02.イーブイ少女とマグマラシ少年
「……はぁあ?」
マグマラシが話せる事に仰天して叫んだイーブイに向けた彼の言葉と表情は呆れという二文字がストレートに表れている。
「な、何を言っているんだ? ポケモンが話せるのって当たり前だよ?」
「あ、当たり前ぇぇ!?」
マグマラシが先ほど取り乱していたとは思えないほどの落ち着きを取り戻し彼女と面向かう。すると彼女の方がまた驚愕の表情を浮かべた。どうやらまだ信じていないようだ。それどころか――
「あたしは
人間だよ。そもそもポケモンと会話が通じるわけないじゃん――」
「えぇぇぇぇぇ!? に、人間だってぇぇ!?」
立場逆転。今度はマグマラシが叫ぶ番となっていた。だが、彼にとってイーブイが言った事は妙に――と言うより明らかに矛盾してると感じていた。
「何よ……あたしは本当の事を言ったの」
「……君さ、そこにある水溜まりにでも見てきたら?」
「えぇぇぇ!? なんでよ!?」
マグマラシは彼女が人間ではないと証明させるため、偶然目に入った小さな水溜まりを指差す。イーブイは面倒くさそうに水溜まりへ体を向けると彼女の表情が一変して目を見開いた。水溜まりが彼女の表情ごと映したのは――
茶色の体に白色の襟巻きのようなものがついているイーブイと呼ばれる種族だった。
「あ、あたし……本当にポケモンになっちゃったの!?」
水面に映える自分の姿を見て彼女はよほどショックだったのか大きく項垂れた。そんな彼女にマグマラシは口を開く。
「なんか君さ……変わってるね?」
「か、変わってる!? あたしはただ事実を言ったまでなのに!!」
「え、わ、分かった分かったよ。君の話は信じるから!」
「ホント!?」
真剣な目で信じろと訴えてくるイーブイ。マグマラシは彼女の言い方や目はどうも嘘をついているとは思えない、と感じたため信じる事に。すると彼女の表情がパッと明るくなる。
「んじゃ、いきなり質問をするけど君はどうしてここで眠っていたんだい? イーブイはここいらでは見かけないし……」
「えっ……と……」
マグマラシの質問にイーブイは首を何度も捻り、口を開く。
「――らない――」
「え?」
だが、小声で早口で言ったためか何を言ってるか分からないためマグマラシは聞き取る事が出来ずに困ったように声を漏らした。そんな彼を見てイーブイは少し躊躇いがちに言い直した。
「わ、分からないの。自分がどこから来たのか、なんでポケモンになっちゃったのか!」
「……ぇええ!?」
再び叫ぶマグマラシ。もし、彼女が言ってる事が正しいならまるで――
「――記憶喪失じゃないか」
彼は無意識に呟いていた。その呟きをイーブイは聞き取ったのか、再び思い出そうと自身の記憶の糸を手繰り始めるが、なかなか思い出せる訳でもないようでだんだんと眉間の皺が寄ってくる。
「む、無理して思い出そうとしなくてもいいからね?」
「待って! もう少しで何かを思い出せるかも――」
心配して覗き込んだマグマラシに足を前につきだすイーブイ。そして――
「名前……そう、名前よ」
「何かを思い出せたの!?」
「えぇ! 自分の名前を思い出せたわ。あたしの名前は……フィオナ」
「良かったね! それにかわいらしい名前だよ!!」
自分の名前を思い出したイーブイ――フィオナはマグマラシに頷く。
「そっ、そんな事ないわ!? ところであなたの名前は?」
「僕かい? 僕の名はラシードだよ。よろしく!」
マグマラシ――ラシードは顔を赤く染めたフィオナに優しく自分の名を告げ、前足を差し出す。どうやら握手をするようだ。ポケモンの世界でも握手をする事に感心しながらフィオナは自らを前足を差し出したその時――
「きゃ!?」
「地震――!!」
突然地面が大きく揺れたのだ。音もかなり大きく、震源が近い事を彷彿させていた。フィオナは足に力を入れバランスをとっていたが、ラシードは顔を徐々に真っ青にしていく。そして――
「ごめんっ!!」
「急にどう――きゃあ!?」
いきなり謝ってきたラシードに首を傾げていたフィオナだったが、首筋に何かが挟まったような感じに襲われて全身の毛を無意識に逆立てる。同時に四本の足が大地から離れた感覚を感じた。
次の瞬間――
耳に風を切ったような余韻が響いた。そして、宙ぶらりんになっている自分……そして彼女は理解した。
――自分は誰かに掴み、あるいはくわえられている事に――
もちろん、くわえている本人は逃げる事で精一杯のようでどんどん先へと逃げて行く。そして、無事に森を抜けた。
目の前には小さな丘が立っており、岩肌がゴツゴツとしている。小さな、とは言っても近くまで行くとかなりの大きさである。すると彼はなんの躊躇いもなく崖をリズムかるに登り始めた。下半身宙ぶらり状態であるフィオナは彼が足をつく度に振られてその度に小さな悲鳴を漏らす。
そして、登りきったところでようやくフィオナは地面に降ろされた。
「もう……いきなりくわえないでよ!」
「…………」
フィオナはやや怒りながらくわえた本人――ラシードに言うが、彼は上の空なのか全く反応せずただ真っ直ぐ見ている。
「ねぇ、聞いている――!?」
と、フィオナも言いながらラシードが見ている方向を向き――絶句をしてしまった。何故なら彼女達が見えている光景は信じられない状態が起きていたのだから。
地震は収まるどころかさらに大きくなり地面に地割れを生み出した。その近くにあった木々達が吸い込まれるように亀裂の中へと消えていく。その度に木の上で休んでいた鳥ポケモン達が慌ただしく飛び去る。
「なによこれ……」
「……これが今世界で――いや、この大陸で起こっている危機だよ」
「え……それじゃ、他の地域でも地震が起きてるの……?」
口を押さえているフィオナにラシードは静かに頷く。――地震が起きて沢山のポケモン達の悲鳴が響き渡る――想像するだけでも胸が苦しくなりそうだ。
「誰かー、誰かー!!」
目の前の惨劇に言葉を失ったまま見ていると女性が助けを呼んでいる声が聞こえてきた。二人は声のする方向へ振り返ると蝶々のようなポケモン――バタフリーがこちらに近づきながら叫んでいたのだ。
「ひょっとして、キノ君のお母さん!?」
「あぁ、ラシードちゃん!! ちょうどいいところに!!」
ラシードの声に気づいたバタフリーは一気に近づくとすがるように両手を握った。
「お願いです!! キノを助けてください!!」
「キノ??」
「あ、あぁ……紹介するね。彼女はキノ君っていうキャタピーのお母さんだよ」
迫るバタフリーに気圧されながらも紹介するラシード。一方のバタフリーはまだ混乱しているようで羽を忙しく羽ばたかせている。
「えっとキノ君のお母さん? 詳しい状況を教えてくれる?」
「は……ハイッ!! じ、地震がドーンて来て地面がミシミシと――」
「フィオナ、まずは一旦落ち着かせよう」
詳しい状況を聞こうとしたフィオナだがバタフリーは未だにパニック状態のため擬音混じりになっていて聞き取りづらい。そのため、バタフリーを落ち着かせる事に。
それから少し経って――
「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ。大丈夫です」
ようやく落ち着いたバタフリーは先ほどの事を思い出しゆっくりと頭を下げる。
「それで……何があったの?」
「はい……先ほどの大地震で地割れが発生しましたよね? その中に私のキノが落ちてしまったのです……」
「それは大変だ……分かりました! 僕
達が助けに行きます!」
「そうね――ん? ちょっと待って!」
バタフリーの話を聞きラシードは走り出すがフィオナの声によって僅か進んだ所で急ブレーキをかける。
「今僕
達って言ったけど、それってあたしもカウントされているの?」
「そうだよ」
フィオナの問いにキョトンとした表情でラシードはあっさりと答えたが、何かに気づいたらしく罰が悪そうに顔を俯かせた。
「ごめん……迷惑だった?」
「いや、そういうつもりじゃなくて……あたしに言うことがあるんじゃない?」
「……!! そうだよね……!」
フィオナに言われてラシードは何かに気付く。そして決意したように彼女に向き合い、告げた。
「フィオナ……キノ君の救出を手伝って!!」
「もちろんよ!」
ラシードの言葉にフィオナは待ってました、と言わんばかりの笑みを返した。
「どうかキノをよろしくお願いいたします!!」
「分かりました! お母さんは安全な所で待っていてください」
バタフリーは深く頭を下げると空を舞ってどこかへと飛んでいった。
「それじゃ、あたし達も行こう!」
「うん!」
二人は頷くと地面に亀裂が入っている場所へ向かって駆け出す。先ほどまで彼女達がいた場所にはラシードの首にかかっていたバスケットが横たわっていた――。