#3 キュベレーの宝物
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「うわぁ! ポケモンがいっぱいだ……!! それになんか迷路みたいな――」
「フィルド君ってダンジョンに来たことないの?」
目を輝かせているフィルドに聞いてみたキュベレーだが――
「……だって、俺記憶ないもん」
と、彼は口を尖らした。
「あっ……そうだったね。ごめん、ごめん。」
「……そうだ。さっき君が言ったダンジョンってなんなんだ?」
フィルドはキュベレーが言ってたダンジョンと言う言葉が気になり聞いてみた。
「う〜んと……ダンジョンっていうのは正式には不思議のダンジョンって呼ばれていてね、入る度に地形が変わるの」
キュベレーが言うには、昔はただの洞窟や草原がここ最近になって迷路に変わり普通に暮らしてるポケモン達が入ってしまうと迷って出れなくなってしまうらしい。
「なるほど……じゃあ、ここもその不思議のダンジョンって言われてる場所の一つなんだな」
フィルドは説明を聞いて納得をした。
「ところでキュベレーは、ダンジョンに来たことあるのか?」
「昔……すごく有名な探検隊の人に付いていって入ったことがあって……名前は覚えていないけど雪が積もっていた所だったかな」
「そうなんだ」
二人はしばらく他愛のない話をしながら進むと……
「……ん? あれは……?」
彼らの前にカブトとカラナクシが現れた。
「フィルド君、気を付けて。彼らは野生のポケモンでわたし達のようにダンジョンに入ったポケモンを襲ってくるのよ!」
キュベレーを見たあと再び先ほどのカブト達に目を向けると、二人ともすでに戦闘体勢に入っていた。
「やるしか……ないんだな……」
フィルドも構えた。キュベレーもすでに戦闘体勢に入っていたが緊張をしているのか、あるいは戦闘は初めてなのか体が若干震えていた。
「君なら出来るよ! 勇気を持っている君なら!!」
「う……うん! ありがとう! フィルド君も気を付けてね」
二人の会話が終わったのを合図にカブトとカラナクシが“水鉄砲”を放った。
その攻撃をフィルドはかわし、反撃に出る。一方のキュベレーは“水鉄砲”に当たる直前に姿が消えた。
「なっ……キュベレー!?」
これにはさすがのフィルドも心配して攻撃を止めてしまった。一方のカラナクシ達もまた姿を消したキュベレーに戸惑いを隠せずにいた。
「私はここにいるよ!」
キュベレーの声がカラナクシ達の後ろから聞こえてきた。すると彼女はいつの間にかカラナクシ達の後ろに立っておりカラナクシ達は苦痛の表情を浮かべていた。
「な……何があったんだ?」
「今のは“騙し討ち”を使ったの。一瞬の内に敵の死角に回り込んでダメージを与える技なんだけど……」
「……けど?」
「初めて使ったのにまさかここまでうまく成功するとは思ってなかったよ」
キュベレーがフィルドのいる場所に来て話をしている間にカラナクシ達は再び立ち上がっていた。
「やっぱり倒しきれなかったんだ……」
「そう悔しがるなよ。今から倒しても遅くはないから……な?」
悔しがるキュベレーを慰めるフィルド。そして、二人は互いに顔を合わせ頷き合うと再びカラナクシ達に向かっていった。それが戦闘続行の合図となったのかカラナクシ達も”水鉄砲”で反撃に出る。
そんな状況の中キュベレーはある事に気付きフィルドに聞いた。
「あれ? フィルド君、技を出さないの!?」
それは先ほどから通常攻撃ばかりを行うフィルドに質問という形で言っているようにも聞こえるし、まだ技を出さないフィルドを急かそうとしているようにも聞こえた。
「記憶喪失だから、覚えてないんだって!(てか、それ以前に元人間なんだぞ!)……!!」
キュベレーに応えていた時、何かが頭の中によぎった。
「(何だ……これ? ……ひょっとして、これが技の出し方か?)とにかく、出すしかないみたいだな……!」
そう呟きながら、両手をカブト達のいる方向へとかまえた。
(それで……意識を集中するんだったな……)
フィルドは目を瞑った。すると、彼の掌から青白い球体が現れ、カブト達のいる方へめがけて高速に飛んでいった。ターゲットは……カブトだった。あまりの速さに対応しきれなかったカブトはそのまま直撃をくらい、倒れた。
「す……すごい!! “波導弾”が打てるんだね!!」
「い、いやぁ。なんか直感でやったら、でたみたいだなぁ。(ふぅ……、どうやら、土壇場で思い出せたみたいだ……)キュベレー! 後ろだ!!」
「えっ……?」
フィルドを見ていたためか、完全に動きが止まっていたキュベレーにカラナクシが“水鉄砲”を放つ。
「きゃああぁ!!」
炎タイプであるキュベレーにとって、水タイプの技は致命的なダメージとなった。
「キュベレー!? ……そうだ!」
フィルドは思いついたように懐から何かを取り出した。それは――
「あっ、オレンの実……」
「さっき、拾ったんだ。これを今のうちに食べるんだ」
「フィルド君……ありがとう!」
キュベレーにオレンの実を渡すとフィルドはカラナクシに向き直す。
「さて、さっきみたいに――!!」
――“波導弾”を出そうとした時、再び何かが頭によぎった。
「(さっきとはパターンが違うな。とりあえず出してみるか……)行くぞ!」
するとフィルドは素早く動きカラナクシとの距離をつめていく。そして、そのままの勢いで体当たりをしてカラナクシを倒した。
「今のは……“電光石火”だね」
「なるほど、技にもいろいろあるんだな……(しかし、突然使えるようになるなんて……くっ!? また……)」
先ほど技を急に出せた理由を考えようとした時、
三度技の出し方が頭をよぎった。今度ばかりはキュベレーに苦痛の表情を見られた。
「フィルド君!? 大丈夫なの!?」
「あぁ。心配ないよ……。初めての戦闘だったから、少し疲れただけさ。それよりもキュベレーこそ大丈夫?」
これ以上の心配をかけたくなかったのか、キュベレーの容態を確認するフィルド。
「私は大丈夫。フィルド君からもらったオレンの実のおかげで楽になったから」
と笑顔で答えた。
「よし、じゃあ敵も倒したことだし先に進むか!」
それからしばらく進むと――
「あっ、灯りが……」
「もうすぐで奥に出られるのか……そして、あいつらもいるはずだ……」
表情を引き締めるとフィルド達は灯りに向かって走りだした。すると、案の定行き止まりで立ち往生しているドガースとズバットがいた。
二人は気配を感じて一瞬怯えたように振り向いたが、その正体がフィルド達だと分かった途端、余裕を含めた意地悪そうな表情へと変わった。
「ケッ、誰かと思えば……」
「あの時の弱虫じゃないか?」
「うぅ……。あ、あなた達がもっている石を返して! それはわたしの大切な宝物なの!!」
「……ほぅ。大切な宝物か。なら、余計に返せねぇなぁ!」
「ええっー!?」
キュベレーが勇気を出して彼らに言ったものの、ドガースは“宝物”を強調してキュベレーを一蹴する。どうやら返す気など全くないようだった。
「そんなに返してほしいなら力強くで――」
「……おい……こっちが弱そうだからって、好き放題言いやがって……」
その時フィルドが静かに口を開いた。そこから発する言葉一つ一つに威圧を含めていたためか、ドガース達の表情は若干恐怖に引きつっていた。
「……さっきは“返してほしいなら力強くで取り返してみろよ!”……ってでも言いたかったんだろう?」
「そ……そうだ! それがどうした?!」
フィルドの気迫に押されて声が上ずりながらもクロは言い返す。
「なら、遠慮はしない……!!」
するとフィルドの周りに風が現れ、刃を複数形成していた。
「ついさっき思い出した技だ……喰らえ……! “真空斬り”!!」
フィルドの周りを浮遊していた風の刃がドガース達を襲った。
「うぉっ!?」
「うぎゃあ!!」
フィルドの攻撃をドガースはなんとか耐えたようだがかなりのダメージを追ったようだ。一方のズバットは大ダメージをくらい、今にも倒れそうだった。
「キュベレーの大切な宝物はたしかクロっていうあのズバットが持っていたはずだ、キュベレー! あいつを倒すんだ!!」
「分かったよ!」
フィルドに促されてキュベレーはクロに向かっていく。
「なっ、なに!?」
「クロ!? チッ、待ちやがれっ!!」
ドガースがキュベレーを追おうとするが――
「おっと、やらせないよ!」
そこにフィルドが先回りして立ち塞がる。
「ちぃっ、ならお前から先に始末してやる! 喰らえ、“スモッグ”!!」
「……なら、こっちだって切り札を見せてやるさ」
ドガースは舌打ちをすると大量の煙を出し、フィルドに向かわせた。一方のフィルドは“真空斬り”を出すのか、先ほどの風の刃が彼の周りを渦巻いていた。
ただ一点だけ違うのは、その状態で“波導弾”を出す構えをしていることだ。
「いくぞ! “真空――波導弾”!!」
まず“波導弾”を放ち、次に“真空斬り”を出す。すると、“真空斬り”の刃が“波導弾”に取り込まれ、巨大な刃となった。その刃はドガースと彼が放った“スモッグ”を飲み込んだ。
「ぎゃあぁぁぁ!?」
「マ、マタドぉ!!」
「今度こそ返してもらうよ!」
クロがドガース――マタドに気をとられている間にキュベレーは、クロとの距離をつめていた。
「しまっ――」
「“電光石火”!!」
キュベレーは“電光石火”を繰り出し、クロを倒す。それと同時に大切な宝物をクロから取り返した。
「やったじゃないか! キュベレー!!」
「うん……! ありがとう、フィルド君!!」
キュベレーは無事に宝物を取り返す事ができて嬉しいのか、満面の笑みをフィルドに送った。
「チキショウ……調子に乗りやがって…………」
「くそぅ、合わせ技だなんて卑怯だ……覚えていやがれ!!」
マタド達はよく弱い敵が言うお決まりの捨て台詞をはき逃げていく。
「さて……と、宝物も取り返せた事だし俺達も行こうか!」
「うん……! そうだね!!」
*
「フィルド君、さっきは一緒に取り返してくれて、ありがとう!」
「いやいや、お礼なんていいよ。俺はキュベレーのサポートをしたまでだよ。君は自分で取り返したんだから……ちゃんと勇気をもってね!」
「ううん……フィルド君がいなかったら、きっと取り返せなかったよ。だから、お礼だけは本当に言わせて」
フィルド達はドガース達からキュベレーの宝物を取り返した後、再び海岸へと戻ってきた。海岸の洞窟に入る前よりも夕陽はさらに沈み辺りはやや暗くなっていた。
「……あっ、ところで君の宝物どんなのか見せてくれる?」
「いいよ。でも、その前に話したい事があるの」
「話したい事?」
訝しげるフィルドにキュベレーは話を始める。
「……実は私ね、探検隊をやりたいんだ」
「探検隊?」
フィルドが聞き返すと彼女は頷く。
「そう、探検隊。探検隊になれば、今まで誰も足を踏み入れてない場所を探したり、後はお宝を探したりするんだ」
「それって本当なのか!?」
目を輝かせながら話を聞くフィルド。
「そうなの! ……でもねわたし、フィルド君に会うまですごく弱くて意気地なしだったから。そんな夢と憧れ、そして弱かった自分に葛藤している時にこの宝物を拾ったの」
そう言い終えると懐から先ほど取り戻した宝物をフィルドに見せた。
「これって、石……だよね……」
「まぁね。普通に見ればその辺の石と変わらない。でも、よく見て……」
「……?」
キュベレーに言われてよく見てみる。すると、何か不思議な模様が描かれていた。それを見たフィルドは再び目を輝かせた。
「うわぁ……すごい不思議な模様が描かれてるなぁ!!」
「ね? あっ、それで私はこれを遺跡の欠片≠チて呼んでいるんだ!」
「遺跡の欠片≠ゥぁ……! なんかロマンみたいなものを感じるよ!!」
さらに目を輝かせるフィルド。
「そうでしょ?! それでわたしね、いつか探検隊になってこの遺跡の欠片≠謎を解きたいと思ってるんだ……」
「……今のキュベレーなら、きっと探検隊になって謎を解けれるはずだよ! 勇気を持った君なら!」
「そうかなぁ…………あっ、そういえば……」
一瞬キュベレーの声のトーンが暗くなったが、何かを思い出したようでまた普通の声のトーンに戻っていた。
「ねぇ、フィルド君。君はこの後どうするの?」
「……えっ?」
唐突にキュベレーに言われて、フィルドは腕を組みながら考え始める。
「うーん……そうだな……あんまり考えていなかったな……」
「そうかぁ…………! それならお願いがあるの!」
「な、なんだい? 急に改まって……」
キュベレーはフィルドを見据えていた。しかし、その瞳は初めて会った時のような恐怖や不安の色はなく、期待と希望に満ちていた。
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「フィルド君……わたしと一緒に探検隊を結成しない?」
「……えっ!?」
突然探検隊を組もう、と言われて俺は一瞬焦った。
「お、俺となのか!? ……本当に――!?」
本当に俺も一緒にやっていいのか――そう言おうとした時には何かに口を塞がれていた。その塞いだものの正体は、キュベレーの前足だった。
「お願いだからそれ以上は言わないでほしいの。……わたしはフィルド君から教えてもらった勇気を持ってたとしても一人じゃ、怖くてダメなんだ。それに一緒にやってくれるのも君じゃないといけない気がして……」
一瞬だが、胸に熱いものが込み上げてきた。それが何なのか気にはなったものの今は考えるべきではないと思い、それを抑えて再びキュベレーを見た。
彼女は俺の返事を待っている。ちゃんと真っ直ぐに俺を見据えて。――なら俺の答えはもう一つしかないじゃないか!
「……分かった。一緒にやろう……探検隊を!!」
「本当に!? ……ありがとう!」
まるで太陽のように明るくてまぶしい笑顔を見せるキュベレー。なんだか俺まで嬉しくなってきた。
まぁ、一緒にやろうと思ったのは探検隊に興味があったとか、自分の記憶の手がかりをつかむことなどほかの理由もあったけどな。
「それじゃ、まずはギルドに行かないとね」
「……ギルド? なんでだ?」
また初めて聞きなれない言葉を聞いて俺は聞き返す。そもそもギルドは何なのかを聞くのが先なんだが……。
「探検隊になるには、まずギルドへ入門して登録を行って弟子入りをしないとなれないの……」
「へぇ。なんか大変そうだな」
まぁ、説明を聞いて納得はした。ギルドについては分からないのか、何も言ってはくれなかった。
……まぁ今は気にしなくてもいいけど。
「ふふっ、大変だけどちゃんと手順を踏まないと探検隊になれないからね……あっ、この辺りで近いのはプクリンっていうポケモンがやっているギルドなの」
「なるほど……じゃあ、そこに行ってみようか」
そして、俺は歩き出そうとする。
「あっ、待ってフィルド君」
「ん? どうした?」
「……これからは一緒に探検隊目指して頑張ろうね!」
「ああ! それと俺の事は呼び捨てでもいいから」
「分かったよ! ……フィルド……!!」
こうして、俺達はギルドへ向かった。だけど俺は……いや俺達はこの先で世界を揺るがす重大な事が待ち受けているなんて、まだ知る
由もなかったんだ――。
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ここはとある場所。全体が岩場で覆われ、岩と岩の間に入ってきた光がぼんやりと地面を照らしていた。
その光で創られた場所にポケモンの座っている影がぼんやりと映っていたが、それは動く気配すら微塵も感じられず、ただその場にいる存在を形作っていた。
しばらくしてその影がピクリと動く。と、同時に何処からか足音が響き渡る。足音は近くまで来るとピタリと止んだ。
「……こんな所で何をしている?」
低い声でその足音の主は聞く。
「……ただ考え事をしてただけのこと。汝が気にする必要はない」
考え事をしてたポケモンは足音の主より、若干声のトーンは高いものの威厳に満ちていた話方で答えている。
「まぁいい……それよりもあの方≠ェお呼びだ。どうやら今回は全員呼ばれてるようだな……」
「……すぐにでも行く。汝は先に行くがよい」
その言葉を聞くと足音は静かに去って行き、やがて聞こえなくなった。そして、そのポケモンは静かに立ち上がると目の前にあった岩場――正確に言えば銀色の岩を見つめていた。
「……後は汝次第だ……フィルドよ……」
その時、銀色の岩が光によって反射し、立っているポケモンの顔に向けて反射光を当てた。そこに映っていたポケモンの顔は――人間に少し似ていた。
やがて、そのポケモンもその岩場を後にし、何処かへといってしまった……。