♭2 一日休暇
「は、はじめまして……『サンライズ』に入ったリョウトと言います」
「はじめまして、ジュードです!」
「……そんな訳で彼らは今日から『サンライズ』に加入する事になった。皆、仲良くしてやってくれよ」
フィルド達がサクヤからの直接依頼をクリアしてから翌日――。『サンライズ』に入ったリョウトとジュードは朝礼で兄弟子達の前で自己紹介をしていた。
「では、今日も仕事を頑張るぞー!」
「「「おぉーっ!!!」」」
通常ならここで各々の持ち場へ行くのだが――
「すげーっ! 色違いじゃねぇか!?」
「きゃー! 毛艶もきれいでさわり心地も最高ですわーー!!」
「うふふ……これはストライクですね! 種族と色違いも相まってもう最高ですね!」
「あ、あの……ちょっと……」
レードを除く兄弟子はリョウトの周りに集まってちやほやし始めた。彼らの目には色違いが珍しく映っているのに違いないだろう。……中には危なっかしい発言を漏らしている者もいるが。
「おい」
賑やかな様子をやや離れた位置から止められず傍観しているフィルド達はペラトの声に弾かれて彼に向ける。
「なんですか?」
「お前達は今日は仕事をやらないでゆっくり休め」
「……えッ!? そんな事していいんですか!?」
……たった今大声を出したのは『サンライズ』のリーダー、フィルドである。
「あぁ、やはりお前達が☆4ランクのお尋ね者を逮捕したのが響いてるのだろう」
ペラトは翼で顎を触りながら思い返すように言う。
「でも――」
「大丈夫だ。一日休んだだけで遠征メンバーから外さないからな。それにこれは親方様からの命令だ。分かったな?」
「分かりました」
フィルド達が頷いたのを確認すると人だかりが出来ている方に向かって「お前ら仕事に就けーッ!!」と叫びながら周りを忙しなく飛び回る。
「……さて、休暇出されたけどどうするか?」
フィルド達は集まると小声で今日の予定を話始める。ペラトから「休め」と言われたからには救助は愚かダンジョン探索も下手には出来ない。
「あ、私やりたい事があるから別行動してもいいかしら?」
「別にいいよ。ペラトは休めって言ってたけどギルドから出るなとは言ってないし……」
「ありがと。それじゃ……キュベレー、付き合ってもらえる?」
と、ここでエレナは挙手をして別行動することを提案する。そして視線をフィルドからキュベレーに移しながら訊く。もちろん、キュベレーは否定することなく大きく頷いた。
「じゃあ、行ってくるわね」
「気を付けていけよ?」
「あんまり遠くに行ってはダメだからね?」
「分かったよ!」
フィルドとジュードの気遣いの言葉を背中で受けながらエレナとキュベレーは階段を登っていった。
「んでオレ達はどーするんだ?」
「あ、俺さ実は『トレジャータウン』で気になった建物を見つけたんだけど……そこに行ってみたいなって思うんだ」
シンラに振られたフィルドは候補を上げる。
「じゃ、そこに決定だな♪ 早く案内しろー」
「分かったから、そう急かすなって。……ところでリョウトは大丈夫なのか?」
フィルドの周りで急かすシンラを宥めると先ほどの人だかりの方に目を向けた。兄弟子達は既に持ち場へ行ったようで人だかりがあったらおそらく真ん中にいたであろうリョウトがただ一人ぐったりしてるのが見えた。
「リョウト!? 大丈夫?」
「う……うん、なんとか……」
「全員大丈夫そうに見えないけどな……」
「ほ、本当に大丈夫だって! た、ただたくさん囲まれた事になれてなくて……」
皆に心配をさせたくまいと元気に振る舞うリョウトだが、顔は疲労感が浮かび上がっておりフィルド達はさらに心配をする。
「強がってないよな?」
「だから大丈夫だってば! み、皆心配しすぎたよ……」
「そうか……そこまで言うならいいけど……無理はするなよ?」
「うん……」
リョウトは頷くと彼らはフィルドが気になっているという建物へ行くためにギルドをあとにした。
★
――トレジャータウン――
私はキュベレーを連れて『トレジャータウン』へと足を運ぶ。町は相変わらず活気に満ちている。私達は気さくに話し合うポケモン達を通り抜け目的地まで歩いていった。
「着いたわ……カクレオン商店」
ある程度進んだ所で私は歩くのを止める。目の前に映ったのはカクレオン商店……そう、私の目的地だ。
「いらっしゃーい……おや? キュベレーちゃんにエレナちゃん!」
「ミドリさん、こんにちは!」
「こんにちは!」
店から顔を出したのは商店の店長のミドリさん。ちなみに弟のムラサキさんはというと技マシンの“競り”に行っていていないみたい。
この世界に“競り”なんてあるのかなんて突っ込みたい気もするけど……ま、それはさて置き私はお目当ての品を探さないといけない。
「あ、ミドリさん! チョコレートと生クリーム、それにラッピングを何種類か下さい!」
「あいよー♪」
私の目に入った欲しい物に指を差しながらミドリさんに伝えると彼は後ろの棚から袋に入っている板チョコと生クリームを――
……え? ポケモンの世界にもチョコとかあるかって??
――答えはイエスよ。品数は少ないとはいえ、この世界にだって木の実やリンゴ以外の物も流通しているの。どうやって手に入れてるかは未知の領域だから私は知らないけどね。
……少し話を逸らしている間にミドリさんは品を袋に入れてカウンターに置いた。相変わらずの手際の良さに思わず感嘆を洩らしそうになるわね。
「代金は1260ポケでーす♪」
「分かりました」
「毎度ありー♪」
少々値は張っていたけどそれは仕方がない。私は代金を渡して代わりに袋をもらうと――
「ねぇ、エレナ?」
タイミングを見計らったようにキュベレーが口を開いた。
「何?」
「これ何に使うの?」
「これ? ふふっ、それはね……」
首を傾げるキュベレーに私は飛びっきりの笑顔でこう答えた。
「今から手作りチョコを作るの!!」
「て、手作りチョコ!?」
キュベレーもつられるように声を張り上げたけど、町の喧騒にすぐにかき消された。
「だってせっかくの休みだし作りたいなって思ってた訳だし……」
それにシンラ達だって頑張ってるんだからたまにご褒美みたいなのをあげないとね。
「そ、そうなんだ――あ、それならいいところがあるよ!」
「本当!?」
「うん! ついてきて!!」
キュベレーは力強く頷くと町の奥の方へと走りだした。
――キュベレーが案内してくれる所ならきっと作るのにいい場所かも――
私は早く作りたいという衝動を抑えると彼女の後を追いかけた。
――???――
キュベレーに案内されて入ったのはどこかの家。ちなみに場所はキュベレーが言わないでほしいとのことなので許してくださいね。 さて、周りを見てみるときれいにされているキッチン……まるでいつどんな時でも使えるようなきれいな状態だった。
「えへへ……わたしもごくたまに使うからいつもきれいにしていたんだ」
おそらくいつも掃除しているであろう張本人――キュベレーは少し自慢気に言う。
「そうなのね。これならいつ来ても安心して出来るわね。……さて」
きれいなキッチンを見ていたらやる気も無性に出てきたわ!
「よぉし、キュベレー!」
「え、は、はい!?」
「早速開始するわよ! キュベレーも作るのよ!!」
「ちょ、エレナ!? まだ準備が――て、えぇ!? わ、わたしも作るのぉ!?」
オロオロしているキュベレーの傍らで私は腕をゆっくりと回すと買ったばかりの板チョコを溶かす作業を始めた。
それから数時間後――
「ふぅ、ようやく終わったわ」
ラッピングをし終わり私は大きく背伸びをした。――結局、一日の大半をチョコ作り……をキュベレーに指導のような感じで終わってしまったけれど、自分で作りたかったものも作れたし充実していたかな?
「エレナー! わたしも出来たよ!!」
「あら、お疲れ様。あとは渡すだけね」
「そうだね!」
ラッピングされたチョコを詰め込んだカバンを肩にかけてキュベレーは口ずさみながら入り口の方へと行く。きっと渡すのが楽しみなのかもね。まぁ、私も例外じゃないけど。
「エレナ、早く早く! 日が暮れるよ」
「分かってるわ」
……まさか、キュベレーもシンラの影響を受けたのかしら? それはさて置いて私は既に外に行った彼女の後を追いかけた。
――早く皆の笑顔が見たいから――
★
「おっ、着いたみたいだな」
「うわっ、ボロっちぃなぁ」
キュベレー達が去った後、『ガラガラ道場』に行くため、フィルドに案内されてきた。どうやら着いたみたいだけど……そこにあったのは岩を積み重ねて作られた建物。ところどころ隙間が空いていたり亀裂があってシンラの言う通り古びていて今にも崩れそうに見えた。
「なんか危険な気がするね」
「そうか? でも同じ『トレジャータウン』内にあるから大丈夫だと思うんだけどな」
ジュードの心配に首を傾げるフィルド。確かに町にある建物だし心配はないと思うけど……今にも倒壊しそうな雰囲気があるよね。そんな危険極まりない建物の中に入ると中央に佇むポケモンがいた。背中を向けていたから表情は分からないけど、そのポケモンと目が合い――
「……まさかお客さんが来るとは……」
何故か感動をしていたんだよね。ぼく達まだ何もしていないんだけど……。
「あの……ここは何をやってるのですか?」
「お、おぅ。ここは道場だべ。オラは師範をやってるガラードと言うだ」
涙を拭きながら独特の訛りで話すガラガラのガラードさんが答えた。
――実はフィルドが気になると言って入った所は『ガラガラ道場』。つまり、修行するのにはもってこいの場所らしい。だけど建物の見た目が仇になってるためか、誰も来なくてまさに名前の通りガラガラだったらしい……ぼく達が来るまでは。
「ふぇー、そんなんだ。んじゃ、早速やろうぜ!」
「まぁ、待てよシンラ。まずは教えないといけない事があるんだから……」
説明を聞いてやる気満々のシンラをフィルドは宥めると視線をぼくらに向けた。
「あ……ひょっとして道場に来たかったのは――」
「あぁ。これからダンジョンとは深い関わりを持つ事になるからな。リョウトとジュードに戦闘のやり方とか教えないと思ってね」
「そうだったんだ……気を遣わせちゃってゴメン」
「気にするなよ――っておい、シンラ! 先に行くな!!」
――そうか。ぼくとジュードはもう探検隊に入っているんだよね。これからはダンジョンへ探索するのがもう当たり前になる……だからあまり知らないぼくらのためにフィルドが練習に相応しい場所を探してくれたんだ。フィルドは気が利いててすごいよ。
「とりあえず僕らも行こうよ」
ジュードに手招きされてぼくは二人が消えた洞窟の奥へと足を踏み入れる。これからは危険と隣り合わせになるのだから、きちんと覚えて足を引っ張らないようにしないと。それから数時間後――
「うぅ……ようやく、終わった、ね……」
「はぁ……はぁ……疲れたよ……」
「二人ともお疲れ――っとがラードさん、今日はありがとうございました! また来ますね」
「おぅ! おめぇらならいつでも大歓迎だべぇ!」
あの後、修行に明け暮れていたぼくら。教えてもらったのは戦闘での基本とか探検隊のいろは。後者の話はともかく前者の戦闘では全く慣れていなかったから散々。技はなかなか当たらないし、相手の攻撃を喰らって何度も探検失敗となって、フィルドとシンラ、それからジュードにたくさん迷惑をかけてしまった。
一日の大半を道場で過ごしたぼくらはガラードさんの言葉を受けて道場を後にした。外は陽がちょうど西に傾きはじめた頃。与えられた休暇の終わりが刻一刻と迫っている。
「今日は僕達のためにありがとう」
「ん、どういたしまして。それにしても二人とも、なかなか線が良かったじゃないか?」
「そう、かな? ぼくなんて一番やられていたんだけど……」
フィルドの口から出た褒め言葉はいまいち理解出来なくて修行の事を思い返してみようとすると彼は頭に手を優しく乗せながらニッ、と爽やかに笑う。
「けどやられてばかりじゃなかった、だろ? 技だってうまく出せていたし攻撃は何発か当たったじゃないか。これからもっと上達するよ、きっと」
彼の言葉に思い返して見ると反撃に移った事、その攻撃が何回か当たった事を思い出す。確かに黙ってやられている訳じゃなかったな、と改めて理解した。と同時に気付かせてくれたきっかけをくれたフィルドに感謝しなきゃ、と思ったら自然に言葉が漏れていた。
「……フィルド、ありがとう」
「あぁ、どういたしまして!」
――例え彼の気遣いだとしてもそのおかげでぼくはまた一歩強くなれたような気がしたから。
「なぁなぁ、今からだったらちょうど夕食には着きそうだな♪ はぁ、楽しみだなぁ……」
「ったく、空気読めよ。てか、お前はいつも食べ物の事ばっかりだな」
「だって動いたら腹減るのは当たり前じゃん! えっとそう言うのは確かふ……ふか……何だっけ?」
「不可抗力だね」
「そそ、不可抗力ってやつ!」
少しだけ浮かれたような気持ちに浸っていると呑気なシンラにフィルドが呆れながら突っ込んでいた。ジュードのフォローを受けながらもシンラは反論すると彼を肯定するようにお腹の音が鳴る。
彼の心情が体現したように感じてぼく達は笑うとお腹が鳴った本人は顔を真っ赤に染めて反論する。そんな他愛ない会話をしながらぼく達の足はギルドへと向かっていった。
――★――
――プクリンのギルド――
「いやぁ、食った食った」
藁のベッドで座り込んだシンラは翼で腹を叩きながら幸せそうに言う。丸一日動いたためか、今日の彼の食欲はビートに並ぶくらいすごかったようでデットヒートを繰り広げたらしい。
「皆、ちょっといいかしら?」
お腹いっぱいで眠そうに半目になっているメンバーを見計らってエレナは声をかけた。
「んあ? な――いてッ!?」
「実は、今日は皆に渡したい物があるの」
間の抜けた返事を返すシンラにエレナは目覚め代わりに右手に持ったオレンジ色の四角い箱の角で叩いた後、それを彼に手渡すともう片方の手と蔓を使いそれぞれ黄緑、水色そして紺色の箱を見せる。
「皆の分もあるわ」
「あ、待って! 私も作ってきたから」
順番に箱を渡すエレナに続きキュベレーもリボンで結ばれた袋を男性陣に渡した。
「な……これって……てっ、てててて――」
「手作りチョコ作ってきたの!?」
「そゆこと♪」
なかなか言わないシンラにジュードが代わりに言うとエレナはウィンクしながら答えた。
「……あ、そう言えば別行動したいって言ってたよね? あれって……」
「うん。エレナがチョコを作りたいからなんだって。わたしも成り行きで作ったけど……」
「でも……ギルドにキッチンとかあったかな……?」
エレナの答えに納得した一同だがここでリョウトが妙な引っ掛かりを覚えて右前足を小さく挙げ質問を投げる。
彼が気になっていたのはチョコを作った場所。確かにリョウトの言う通り『プクリンのギルド』にはキッチンはないのだが――。
「それなら心配ないよ。わたしが昔住んでいた場所で作ったから」
「なるほど。せっかく作ってくれたし、食べようか?」
キュベレーの説明でその問いも解消される。フィルドは納得したように頷くとラッピングされた箱を開けながら催促した。ちなみに箱と袋はフィルド達が着けているスカーフと同じ色だ。
「「「うわぁ……」」」
「う……うまそー!!」
ジュードとリョウト、フィルドはほぼ同時に声を漏らし、シンラは垂れてきたよだれを拭きながら箱と袋に入っていたチョコを見入っていた。
エレナが作ったチョコはホワイトチョコとビターチョコのトリュフ、キュベレーはハートにかたどられた苺チョコとミルクチョコだった。どちらも形がきれいに整っており、おいしそうに見えさせていた。
「それじゃ、いただきまーす! ……うめぇ!」
「本当だ! エレナ、キュベレー、おいしいよ!」
「あぁ、これはうまいな!」
「うん、おいしい!」
二人が作ったチョコを口にし、しっかりと味わったシンラ、ジュード、フィルド、リョウトが順々に感想を言う。
「本当!? 良かったぁ」
「キュベレー、良かったわね! ……はい!」
安堵の溜め息をついたキュベレーにエレナはご褒美、と言わんばかりにピンク色の箱を差し出す。どうやら予期していなかったようでキュベレーは目を丸くしエレナと箱を交互に見た。
「エレナ……これって……」
「私からのプレゼントよ。受け取ってもらえるかしら?」
「……うん、ありがとう! それじゃあ、わたしもエレナにあげる!」
エレナから箱を受け取るとキュベレーはお返しにと青緑色の袋をエレナの手のひらに置いた。こちらも予想していなかったのか多少面食らった表情をしたが直ぐに微笑み感謝を述べる。
「ふふっ、ありがと♪」
「どういたしまして!」
お互いの手作りチョコをもらった二人は顔を見合せ笑顔を作った。
――こうして、『サンライズ』の一日休みはあっという間に過ぎていったのであった。