03 記憶を失ったヒトカゲ
「……」
ヒトカゲと二匹の沈黙は少しばかり続いた。
「だ……だいじょう……」
ファングが顔を覗かせ、再び声をかけようとしたその時だった。
「うわああ!!」
「ぶっ!」
突然ヒトカゲの目が大きく開いたかと思うと、驚きの声を上げてそのまま勢いよく体を起こした。あまりにも勢いが良すぎたのか、ファングの突き出たアゴにヒトカゲの頭がぶつかった。ファングはそのまま後方に一回転し、お腹から着地した。
「えっ?えっ?」
ヒトカゲは慌ててその場から立ち上がろうとするが、なかなかうまく立ち上がれなかった。その場で四つん這いになりもがくさまは、生まれたてのシキジカのようだ。それを見て、そばにいたカレンが前足でヒトカゲの背中を優しく叩いた。
「大丈夫よ、落ち着いて。ワタシ達は悪いポケモンじゃないわ」
その言葉を聞いて、ヒトカゲは正気を取り戻したのか、一度深呼吸をすると、その場にぺたりと座り込んだ。カレンがヒトカゲの前に歩み寄り、目を向けた。ヒトカゲの方は、まだ動揺を抑えきれないのか、しきりにあたりを見回している。二、三度ほどその行為を繰り返したあと、カレンの方を見て口を開いた。
「こ……ここは、どこ?」
「ここ?ここは、サヤカ森って場所よ。中央の大陸にある森」
「サヤカ……森……?えっと……」
ヒトカゲは口をぽかんとしていた。どうもこの場所を知らないような素振りだった。カレンは首をかしげて答えた。
「知らないの?あなた、ここに倒れていたのよ?」
「えっ?ここで?ボクが?」
「そうよ?」
ヒトカゲは両手で頭を抱え出した。その様子を不審そうに眺めるカレン、とそこへ、
「ううう……今日は痛い目にあってばっかりだよぉ……」
ヒトカゲの背後からファングが顎をさすりながら近寄ってきた。彼はカレンの横に並び、ヒトカゲの方を見た。
「で?見た感じ大丈夫そうだけど、どうなの?」
「それがね、ファング」
カレンは状況をファングに説明した。ファングが口を開く。
「それって、記憶喪失ってやつ?」
「そうなのかしら……ねぇ、あなた何か思い出せることはない?」
「ええっと……」
ヒトカゲはうなだれて考えを巡らせ始めた。しかし答えは出なかった。ヒトカゲは黙って首を横に振る。
「本当に何も?名前とかも思い出せないのか?」
「あ……えっと……名前……」
ファングが問い詰めると、ヒトカゲは再び考え込んだがやはり答えはこうだった。
「わからない……思い出せない」
「ええ〜〜ホントかよぉ〜」
「本当だよ……思い出したくても……その、頭がぼんやりして思い出せないんだ……すごくもやもやする感じで……それになんか、顔が濡れてて気持ち悪い……」
「あっ……それは……」
ファングが冷や汗を垂らした。カレンが鼻で息を吐いて彼を睨んだ。
「そう……それは気の毒ね。でも不思議ね……」
「えっ」
「今日ワタシ達は一度この道を通ってるんだけど、その時は何もいなかったのに帰りに来てみたらあなたが倒れていたから……」
カレンの発言に、ヒトカゲは困った表情を見せた。カレンもそれをすぐに察した。
「あっ、ごめんなさい!別にあなたを怪しいと思ってるわけじゃないの。ただ、本当に不思議なことがあるんだなって思って……そうね、記憶がないならこれ以上質問しても無駄よね。この話はやめにしましょ!」
ヒトカゲは空を仰いだ。空は雲一つない快晴。だがそれを見ても何も思い出せるものはない。自分は一体何なんだ……?そんなことを考えていた。
「あっ!」
カレンの高い声にヒトカゲは自然と彼女の方を向いた。
「名前といえば、ワタシ達の名前、まだ言ってなかったわね。ワタシはカレン、フシギダネのカレンよよろしくね!」
「オ、オレはワニノコのファングっていうんだ!よろしくな!!」
「あ、うんっ よろしく」
ファングも彼女に割り込むように自己紹介をした。ヒトカゲは苦笑いしながら、それに応えた。
ぐぅ〜
誰にでも分かる情けない音を出したのはヒトカゲだった。ヒトカゲは恥ずかしそうに自分のお腹を抑えた。カレンはヒトカゲに笑顔を向けた。
「あら?お腹すいてるのね?」
「う……うん……そうみたい、ボクも今気づいた」
「ちょうど良かったわ。今日ね、リンゴを採りすぎちゃって、よかったら食べる?」
そう言ってカレンは足でヒトカゲの背後に置いてある袋を指した。
「ずいぶん大きな袋だね」
ヒトカゲは真顔で言った。
「う、うん……色々事情があって……」
カレンは苦笑した。すると今度はファングが袋のそばによって言った。
「そうだ!この子にリンゴ11個食べてもらえばことは解決するんじゃない!?」
無邪気に袋を指差している。当然何も知らないヒトカゲの表情は凍りつく。
「えっ……11個も!? そんなに……食べられるかな……?」
カレンは大きく息を吐いてヒトカゲに声をかけた。
「気にしないで……ファング!!いいから、リンゴ1個だけここに持ってきてよ!!」
カレンの言葉にファングは目を細め、何やらブツブツ言いながら袋をあさりだした。そして、その中からリンゴをひとつ取り出すとそれをヒトカゲの元に丁寧に届けた。