03 隊長と給仕
半分にやけながらその光景を見る三匹をよそに、ニドクインの説教は続いている。
「隊長、もう子供のような言い訳をするのはやめて頂けませんか?隊長がカイスの実を大好物としているのは周知の事実なんですから。それに、盗み食いしようとしたのは今回が初めてではありませんよね?」
「あ……あまりにも美味しそうなカイスの実があったものでして……本能に負けてしまいまして……その……」
「あげく、取り乱した拍子にお皿を二枚も割ってしまうなんて……いい加減ワタクシも、堪忍袋の緒が切れそうですわ。そろそろ本当に、ワタクシの毒を使ってのお仕置きが必要なようですわね」
「い……いやっ!それはちょっと……!」
ニドクインが毒という言葉を使って威嚇すると、ラグラージは必死に両手を横に振って拒絶した。そしてその時、
「……ぶっ!」
外で様子を見ていた三匹のうち、ファングがついに笑いを堪えずに声を吹き出してしまった。その声を聞いてついに気づいたのか、二匹の目線が三匹に向けられた。
「あらま、おかえりなさい!」
「おっ、おかえりなさい……」
ニドクインはにこやかな表情を見せ、ラグラージは硬い表情を見せて彼らを迎えた。ファングとカレンはギルドの中へ入り、正座をしているラグラージのもとへ歩み寄った。
「隊長、また盗み食いしようとしたの……?」
「え……あっ……はい……」
カレンの問いかけに、ラグラージは恥ずかしそうに両手で顔を隠して答えた。
「いやぁ、ドアを開けたら隊長とティアラさんの漫才が行われてたから、オレ笑いこらえるの大変だったよ〜」
「漫才などではありません、説教です。ファング、あなたも説教されたいですか?」
「うっ……遠慮しておきます……」
調子づいたように話すファングに対して、ティアラと呼ばれているニドクインが彼を静止するように言った。
「それにしても、ドア開けたのに気づかなかったのか?オレ、開けた時に声も出したのに」
「はい……ティアラの剣幕があまりにも恐ろしくて……」
「ワタクシも夢中で気が付きませんでしたわ」
「村の広場でね、リアンさんがここで物騒な音がしたって心配してたのよ?ワタシ達も何かあったのかと思って……でも、今の話を聞いて、心配して損したって思ったわ」
カレンが哀れみの眼差しをラグラージに向けた。ラグラージはそれを感じ取り、しょんぼりしてしまった。
「まあ、リアンさんには悪いことをしましたわね。後で隊長に謝罪に行かせましょう。いいですわね?」
「はい……」
ラグラージはため息混じりに返事を返した。そして、ひと呼吸おいてカレンを見て彼女に言った。
「そういえばカレン、リンゴはとってきてくれましたか?」
「はい、リンゴならそこにある袋に入っているんですけど……」
ラグラージとティアラの目線が表の袋へ向かう。そしてそれと同時に、その袋の横でこちらの様子をただ黙って見ている一匹のポケモンが映った。ラグラージは首をかしげて言った。
「おや、その子は?」
「あらまぁ!可愛らしい子ですね!」
ティアラがヒートのそばに歩み寄ってきた。
「こ、こんにちは……」
ヒートは彼女を見上げながら硬い挨拶を返した。
「隊長、あのね!……ヒート!こっちに来て!」
カレンが前足で手招きして彼を呼んだ。ヒートはそれに導かれるままにゆっくりとラグラージの前に近づいた。そして、カレンは先ほど森の中であった出来事を、ラグラージに話しだした。
「――なるほど、それはまた災難ですね……」
「ねっ?だから、ヒートをここにおいてあげましょうよ?」
「……ヒトカゲ……ですか」
一度ゆっくりと目を閉じ深呼吸をすると、ラグラージは立ち上がって話しだした。
「えーと、お名前はヒートと言いましたね?」
「は、はい!カレン達に付けてもらった名前ですけど」
「見たところカレンとファングとそう変わらない歳のようですね。そのような子を、まして記憶を失っているという子を、放っておくわけにも行きませんからね……分かりました。ここに居ていいですよ!」
ラグラージはニッコリと笑ってヒートへ言った。その瞬間、ヒートは目を輝かせた。
「ほっ、本当ですか!?ありがとうございます!」
ラグラージへ向かってヒートは深々と頭を下げた。カレンとファングが彼のそばによって言った。
「良かったわねヒート!ねっ?言ったでしょ?隊長は絶対にダメなんて言わないって!」
「ありがとう!カレン!ファング!」
ヒートは二匹にも深々と頭を下げた。すると、ラグラージが、喜びを分かち合う三匹に分けいるように言った。
「えーっと、申し遅れました。私はラグラージのブライトといいます。いきなり情けない姿をお見せしてしまいましたが、一応このギルドの隊長を務めさせてもらっています。どうぞよろしく」
ブライトは大きな手をヒートに差し伸べた。ヒートも小さな手を差し伸べ、お互いに握手を交わした。すると、外に置いてあった袋を、片手で軽々と持ち上げたティアラがブライトの横に立ち、ヒートを見てにっこり笑いながら口を開いた。
「まぁ、また新しい家族が増えるのですね!とても嬉しいことですわ。ワタクシはニドクインのティアラと申します。このギルドの給仕を担当しています。毎日、隊員の皆さんに美味しい料理を作るのがワタクシの役目ですの。あっ、もし食べられない物があったら後でワタクシに教えてくださいね!よろしく、ヒート!」
「はっ、はい!よろしくお願いします!」
ヒートは彼女とも握手を交わした。すると、ブライトは腕を組んだ。
「ヒートの部屋は、どうしましょう?カレン達と同じ部屋でいいですかね?」
すると、カレンが首を縦に何度もふって答えた。
「うん!大丈夫!」
「そうですか、なら案内してあげてください。ヒート、夕食までまだ少し時間があるので、自分達の部屋でどうぞゆっくりしていてください。このギルドにはまだ他にも隊員がいますが、彼らの紹介は夕食の席で行いましょう。あっ、ちなみに夕食はここで食べます」
ブライトは目の前のテーブルを差して言った。そして、それから広間の端の方に設置されている階段を指して言った。
「ここがこのギルドの集会所になりますので、ここに集合するようにしてくださいね、そこの階段を上がって二階に隊員達の部屋があります。その上、三階は私と副隊長の部屋がある階になっていますので」
「はい!本当にありがとうございます!」
「それじゃあ行こっか、ワタシ達の部屋に」
「重いもの運んで疲れたぜ〜早くへやでくつろぎたいぜ!」
ヒートを後ろから押すようにファングとカレンは階段へと向かっていった。
「あっちょっと待って!」
彼らを呼び止めたのはティアラだった。ティアラは袋を指差していた。その瞬間、ファングの表情が凍りつく。
「この袋の中にリンゴが思った以上にたくさん入っているような気がするんですが、これはどういうことでしょうか?」
ブライトが袋へ顔をのぞかせると、リンゴの数を数え始めた。
「えーっと、全部で19個……おかしいですね、私は9個だけ採ってきてほしいと頼んだはずなんですが……」
「えーっと……それは……」
ファングが慌てて二匹のもとに駆け寄り、頭を下げた。そして、その経緯を二匹に話した。
「――というわけです。ごめんなさい!次からは気をつけます……」
「いけませんわね、自然の恵みを必要以上に採取するなんて」
「ファング、張り切ることはいいことですが、任務を忘れて無我夢中になってはいけませんよ」
「はい……」
ブライトとティアラが静かに彼に説教をする。しかし、次の瞬間にはニコッと笑って彼に言った。
「分かってくれれば大丈夫です」
「まあ、仕方ないですわね。今日は余ったリンゴを使って夕食のメニューを追加しましょう」
「はい!楽しみにしてます!」
そう言ってを聞いたファングは階段のそばで自分を待つ二匹の下へ向かった。その後三匹は雑談しながらゆっくりと階段を登っていった。
「本当に可愛い子ですわね!ワタクシ、今日の夕食頑張って作りますわ!」
「……」
ティアラがブライトに話しかけるが、彼は聞こえていないのか黙って階段を上っていく三匹を見ていた。ティアラがブライトの背中を強めに叩いた。
「ぐえっ!痛いですよティアラ……」
「なにぼーっとしてるんですか」
「いえ、なんでもないです!」
ブライトの反応にティアラは首を傾げた。そして、次には、声を曇らせて彼に言った。
「隊長、あなたは夕食まで、このドアの前で正座していてください」
「えっ!?」
「今回の件を反省しているのでしたら、少しでも誠意を見せてください。それともワタクシの毒を飲みますか?」
ブライトは何も言わずに素早く、ドアの前で正座を始めた。