#4 ギルド入門
フィルドはキュベレーに案内されて高台にあるギルド前へとやってきた。
「ここが……プクリンのギルド……なのか……?」
「うん。そうだよ」
二人が来た頃には辺りが暗くなっており、松明の灯りが周りをぼんやりと照らしていた。
「……で、入り口は閉まってるんだけど……どうしたら入れる?」
「これはね、そこにある格子の上に乗ると開く仕組みなんだ。わ、わたしが先に乗るね?」
「分かった。気を付けろよ?」
その言葉にキュベレーは頷くと、格子の前に立った。
「……ふぅ……」
呼吸を整えたキュベレーが格子に乗る。すると、下から声が彼らの耳に入った。
「ポケモン発見! ポケモン発見!」
「誰の足型? 誰の足型?」
「……!!」
「うわぁっ!? い、今……下から声がしたぞ!?」
フィルドは初めて来たため、下からの掛け合いに驚いたが、キュベレーは一瞬体を震わせたものの前のように格子から離れることはなかった。
「足型はロコン! 足型はロコン!」
(うぅ……早く、終わらないかなぁ……。いや、ここで退くわけには……)
下から聞こえる声に怯えながらも必死に耐えるキュベレー。そして、
「……よし、いいだろう。……おい、もう一人いるだろ? そいつも乗れ!」
下から再び声が聞こえた。その声は先ほど“誰の足型? 誰の足型?”と連呼したのぶとい声の持ち主だった。
「これって俺の事を言ってるよな……?」
「そう……みたいだね……」
そう言いながらキュベレーが格子から離れると入れ替わるようにフィルドが格子の前に立ち、格子を見る。
(……なんか足をくすぐられそうな感じがするけど……とにかく乗るしかないな)
乗った時の想像をしてしまい思わず渋面を浮かばせるフィルドだったが意を決して格子の上に乗る。するとすぐに先ほどの掛け合いが聞こえた。今度ばかりはフィルドは驚く事はなかった。だが――
「足型は…………エート……ウーンと……」
「おい? ……おい! どうした!? 見張り番ティラス!」
明らかに先ほどとは違う雰囲気が漂っていた。足型を選別しているらしい少年の声が分からなくて悩んでいることが理解できる。
「た……たぶんリオル! たぶんリオル!」
「……たぶんだとぉ!?」
導き出された曖昧な判断にのぶとい声の持ち主は急に怒りだす。
「だってぇ、分からないものは分からないもん……ヒグッ…………」
「お前は見張り番という重要な仕事についてるんだろう!? そんなお前が――っておい! 泣くな! ワシがいじめた事になるだろーが!?」
「……なにかもめ事があったのかなぁ?」
「さ、さぁ……。(てか早くしてくれないか……。本当に限界が近づいてるんだけど……)」
格子の下での言い争いにキュベレーは少し心配そうに格子をみて、フィルドは限界が来ても我慢しつつ次の指示を待った。
それからしばらく経ち――
「……すまない。またせたようだな」
(いいから早く開けてくれー!!)
ようやく終わったようでのぶとい声の持ち主がフィルド達に声をかけた。フィルドは格子の上でずっと立っていたため我慢の限界を心の中で叫ぶ。
「……確かリオル――だったか。まぁこの辺じゃ、見かけないが……悪いヤツではなさそうだな。なので『プクリンのギルド』に入ることを許可する!」
のぶとい声の持ち主が話を終えるのと同時にギルドの入り口を閉めていた扉が大きな音を立てて開き始めた。
「うわぁ!!」
「きゃあ!!」
突然のことにフィルドとキュベレーは驚く。その間に扉が開いていた。
「えーと……中に入れってことかな?」
「た……たぶん」
フィルド達は戸惑いながらもギルドの中へ入っていった。
*
入り口を抜けて、目の前にあった梯子を降りるとそこにはたくさんのポケモン達――いや正確に言えば探検隊達が集まっており情報交換をしたり、依頼の報酬を受け取ったりしていた。
二人がその光景に目を奪われていると、とあるポケモンが地下からあがってきた。
その気配を感じフィルドは後ろを振り向き、キュベレーも慌てて振り向いた。
「えー……さっき入ってきたのはお前達か?」
「は、はい! そうです!」
「私はここ、『プクリンのギルド』の親方一の子分であり情報通でもある、ペラップのペラトだ♪ 早速だけど勧誘サービスやアンケートならお断りだよ。さぁ、帰った帰った!」
声をかけたのは頭が音符の形をしているペラップと呼ばれる種族だ。彼――ペラトは名乗るとフィルド達を追い立てるように翼を使って追い払うような仕草をする。
「早合点しないでくれ! 俺達はここのギルドに弟子入りに来たんだ!」
「なっ、なんだってぇーーーーーー!?」
フィルドがただ弟子入りしたいと旨を伝えただけなのに驚きの声をペラトは上げた。
「……今どき、このギルドに弟子入りなんて……めずらしいよ……。ここのギルドは修行が厳しくて脱走する者も後を絶たないと言うのに……」
「なんだ? 脱走する者もいるくらいに厳しいのか? ここのギルドの修行は?」
ペラトが言っている小言をフィルドはほぼ言い当てた。
「……はっ! そ、そんな事ないヨー! 修行はとーってもラクチン♪ なんだぁ、弟子入りするなら早く言ってくれればよかったものを……(あ、あのリオル私が言った小声を聞いてたとはな……。地獄耳なのかー!?)」
小言を聞いていたフィルドにパラトは内心焦りながらも態度を180度変え笑顔で答えると、くるっと方向転換をして階段へと歩んでいく。
「なんか急に態度が変わったよね……」
「……大丈夫なのかなぁ……」
「ほら、お前達♪ ついておいで♪」
二人の話さえも気付いていないほどの上機嫌で階段を降りていったペラト。そんな彼にフィルド達はついていった。
ペラトについていきギルドの弟子達が働く地下二階へと着いた。先ほどの地下一階のようにたくさんの探検隊達がいなかったため、かなり広く感じた。
「本当なら弟子達が働いているんだが、今日はもう食事を食べ終わって部屋で休んでいる……。だから静かなんだよ」
「へぇー」
歩きながら説明するペラトに納得をするフィルド。その間にもフィルドが目を輝かせていたのはここだけの話である。そして、少し進むと扉がある部屋に止まった。
「ここが親方の部屋だ。……くれぐれも粗相のないようにな」
「「はーい」」
ペラトが扉の前に立ち、扉をノックした。
「親方様、ペラトです♪ 失礼します!」
「「失礼します!!」」
そして、三人は親方の部屋へと入っていった。
親方の部屋にはおそらく探険中に手に入れたお宝が山のように積まれていた。そして、真ん中の朱い絨毯が敷いてある所にピンク色の体をしたポケモン、プクリンの後ろ姿があった。
「親方様! この者達が新しく弟子入りを希望しております」
「……………」
ペラトが報告しても“親方”と呼ばれたポケモンは全く反応を見せない。
「親方! ……親方様…………?」
(まさか……聞こえてないとか……)
何度も名前を呼ぶペラトにフィルドが心の中でそう思い始めたその時だった。
「…………親方――」
「やあ!」
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
「ひゃあ!?」
突然プクリンが振り向いたと同時に声を出す。その行為が突拍子もなかったためフィルド、キュベレー、ペラトの順に悲鳴に近い声を上げた。
「あ、あの……」
「ボクの名前はサクヤ♪ この『プクリンのギルド』の親方を務めてるんだ。ところでキミ達が新しく弟子入りを希望してるんだって?」
「そうですけど……」
「じゃあ、これからよろしくね♪」
戸惑うフィルドとキュベレーをよそに親方ことサクヤは話をさくさく進める。
「早速だけど、ギルドに弟子入りするには探検隊になって登録しなければならないんだ」
「(海岸でキュベレーが言った事と似ているな……。)ところで登録する方法みたいなのはあるんですか?」
「うん♪ その方法はとってもカンタン♪ キミ達の探検隊の名前をボクに教えればいいんだよ♪」
「えっ……?」
フィルドの質問に笑顔で答えたサクヤ。その答えにキュベレーは戸惑った。
「いきなり言われても……」
「大丈夫! 一応考えといたんだ」
不安そうなキュベレーにフィルドは言った。そして、彼女を見据えて探検隊の名を口にした。
「俺達の探検隊の名前は……『サンライズ』だ」
「『サンライズ』……」
「そう。この意味は”陽は昇る”って意味。だから、俺達は何度倒れてもまた立ち上がり絶対に諦めないって意味合いを込めてるんだ」
「『サンライズ』……すごくいいよ!! それで登録しよう!」
フィルドの説明を聞き、満面の笑みで言うキュベレー。そして、二人はサクヤに向き合う。サクヤのまるで我が子を見るような眼差しで彼らを見ている。
「決まったようだね。それじゃあ、『サンライズ』で登録するよ?」
「「お願いします!!」」
フィルドとキュベレーの声が揃った。
「じゃ、登録するよ……『サンライズ』で登録…とうろく……みんなとうろくぅ…………」
(なんか嫌な予感がするなぁ……)
「お前達! 早く耳を塞いで伏せるんだ!!」
「えっ!? なんで!?」
「ここはペラトの言う通りにした方がよさそうだよ!!」
サクヤが登録の準備を始めるとペラトはフィルド達に指示を出す。状況が呑み込めないキュベレーにすでに耳を塞いでいたフィルドが促した。そして、サクヤが大きく息を吸った――
「……すぅ……………たあぁぁーーーーー!!」
「ぐわぁぁ!! み、耳があぁぁ!?」
「きゃあぁぁ!?」
「ぎょえぇぇ!?」
おそらく耳を塞いでも無駄なくらいの威力を誇る”ハイパーボイス”がギルド中に響き渡った。その威力で積んであったお宝が崩れ、扉も吹き飛んでしまった。そしてサクヤの部屋は埃が大量にまい、
靄を作り出していた。
その
靄が晴れるまで少しばかり時間がかかった。
そして、
靄が晴れるとそこにはニコニコと笑っているサクヤが立っていた。
「おめでとう♪ これでキミ達は今日から正式な探検隊になったよ♪」
「けほけほ……ありがとう……ございます…………」
埃を吸ってむせながらもフィルドはお礼を言う。
「じゃあ、探検隊になったからこれをあげないとね♪」
サクヤは今だにむせているキュベレーに箱のようなものを差し出した。
「えふ……あ、ありがとう……ござい……けほけほ……」
埃のせいでむせかえりが止まらないキュベレー。そして、ようやく落ち着いた頃サクヤから箱を受け取った。そして落ち着いたところでキュベレーはサクヤに訊いた。
「えーと……これは何ですか?」
「これはポケモン探検隊キット! 探検隊がダンジョンに入る時に必要な道具が揃ってるんだ♪ さぁ、開けてみてよ?」
キュベレーはサクヤに言われた通りにポケモン探検隊キットを開ける。そこには三つの道具しか入っていなかった。それでもフィルドは目を輝かせていた。そして、手を伸ばしバッチを取り出す。
「このバッチは?」
「これは探検隊バッチって言ってね。救助を求めているポケモンにかざせばダンジョンの外に脱出させてくれるんだよ♪ あと、探検隊にはランクがあってそれによってバッチの色が変わるんだよ」
「なるほど……じゃあ、このバッグは?」
間を開けることなくフィルドは続け様に質問をする。
「これはトレジャーバッグだよ。それはダンジョンで拾った道具をしまっておけるんだ。それでキミ達の活躍に応じてどんどん大きくなっていくんだよ♪ あ、バッグは一つしかないけどあとで届くからとりあえずは我慢してね?
最後に不思議な地図! これはいろんな所に雲がかかってるんだけど、キミ達がその辺りを一度いけば周辺の雲が晴れてきて見える仕組みになってるんだ♪ ……以上が三つの道具の説明だよ♪
あっ、そうだ! ……キミにまだ渡してないものがあったよ♪」
そういい今度はフィルドに別の箱を渡す。
「……実はね、このギルドに弟子入りしたのキミが五千人目なんだよ♪」
「ご……五千人目ーー!?」
今日何度目か分からない驚きの声を上げたフィルド。
「そう♪ だからその記念にあげるね♪ それともう一つ聞きたい事があったよ」
何かを思い出したように話すサクヤ。その表情が妙に真剣でフィルド達は息を飲む。
「キミ達……
まだ晩ご飯を食べてないでしょ?」
「「「がくっ!?」」」
質問の内容があまりにも普通だったため彼らだけではなくペラトまでずっこけた。
「い……いえ、そんなことは――」
キュベレーが質問に答えていた時、どこからか腹の虫が鳴いた。
「……すいません。夕食はまだ食べてないです」
照れながら白状したのはフィルド。確かに彼らはダンジョンから戻ってきてから何も食べていないのだ。
「それじゃあ、今日は特別にボクがおすそわけするよ♪」
するとサクヤは懐から何かを二つ取り出し、フィルドとキュベレーに渡した。
彼らがもらったのはリンゴ――よりはふたまわり大きかった。
「お、親方様!? そ、それは……!!」
「……! これってまさか?」
キュベレーとペラトは驚きの声を上げたが、フィルドは驚愕する二人の様子に意味が分からず首を傾げていた。
「サクヤ親方。これってリンゴ……ですよね? なんでみ――」
「違うよッ! これはねセカイイチっていう食べ物! ボクの大・大・大好物なんだ!!」
フィルドの質問を遮って言うサクヤ。
「そ、そんなものを……わたし達が食べていいんですか!?」
「うん♪ ……本当は弟子達の分はセカイイチじゃなくてちゃんと用意してあるんだけど、キミ達は突然きたから用意出来なかったんだ。……あっ、そうそう! ペラトにも……はい♪」
理由を語ったサクヤはまた懐からセカイイチを取り出すと、ペラトに差し出した。
「お、親方様!?」
「ペラトも今日だけ特別。キミも案内をしてたから食べてないでしょ?」
サクヤの問いに答えるかのようにペラトのお腹が情けなく鳴った。
「親方様……!! ありがたきご厚意を……!!」
よほど嬉しかったのか、ペラトは涙を流した。
「そんな事ないよ♪ それよりボクもお腹が空いたから早く食べよ?」
自分の分のセカイイチを用意して頭の上に乗せたサクヤ。
「ゴホン! ……それでは今夜は特別という事でセカイイチを皆で食べるよー♪ では……いただきます!」
「「「いただきまーす!!」」」
涙を拭いたペラトが挨拶をしてフィルド達はセカイイチを食べたのであった。
「ご馳走でした!!」
「親方様、本当にありがとうございました!!」
セカイイチを食べ終わりフィルド、キュベレーはサクヤにお礼を述べた。
「いいよ! お礼なんて♪ それより、ここでセカイイチを食べた事は誰にもいっちゃダメだよ。もちろん、ペラトもね?」
「了解です!」
「分かりました!」
「十分承知しております」
サクヤの忠告にフィルド、キュベレー、ペラトの順に返事をする。
「さぁ、明日から忙しくなるから今日はもう休んで。明日からの修行、頑張ってね♪」
「「はい!!」」
フィルドとキュベレーは声を揃えた。
「それじゃあペラト、空いている弟子部屋に案内しておいてね?」
「かしこまりました♪ ……お前達、ついてきなさい。では親方様、失礼しました♪」
「はーい。じゃあ親方様、失礼しました!」
「明日から宜しくお願いします! 失礼しました!」
ペラトについていき、フィルド達はサクヤの部屋を後にした。
「久々に弟子が入ってきたよ。……彼らの成長が楽しみだなぁ……」
誰もいない部屋でサクヤはポツリと呟いた。
フィルドとキュベレーはペラトについていた。しばらくすると、扉がある部屋の前でペラトが止まる。そして、フィルド達も止まった。
「ここがお前達の部屋だ」
そう言い、ペラトは扉を開け、フィルド達の目に部屋の内装が映し出され――
「え……えぇーーーー!!」
「ちょっとタンマ! ここが本当に俺達の部屋なのか!?」
彼らは驚きの声を上げた。それもそのはず、その弟子部屋は二人にしてはもったいないぐらいの広さを誇っていたのだから。
そして、部屋には藁で敷いたベッドが何個かあり、切り株で出来たテーブルと椅子も置いてあった。
「……ここしか空いてなかったんだよ。それよりお前達、明日から住み込みで働いてもらうからな♪ 早起きしなきゃならないんだから、今日は夜更かししないで寝なさい。……それじゃあな」
「お、おやすみなさい!」
言うことだけ言って部屋を後にするペラトにキュベレーは声をかける。すると、右翼を上げて手を振るような感じで動かして扉を静かに閉めた。
「ふぅ……。なんかあっという間だったね」
「本当。俺もう少し時間がかかるかと思ったよ」
それぞれの感想を口にする二人。そして、すでに敷かれてるベッドの中から入り口に一番近い場所を選びその上に乗る。
「早起きしろって言ってたな……。あのペラトって奴、地下一階で会った時に言ってた事と絶対食い違ってるよなぁ……修行絶対大変だと思う」
「確かに修行は大変そうだけど……でも私、ギルドに弟子入りが出来てよかったよ。明日から楽しみだなぁ!」
厳しい顔をするフィルドに対し、キュベレーは笑顔だった。そんな彼女の笑顔を見てフィルドの表情も自然に柔らかくなった。
「……ふぁ……わたし、眠くなってきたからそろそろ寝るね? おやすみなさい、フィルド……」
「おぅ、おやすみ!」
やがて隣からキュベレーの寝息が聞こえてきた。そしてフィルドは仰向けになり天井を見て考え事を始めた。
(どうして俺は自分の名前と人間だった事以外の記憶がないんだろう……それに技の出し方も知らなかったのに急に思い出して出せるようになって……
……あぁ、ダメだ。考えれば考えるほど分からなくなってくるなぁ!
……はぁ、何か瞼も重くなってきたし俺も寝るとするか。ひょっとしたら修行中に自分の記憶が思い出すかもしれないし、…記憶を失った
理由に辿り着けるはずだ……)
そして、フィルドも深い眠りに着いた。自分の記憶が蘇る事への期待と明日から始まる探検隊『サンライズ』の修行に若干胸を膨らませてながら――。