06.救助隊結成
「ん……うーん……」
朝の日差しと鳥ポケモンの囀ずりに目を覚ましたフィオナは藁で出来たベッドから体を起こすが、まだ完全には目覚めていないようだ。その証拠に目は半開きで少しばかり舟を漕いでいた。
「あひゃし……にゃにしてひゃっけ? あぁ……確か、どこかで寝ていたんだよにゃあ……で目を覚ましたらイーブイになってて…………ん?」
ここで自分が言ったことに首を傾げると、突然立ち上がり前足を見たり体を見ようと首を懸命に動かしたり、おぼつかない足取りで尻尾を加えようと追いかけてその場で回り始めた。
「フィオナ……何してるの?」
その行動を見ていた約一名……ラシードが彼女に冷ややかな視線を送る。自分の体を見ようと一生懸命首を動かすフィオナは彼から見れば奇怪な踊りとしか見えてなかったようだ。
「あ、ラシード……おはよう……ひょころであひゃしはまだイーブイのままにゃの?」
そのことに気づいていないフィオナはラシードに質問をする。彼女の呂律が回っていないのと内容もまた素朴過ぎる……と言うより常識はずれのような気がして彼は完全に呆れ顔を作っていた。
「……どこからどう見てもイーブイだよ」
「ガビーン!」
「効果音を口で言っても意味ないからね?」
当たり前だよ的な言い方で答えたラシードたが、ひょっとしてまだ夢の中にいるのではないか、と少しばかり心配になる。一方のフィオナはショックが大きかったのか口をあんぐりと開く。……何故か効果音がついてきたが。
「朝から賑やかですね……」
「ティナおはよう。てかフィオナを何とかしてー」
「そのうち覚醒しますから大丈夫ですよ」
そんな彼らを横目で流しながらティナはリンゴをかじる。ラシードの頼みもあっさりと断り――
「それより今日は救助隊を結成するために登録しに行くのでしょう? もたもたすると日が暮れてしまいますよ」
と続けた。
「あ……ああぁぁぁぁぁあ!! そうだったぁぁぁぁぁぁ!?」
「ラシードうるひゃい。もう少しだけねかしぇてよぉ……」
「フィオナ、しっかりしてください。散歩に行きますよ?」
「……さんぽぉ?」
今更思い出したようでラシードは頬に手を当ててムンクのような顔を作って大声を出した。ティナは冷ややかな目で見ると再びベッドの上で丸くなり始めたフィオナを起こす。そして、二人の手を無理やり引っ張りながら家を後にした。引っ張られて「痛い痛い」と連呼する者達の声を後に引かせながら――。
――ポケモン広場――
フィオナはラシードと共にティナに半ば引きずられるようにここ、『ポケモン広場』に足を踏み入れていた。ここの広場は『イーストフィロー』の西側に位置しており、この大陸の中では一番発展していると言われている。
広場にはお店、銀行などが並んでおりどこも活気づいていた。その通りに並んでいるお店を横目で見ながらフィオナ達はとある崖の方へと歩いていくと崖にペリカンのような形をした建物が見えてきた。さらに口――家でいう屋根に当たる部分――から建物と同じような姿をしたポケモンが忙しなく行き来していた。
「ここは『ペリッパー連絡所』。ペリッパーと呼ばれる種族のポケモンが各地から集めた救助依頼などが集まる場所です。また救助隊の申請を行う場所でもあるんです」
「へぇー、そうなんだ」
「うん。とりあえず中に入ろうよ!」
ティナの説明を聞き先ほどの眠気さが見られない声で納得するフィオナ。彼女達はラシードに催促され『ペリッパー連絡所』へ入っていった。
「コンニチハー!」
「にぃちゃん、片言あいさつはやめとけ」
『ペリッパー連絡所』に入ったフィオナ達を片言で迎えたのは受付の左側にいたペリッパー、そしてそのペリッパーに呆れながら突っ込んだのは入って右側の場所で座っていたペリッパーである。
「こんにちは。救助隊の申請はどこでやるのですか?」
「おぅおぅ、そいつは私の隣にいる受付嬢に言ってくだサーイ!」
「もう……その呼び方はやめてくださいってば……」
ラシードの質問に陽気に答えたペリッパーに今度は右隣にいたペリッパーに控えめに突っ込まれた。声からして女性であろうペリッパーはフィオナ達に向きなおすと説明を始めた。
「確か救助隊の申請ですね? それではチーム名、名前、どなたがリーダーなのかをこちらの紙に書いてください」
丁寧ながらも簡潔に話すペリッパーは手前にあった小さな引き出しから紙と羽ペンを用意しカウンターに置くと営業スマイルを浮かべてフィオナ達を催促する。そんな彼女を彼らは一瞥すると小さく集まって話し始めた。
「ち、チーム名かぁ……二人は何かある?」
「……私達に振る、ということはあなたは何も考えていないのですね」
ティナの指摘にラシードは視線を泳がせる。……どうやら図星だったようだ。だが彼も黙ってはいないようで目線を逸らしながらも質問で返す。
「そ、そういうティナこそどうなん――」
「考えていませんが」
「……マジですか」
(それってはっきりと言うことなのかなぁ……)
だがティナは彼が言い切る前にきっぱりと答えた。しかも、チーム名を考えていないと言ったためフィオナは内心呆れながら二人を観察していた。
「うーん……じゃ、フィオナは?」
「ふぇ、あ、あたしぃ?」
そのため、ラシードに声をかけられた際変な声を上げてしまったのだった。
「……まさかフィオナも考えていないとか……?」
「いや……えぇっとぉー……」
ラシードの期待した目で見つめられフィオナは困ったように視線を横に逸らした。次に彼女の目に映ったティナは「はっきりしてくれ」と言わんばかりの困ったような表情でフィオナを見返しているように映る。
これはティナも助け船を出してくれないな、と感じたフィオナは逃げるように顔をゆっくりと上へ向ける。天井は端の方だけ控えめに開けられており、そこからは雲一つない青空と薄いながらも存在感を示す白い月――満月に近い形をした上弦――が視界に入った。
その光景を仰いたフィオナは何かを閃いたかのようにハッとすると顔を戻してとラシードとティナを交互に見ながら口を開いた。
「……『ムーンライト』はどうかな?」
「「『ムーンライト』……」」
「うん。月ってさ、夜になると闇夜を照らしてくれるじゃない? まるで夜の太陽のように。だから月明かりみたいに困っているポケモン達に希望の光を灯したいなぁって思って……どうかな?」
再び天井を――正しくは天井から見える空を見ながらゆっくりと話し終えるとフィオナは二人の気色を伺うために交互に見る。ラシードとティナは目だけを合わせるとほぼ同時に頷き――
「僕はそれで構わないよ。『ムーンライト』……いい響きだね!」
「そうですね。私も気に入りました」
同意した。二人の答えを聞き、フィオナは「ありがとう」と満面の笑みを浮かべてお礼を述べる。
「では、早速記入しましょう。下は……私ので構いませんよね?」
「いいよ。僕もフィオナも下の名前ないし……あ、リーダーはフィオナでよろしく!」
「そうね――って、えぇぇっ!?」
ティナが受付で手続きをしながら質問を投げ、ラシードは答えを返す。フィオナはこのやり取りを後ろから眺めていたがラシードが発した最後の言葉に驚きの声を上げた。
「な、なんであたしがリーダーなの!?」
「なんでって……そりゃあ、いいチーム名を考えてくれたからだよ」
「でもあたしは――」
「はい。登録が完了しました」
フィオナが反論を続けようとした時、受付を担当していたペリッパーの一言が彼女の拒否権を潰えた。
「詳しいことは明日救助隊スタータキッドが届きますのでそちらをご覧ください」
「分かりました。……ほらフィオナ、いつまでいじけてるつもりですか? 帰りますよ?」
ペリッパーのサクッとした説明にティナは頷くと背中を向け地面に弧を書いてるフィオナに声をかける。結局夕食を食べるまで彼女のいじけモードが解かれなかったとラシードは後に語った。
――ムーンライト基地――
「……んー……」
その日の夜、ベッドに就寝したフィオナだったがなかなか寝つけられないようでうっすらと目を開ける。
(……あぁ、やっぱりイーブイのままかぁ……?)
そこで自身の茶色い足と襟首の毛が視界に入り彼女は自分がイーブイになっていたんだと改めて自覚し、小さくため息をつくと同時に首に違和感を感じて触り始めたが――
「……ねぇ、起きてる?」
「――っ!?」
ここで突然誰かが話かけフィオナは反射するように毛を逆立てた。が眠気を含んだ少年のような声な持ち主がラシードだと瞬時に理解した彼女は「なんだぁ、ラシードか」と小さく呟き首をいじりながら返事をしようとした時――
「あ……返事はしなくていいよ。今じゃ真っ暗だし、それに単なる独り言だから……」
と遮られてしまった。そのため言うタイミングを逃してしまったフィオナはどうすることもなく顔を腕の中に
埋めた。
「昼間に言わなかったんだけど僕さ……救助隊になるのが夢だったんだ。でも、ティナと一緒にいても“一緒にやろう”って言えなかったんだ。どうしてだか自分でも分かんなくて……でもさ……フィオナとダンジョンを探検した時、背中を後押しされた気がしたんだ。だから思ったんだよ。
あの時はまだ勇気がなかったのかもしれない。それでフィオナと行動した時にフィオナが勇気をくれたんだって。だから――」
ラシードは一旦話を区切ると再び続けた。
「フィオナ、ありがとう。そしてティナ、ごめん……。僕ね、もし――だったら……さが――んだ……僕の……」
だんだんと消えていく声。そしてピタリと止むと入れ違うように規則正しい寝息を立て始めた。
(ラシード……救助隊になることが夢だったんだ……最後の方はなんていってるか聞き取れなかったけど……まぁ、いいや。眠くなってきたし寝ようっと。首の違和感は明日突き止めればいいや)
思わぬ一面を聞いたフィオナだが急激に襲ってきた眠気に負けて静かに眠った。