04 行こう
リンゴを手にしたヒトカゲは、自然と表情がほころんだ。大きくて丸々した果実、表面はツルツルしていて自分の顔が映し出されるくらいに光沢が眩しかった。 ヒトカゲは唾をゴクリと深く飲み込み、声を漏らした。
「うわぁ! すごく美味しそう!」
「そうでしょ! すごく美味しいから食べて!」
「うん!いただきます!」
カレンの言葉に導かれるようにヒトカゲはリンゴを口に運んだ。
シャクッ という爽快な音があたりに響いた。果肉から広がる果汁がまた甘く、ヒトカゲの顔も満面の笑みになった。
「おいしーい!」
「よかった!喜んでくれて!」
それをみた二匹の顔も笑顔になっていた。
少しばかり、ヒトカゲがリンゴを食べているのを二匹が見守っていた。ふと、ヒトカゲが自分の背後に置いてある大きな袋に目を向けた。そして、咀嚼していたリンゴを飲み込むと。そのことについて二匹に問いだした。
「君たち、あの袋をどこかに持っていこうとしてたの?」
「ええ、そうよ。隊長からの依頼でね。ワタシ達、こう見えても探検隊なのよ。といってもまだ経験が浅いから、ギルドのみんなのために食料をとってきたりする仕事を中心にしているの」
「ギルド?……探検隊?」
ヒトカゲが首をかしげた。すると間髪いれずにファングが首を突っ込んだ。
「えええ!! 探検隊知らないの!? ほんとかよ!!」
「えっ あっごめん、そういった記憶も……ちょっと……」
ファングが開いた大きな口を見て思わずたじろぐヒトカゲ。すかさずカレンが前足でファングを押しのけた。
「もう、あなたが割り込むとややこしくなるから引っ込んでて!……ごめんね、わからないなら仕方ないわよね。なら、説明するから、食べながらでいいから聞いてね」
「うん」
カレンは「探検隊」のことについてヒトカゲに話した。大体のことを話し終える頃、ちょうどヒトカゲの方もリンゴを食べ終える頃だった。
「――で、ここから少し進んだ先にユタカって名前の村があるの。そこにワタシ達のギルドがあって、そこを拠点に活動してるのよ」
ヒトカゲが最後に口に入れたリンゴを飲み込んだ。
「ふぅー ごちそうさまでした。そうなんだ〜探検隊ってかっこいいね!世界中のポケモン達の役に立つために働いてるなんて、尊敬するよ」
「だろだろ!今はこんな雑用みたいな仕事してるけど、いつかは世界に名を馳せるような探検家になってやるぜ!」
ファングが両手を空に掲げて自分の夢を暴露した。ヒトカゲはそれに賛同するように笑う。カレンの方は少し訝しげな表情を浮かべていた。
「雑用みたいな仕事とか言わないの!!これも立派な仕事なのよ!!まったく……」
「わかってるって!!ははは!!」
「あはは、二匹ともおもしろいなぁ」
さわやかな風が吹き抜ける森の中で、三匹の楽しげな声が響いていた。その話が一通り済んだ頃……
「さて、じゃあそろそろ行きましょうか。みんな待ってるだろうし」
「だなぁ、リンゴひとつ減ったけどまだ重いあの袋をしょってなぁ」
「だから、それはあなたが悪いって言ってるでしょ」
「は〜い」
ファングが置いてある袋の方へと向かう。その場に座り込んでいたヒトカゲは立ち上がり、無表情でカレンを見た。
「あっ……」
思わず口から漏れた声がそれであった。カレンは察したのかニコリと笑って彼に言った。
「よかったらあなたも来る?……っていうか、行くところないでしょ?」
「あっ……う、うん……確かにボク、どこから来たのかも思い出せないし、なんでここに居るのかもわからない……行きたいけど、いいのかい?」
カレンは表情を変えずに答えた。
「もちろんよ!実は私もね、理由があって探検隊として活動を始める前からそのギルドに居させてもらってるの。あなたが住む場所も、ワタシ達の部屋を使えば大丈夫だと思うし、何より隊長は絶対にダメなんて言わないわよ!」
「本当に?」
「ええ!隊長もギルドのみんなも優しいポケモンばっかりだから、きっと歓迎してくれるわ。だから行きましょ!」
「あっ、ありがとう!じゃあ、行ってもいいかな?」
「ええ!……と……あっ……」
カレンがぽかんと口を開けて固まった。ちょうどその時、ヒトカゲの背後からファングが重そうに袋を引きずって来た。
「カレン!またつるのムチでサポート頼むよ」
「……名前よ!」
「はぁ?名前?」
カレンは首を何度も縦にふった。そして前足でヒトカゲを差して言った。
「この子の名前よ。記憶がないから……本当の名前を思い出すのは無理なんでしょうけど……ずっとヒトカゲじゃ呼びにくいから……」
「そっか……それもそうだな」
するとヒトカゲは一度コクリと頷いてから二匹に言った。
「じゃあ、二匹で決めてくれないかな?」
「えっ?ワタシ達が?」
「うん。名前って、ほかのポケモンからもらうものでしょ?自分から名乗るのはなんか嫌だし……」
カレンとファングは一度顔を見合わせた。するとファングが腕を組んで答えた。
「うーん、ヒトカゲだろ?カゲ……カゲ……カゲスケとかはどうだ?」
「カ……カゲスケかぁ……」
「ダメ?」
「なんか、うーん……」
小さく首を横に振った。すると今度はカレンが答えた。
「ヒトカゲ……ほのおタイプだし……ヒートなんてどうかしら?シンプルだけどワタシはかっこいいと思うわ」
「ヒート……うん、いいかも!それでいいよ!」
ヒトカゲは今度は大きく首を縦に振った。そして今、彼は「ヒート」と名付けられた。
「ちぇ〜 オレのカゲスケは没か〜」
ファングは悔しそうに小さな足で軽く地団駄を踏んでいた。
「ごめんね」
「まあ、いいさ!よろしくな!ヒート!」
「よろしくね!ヒート!」
「うん!かっこいい名前ありがとう! 本当の名前を思い出すまで、この名前大事にするね!よろしくね!カレン、ファング!」
「よっしゃあ!名前も決まったとこだし帰ろうか! オレがまた袋持つから、カレンとヒートは後ろからサポートよろしくな!」
「うん!」
ファングの指揮の元、大きな袋を担いだ小さなポケモン三匹は帰るべく村を目指して歩みだした。記憶を失ったヒトカゲの「ヒート」。彼とそして、彼が彼がこれから向かう探検隊ギルドの長い長い話が、静かに幕を開けた。