#8 眩暈と助けを呼ぶ声
「さぁ、今日も張り切って仕事を頑張るよー!」
「「「おーっ!!」」」
いつもの朝礼が終わり、弟子達はそれぞれの持ち場に散っていく。昨日の出来事もあってかフィルド達『サンライズ』は朝の朝礼の始まる前にはロビーにいるようになった。ちなみにあの場にいたゴルダも『サンライズ』の前で大声を出す事をやらなくて心底安心してたのはここだけの話である。
「おーい! お前達こっちにおいで!」
まだ弟子入りして二日。何をすれば良いか分からず見渡していた二人をペラトは呼ぶと地下1階へと登っていく。彼について行き階段を上がると昨日と違う掲示板の前でペラトが待機していた。
「あれ? 昨日と違うような……」
「あっ、本当だ。今度はポケモンの似顔絵がいっぱいあるな」
昨日フィルド達が見た掲示板は依頼書に文字が並んでいるだけだったが、今回は文字のほかにポケモンの似顔絵が描かれていた。
「ペラトさん。昨日の掲示板と何が違うのですか?」
「よくぞ訊いてくれた!」
まるで待ってたかのような口調でペラトが説明を始めた。だがその内容は――
「向こうは救助や物を手に入れる事を頼む依頼書だが、こちらはお尋ね者――つまりこの似顔絵に書かれているポケモンを退治するために集められた依頼書だよ♪」
「お尋ね者?」
「ええぇー!?」
フィルドは理解していないためかオウム返しをする。一方のキュベレーは声を上げながら体を竦ませた。
「お尋ね者っていうのは悪いことをしている奴らのことを差すんだ。まぁ、お尋ね者って言われてもぴんからきりまでいるからな。超極悪非道な者もいればちょっとしたコソドロもいるってわけさ♪ お前達は探検隊に成り立てだからいきなり難しいやつを頼まないよ」
「なるほど……」
(むしろその方が助かるよ……)
ペラトの説明にフィルドは納得し、キュベレーが心の中で思った。
「とりあえずトレジャータウンで準備をしていきなさい」
ペラトは地下二階へ繋ぐ梯子の近くまで行き、とあるポケモンの名を呼んだ。
「おーい、ビート!」
「はーい、今行くでゲスぅ!」
ペラトに呼ばれて上がってきたのはビートだった。急いで来たのか荒い息を吐きながら彼はペラトに問う。
「はぁはぁ……ど、どうしたんでゲスか?」
「『サンライズ』の二人をトレジャータウンに案内してくれ。……お前達、先輩の言うことを聞くんだぞ」
「「はい!!」」
「それじゃビート、後は頼んだぞ♪」
「りょ、了解でゲス!!」
言うことだけ言って、ペラトは地下へと降りていく。
「それじゃビート先輩、案内をよろしくお願いしま――って、どうしたんですか?」
やがてペラトの後ろ姿が見えなくなりフィルドがビートに話しかけたが、彼の様子がおかしいことに気付く。そのつぶらな瞳から一筋の涙が伝った時、キュベレーが慌て出す。
「ビートさん! 何があったんですか!? もしかして変な事言ってました!?」
「うぅ……ち、違うでゲスよ……実は嬉しいんでゲス……」
ビートが嬉しいと言いながら泣く理由が分からず、フィルド達は首を傾げる。
「実は……フィルド達が入門するまで……あっしが一番下だったんでゲスよ。だから……後輩が出来た事に嬉しくて……涙が止まらないんでゲスぅ……」
「なるほど……じゃあ先輩として俺達にトレジャータウンの案内をよろしくお願いします!」
「りょ……了解でゲス! それじゃあ、あっしについてくるんでゲスよ?」
涙を拭いたビートにフィルド達は元気よく返事をして彼の後をついていった。
*
「うわぁーー!!」
「相変わらず賑やかだね!」
フィルド達はビートに連れられてトレジャータウンにきた。フィルド達がいる中央広場にはヨマワルが経営している銀行やまだ開いていないがエレキブルの連結店やお世話屋ラッキーなど様々なお店が軒を並べていた。この光景を目にした記憶がないフィルドが辺りを見回していた事は言うまでもなかった。
「わたしはカクレオン商店に行きたいなぁ」
「カクレオン商店?? 何やってる店なんだ?」
フィルドがキュベレーの言葉に反応して彼女の方を見た。
「カクレオン商店は主に探検に必要な道具や日用品を揃えてる店でゲスよ。」
「へぇー……ビート先輩は物知りなんですね!!」
さらに目を輝かせながら話を聞くフィルド。
「そ、そんな大袈裟でゲスよ……」
フィルドに褒められて照れたのかビート頬を赤く染める。
「それじゃあ、準備は私達で出来ますので」
「分かったでゲス。お尋ね者退治の依頼は一緒に選んであげるでゲスよ!」
「「ありがとうございます!!」」
「お礼なんていいでゲスよ……それじゃあ、あっしは先にギルドに戻るでゲス」
依頼を一緒に選ぶ約束をしてビートはギルドへ戻っていく。
「それじゃあ、俺達も行こうか?」
「そうだね! カクレオン商店は橋を越えた先にあるから……案内するね?」
「よろしく頼むよ!」
そして、フィルド達はカクレオン商店へと向かっていった。
「あっ、ミドリさん! ムラサキさん!」
キュベレーの声に気付き店から顔を出したのはカクレオンと言う二人のポケモン。先に出したのは普通のカクレオンで後から出たもう一人は色違いで体が紫色だった。
「おや、誰かと思えばキュベレーちゃんじゃないかぁ! 後ろの子は運命のポケモンかい?」
「ミドリさん、こんにちは! ……一緒に来たポケモンはそんなんじゃありませんからね!」
親しげに話かけた緑色のカクレオン――ミドリにキュベレーは顔を真っ赤にしながら答えた。
「キュベレー、彼らとは知り合いなんだね?」
「うん。私がギルドに入門する前からお世話になってくれてたの。緑色のカクレオンはミドリさんで紫色のカクレオンがムラサキさん。
二人は双子でね、ミドリさんがお兄さんでムラサキさんが弟さんなんだよ」
「へぇー。俺の名前はフィルドって言います。よろしくお願いします」
キュベレーの説明を聞いた後、カクレオン兄弟に挨拶をするフィルド。
「はい、よろしくね♪ ところで今日は何を買いに?」
「うーんと……それじゃあ、リンゴとオレンの実を二つずつ!」
「はいよ♪」
ミドリは店の奥に姿を消した。まもなくして、リンゴとオレンの実が入ったお膳を持って姿を現した。
「150ポケだよね? はい!」
「毎度あり♪」
キュベレーはポケを払い、リンゴとオレンの実を受け取った。
「それにしてもキュベレーちゃん、スカーフが似合ってるよ?」
「あ、ありがとうございます!! あっ、ミドリさん達に報告が! 実はわたし、探検隊になったんですよ!!」
「そうかい!? そいつはおめでとさん!!」
「憧れの探検隊になれて良かったね! キュベレーちゃん!!」
キュベレーが探検隊になった事を報告するとミドリとムラサキは自分の事のように喜んだ。そんな二人の姿を見て自分の子供のようにキュベレーを可愛がってるんだなぁ……とフィルドは思った。すると――
「すいませーーん!!」
何処からか声が聞こえた。すると橋の向こうから青い体の小さなポケモンが二人走ってきた。
「おぉ、ノルクちゃんにリィナちゃん!」
「すいません! リンゴを一つください!」
ミドリが優しそうな眼差しを送りながら名前を呼ぶと丸い体格をしているポケモン――マリルがリンゴを注文した。
ミドリは了承すると店の奥に入る。そしてすぐに出てくるとリンゴが入った袋をマリルに手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
「ありがとう! ミドリさん!」
「どういたしまして。早くお家にいきなさいな」
リンゴを受け取りお金を払いそしてお礼を言うと、二人は来た道を走って戻っていった。
「あの兄妹……ノルクちゃんとリィナちゃんのお母さんは病気で体が弱くてね。いつもリンゴを買いに来てるんだよ」
「へぇー」
「そうなんですか! 幼いのに偉いですね!!」
どうやら先ほどのマリルが兄のノルクで一緒にいたノルクより小さくて尻尾が大きいポケモンのルリリ――リィナが妹のようだった。
「すいませーん!!」
二人の話をしていると、再び兄妹が走って戻ってきた。
「どうしたんだい?」
「リンゴが一つ多いです!」
そう言いながらリンゴを店のカウンターに置くノルク。なんと彼らはリンゴが多い事に気が付いてはるばると戻ってきたのだった。
「リィナ達はリンゴを二つ頼んでないですよ?」
「その一つはおまけだよ。二人して仲良く食べなさい」
ミドリはカウンターに置かれたリンゴをリィナに差し出した。
「あ……ありがとうございます!! それじゃあ、行くよ? リィナ」
「あっ、待ってよぉ! お兄ちゃん!!」
ノルクがお礼を言い走り出した時だった。リンゴを持ったリィナが慌てて追い駆けようとして走り出した途端、石につまずいて転んでしまったのだ。案の定ノルクはまだ気付いてないようだ。
また、転んだ拍子に持っていたリンゴを落としてしまう。そのリンゴは転がっていき、フィルドの足に当たってようやく止まると、彼はリンゴを拾い土などを払いリィナの元へと歩きだした。
「痛いよぉ……あ、あれ? リンゴは?」
「リンゴはここだよ。落とさないように気を付けてな」
リンゴを探してキョロキョロとしているリィナにフィルドは優しく声をかけるとリンゴを差し出した。
「あ、ありがとう……えーと――」
「俺の名前はフィルドだよ」
「フィルドさん……! リンゴを拾ってくれてありがとう!」
リィナはお礼を言いさらにペコリと頭を下げるとフィルドからリンゴを受け取った――その時だった。
「……!!(な、なんなんだ……これ…………)」
突然耳鳴りが聞こえたかと思うと視界がぼやけてきた。やがて、一気に視界が真っ暗になるとどこからか声が聞こえてきた。
『た……助けてーーー!!』
(なっ…………!?)
フィルドが驚きの声を上げた時視界が一気に明るくなった。
「――ドさん? フィルドさん?」
「……!!」
リィナの声に現実に戻されたフィルド。そこは先ほどと変わらない風景があった。
「あの……大丈夫ですか?」
いつの間にかリィナが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「あぁ……心配しなくていいよ。それよりもお兄ちゃんがそこに立っているよ?」
「え……?」
リィナの頭を撫でながら指を指すと先に行ったはずのノルクが戻ってきていた。
「あっ……お兄ちゃん!!」
「ついてこないから何かあったかと思ったよ……」
「ごめんなさい……お兄ちゃん」
そういいながらノルクの方へ歩きだすリィナ。そして再びフィルドの方へ向くとペコリと頭を下げ、ノルクと一緒に歩いて行った。
「幼いのにすごく礼儀正しい子達だったねフィルド……?」
(さっきの眩暈がして……その後に聞こえた助けを呼ぶ声……あれってリィナじゃないかな……)
「……フィルド!!」
「……ん? あぁ……ごめん。どうしたの?」
キュベレーの声を聞き思考を中断したフィルド。
「さっきから何回も呼んだよ?」
「ごめん、気が付かなかったよ……ところでさっき助けを呼ぶ声が聞こえなかった?」
「えっ……聞こえなかったけど……ミドリさん達は誰かが助けてって呼ぶ声とか聞こえなかった?」
いつの間にか腕を組んでいるフィルドの質問に答えながらミドリ達に質問をするキュベレー。
「いえ……何も聞こえませんでしたよ」
「私も……」
二人は首を横に振りながら答えた。
「フィルド、きっと気のせいだよ」
「そう、かもな……」
キュベレーに言われて無理矢理納得したが、組んでいた腕は解けそうになかった。
カクレオン商店を後にしてしばらく進むと中央広場の芝生が布いてあるところに先ほどのノルク兄妹がいた。
「あっ、先ほどの――」
「フィルドさんだ!!」
フィルド達と目が合い声をかける二人。
「二人ともなんだか嬉しそうな顔をしてるね? 何かあったの?」
「実は僕たち、前に大切な物を落としてしまったんです。そしたら……」
「リーパーさんが見かけた事があるって言ってたから一緒に探してくれるの!」
ノルクとリィナが説明をする。
「いやぁ……君達みたいな幼い子が困っているのを見ていると放ってはおけないんですよ」
といったのは鼻が妙に長いポケモン――スリープのリーパーだ。彼はノルク達に微笑んでいるがフィルドはリーパーを
纏っている邪悪なオーラが見えて嫌な予感しか頭に入っていなかった。
「それじゃあ、僕たちはこれで……リーパーさん、案内をお願いします!」
「お安いごようで……」
そして、三人は広場を後にしようと歩きだす。その時、フィルドの肩にリーパーの体が当たった。
「痛っ……」
「おっと、これは失礼……」
「いや、こっちこそごめんなさい……」
互いに謝るとリーパーは先を走る二人を歩いて追いかけた。
「リーパーさんは優しいポケモンだったね。今のご時世、悪いポケモンが増え続けてるのに……」
「いや……俺には――!!」
――優しいポケモンには見えなかったと言いかけた時だった。先ほどの耳鳴りがして再び視界がぼやけてきたのだ。こればかりはキュベレーに見られてしまった。
「フィルド!? どうしたの!?」
「くぅ……また……眩暈が…………」
「えっ!? 眩暈!?」
だんだんとキュベレーの声も遠くなっていき、再び視界が暗くなった。だが、今回は映像が映し出されていた。
そこはどこかの山で地面がでこぼこしていた。そこに二人のポケモンがいた。そのうちの一人はリィナでかなり怯えた表情をしていた。もう一人はリーパーだが先ほどの優しい表情は消え、焦りと憤りで歪んだ表情をしながらリィナに近づいていた。
『言うことを聞かないと……痛い目に合わせるぞ!!』
『た……助けてーーー!!』
(やっぱりか!!)
フィルドが確信した時、映像はブツリと消えた。
しばらくすると、再びトレジャータウンの広場の風景へと戻っていた。
「フィルド!? 大丈夫なの!?」
「……急がないとリィナが危ない!!」
「えっ!? き、急にどうしたの!?」
「あっ! そうだった……キュベレー、話があるんだ!」
「話って……?」
状況が読めないキュベレーに気付いたフィルドは先ほどノルク達がいた芝生で先ほどの眩暈の事について話した。
「……話は分かったけどわたし……」
無理はなかった。幼い二人にあんなに優しく接してたリーパーがどうしても悪いポケモンに見えないのは当たり前だったのだから。
「……やっぱり気のせいだよ! 疲れとかとれてないのかもよ?」
「だけど、リーパーから邪悪なオーラを感じたんだ! あいつは――」
「わたしだってフィルドが言ってたことを信じたいよ!! ……でも、やっぱりリーパーさんは悪いポケモンには見えないよ?」
珍しく声を荒げたフィルドにキュベレーはうつむきながらも反論に出る。
「それにわたし達はギルドに修行してるから勝手な行動は許されてないはずだよ?」
「……ッ! わ……分かったよ」
キュベレーの正論で言い返せないフィルド。
「きっと夢でもみたんじゃないかな?」
「……たぶんな……(そうだ……きっと夢なんだよな……あの助けを呼ぶ声も映像も……)」
そう自分に言い聞かせて歩きだしたがフィルドは後ろ髪を引かれる思いでギルドに戻った。
――プクリンのギルド――
「やっと来たでゲスね」
「ビートさん! 遅くなってすみません!!」
戻ってきたフィルド達に声をかけるビート。
「そんな事ないでゲスよ。……ゴホン! それじゃあ、あっしが先輩として選ぶでゲス」
「あんまり怖いのは選ばないでね……」
咳払いして掲示板の前に出るビート。キュベレーは体を若干震わせながらその様子を見ておりフィルドは相変わらず腕を組んでいる。
するとサイレンの音がギルド中に響き渡った。その音にフィルドは珍しく驚かなかったが、キュベレーが驚いたのはいうまでもない。
「掲示板を更新します! 危ないので下がってください!」
「この声は……クリオ先輩なんですか?」
「そうでゲス」
ようやく口を開いたフィルドの質問に答えるビート。まもなく地響きが聞こえたかと思うと掲示板が回転し裏返しになる。
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!?」
今度は二人揃って声を上げた。そして、少し経ってからキュベレーが口を開いた。
「ねぇビートさん、クリオさんは何をしているんですか?」
「掲示板の情報の入れ換えをしてるんでゲスよ。依頼は常に各地から届いているから、こうやってクリオが情報を入れ換えしてるんでゲス。一見すると裏方作業で地味なんでゲスが……彼はこの仕事に誇りを持ってるんでゲスよ」
「へぇー」
ビートの説明にキュベレーが感心した。
「掲示板の更新終了しました! 危ないので下がってください!」
そうしてる間にもクリオが更新を完了していた。再び地響きが鳴り再び掲示板が回転して元に戻る。さすがに慣れたのかフィルド達は驚かなかった。
「さて、さっきの続きでゲス」
そういい再び前に出るビート。フィルド達も掲示板を見てみる。すると、先ほどとは違う依頼書が何枚か貼ってあった。だが――
「――ッ!!」
フィルドの視界にとある依頼書が入った時、声にならない悲鳴を短く上げた。
「ど……どうしたの? フィルド?」
キュベレーも心配をしたのか、声をかける。
「キュベレー……左上の依頼書を見てみろ……」
「えっ?」
フィルドが指を差した方向にある依頼書をキュベレーは見てみる。すると、そこにはスリープの似顔絵が書いた依頼書が貼ってあった。
「ま、まさか……」
「そのまさか……だよ」
急に体を震わせたキュベレー。そして、依頼書にはこう書いてあった
――お尋ね者 リーパー≠ニ――
「……ッ!! フィルドが言ってた事は間違いじゃなかったんだ!!」
「やっぱり夢じゃなかったんだな!! 急がないと……リィナが危ない!!」
フィルド達は顔を合わせるとギルドを勢いよく飛び出していった。
「えっ?! な、何があったんでゲスかぁーー!?」
一人取り残されたビートの叫びがギルド中に
木霊した。