♯6 友達紹介
「……疲れた」
1時限目終了と同時に、机に顔を伏せるヒイロ。
彼が登校してから授業が終わるまでのおおよそ30分の間、彼は多くの視線(嫉妬と殺意が入り混じった)と戦っていた。
気のせいか、「あのトカゲめ……」「アカリちゃんとあんな親しげにしやがって…」「これだからエリートは」などなど、よからぬ幻聴まで聞こえた気がしたが、スルーする事にした。
昨日引っ越して来てから既に色々不幸に巻き込まれ、なお且つ昨日の夜から何も食べて無いので空腹状態。体力に自信ある彼であったが、さすがに肉体的にも精神的にもクタクタである。
そんな状態の彼に、「ヒイロ君」と声をかけるのはアカリである。顔を上げると、彼女の他に2人見知らぬポケモンが立っていた。
口が少し尖り、黒い背中に赤い楕円模様が特徴のヒノアラシとライトグリーンの体色に頭の先に大きな葉っぱが生えているチコリータである。
「早速、紹介するね♪まずは、エン君」
「よろしく。ヒイロ君」
前に出て握手を求めてきたのはヒノアラシのエン。「あ、よろしく」と体ごと向き直し握手を重ねた。彼女に次いで、優しそうな雰囲気を醸し出している。
「そして、こっちがリーフちゃん♪」
「よろしくね♪」
エンが下がり、前に出たのはチコリータのリーフ。彼女も笑顔で首からツルを伸ばし握手をしてきた。
「ところで」
「ん?」
「さっき、アカリと楽しそうに喋ってたみたいだけど――」
その瞬間、ツルがヒイロの手首に巻かれ、
「もし、あの子に何か手だしたらぶっ殺すからね♪」
笑顔の彼女は小声で呟き、ギュッと力を込められた。痛みと驚きで、ヒイロの体がビクッと跳ねる。「アラ?ゴメン。アタシ、結構、力あるもんだから。ところでアカリ、ちょっと数学で教えて欲しいところがあるんだけど?」とツルを解き、アカリに視点を変える。「ん?いいよ。でも、珍しいね。リーフちゃんが勉強で聞いてくるの?」と不思議そうな表情で、2人は歩いて行った。恐らくリーフの席へ。
「あはは。あの勉強大嫌いのリーフが、“数学を教えて”なんてまずあり得ないのにね。ごめんね、ヒイロ君。大丈夫?」
どうやらエンには、ヒイロが何をされたのか理解しているようだ。そして、その理由も。
「リーフ、アカリちゃんに溺愛してるから…あっ、友達としてだから誤解しないでね。一応。それで、アカリちゃんって可愛いし性格もいいから男子には大人気で、お付き合いしようとアプローチをかける人も多くて。それが気に入らないリーフがいつも追い払ってるんだよ。ほとんど、力づくで。だから、さっきもあんな事言ったりしたんだと思うよ」
「なるほど」とヒイロは心中で納得する。しかし、色々とツッコミを入れたい説明だが、更にエンの話は続く。
「でも、彼女の事悪く思わないで。アカリちゃん『超』が付く程優しいし、誰でも受け入れようとしちゃうから」
「確かに……」そこはヒイロも納得してしまう。ほんの少しのやり取りでも、彼女がどれだけポケモンに対して優しいポケモンなのか、わかってしまう。
「それよりも、問題は他の男子だよね」
「なんで?」
「さっきも言ったけど、アカリちゃんにはリーフがいるから、誰も近寄れない。でも、転校してきたばかりの君が、何の障害もなくアカリちゃんと接したら」
「あ、」とヒイロの声が漏れる。確かにそれは他の男子にとっては羨ましく、そして憎らしい状況であろう。「僕も最初は、すごく睨まれたりされたよ」と苦笑する。
「当分は、色々と視線が気になるかもしれないけど、そのうち治まると思うからそれまでは辛抱するしかないね」
「マジかよ…」
はぁ、と再び机に顔を伏せるヒイロ。別に悪い事したわけでもないのに、なぜにこんな窮屈な思いをしなければならないのだろうか。そう思っているところで、2時限目のチャイムが鳴った。
そしてエンの言った通り、2時限目から4時限目までヒイロは他の男子の殺気だった視線と戦っていた。
更に、その中でなんとリーフまでが自分に鋭い視線で見ていた事を、3時限目の国語でわかった。
(…オレ、この学校で生きていけるのか?)
そう思うヒイロは、授業中片時も教科書から顔を離さずにいた。