#2 小さな勇気
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「キュベレー、危ない! 後ろだ!!」
「……え!?」
フィルド君に言われて後ろを向こうとしたその時ドン、と鈍い音が近くで聞こえた。それと同時に視界が段々と斜めになっていき――
わたしはいつの間にか砂の上に倒れていた。そこから少し経ってから、体に痛みを感じた。少し痛い……。
「おい! 大丈夫かっ!?」
「おっと、すまねぇーな!」
心配してくれているフィルド君をよそにわざとらしい言い方で謝ってきたのは、丸くて体に穴が空いていてそこから煙が出ているドガースと言うポケモンだった。
「おい。本当に謝っているのか?」
「ケッ。これでもちゃんと謝ってるぜ? 心をこめてなぁ。……それよりも、クロ!」
ドガースが横目で見ながらポケモンの名前を呼ぶ。彼の視線を追って見てみるとそこには蝙蝠のようなポケモン、ズバットがいた。彼は器用に翼を使って何かを持っていた――って!?
「あっ! それは!?」
ズバット――クロが持っていたものとは、私の大切な宝物だった。
「おやぁ? これはお前の大切な宝物じゃなかったっけ?」
「……! なんで……なんでそんな事を知っているの!?」
私が驚いてる様子を見て二人は意地悪く笑いあう。
「なんだ? 俺達に後を付けられていた事を知らないとは……これはとんだマヌケみたいだなぁ?」
「ええっ!?」
まさか、後を付けられていただなんて……!! いや、それより取り返さないと……でも、わたしなんかが二人から取り返せるのかなぁ……いけない、二人が怖くて……二の足を踏む自分が情けなくなって体が震えてきた。
「どうした? これはお前の大切な宝物なのに取り返しに来ないのかぁ?」
「ケッ、マヌケな上に弱虫なんだなぁ。その証拠に……震えていやがるぜ?」
「うぅ……」
「おい! 何勝手に盗っているんだ!? 彼女のものを返せ!」
「おぉー、怖い怖い。……おいクロ! さっさとズラかるぞ!」
「そうだな。じゃあな、弱虫君」
震えている私とドガース達に怒鳴ったフィルド君。そんな彼を尻目にドガース達は近くにあった洞窟の中へと姿を消してしまった。 ――わたしの大切な宝物を奪っていって――
「どうしよう……。大切な宝物を盗られちゃったよ……」
「じゃあ、取り返せばいいじゃないか?」
フイルド君は簡単に言っているけどわたしにはあいつらから取り返せるほどの力を持っていない――。
「無理だよ。見てたよね? さっき奪われた時に返してって言えなかったし……、体も……動けなかった。それに……私は……弱い……から、取り返す……事が…………出来……な……いの…………」
いつの間にか目から大粒の涙が溢れだしていた。どうやらわたしは話している途中で涙が出てきてしまったみたい。そんな情けない顔を彼に見られたくないから、顔を下げてしまった。
「……そんな訳ないだろ!?」
「……!!」
突然フィルド君が私に向かって怒鳴ったので、思わず顔を上げていた。
「自分が弱いから、相手が強そうだからって自分の大切なものを取り返さずに簡単に諦めようとするな!!」
そして言葉を一区切りをつけた後、
「俺は力や実力だけで断定するのは、甘い考えだと思う。……大事な事はどんな事があっても諦めずに立ち向かう勇気なんじゃないかなって思うんだ……」
そう言うと彼はドガース達が入っていった洞窟を睨んだ。
それから、どれくらい時間が経っていたのか分からない。わたしはまた顔を下げていた……ううん、上げたくなかった。
……わたしはフィルド君が言っていた勇気を持っていない。だからといって、大切な宝物を奪われたままにしておくのも嫌。フィルド君もあの後から全然話しかけて来ないし――ん? ひょっとしてわたしが話すのを待っているのかな……? 勇気を出して話しかけてこいってことかな……?
私は顔を上げてフィルド君を見た。さっきから相変わらず洞窟の方を見ているけど、その背中から早く話しかけてご覧、とでも言っていた気がした。でもドガース達から去ってから彼の回りに出ている威圧的なものが見えた気がした。気のせいだといいな。……ちょっと怖いけど……私は覚悟を決めて、話しかけてみる事にした。
「……フィ、フィルド君!」
「なんだ?」
「あの、お願いがあるの……。あいつらから宝物を取り返したいから、一緒に手伝ってほしいの!」
すると彼は私の方へ振り向き――
「キュベレー……その言葉を待っていたんだ!」
と、満面の笑みでわたしに笑いかけた。
「……え?」
意味が分からずわたしは思わず目を丸くしていた。だってさっきまでオーラ? みたいなのが出てたし……
「さっきも言ったじゃないか。大事なの勇気だって。怒鳴った俺に声をかけたじゃないか。あの後から話しかけてるのって結構勇気がいることだと思わない?」
「ひょっとして……私に勇気を湧かせるために……あえて怒鳴ったの?」
そう訊くと、再び屈託のない笑顔が帰ってきた。きっとオーラ? もそうかもしれない。
――今になって勇気という意味が分かった気がした。ただ、自分が弱いからだと行動を起こす前から決め付けないで、弱くてもまず行動を起こす。その行動を起こすための第一歩が勇気なんだと。
「さっきとは目の輝き方が全然違って見えるよ!」
「そう……かな?」
一瞬だったけど、頬が熱くなった気がした。少し気にはなったけど今は私の宝物を取り返す事に専念しないと!!
「よし! それじゃ今からあいつらを追いかけよう」
「うん!」
そして私達はドガース達に奪われた大切な宝物を取り返しに『海岸の洞窟』へ向かった。
フィルド君から気付かされた小さな勇気を携えて――。