03.森に眠る不思議のダンジョン【前編】
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私達はバタフリーさんから頼まれて彼女の息子さんのキャタピー――キノ君を救出するために地震で出来た亀裂の前まで来たけど――
「無理よね、絶対無理」
穴の深さを見てあたしは断言する。だって下が見えないんだもの。
「えぇっ!? キノ君のお母さんの前では大丈夫だって言ってたじゃないか!!」
「――じゃあ、あなたは下が見えない底なしの亀裂の中にジャンプして飛び込めとでも言うんですか?」
「そんな事したらおじゃんだよっ!!」
そんな事知ってるから!! ――なんか無性に殴りたくなってきたわ……! いや、今は怒っている場合じゃないよね……。苛立つ感情を押さえて他に道があるか探さないと――
「あ、フィオナ!」
「見つけたの!?」
あら、ラシードが何かを見つけたみたいね。
「降りる道見つかったよ!」
「……へ?」
彼が満面な笑みで指を指した部分は亀裂の陰になっていてよく見えない。仕方がないから覗いて見ると……あぁ、確かに階段のように出ている足場があ――じゃなくて!!
「やっぱり亀裂に入るしかないの!?」
「……みたいだね?」
いや、疑問系で返されても困るから……。
「とにかく……本当にここしかないの?」
「そんな事言うなら自分で探せばいいじゃないか……」
「……記憶がないから地図とか見ないと分からないけど?」
「……分かった……僕が運ぶから我慢して……」
「……分かったよ」
……なんだか遠回しに降りるみたいに聞こえなくはないけど、仕方がないよね。ここはぐっと我慢して降りるしかないよね……。結局あたしはラシードにくわえられて亀裂の中を降りていく――後でラシードにお礼をしなくちゃね。
「ありがと、ラシード」
「どういたしまして! ……ふぅ、ここが最下層かな?」
降りる事数分。あたし達は亀裂の最下層らしき場所に降り立った。やや深い位置にあるためかやや薄暗い。頼りになる明かりは上から差し込んでくる光ぐらいね。そうして何かないのか辺りを見渡していると――――
――ぐすん……ひっぐ……――
どこからか嗚咽する声が聞こえてきた。声からしてみて幼い男の子って感じかしら?
「フィオナ。あっちに道があるよ」
消え入りそうな声を拾うために集中をしているとラシードが声をかけてきて右側を指差す。その方向を見ていると確かに奥へと続く道があった。すると、その道から先程の声が聞こえてきた。
「ビンゴね! キノ君はあの奥にいる!」
あたし達は頷き合うと奥の道へと入っていった。
「そういえば不思議に思ったけど……この大陸で災害が起きてるってどういう事?」
「うーんと……そのままの意味だと思うけど……」
確かにその通り。だけど正直に言っちゃえばあんまり実感が湧かない。人間だったせいでもあるかもしれないけど、あんな光景を見たら知らなくちゃいけないと思った。この世界で起きている事、いやそれよりも先に――
「ここの世界について、よ」
「あ、そうだよね。フィオナは人間でこの世界の事知らないんだっけ? それじゃ話すよ」
ラシードはあたしの言葉の意味を汲み取ってくれたみたい。彼は歩くのを止めて地面に何か図形みたいなものを書き始めた。一体何を書いているのかしら?
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えーと、説明をする前にこの世界の地図を書いてたんだ。言葉で説明しても分からないからね。それじゃ、始めるよ?
まずはこの世界は三つの大陸に分けられているんだ。配置的に言えば三角形のようになっているかな。まず三角形の頂点に位置する北の『ノースライネル』。ここは三つの大陸の中で一番発展しているんだよ。確か王国があるって噂なんだ。――え、なんで噂なんだって?? そりゃ僕だって行った事ないんだし、たまたま小耳に挟んだ情報なんだよね。
で、次は南西に位置する『ウェストルディン』。ここは数十年前に見つかった大陸なんだ。そのためか、まだ未開の地がたくさんあるって話らしいんだ。今は探検隊って言われているポケモン達が開拓するのに頑張ってるみたいだよ。……え? 住んでいるポケモンはいたのかって? もちろんいるよ。でもあの大陸の先住民は優しくてフレンドリーな方々が多いみたいで開拓を手伝ってるみたい。
最後に『ウエストルディン』の北北東に位置している『イーストフィロー』。僕達が住んでいる大陸を指しているんだ。ここも『ノースライネル』の住民が引っ越して暮らしているんだ。ちなみにこの大陸の先住民達は引っ越してきたポケモンに関しては全く関心が持っていないみたいで一切関わってこないみたいなんだ。……未だにこの大陸の先住民はどうしているのかが分からないんだよね。
以上がこの世界の成り立ちに関してだよ。……なんか難しそうな顔をしてるね? でもいきなり何日まで覚えてろとか厳しい事は言わないから自分のペースで整理していてね? 分からない事があるなら僕に言って。答えられる範囲で教えるから。
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「うーん……だいたいは分かったよ。説明が分かりやすくて助かった」
「それはよかったぁ……。本当は世界地図みたいなのがあれば分かりやすかったんだけどね、こんな簡略的な図形なんかよりはね」
地面に描いた地図を前足で消しながらラシードからこの世界の事を聞きフィオナは理解したように何度も頷く。しかし、心のどこかで納得していない部分があるのか、表情はまだ複雑そうに歪んでいる。だが思い出した
表情をして一瞬のうちに隠した。
「そうだ! 一つ質問してもいいかな?」
「いいよ」
「最初に戻るかもしれないけど……この地割れといい、巨大地震といいこの大陸では何が起こっているの?」
「そうだね……『イーストフィロー』は大規模な自然災害に襲われているんだ」
フィオナの問いにラシードは目を細めながら上を見上げながら答える。彼らの頭上には先ほどの巨大地震によって出来た地割れが広がっており、そこから太陽の光が注いでいる。
「ここ数年ぐらい……かな、急に自然災害が多くなってきたんだ。その影響で各地に不思議のダンジョンが増えてきてるんだよ」
「不思議のダンジョン?」
「うん。入る度に地形と落ちている道具が変わるんだ」
「へぇ〜」
「それとね――」
と言いかけてラシードは急に立ち止まる。そのためフィオナは彼の脇を通りすぎる寸前で海老反りになって止まりやや睨む。一方のラシードは彼女の視線を完全に無視してとある方向を見てみる。
視線の先にいるのはヒマナッツとケムッソがいた。二人はこちらを威嚇するように唸り声を上げて少しずつ、そして確実に近づいていた。さすがのフィオナも二人のただならぬ気配に睨むのをやめヒマナッツ達を見る。
「……なんだか襲う気満々じゃない?」
「うん……彼らは我を忘れているからね……」
「我を……忘れてる……!?」
目を伏せながら答えたラシードにフィオナは驚愕の表情を浮かべた。その間にもヒマナッツ達は徐々に距離を詰めていく。そして――
「「キシャアァァァァア!!」」
「「!!」」
鋭い奇声を上げながらフィオナ達に襲いかかってきた。二人は素早く後方に下がり飛びかかってくるヒマナッツ達から距離をとる。
「今度はこっちの番だ……“火の粉”!!」
ラシードは額と腰から炎を噴き出し口から小さな炎を吐き反撃する。もちろんヒマナッツ達に相性は抜群、ヒマナッツ達は目を回して気絶した。
「す、すごい……」
「そんな事はないさ……そうだ! せっかくだから技の出し方とか教えるよ」
「本当に!? ありがとう!!」
ラシードの提案にフィオナは見事に食いつく。元は人間で記憶を失った彼女がポケモンの技をいきなり使えるなど無理に等しい。そのため彼女にとってこの提案はまさに天の恵みなのだ。
このあとフィオナは
救助者を探しながらラシードから技の出し方をじっくりと教わったのだった。
――小さな森 奥地――
「ひっぐ……お母さん……どこにいるの?」
森の一番奥についたフィオナとラシードの目に緑色の体をしたいもむし――キャタピーが入った。
「間違いない。キノ君だよ」
「分かった。とりあえず向かいましょ?」
二人は頷くと震えているキャタピー――キノの元へと歩む。
「キノ君! 大丈夫!?」
「あ……ラシードさん! もっ、もしかして助けに来てくれたの!?」
「そうだよ」
まるで希望を見いだしたからのようにキノは純粋に喜んでいたが――突如血相を変えて叫んだ。
「後ろ!!」
「え――きゃあぁ!?」
「フィオナ――うわぁ!?」
言われるがまま後ろを振り向こうとしたフィオナ達の背中にまるで弾丸の如く“体当たり”をぶちかましたのだ。彼女達は突然の不意討ちに対応しきれず攻撃を受けてしまう。
「くぅ……よくもやってくれたわね!!」
フィオナはすぐに立ち上がると攻撃を仕掛けてきた鳥ポケモン――ポッポに向かって走り出す。
(大丈夫……落ち着いてやればうまくいくはず)
勢いに乗ったフィオナはポッポにそのまま“体当たり”をしたのだ。元々体力がなかったポッポはまともに喰らってしまい気絶した。
「フィオナ、やったね!」
「うん――!! ラシード、上!!」
ラシードに振り返った時、フィオナは彼の真上からポッポが攻撃しようとしてるところが目に入り、声を上げた。ラシードは弾かれたように見上げると――こちらに向かって急降下してきたポッポが視界に入る。
「っ!? “火の粉”!!」
避けるべきか、と判断したラシードだったが後ろにキノがいることで避けようがないと悟る。そして彼は近づいてきたポッポに“火の粉”を放った。攻撃が避けられない位置まで近づきすぎたポッポに避ける手段などなく“火の粉”を喰らい地面に墜落した。
「ふぅ……なんとかなった――」
フィオナが喋ろうとした時――上空から複数の羽音が響き渡る。フィオナ達は音につられて仰ぐと――
「嘘……!!」
「ひっ……!?」
フィオナは声を上げ、キノが悲鳴を漏らす。彼女達の頭上にいた存在――それはポッポの大群だったのだ。大地震の影響だろうか完全に我を忘れており、下から見上げているフィオナ達に敵意を剥き出している。
「そ、そんな……」
ラシードが震える声で言葉を紡いだのを合図に――大群はフィオナ達に向けて急降下を始めたのだ。