02 森で出会ったポケモン
ほどなくすると、カレンが異変に気づいた。ギルドへ戻るためのいつもの道に、いつもとは違うものが見られた。緑生い茂る草木に挟まれるように、オレンジ色のものがその道の真ん中に横たわっていた。
「あら?あれって……?……大変だわ!」
カレンは、それが倒れているポケモンだとすぐに理解し、慌てて駆け寄った。彼女が支えていたつるのムチが袋から離れ、その重みで袋が地面に音を立てて落ちる。その勢いでファングの体がその場で浮き上がってしまった。
「うええ!!ちょっとカレン!!重いよー!!」
ファングは袋を自分の首に巻くように背負っていたために宙吊り状態になっていた。手足をばたつかせて彼女に訴えるが、そんなことに脇目もくれずカレンは倒れているものに駆け寄った。
「このポケモンは……」
カレンは駆け寄ったもののあたりを注意深く観察する。仰向けに倒れていたそのポケモンは、体がオレンジ、しっぽが生えていてその先に炎が灯っている。カレンは、そのポケモンがなんなのか理解した。
「ヒトカゲね……でも、なんでこんなところに……?」
「うぉーい! カレン!!」
彼女の背後から怒りを交えた声が聞こえてくる。振り向くと、目を釣り上げながら重そうに袋を引きずってくるファングの姿があった。
「まったく!!いきなり袋を手放して行くなよ!!オレ、首がしまって死んじゃうかと思ったぞ!!」
「ご、ごめんなさい!ポケモンが倒れているのを見たから、ワタシ、つい……」
「えっ?ポケモンが倒れてる?」
カレンが前足を上げてそのポケモンを指した。ファングの目線も自然とそちらに向かう。
「あー!!こんなところにポケモンが倒れてるーーー!!」
目先の事実をわざわざ大声で発し、ファングもそのヒトカゲの周りを余すところなく観察する。
「このポケモン……死んでるの?」
ファングの発言にカレンが表情を曇らせて言った。
「不謹慎なこと言わないで!大丈夫よ、このヒトカゲは生きているわ。気を失っているだけだと思う」
「なんでわかるの?」
ファングが彼女に顔を覗かせて聞いた。カレンはうっとうしいと彼の顔を振り払うように背けて答えた。
「しっぽよ。ヒトカゲとその進化系のポケモンにはしっぽに炎がついてるの。その炎は、自分の健康状態を示すものでもあるらしいのよ。体調が悪くなるほどしっぽの炎も小さくなるってこと。もしその子が死んでいるなら、しっぽの炎も消えているはずよ。だから生きているってわかるの」
「そうなんだ!!オレ、ヒトカゲなんて初めて見たから知らなかったよ!カレンは物知りだなぁ!ははは!!」
なぜか上機嫌になっているファングの姿を見て、カレンは呆れ返っていた。
「じゃ、この子起こそうよ!!」
「えっ?」
「えっ?じゃないよ!!この子生きてるんでしょ?ならさっさと起こそうよ!!」
「そ……そうね……優しく起こしてあげてね?」
ファングはヒトカゲのお腹を自分の爪でつつきだした。
「おーい!!キミ、生きてるんだろ〜?起きろよ〜お〜い」
ファングの行動の横で、カレンが考え事をしていた。
(どうしてここにヒトカゲが? ここはワタシ達がいつも通る道……でも、リンゴを採りに向かう時はいなかったから、ワタシ達が収穫をしている間に何かあったのかしら…?)
このヒトカゲはどこから来たのか、何か事件に巻き込まれたのか……様々な考えを巡らせていた。
やがて、彼女の耳にバシッバシッと不快な音が聞こえてきた。はっと我に返り、ファングに目を向ける。
「起きろって言ってるだろ〜!!」
そこにはさっきまでお腹をつついていたはずのファングが、ヒトカゲのお腹の上に乗り、顔に向かっておうふくビンタをかましている光景があった。ファング自身は悪気があってやっているわけではないのだろうが、傍から見たらただのいじめにしかみえないものだった。
「ちょっとファング!!」
カレンが慌てて止めに入ろうとする。すると、ファングがヒトカゲのお腹の上で立ち上がり、言った。
「くそ〜!全然起きないじゃないか!!こうなったら荒療治だけど仕方ないね!!」
ファングが大きく息を吸った。カレンは彼が何をしようとしているのか考えるまでもなく理解した。
「みずでっぽう!!」
次の瞬間、ファングの口から大量の水が棒状に放出され、ヒトカゲの顔を覆い尽くした。放出された時間はほんの少しだったが、バケツ一杯の水に等しい量であった。
「ふう……」
ファングは得意げな顔をしていた。すると次の瞬間、高速で彼の脇腹を何かが打ち付けた。
「ぐえっ!」
ファングはなすすべなく、ヒトカゲのお腹の上から叩き落とされ、その場に転がり込んでしまった。ファングを吹き飛ばしたもの、それはカレンのつるのムチだった。
「この、バカファング!!!!!」
カレンは凄まじい形相でファングを睨みつける。ファングは脇腹を抑えながら立ち上がった。
「あたたた……だってその子起きないんだもん……痛いよカレン……」
若干声が震えていた。目も潤っている。くさタイプであるカレンのつるのムチをまともにくらったのだ、さすがのファングも堪えたのだろう。「こうかはばつぐんだ」といったところか。
カレンは顔がびしょびしょになったヒトカゲの顔をさすりながら、ファングに怒りをぶつけた。
「もう!優しく起こしてって言ったのに!!あなたのせいで余計に目が覚めなくなったらどうするのよ!!」
「お……オレだって一生懸命に……」
「少しは加減ってものを知ってよね!!さっきのリンゴのこともそうだけど、張り切りすぎなのよファングは!!」
「わ……悪かったよ……」
ファングはまた頭を垂らしてしまった。今日二度目の仲間からの説教に、彼のメンタルも崩れかけようとしていた……そんな時だった。
「う……うう……」
ファングの物でもカレンの物でもない声が二匹の耳に入ってきた。それは間違いなく、倒れていたヒトカゲのものであった。カレンは慌ててヒトカゲに目を向ける。ファングもそれに続くようにヒトカゲの元に駆け寄った。
「うう……」
ヒトカゲは重そうに、まぶたをゆっくりと開いた。カレンがすぐさま声をかける。
「だっ……大丈夫?」
彼女に続いてファングも声をかけた。
「お……起きたんだよな?生きてるんだよな?」
ヒトカゲはぼーっと二匹を見据える。まだ自分の状況が分かっていないという感じだった。