!」
フィルドが分かりやすく説明をしてエレナがさらに付け加える。
「そうなんだ! 入ってみたいなぁ〜」
二人の説明を聞きながら目を輝かせるキュベレー。
「でしょ!! それに私が行こうとしている温泉は景色がいいのよ!!」
さらに目を輝かせながらエレナは続けた。
「それに……温泉に行く途中この『滝壺の洞窟』には秘密があるって噂を聞いたの。だから、探求心が湧いちゃって入ったのよ」
ようやくキュベレーの質問に答えたエレナ。その答えを聞き、フィルドは何かを思いついたのか、キュベレーと顔を合わせる。
キュベレーは一瞬目をぱちくりさせたがフィルドの意思を読み取ったのかゆっくりと頷いた。
「奇遇だな。俺達もここの噂を聞いて探検しに来たんだ。もし良かったら……」
「わたし達と一緒に行かない?」
フィルドが思いついた事……それはエレナと一緒に行く事だった。いくら彼女が戦闘慣れていても先ほどのような状態になってしまってはマズいと判断したためである。
「そうね……あなた達には助けてもらったし……いいわよ!!」
エレナは快く承諾した。
「そうか! ならよろしくな!」
「ええ、こちらこそよろしく!!」
フィルドとエレナは握手を交わした。
「……ところでこの炎天下はいつまで続くんだ?」
少し進んだ頃、暑さに耐えきれなくなったフィルドが口を開いた。
「そうね。通常ならコダックが出てくれば天気が戻るはずなんだけど……」
エレナが言うコダックとはフィルド達が来る前に彼女が倒した野生のポケモンである。コダックの特性――“ノー天気”があれば天候は穏やかになるはずなのだが、出てきて欲しい時に限ってなかなか出てこないのだ。
「ちょっと待って、元に戻すから」
「元に戻すって……てかキュベレー、目の色がいつもと違うよ?」
キュベレーの言葉に戸惑うフィルド。またこの時に彼はキュベレーの瞳の色が違う事に初めて気が付いたのだった。その間にも、キュベレーはゆっくりと目を閉じた。すると、それに呼応するかのように徐々に日差しが弱くなってきた。
「す、すごい……!!」
思わず感嘆の声を上げたエレナ。一方のフィルドは腕を組みながら先ほどの日差しについて考えていた。
(キュベレーが太陽――というより日差しの強さか……それを操れるとは……! まさかこれって夢で言ってた“新たなる力”のこと……なのか!?)
そんな事を思っているとキュベレーと目が合った。いつの間にか瞳が暗い赤色に戻っていた彼女も考え込んでいる様な表情をしてやがて口を開いた。
「ひょっとして夢で見た新たな力の事かも……」
「夢……まさか、ギルドに入門した次の日に見たあれのことか!?」
「えっ? 夢って何のことなの?」
思い出したかのように声を上げたフィルドとキュベレーに対して事情を知らないエレナは怪訝そうに聞く。
「そうだな……この際、話しちゃおうか」
「そうだね」
フィルドとキュベレーはエレナに夢について経緯を話した。
「なるほどね。じゃあ私も同類かも……」
「まさか……エレナもか!?」
驚きの声を上げるフィルドにエレナは頷く。
「たしか……そう、光と球体はミントのような色合いに近かったわ」
思い出したのかのように話すエレナ。
「それと、あなた達がいう力ことなんだけど……たぶんあなた達が巻いている波導のスカーフ≠ェ関係していると思うの」
「そうなの?」
「私の推測だけど波導のスカーフ≠付けていると潜在能力の一部、第三の特性≠ェ目覚めるんじゃないかなって」
「「第三の特性=H?」」
初めて聞く言葉にフィルドとキュベレーはハモらせながら、オウム返しをする。エレナが言うには第三の特性はポケモンが生まれながら持っている事が多いらしい。大抵は気付かないで一生を過ごす事が多いが、何かをきっかけに突然目覚めて種族上使えない特性が発動することがあるという。つまり波導のスカーフ≠ェキュベレーの第三の特性≠目覚めさせるのを促した、というわけだ。
「なるほど……それが第三の特性≠フ特徴か……」
納得がいったように頷くフィルド。
「そういう事。それでさっきまでの日差しの強い状態……これはキュベレーの第三の特性=A“日照り”のおかげなの。ダンジョンに入った途端に日差しが強くなるのよ。でも……その状態を自在に操れるのは珍しいわ」
キュベレーのようなロコンや進化形のキュウコンの第三の特性≠ヘ“日照り”。通常は力尽きたり、他に天気を変える技や特性がない限りは日差しが強い状態が永遠に続くが、キュベレーは任意で日差しを強い状態にしたり、晴れの状態に戻したりする事が出来ると言うのだ。
「そうなんだ……」
キュベレーは自分の右前足を見ながら呟いた。
「まぁ……キュベレーがいきなりそれを使いこなしたって事だよな。キュベレー……これからも頼りにしてるからな!」
「フィルド……うん! ありがとう!!」
頭を撫でてきたフィルドに少し照れるキュベレー。そんな二人をエレナは少し懐かしむように見ていた。
「ふふっ。本当に仲がいいのね! でも、そろそろ先に進まないと……」
「そうだな!」
「うん!!」
エレナに促されて二人は頷く。そして、フィルド達は洞窟の奥へと進んでいった