07.救助隊のいろは
――ムーンライト基地――
「あら、もう朝ですか……」
朝日が窓から入り二段ベッドで寝ていたティナを優しく包み込む。それがモーニングコールとなったのか、彼女は目を覚ますと羽を軽めに振動させたり足を伸ばしストレッチをした。そして、ベッドからゆっくりと降りると大きなベッドに横たわっている少女を揺り起こす。
「フィオナ、起きてください。朝ですよ?」
「……んあ?」
ティナに声をかけられたフィオナはベッドでもぞもぞと動いてゆっくりと顔を上げる――が、片目半開き、毛がボサボサ、涎の後がくっきり残っており、イーブイに見られるかわいらしい顔つきはどこへいった? と突っ込みたくなるほど酷いもので、発せられた声はその不細工な顔に見事に当てはまっていた。その様子を見てティナは大きなため息をつくとフィオナを無理やり立たせた。
「……はぁ、フィオナ。今すぐ顔を洗って来てください。ラシード、朝ですよ――」
と、ここでラシードを起こすために二段ベッドの上の段を見たティナは彼がいないことに気付く。ちなみに立たされたフィオナはというと立ったまま寝るという離れ業をしていた。
(ひょっとしてもう外に行ったのでしょうか……)
ティナは立ち寝をしているフィオナを完全にスルーして入り口に目をやって外に出ると――案の定、ラシードが垣根の近くにあるポストの中を探っていた。
「おっし、とれた――あ、ティナ。おはよう!」
「おはようございます。早速届いたのですか?」
ポストから顔を出したラシードと目が合い、挨拶を交わしたティナは彼が持っているものを見て問う。ラシードは満面の笑みで「そうだよ」と返し、少し大きめの赤色の箱を見せた。
彼女は箱を手に取ると間も置かずに開ける。まず現れたのは紐がついたピンク、クリーム、白の三色に白とピンクのツートンカラーをした卵のような形に羽がついた装飾が施されている四角い箱だった。ティナはその箱を取りだしさらに上段のピンク色の蓋が開けられた箱を開ける。次に出た中身は飾りと同じ形をした小さなバッチ、丸められた地図、そして灰色の紙が入っていた。
「んーと……この羽のようなやつが救助隊バッチだな」
「間違いないでしょう。白とピンク……ということはノーマルランクの証ですね」
「何が?」
「うわぁっ!?」
二人が卵のようなバッチ――救助隊バッチを見ていると背後から声が投げかけてきた。突然のことであったため、ラシードは驚きのあまり危うくバッチを落っこどしそうになる。
「ようやく覚醒したようですね」
「へへ、おはよう♪ ……で、何の話をしてたの?」
ティナが冷ややかな視線を送った先には――起きたばかりに見せたあの顔が微塵にも見られない普通の愛らしい顔をしたイーブイ――フィオナが、にこやかに立っていた。彼女はティナの視線を全く気にせずに挨拶を交わすと再び話題を戻す。
「ほら、昨日救助隊を結成したじゃん? それで救助に必要なアイテムとか確認してたんだ」
フィオナの質問に答えたのはラシードである。彼女は「へぇ」と言うとラシードとティナの間に入りスターターキットを観察し始めた。
「では……せっかくフィオナも合流出来たことなのでもう一度説明しますよ?」
「分かった」
「いーよ!」
ティナの提案に二人は声を合わせると彼女は一緒に入っていた取扱説明書らしきものを片手に持ち説明を始めた。
「まずは救助隊バッチ。これは救助活動において最も重要なものです。主に依頼主の送還、依頼達成後の帰還、特定のダンジョンの脱出に必要不可欠ですよ。また、ランクアップに総じて色が変わるようですね」
「あ、しつもーん! 特定のダンジョンってどこを指してるの?」
一つ目――救助隊バッチの説明が終わるとフィオナが前足を挙げて質問をする。
「そうですね……説明書によるとダンジョンの奥地や中間地点を指しているようですね」
「それって一昨日キノ君を助けるために入った『小さな森』の一番奥も指すのか?」
「まぁ、そこも一概ですね。要するにダンジョンには必ず奥地がある、と踏んでもよろしいかと」
説明書を読むティナにラシードが付け加えると彼女はゆっくりと頷く。一方の質問者であるフィオナは「へぇー、そうなんだ」と納得したように声を上げる。
「理解したようですね。では次……はこの地図ですね」
次にティナが出したのは茶色の一枚の紙。それを地べたに広げると大陸のようなものが書かれている地図がフィオナ達の目に入った。
「これは『イーストフィロー』の世界地図ですね。この地図はダンジョンを踏破する度にダンジョン名が刻まれる仕組みになっているようです。そして――」
地図の説明を簡略的に伝えたティナは四角い箱に入っていた灰色をベースに足跡のようなものが羅列している紙を取りだし、説明を始める。
「これがポケモンニュース。救助やダンジョンでの細やかな内容の他、活躍している救助隊をピックアップして取り上げています。最後にこの箱のようなものは救助隊バッグ。これは拾った道具を入れたり依頼の手紙を保管するようですね……以上が同封されていた道具の説明です。二人とも、分かりました?」
「はーい!」
「……なんか子供扱いしてるような――いだっ!?」
ティナは説明書を読み切りフィオナ達を交互に見るとフィオナは子供のように手を挙げて返事をする。一方のラシードは子供扱いされていると感じ小声で愚痴ったものの、残念ながら本人には聞こえていたようでもれなく拳骨――どちらかと言えば踵落としに近い――がついてきたようだ。
「おっ、朝から道具確認だなんて偉いな新人君達!」
すると真上から気さくに声が聞こえたのだ。三人は空を見上げると声の主が二、三回旋回してポストの上に止まった。その姿は『ペリッパー連絡所』で働いているペリッパー達と同じ種族だ。
「あなたは……?」
「俺はこの度君らの基地のポストに依頼とかを運ぶ担当となったジャッキー=レベッカだ。よろしくな」
「うん、よろしく!」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
ラシードの質問にペリッパー――ジャッキーは左翼をこめかみの近くまで上げて決めポーズをする。そんな彼にフィオナは普通に返事をし、ティナは丁寧に頭を下げた。
「はいよ。それじゃ早速新人君達に初仕事だ!」
「えぇっ!? もうなのか!?」
驚くラシードをよそにジャッキーは自分の口の中に翼を突っ込んで何かを漁り始めた。……その際に品のないむせり声が聞こえたが、それは風の悪戯だと三人は自分に言い聞かせた。
「ふぃ……とりあえずこれな」
「ありがとう!」
「どういたしまして♪ それじゃ、これからよろしくな!」
ジャッキーから紙を手渡されたフィオナは受け取り目を通し始める頃には彼はポストを軽く蹴って飛び始めていた。再び上空を二、三回旋回すると彼の姿は『ペリッパー連絡所』方面へと消えていった。
「さて……フィオナ。依頼書にはなんて書いてありましたか?」
「…………ないの」
「……??」
「フィオナ、今なんて言ったのですか?」
悠然と飛んで行ったジャッキーを軽く会釈して見送ったティナは依頼書を見ながらフィオナに質問を投げかけるが、彼女は眉間に皺を寄せて依頼書を凝視しながら早口で何かを呟いた。だがティナとラシードには聞き取れなかったため、首を傾げながらフィオナを見てティナは質問を投げた。すると、フィオナは依頼書で顔を隠しながらこう告げた。
「……なんて書いている分かんないの。ていうか、この足跡は一体なんなの!?」
「えぇっ!?」
「あ……フィオナは元人間ですから知らなくて仕方ないですね……」
その内容にラシードは驚きの声を上げ、ティナも内心驚きつつもフィオナが元人間だということを頭の隅から引き出し、納得する。そして彼女から依頼書を取りあげる。そのため、顔を隠すものが無くなったフィオナは二人に顔を合わせないように俯く。
(はぁ……情けないなぁ……)
文字が読めないことへの悔しさと恥ずかしさからフィオナのテンションは一気に下がっていた。その証拠に彼女の耳は心境を表すかのように垂れ下がっていたのだ。
「これは足型文字と呼ばれるものでこの世界では標準文字として使われているんです。では私が代わりに読みますね。
――ビビビ。初めまして、私の名は、バイル=サテライトと言います。あなた達『ムーンライト』の活躍はキャタピーのキノ君から聞きました。そんなあなた達を見込んでお願いがあります。それは仲間を助けて欲しいのです。詳しくは『電磁波の洞窟』と呼ばれる場所で話します――と、書かれています」
「そ、そうなんだ……」
ティナは俯くフィオナに足型文字について簡単に説明をして依頼内容を読みきるとバッグに依頼書を仕舞い込む。
「それじゃ、『ムーンライト』の初依頼はこれで決定だな!」
「そ、そだね! じゃ、『電磁波の洞窟』に出発進こ――」
「ちょっと待ってください」
意気揚々と出口まで行こうとしたラシードと何故かつられて元気になり彼についていったフィオナだが、ティナによって二歩ほどで止められた。
「な……せっかく気合いを入れたのにー」
「まずは『ポケモン広場』で準備をしてからですよ? 何かあってからでは遅いですからね」
「でも道具くらいダンジョンで拾え――って痛っ! 足引っ張るなよ!」
(相変わらず面白いやり取りね……とりあえず足型文字については後で聞こうっと)
口を尖らせたラシードにティナは彼の前足を無理やり掴み『ポケモン広場』へと向かって行く。その様子を見てフィオナは苦笑いを浮かべると二人の後を急いで追った。