#5 波導のスカーフ
「ここはどこだ……?」
フィルドが目を覚ますと七色に輝く空間――俗にいう夢の中――にいた。目の前には黄色の曲線が付いている透明な球体が浮遊している。
“……汝にこの波導のスカーフ≠与えよう”
「波導のスカーフ=H?」
聞き覚えのない単語にフィルドは聞き返す。すると何処からか光が現れフィルドに近づいた。フィルドは無意識にその光に両手を伸ばすとそれは黄緑色のスカーフへと変わり彼の手の中に収められた。
“そのスカーフは汝に眠りし力を引き出すことができ……る……”
説明の途中からその球体は薄く、消えかけようとしていた。それと同時にフィルドも自分の意識がどこかに引っ張られるような感覚に襲われた。
「くぅ……待ってくれ……! 俺に眠る力ってなんなんだ?! ……教えてくれ!」
“汝――は――――ばれた――世界――――――救――する――達――――”
やがてその球体は消えてしまい、フィルドの意識も一気に引っ張られ目の前の空間が歪み始めた。
「待ってくれ……まだ、知りたい……こ……とが……」
フィルドの願いも虚しく目の前を黄緑色の光が包み込み、彼の意識もそこで途切れた――。
「……待ってくれ!!」
「きゃあ!」
突然大声を出したフィルドに驚き隣で寝ていたキュベレーも反射的に起きてしまったようだ。
「あ……あれ……?」
「突然隣で叫び声が聞こえたからビックリしたよ……」
「あぁ……ごめん……」
眠気眼を擦りながら言うキュベレーに謝りながらフィルドはベッドから離れ、窓際に立つ。窓から見える空の表情は少し白んでおり、太陽が昇るのを待っているようにも見えた。
「フィルド、もしかして夢を見てたの?」
「まぁ、ね」
「……もし、わたしで良かったら話してくれる?」
「分かった」
フィルドは夢で見たことをキュベレーに話した。
「そっか……フィルドも見たんだね。その夢を」
「えっ? ……まさかキュベレーも俺と同じ夢を見たのか!?」
キュベレーが言ったことが耳に入りフィルドは思わず窓際から離れる。
「うん……でも、最後の光ったところは黄緑色じゃなかったよ。確か……ピンク色だったの。あ、あとスカーフの色もピンク色だったよ」
キュベレーも夢で見た事をフィルドに話した。内容は多少違えども流れはほぼ彼の夢と似ているようだ。
「あ、それってここのギルドに入る前から見てた?」
質問の内容を少し変えてフィルドは訊く。
「うん。たまに……だったけどね。それに今回みたいにはっきりと覚えていたのは初めてだよ。前は見たとしても目が覚めたら覚えていなかった事が多かったから……」
「そうかぁ……うーん………」
キュベレーの答えを聞いてフィルドは腕を組む。だがまもなくしてはっとした表情を浮かべて呟いた。
「あっ、ひょっとしたら……」
「?」
訝しげるキュベレーを余所にフィルドは近くにあったトレジャーバッグの中をあさりはじめる。やがて、目当ての物が見つかったのか立ち上がるとキュベレーの近くへとやってきた。
「あっ、それって……」
フィルドが持ってきたのは『プクリンのギルド』の親方であるサクヤから弟子入り五千人目記念とやらでもらった箱だった。まだ開けていないため、中身は分からないままだが。
「俺思ったんだけど、この箱の中身が怪しいって思う。何か意思みたいなもの感じるんだ……そこで、この箱を開けようと思うんだけど……」
「サクヤ親方様からもらったものだし……大丈夫だと思うけど……」
若干怯えながらも質問に答えるキュベレー。フィルドは「大丈夫だよ」と口パクで告げると箱の蓋を掴む。
「ふぅ……じゃあ、開けるよ?」
呼吸を整えて蓋をそっと開けてみる。
「「……!!」」
箱の中身が見えた時、二人は思わず息を呑み込んだ。何故ならその中身は――夢で見た球体と同じだったからである。
「何でこんなところに……」
そう言いながらキュベレーは若干後退りしたが、フィルドは臆することなくその球体を手にとった。
「……!! フィルド!?」
「……大丈夫だよ。これを持っても嫌な気分にならないし、なんて言うか……悪意がないって感じかな……」
「それって……リオルが持つ能力、感情とか意思を感じ取る力があるからなの?」
球体を持ちながら話すフィルドにキュベレーは若干身震いしながらも別の質問を投げ掛ける。
「うーん……なんというかオーラみたいのが見えたというか……」
「え……! も、もしかしてフィルドって高度の波導が読み取れたりできるの!?」
「波導? なんだそれ??」
キュベレーは驚愕した顔でフィルドを見る。一方のフィルドは分からないようで素っ頓狂な声を出し首を捻った。
「リオルやルカルオって呼ばれる種族が使える能力みたいなものみたいなの。なんでもフィルドみたいに生物からオーラが視えたり波導を技に使うことができるみたいだけど……」
「けど……?」
「さっきも言ったけど本来リオルやルカリオしか使えない特技なの……特に別の物質や生物のオーラが視えたり、後は……“波導弾”が使えるのはね。そんな高度な特技をリオルが見えるって聞いたことがないんだ……リオルはリオル同士じゃないとオーラが視えないって聞いてたから……」
「(なるほど……ポケモンや物に纏っているがオーラが波導なんだな。リオルの俺が視える理由はよく分からないけど……)……なっ!」
キュベレーの丁寧な説明にとりあえず納得をしたフィルドだが突然驚いた声を上げた。
「どうしたの? フィルド?」
「この球体……波紋が広がってる……」
「えっ――!!」
フィルドに言われて球体を見たキュベレーも思わず絶句をした。その球体はフィルドの手が触れている所から波紋が広がっていたのだ。
やがて透明だった球体にも黄緑色に変わっていた。そして、完全に色がついた球体に今度は何やら足跡のような文字が浮かんでいた。
「この文字みたいなものって何だ?」
「これは……足型文字だね」
「足型文字??」
聞きなれない言葉にフィルドは言葉のオウム返しをした。ちなみに足型文字というのは、その名の通りポケモンの足跡が文字になっている。
「なんて書いてあるんだ?」
「えーと……汝の波導は明るいグリーン色である。よって汝に黄緑色のスカーフを与える――」
キュベレーが文字を読み終えた時、黄緑色の球体から小さな光が生まれた。
(あ……もし、夢で見た光景と同じなら……!)
フィルドは足元に球体を置くと両手を光に伸ばした。すると、光はまるで吸い寄せられるようにフィルドへゆっくりと近づき、やがて彼の両手の中で姿を変えた。
「やっぱりな……」
フィルドの両手には黄緑色のスカーフが収められていた。
「あっ、フィルド見て! 球体の色が……」
キュベレーに言われて足元に置いた球体を見てみると球体の色がいつの間にか薄まっていた。そして、最初に見た透明色に戻ってしまった。
「……この球体、ずっと触れてないと透明に戻るんだな」
そういいながらフィルドは先ほどのスカーフを首に巻いた。
「うーん………」
「どうしたの?」
「いや、夢で言っていた“新たな力に目覚める”って言うのが気になってね。それで着けてみたらわかるかなって思ったんだけど……」
頭を掻きながらいうフィルド。どうやら、効果は現れなかったようだった。
「そっかぁ……あ、わたしも触っていいかな?」
「構わないけど……大丈夫?」
「ここで勇気を出してやらないといけないから……だから心配しなくても平気だよ」
そういいながら球体にちょっとずつではあるが、前足を出すキュベレー。そして目を瞑った。
(お願い……わたしに勇気を……下さい……!)
心の中でそういい、前足をおもいっきり球体に向けて伸ばした。何やら冷たい感覚が前足に伝わり、目を開けると前足は球体に触れていた。
「……ふぅ」
キュベレーが安堵の溜め息を漏らすと彼女の前足が触れていた部分から波紋が広がってきた。波紋が広がったところはフィルドの時とあまり変わらなかったが、違ったのは球体の色がピンク色になった事だった。
そして、完全に色づいた時再び文字が浮かんでいた。
「えーと汝の波導は……」
「汝の波導はふんわりとしたピンク色である。よって汝にピンク色のスカーフを与える――って書いてあるんだよ」
最初の部分は読めたが続きが読めないフィルドの言葉を受け継ぎキュベレーは読み上げた。
すると、球体から光が生まれキュベレーに近づいていき、今度はピンク色のスカーフへと変わって彼女の足元にゆっくりと落ちていった。
「すごい……!! 夢で見たのと同じだよ!」
キュベレーは震えながらいった。ちなみにこの震えは感動してる方の震えである。
「(まぁ、球体とスカーフの事は後で渡してきた本人にでも訊くとするか……)ところでキュベレー? スカーフどこに着ける?」
ピンク色のスカーフを拾いながらフィルドはキュベレーに訊いた。
「えっ、と……首に巻こうかなって思ってるんだけど」
「じゃあ、俺が着けてあげるよ」
「……えっ!? つ、着けてくれるの!?」
驚きの声をあげているキュベレーをよそにフィルドは手際よくスカーフを着けてくれた。
「あ……ありがとう」
「どういたしまして! ところで顔真っ赤だけど……熱あるの?」
「あ……! う、ううん違うの。ただこうやってスカーフを着けてくれたの初めてだから、ちょっと緊張しただけなの……あっ、もう日が昇ったのね!」
心配するフィルドに慌てて理由を言ってさらに話を逸らすキュベレー。太陽はちょうど半分出たところで窓から光が差し込んでいた。
「じゃあ、そろそろ弟子部屋から出ないとな」
「そ、そだね!」
フィルドとキュベレーはベッドから離れて、部屋を出る準備をした。
「おっと。これも持っておかないとな」
そういいすでに透明に戻った球体をトレジャーバッグにしまい込み、ドアの前で待っているキュベレーのところへ行った。
「それじゃ、行くか!」
「うん!」
お互い頷き合ってドアをゆっくりと開けるフィルド。だかそこにポケモンが立っていた事にまだフィルドとキュベレーは気が付かなかった――。