#6 ギルドの洗礼
「起きろおおおぉぉぉ!!」
「ぐわあああぁぁぁ!?」
「きゃあああぁぁぁ!?」
フィルドがゆっくりとドアを開けたと同時にいつの間にか2人の目の前にいたポケモンが大声で叫ぶ。サクヤの“ハイパーボイス”と同じくらいのボリュームにフィルドとキュベレーは耳を塞いだ。(但し、ほとんど無駄に近い行為だったが……)
その大声を出したポケモンは口がやけに大きく耳がスピーカーのようになっているドゴームというポケモンでフィルド達がギルドに入る時に聞いたポケモンの声だ。
「あ、あの……もう起きてますよ……?」
「もう起きてるなら何故さっさとででこない!! 朝は朝礼をやるために親方様の部屋前のロビーに集まるのが常識だろーがぁ!!」
「ぐうぅぅ……(そ、そんなの聞いてないよ!! ぺ、ペラトめ……そんな説明してなかったな……!)」
キュベレーはふらふらになりながらもいうが先ほどとほぼ変わらないボリュームで怒るドゴーム。フィルドは心の中でペラトの愚痴を言う。
「……もし、早く来なかったら…………親方様の――」
急に声のボリューム(それでもやや大きいが……)が小さくなりフィルド達に背を向けて呟くドゴーム。心なしか背中が震えているようにも見えた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
心配したキュベレーが声をかけるが――。
「心配も何もお前達が早く来れば親方様のあれを食らわずに済むんだよ!! わかったか!!」
彼女の気遣いすら一蹴する始末。間近で再び大声を聞かさせる羽目になったキュベレーがふらつき始めた時、その場の空気が凍りつくような寒さを感じた。雪すら積もっていない室内で寒気がするのは何故だろうーー理由が分からず不安に揺れる瞳がドゴームとフィルドを見つめる。
「な、なんだ? この寒気は――――ひっ!?」
「…………」
フィルドはただ無言でドゴームを睨んでいた。その表情に気付いたドゴームは一歩後退りをする。その間にもフィルドは何やら技を出す構えに入っていた。そして――
いきなり“波導弾”をドゴームに向けて放ったのだ。
「え――ぐわあぁぁぁ!?」
突然の事に対応しきれず直撃を喰らうドゴーム。
「フィ、フィルド……?」
「……さっきからポケモンの近くで大声出して…………平気でいられないだろ?」
静かに言うフィルド。しかし、ドゴームはその言葉とフィルドから放たれている威圧に恐怖を感じその場から動けなかった。
「今だからはっきり言わせてもらおうか……お前が大声を出していると、頭が痛くてしょうがないんだよ! “真空波導弾”!!」
「ちょっと待て! 大声出したのは悪かっ――」
フィルドの“真空波導弾”が謝ろうとしたドゴームを飲み込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!?」
こうしてギルドに一人のポケモンの悲鳴が響いたのだった。
しばらくしてフィルド達はサクヤの部屋の前に来た。そこには八人のポケモンが集まっており、その中には弟子部屋に案内してくれたペラトがいた。
「おや、やっとお目覚めかい? 今回は初めてだから許すけど……次回からは早く起きてくれよな♪」
フィルド達に気付いたペラトが声をかけた。
(ったく……ペラトが朝礼があるって説明しなかったからこっちは朝から大変だったんだぞ)
フィルドが心の中で呟く。それから少ししてフィルドの技を喰らいボロボロ状態となったドゴームが現れた。
「まぁ! 今日は新人さんより遅く来るなんて……先輩としてどうかしてますわ!」
ドゴームが来た途端に口を開いたのは、向日葵のような姿をしたキマワリという種族。喋り方からすればどうやら女らしい。
「なんだと! こっちは起こしに行ってひどいに――」
「おだまりっ! お前の声はうるさくて私達まで頭痛を起こしかねないんだよ!」
「うぅ……す、すまん……」
キマワリに言われてボリュームを上げ抗議しようとしたドゴームがペラトにピシャリと制された。
「さて、本日から一緒に修行する新人を紹介するよ♪ お前達こっちだよ」
ペラトに手招きされて前に出るフィルドとキュベレー。二人とも緊張しているのか落ち着かないようだった。
「簡単な自己紹介をしてくれ」
「(いきなりかよ……)えー、本日から一緒に修行する探検隊『サンライズ』のフィルドって言います。どうぞ、よろしくお願いします!」
「は、はじめまして! 探検隊『サンライズ』のキュベレーと申します! 本日からよろしくお願いします!!」
八人の先輩達の前で自己紹介をしたフィルド達。フィルドはすんなりと言えたがキュベレーは緊張して声が若干上ずってしまったようだ。
「じゃ、新人の自己紹介が終わったから私達も自己紹介をしよう。昨日も言ったが私の名はペラト。改めてよろしくな♪ それじゃ……私達から見て左側から自己紹介してくれ♪」
メトロノームのような尾羽を振りながらペラトはキマワリを顎で指した。
「それじゃあ、わたくしからですわね! わたくしの名前はサンシャって言いますわ!」
先ほどドゴームと話したキマワリ――サンシャが名前を言った。
「ボクはティラスって言います。主に見張り番の仕事をやっています」
「あっ、ひょっとして昨日あの格子から聞こえていた声って……」
メンバーの中でおそらく小さいもぐらのようなポケモンのディグダ――ティラスの自己紹介が終わった時キュベレーは思った事を口にした。
「はい! フィルドさん達の足型を判別したのはボクなんですよ!」
「でも、ほかにも声が聞こえたけど……」
「それはボク以外にもう一人見張り番の仕事をしている方がいるからです」
フィルドの疑問に答えたティラスは体の向きを変えた。ティラスが向きを変えた方向を見てみると、そこには先ほど大声を出して、ペラトに怒られたドゴームが視界に入った。
「ワシの名前はゴルダ。ティラスと同じく主に見張り番をやっている。あと……今日みたいな……声を聞きたくないなら…………お、起きたらすぐに来るんだぞ……」
体を若干身震いさせながら自己紹介をするゴルダ。おそらく朝の出来事を思い出したからであろう。
「まぁ! ゴルダがこんなに震えて……明日は雨でも降りそうですわー!」
「う、うるせい! き、緊張してんだよ! いちいち人の態度を気にするなぁ!!」
サンシャのからかいにすぐ乗ってしまうゴルダ。この二人のやりとりは、もはや日常茶飯事らしいのか誰も止めに入ろうとはしないようだ。
「うるさいよ! まだ自己紹介中だよ!」
「す、すまねぇ……」
「ご、ごめんなさい……」
否、ペラトの仲裁で二人の茶番劇は終わる。他の弟子達が仲裁しようとしないのは、おそらくペラトがやるからであろう。
「あ、あっしの名前はビートでゲス。よ、よろしくでゲス!」
「私の名前はフウです。よろしくお願いしますね」
若干気まずいような空気が流れる中、自己紹介の続きを始めたのは語尾が特徴的なビーバーのようなポケモン――ビッパのビートに丁寧に挨拶する風鈴のようなポケモン――チリーンのフウである。
「ヘイヘイ! オイラはヘイトスだ! よろしくな!」
「俺はレード。よろしくなぁ」
「私の名前はクリオという。ティラスの父親だ。よろしく!」
やや騒がしく話すザリガニみたいなポケモン――ヘイガニのヘイトス、青い体にお腹の線がありにやけた顔が特徴的なグレックルのレード、そしてティラスの父親であるディグダが3人揃ったようなポケモン――ダグトリオのクリオの順に自己紹介をした。
「以上だ。お前達は今日から一緒に修行するから、それぞれの顔と名前を覚えておくようにな♪」
「「はい!」」
「いい返事だ♪ それじゃ、お前達はサンシャとティラスの隣に立ちなさい」
一通りの自己紹介が終わりフィルド達に指示を出すペラト。二人は言われた通りにサンシャとティラスの隣に立った。
「えー、自己紹介も終わった事だし朝礼を始めるよ♪」
ペラトや弟子達はサクヤの部屋を見つめている。昨日サクヤが放った“ハイパーボイス”で扉は壊れたのだが、いつの間にか直っていた。(所々ガムテープらしきものがついていたが……)その扉が開き中からサクヤが現れ、前に出る。
「では、親方様! 一言を♪」
「…………ぐぅ……ぐぅぐぅ……」
「……はい?」
「……えっ?」
明らかに寝息の音が聞こえた。フィルドとキュベレーは思わず顔を見合わせ、それからひそひそとし始めた弟子達の様子を見た。
「出たよ。親方様お得意の立ち寝」
「しかも……目をあけたまま寝てるのよね……」
弟子達は小声で話ながら立ったまま寝てるサクヤを見ている。
(サクヤ親方、たったまま寝てたのかよ!?)
その小言を聞いたフィルドは思わず心の中で突っ込んだ。
「――はい! ありがたき言葉をありがとうございます♪」
(何も言ってないのに分かったの!?)
キュベレーもペラトを心の中で突っ込む。これが俗にいう読心術、というものなのかとと二人へ思った。――合っているかどうかはさておき。
「さぁ、いつものやるよー!」
ペラトの号令で弟子達の表情がやや真剣になった。
「なっ、何をやるんだ!?」
「せーのっ……」
「「「ひとーつ、仕事は絶対サボらない!」」」
「「「ふたーつ、脱走したらお仕置きだ!」」」
「「「みっつー、みんな笑顔で明るいギルド!」」」
「さぁ、今日も張り切って仕事を頑張るよー!」
「「「おーっ!!!」」」
弟子達は復唱をすると自分達の持ち場へと散っていく。
「さっきのを毎日やってるのか?」
「た、たぶん……」
「ほら、お前達こっちにおいで」
呆気にとられているフィルド達にペラトは翼を使って招く。
「ペラトさん。さっきのは……?」
「あぁ、さっきの号令は『プクリンのギルド』 探検隊の心得 十箇条≠フうち特に心掛けている三つを声にだしてるんだよ。それの詳しい内容は入り口付近ある看板に書かれてる。お前達も早く覚えなさい」
キュベレーの質問に答えるペラト。そうしている間に地下一階に着いた。ペラトについていくと大量の紙が貼ってある掲示板の前に着く。
「これは掲示板。ここに各地から救助の依頼や頼み事が届くんだよ。それらの詳しい内容が書かれているのが依頼書だよ」
「確か……最近は時がおかしくなったせいで不思議のダンジョン≠ェ増えてきてるんですよね? それで遭難者や物をなくしたポケモンが増えているとか」
「その通りだ。その遭難者を救助したり、ダンジョンに落とした物を取りにいくのが探検隊の仕事の一つだよ♪」
(なるほど……探検隊は困ったポケモン達を助ける。そのための情報元がギルドか。また、探検隊が有名になればその探検隊を育てたギルドも有名になるという事か。なるほど、これですっきりしたよ。でも、時がおかしくなったってどういう事だろう?)
ペラトとキュベレーの会話を聞き、前から疑問に感じてたギルドについての大まかな役割とメリットを把握したフィルド。しかし、また新たな疑問が生まれてしまい、結局考え事が増えてしまったのだった。
「お前達は探検隊に成り立てだからな……これがちょうどいいだろう」
いつの間にかペラトが掲示板から依頼書を取りフィルドに差し出した。受け取ったのはいいがまだ足跡文字が読めないためフィルドは突っ立っているしかなかった。すると、横からキュベレーが紙に書かれている内容を読み始めた。
「えーと――わたくしの名前はバネブーと申します。ある日散歩をしていたら、近くにいた野生のポケモン達に襲われました! 慌てて逃げたのですが、その時に大事な真珠を落としてしまったのです!
落とした場所は『湿った岩場』というダンジョンですが、そこに巣食うポケモン達が凶暴でとてもわたくしではいけません! 探検隊の皆様、どうかわたくしの代わりにとってきてくれませんか? お願いします! ――って書いてあるね」
「つまり、落とし物探しってわけか」
「簡単なやつを選んだから心配はないと思うけど、ダンジョンで力尽きたらトレジャーバッグの中身の半分と所持金の全額は消えるから油断しないようにな」
ペラトは忠告をすると地下二階へと降りていった。
「……弟子になりたてだから、いきなり探検は無理みたいだな」
「うん……。ちょっと残念だけどね」
キュベレーは残念そうに肩を落とした。
「とりあえず、探検らしい仕事をもらうために下積み修行をがんばらないとな!」
「……うん!」
ペラトからもらった依頼書をしまい二人は外に出るための梯子を登っていった。梯子を登りきり外に出ようとした時、フィルドは足を止めた。
「……? どうしたの、フィルド?」
「あぁ、実はこの看板に書かれているのペラトが朝礼の後にいったやつかなって思って」
後からきたキュベレーも足を止めると看板のところへ近づいた。そして、看板を見てみると『プクリンのギルド』 探検の心得 十箇条≠ニ書かれており、朝礼で言ってた三つも書かれていた。
「本当はじっくり読んでおきたいけど……」
「あぁ、今は仕事をこなさないとな」
互いにの顔を見合せ頷くと二人はギルドを飛び出していった。