転校編
♯8 校舎裏にて
 購買部のピッピが言った通り、コッペパンしか売っていなかったがヒイロは嫌がる事なく2個購入し、2人は教室に戻ってきたそして、先に食べ始めているアカリとリーフに混ざり昼食を食べながら売店であった事を2人に話す。

「そんな事があったんだ」

「うん。でも、驚いたよ。まさか、あそこでヒイロ君が自分の買った昼食を渡すなんて。周りのポケモン達も驚いていたよ」

 エンはサンドイッチを頬張りながら説明していると、コッペパンを噛みちぎるヒイロは、「別に驚く事じゃないだろ?困っていたら助けるのが当たり前だし」とサラッと答える。

「むしろ、誰も助けようとしない事にオレは驚きだよ」

「アンタから見たらね」

 ヒイロの後付けに、リーフはお弁当に入っているサラダをフォークで刺し、

「エンに聞いたと思うけど、ホーネットはこの学校で色々と問題を起こしている不良。勿論暴行とかね。ただ、その対象がいじめている相手とそれに関連するポケモンなのよ」

「どういう意味だ?」

「今で考えるとダイル君と彼と関係をもつ者達……例えば友達とか彼を助けたポケモンとかだね」

「つまり、あのダイルってワニノコを助けたら、一緒に目付けられるから怖くて誰も助けられないって事か?」

 エンの付け加えの説明に理解したヒイロが聞き返すと同時に、3人はコクリと頷いた。その反応を見て、ヒイロは視線をそらすと気付かれないようにため息を漏らす。

 どこにでもそんな奴らはいるんだな。そう思っていた。

「だから、ヒイロ君もさっきみたいに、あまり目立った行動しないほうがいいよ。ホーネット先輩に目付けられたりされたら大変だから」

 エンはそうならないよう忠告するが、肝心の彼はまるで空を見上げるように天井を見上げ、「ん〜」とだらけた返事を返す。「ちょっと、ちゃんと聞いてんの!?」とリーフは声を大きくして聞き返すが、それでもコッペパンを頬張る彼の反応は無表情だった。それが、3人に不安を感じさせる。

「モグモグ…さて、まだ時間あるよな?オレちょっとトイレ行ってくる」

 そう言ってパックの牛乳をズズッと飲み切ると、立ち上がって教室を出て行った。3人はヒイロの背中を追うように見つめている。

「ちょっと、ヒイロ君って変わってるよね?」

「ちょっとどころじゃないわよ。もう、変態並みよ」

「いや、変態は違うんじゃないかな?でも、彼にはあんまり関わらない方がいいかもしれない。さっきの事もあるし、下手したら僕達まで巻き込まれかねないから」

「そうね…」

「そんな――」

 エンとリーフのやり取りに、アカリは無理やり割り込んだ。

「ヒイロ君は、別に間違った事してないんだよ!それなのに、そんな風見放すような真似したら――」

「僕だって、彼のした事はすごいと思ってるしえらいとも感じてる。だけど、その行動が元で何されるかわからない…そうなったら、もうおしまいなんだ」

「それは――」

 アカリは言い返したくても言い返せない。エンの言っている事も彼女には理解出来るからだ。もし、本当にホーネット先輩達がヒイロに手を出して来たら、間違いなく関係を持った自分達にまで仕掛けてくる。確証は無いが、可能性は間違いなく高い。だから、彼女は言い返せない。例え悔しくても。

「アカリちゃん。悔しいけど、僕達の力ではホーネット先輩達になんて太刀打ち出来ない。出来たとしても、バックにはそれ以上に恐ろしいグループの力がある。ここは、僕達の身の安全を考えなきゃ」

 そう話すエンの表情は、まるで苦虫を噛み潰したようだ。きっと彼自身も辛いのだろう。対してリーフは、「アタシはアカリに何もなければそれでいいんだけど?」と、これまた自分勝手な事を言っている。

(…エン君の言っている事もわかってる…でも、本当に――)

 このままでいいのかな?

 心優しい彼女の気持ちはハッキリと答えを見いだせず、タコウィンナーを持ったまま苦悩し止まっていた。





(…さて、どうしたもんかな?)

 男子トイレで用を済んだヒイロは、ずっと考えていた。『ダイルをどうにかして助けられないのか?』と。

(やっぱり、原因となるホーネットとその仲間を何とかするのが一番だろうけど、そうしたら後がどうなるかわからないし……絶対、他の皆には迷惑かけたくないし)

 ヒイロは2人の話を聞いてからと言うもの、『助ける』事しか考えていなかった。もちろん、警告もしっかりと耳に入っていたのだが、彼自身そんな事は気にも留めていない。むしろ、

(…矛先が自分に回ってきたら“やりやすい”んだけど)

 などと、逆に願っていた。自分が狙われる事を。

(とりあえず、そのホーネットとお仲間さんの情報を探ってみるとするか。その辺調べれば、例のブラックサイドってグループに関しても調べが付きそうだし…)

 ヒイロがそう思いついている時だった。ふと、彼の耳に会話が入ってきた。

「どうやらまた、やられてるみたいだぜ」

「あぁ、西棟の校舎裏でだろ?」

「あのワニノコ、今度はなんでやられているんだろうな?」

「さぁな。どうせまたホーネットの気まぐれだろ?」

 2人のポケモンがまるで世間話をしている主婦たちのようにおしゃべりしながら、立ち止まったヒイロの横を通り過ぎていく。いや、そんな事はどうでもいい。問題は、先ほどの会話。

(ワニノコ…ホーネット……まさか!?)

 ヒイロはすぐさま廊下を駆け出し、廊下にいるポケモン達を避けながら大急ぎで西棟へと向かった。そして連絡通路を渡り、西棟へ入ると廊下には何人かのポケモンが並んで窓から何かを覗き込んでいる姿が見えた。ヒイロも同じく窓から下を覗いて見る。

 予想通りだった。

 下には何人かの黒い学ランを着たポケモンと、その中心でボコボコにたこ殴りされているダイル。そして、その光景を少し離れた場所で見ているのが噂のスピアー、ホーネットの姿を目撃した。

「大丈夫かな……あのワニノコ?」「かわいそうだね」「誰か助けてやれよ」

 などなど周りから聞こえてくる。聞こえてくる、ただそれだけ。それだけで、誰も動かない。

(…エン達の言った通りだ)

 ギュッとヒイロの両手に力が込められる。それは“怒り”。ダイルを手にかけている奴ら。そして、口だけ達者な周囲の野次馬達に。しかし、後者に関しては一つ理解出来る部分もあった。

 それは、“危険を伴う恐怖”。

 手助けすれば自身が狙われ、ましてや助けたところで返り討ちにあう。あれだけの人数なら尚更その危険が高い。燃え盛る火の中を、油被って入るようなものだ。そんな真似、誰も好んでやりたくはないだろう。

(それが普通の考えなんだろうけどさ…)

 「でも」と小さく呟くヒイロは、

「やっぱ、放っとけないだろう!!」

 迷うことなく、窓から身を乗り出した。





「ううっ…うっ……」

 西棟校舎裏。

 ダイルは、雑草が茂った地面に倒れている。体を傷だらけにして。

「オラオラ!!どうしたダイル!!もうバテたのか!?」

 1人のタツベイが右足でダイルの頭を踏みつけた。「ぐっ」と痛みに追加された痛みに耐える。

「俺達がお前に頼んだ昼飯。それが何で一つも買って来れなかったんだ?しかも買ってきたのが頼んでもいないパンだしよ。何だ!この唐辛子蒸しパンって!?てめぇ、喧嘩売ってんのか!?」

 踏みつけている足に力を入れ、ぐりぐりと頭を潰していく。対して彼は、うめき声をあげながら必死に痛みを堪えている。

「まったく、お使いも出来ないんじゃ話しになんねえ。売り切れてるなら、外に行って買ってくるのが普通だろうが!!」

「……そ…それじゃあ授業に間に合わな――」

「知るかよそんな事!!てめえの都合なんぞ関係ねえ!!」

 タツベイが更に力を入れてきた。

(頭が割れそうで痛い……このまま死ぬのかな?オイラ……でも死んだ方が楽かもしれない……もう生きていたってオイラには何もいいことなんてない……つらい事だけで……ならいっそ……)

 ダイルは、耐えている力を解放しようとした。

 そうすれば、楽になれそうな気がしたからだ。

(でも……)

 彼の脳裏に、さきほどのヒトカゲの姿が思い浮かんできた。まるで、走馬灯のように。

 久しぶりに…本当久しぶりに、誰かの優しさに触れた気がする。実に不思議なポケモンだった。

 そう最後に思いながら、ダイルが目を閉じ覚悟した時だった。

 ふと、上から何か悲鳴のような声が聞こえた。

 そして――

 ダァァァン!!

『っ!?』

 突然の地面を叩きつけるような音。「なんだ!?」とその場にいた者達が、落下した先を見据える。ダイルも同じく、閉じた瞼を再び開けてみた。

 信じられなかった。まだ走馬灯を見ているのだろうか?と疑ってしまった。

「イテテ……思いのほか高かった…」

 そう呟くのは、あの時食堂で自分にパンを恵んでくれたあのヒトカゲ。なんと上から落ちてきたのはその彼であった。

「て、てめぇ!?一体何者だ!?何で上から落ちてきたんだ!?」

 ダイルの頭を踏んでいるタツベイが足を離し、睨み付けるようにヒトカゲへ視線を向ける。やはり、あのヒトカゲは上の階から降りて来たようだ。

(でも、なんで?まさか、オイラを助けに?)

 一瞬、そう思ってしまったがあり得ないと一蹴してしまう。たった一度。しかも、まともに話した事もない相手に、そんな真似などするはずが無い。確かにあの時、彼は自分の事を助けてくれた。でも、今回は状況が違う。目の前にいるのは、自身に身の危険を感じさせる人達だ。まともに知り合ってもいないのにそんな事出来るわけがない。そう思っていた。しかし、

「何でってそんなの助けに来たに決まってんだろ?」

 何当たり前な事聞いてるんだ?という顔つきでヒトカゲははっきりと答えた。彼の言葉にタツベイ達はもちろん、そんな事ないと思っていたダイルも驚いていた。

 いや、表情を変えずにいたのが1人だけ。

「…へぇーこんな奴を助けに来る奴がまだいたなんてな。驚きだぜ」

 リーダーのホーネットである。大木の枝に腰かけていたホーネットは休めていた羽根を動かしゆっくりと降りてくる。そして、ヒトカゲに近づくと特徴とも言える円錐型の大きい針をヒトカゲに突き付けた。「あっ!?」と痛む体を起こしダイルが声をあげる。

「正義の味方気取りか?俺様達が誰か知っててやってるんだろうな?」

「さぁ?オレ、今日転校してきたばっかなんで」

 ホーネットの質問に、ヒトカゲはサッと答えた。突き付けられた針を全く気にしてない様子である。

「…てか、コイツが一体何をしたのかは知らないけど、こうまで傷つける必要なんてないだろう?アンタらどんな理由でこんな事してるんだよ?」

「必要も理由も大アリだからやってるのさ。そのノロマが俺様達が頼んだ昼飯を買って来れなかったっていうな。しかも、あろうことか『唐辛子蒸しパン』だなんてわけもわからねぇもの買ってきやがってな」

 ヒトカゲに突き付けた針を別の方に指すと、そこには汚れ潰れたビニール袋とぺしゃんこになったパンが2つ。恐らくダイルのように足で潰したのだろう。衝撃で袋が破け、中身が飛び出ている。

「今時ガキでも買い物ぐらい出来るのに、こいつはそれすら出来ない。だから、お仕置きが必要なのさ。わかったか?」

「あぁ、十分わかったよ。アンタらが噂通りの最低な野郎どもだってことがな」

 ヒトカゲはため息を交えてそう答えた。瞬間、「あぁん!?」と殺気立った空気が辺りを包み込む。しかし、そんな事態も気にせず、ヒトカゲは更に口を止めない。

「そもそも、そこのワニノコに買いに行かせること事態可笑しいだろ?自分のメシくらい、自分買いに行きやがれ。小さい子供にでも出来るんだろ?なら、行くことすらしないアンタらはそれ以下だな」

「なんだとぉ!?」

「てめぇ、ふざけてんのか!?」

「ふざけてねぇよ。本気で思った事言ってるだけだ。大体ふざけてんのは、アンタらの方だろ?校内で好き勝手して、王様気取りですか?いい加減、周りの迷惑も考えやがれ」

 このヒトカゲは恐怖と言うものを知らないのだろうか?淡々と話す彼の姿を見て、ダイルの大きい口は開いたまま塞がらない。一方、言われ放題のホーネット達は既に臨戦態勢に入っていた。

「てめぇ…どうやら身を以って俺様達の強さを知りたいようだな?」

「別に知りたくもない。1人に対して多勢に無勢でかかってこようとする時点でアンタらがどの程度の野郎かはわかるからな」

「……本気でムカつく野郎だ。その減らず口、叩いた事後悔するなよ!」

 怒るホーネットの言葉で、仲間たちがヒトカゲを取り囲む。

 もう逃げられない。絶体絶命の状況。

(ど、どうしよう!?)

 あれだけ挑発したのだから、ただで済むわけがない。だからと言って、ヒトカゲは自分を助けに来てくれたのだ。このまま黙ってみていられない。だが、両手で身体を支えるように起こすだけで精一杯だった。その証拠に両腕が震えている。

 そう。これは『恐怖』だ。

「お前ら、殺れ!!」

「あぁ!?」

 ホーネットが大きく指示を出すと同時に、仲間が飛びかかろうとする。

(もうダメだ!また、オイラのせいで――)

 そう思った瞬間だった。

「おい!!お前達!!そこで何やってる!!」

 突如響く怒鳴り声に、ホーネットの仲間は踏みとどまった。一斉に視線を向けると2階の窓から先生が顔を出して見ていた。

「…ちっ!邪魔が入ったか。おい、お前!この借りは必ず返してやる。覚悟してろよ!」

 ホーネットは赤い瞳で鋭い視線でヒトカゲを睨みつけると、続けて睨む仲間達と共にこの場を去っていった。

「よ、よかった…」

 大事にならずに済み、気が抜けたダイルはペタンと雑草の生えた土の上に伏せる。

「やれやれ、お互い命拾いしたな。大丈夫か?」

 そう言って笑顔で手を差し伸べるヒトカゲ。まるで、さっきまでのやりとりなんてなかったかのように思えるほど、彼の表情は明るかった。「あ、ありがとう」とダイルはその手をとり立ち上がる。

「悪かったな」

「え?」

「昼食…オレが余計な事しちゃったから、こんなひどい目にあっちまって…」

「別に……いつもの事だから気にしないで…」

 視線を反らし言葉を返すダイル。別に彼は悪いことなんてしていない。だから気に病む必要なんてない。言ってなんだが、さっきのような助けも本当ならいらなかった。

「酷い傷だな。一緒に保健室行って手当てしないと…」

 このヒトカゲはまだ自分に関わろうとする。これ以上そんな真似させちゃだめだ。

「いいよ。大丈夫だから」

「……でも」

「いいから、ほっといてよ!!」

 ダイルは強く言い放つと、逃げるようにその場から離れた。

(……ごめんなさい!ごめんなさい!)

 走りながらダイルは謝り続けた。そしてしみじみと痛感する。

 『オイラは最低だ』と。


■筆者メッセージ
大変長らくお待たせしました!

久々の投稿となります!
けもけも ( 2017/05/09(火) 20:06 )