♯5 再会
「また会えてよかった♪」
そう話しかけてきたのは、“あの時”の『ピカチュウ』の女の子。電気タイプのポケモンで、明るい黄色の体色に、尖った耳の先端は黒く、両頬には赤丸の模様、最も特徴のある先端ハート型のギザギザの尻尾。両耳のつけ根と、首にそれぞれリボンが結ばれており、首は学校が規定している校章付きの青色リボン。右耳にはピンク色と左耳には白色のリボンが結ばれている。“昨日”も見ている事から、リボンは彼女のトレードマークと呼べる代物であろう。
昨日の夜、ヒイロと彼女は一瞬であるが面識があった。と言うのも、あの不良達に追いかけられていたのは、彼女が理由なのである。
それは引っ越した昨日、あの不良達に追いかけられるちょっと前の時間。
彼は実家から送った荷物を整理し、夕方ある程度キリがついた所で夕食の買出しに行こうと、アパートの管理人に近くのスーパーを聞き向かった。そして食材とよく使いそうな調味料、あと帰り際に食べようと思いソフトクリームも買った。
普段彼は甘いものが苦手なのだが、引っ越しの疲れか少々甘い物が欲しくなったのだ。そして買い物も終わり、ソフトクリームの封を開けスーパーを出て、少し帰路を歩くと、何やら複数のポケモンに囲まれ困った顔をしているピカチュウを見かけた。それが目の前の彼女であった。
「昨日は助けてくれてありがとう♪」
「ど、どういたしまして……てか、お礼なんて言わなくていいよ。あんなの、どう考えたって、助けたなんて呼べないし」
ヒイロは手を振り彼女に言った。
元々、彼は『不幸体質』の関係でよくああいった不良に絡まれる事が多いのだが、その半数は他のポケモンが助ける為であった。
そして今回も彼はナンパを止めようと声をかけようとしたのだが、運悪く転び手に持っていたまだ一口も味わってないソフトクリームをゴーリキーにぶつけてしまった事で、ターゲットはヒイロへと変更され、鬼ごっこする事となった。
理由はどうあれ、不良達を彼女から引き離す事が出来たから結果オーライであるが、確かに『助けた』と言うには不釣り合いであろう。しかし、
「それでも、助けてくれた事に変わり無いもの。なら、お礼を言う意味だってちゃんとあるよ。だから、ありがとう♪」
と再度お礼を言う。彼女の眩しい笑顔に「うわぁ〜」と、つい視線を逸らしてしまった。恥ずかしいが、本気で『かわいい』と思ってしまったヒイロ。彼女は、またもや「どうしたんだろう?」と首を傾げる。
「そういえば、自己紹介まだだったね。わたし、アカリって言うの。見ての通り、『ピカチュウ』だよ」
「オレはヒイロ…って名前はもう知ってるよな。見ての通り、『ヒトカゲ』だ」
「『ヒトカゲ』か〜!わたし、『ヒトカゲ』に会えたのは、“たぶん”ヒイロ君が初めてだよ!」
「へぇ〜でも、大昔に比べたらだいぶ人口も増加してきたし、珍しくもないんじゃないか?」
「この辺りでは、あまり見かけないよ。少なくとも、ヒワダ中で『ヒトカゲ』はヒイロ君だけだと思うよ」
「そうなのか……」と、教科書をしまうヒイロの口調は小さい。
『ポケットモンスター』。縮めて、『ポケモン』。
一体、どこの誰がこの名前を付けたのか?一体どうやって自分達は生まれたのか?それは今でも歴史上わかってはいない。“動物が突然変異を起こし、生まれた”とか、“宇宙人の手によって生み出された”とか、色々とオカルト説も多いが、答えは『神ノミゾ知ル』と言ったところである。分かっている事は、
“現在、600種類以上の種族が存在する”
“『炎』、『水』など系(タイプ)を持っている”
“技が使える”
“地方によって、住む種族数が異なる”
などなど、非常に簡単な事ばかりである。『ポケモン』とは、まだまだ謎の多い存在なのだ。
そして、ヒイロの種族、『ヒトカゲ』は元々『カントー地方』から生まれたと言われており、その関係かカントー地方で生活している住民が多い。その為、他の地方ではあまり見られないとされている。
それなら、彼女の言う通り「あまり見かけない」のも、無理は無いと思うのだが。
(でも、そこまでとは思ってなかったな。大都市とは言え、コガネ都市では結構見かける事も多かったし。しかし、困ったな。ただでさえ、オレは“色々と普通じゃないって言うのに”……出来る限り、目立たないようにって思ってはいたけど、コイツはちょっと難しいかもな。しかも、朝からあんな騒動起こしちまったし……あぁ〜もう、何だかな〜)
「不幸だよな」と呟き、軽く、でも重い溜息をつき、咄嗟に頭を右手で抱えてしまう。「大丈夫?」と不安そうなアカリに、「あぁ……大丈夫。“生きていれば、きっといい事も少し位あるだろうな〜”と思っていただけだから、気にしないでくれ」と言うと、更に困惑させると思い、「あぁ、大丈夫」と一言笑って告げた。アカリの表情も和らぐ。
「ねぇ?お礼と言うわけじゃないけど、よかったらお昼休みに学校の中を案内しよっか?ついでにお昼ごはんも一緒に♪」
「え?それは、助かるけど……いいのか?」
突然の提案に少々戸惑うヒイロ。しかも、学校案内ならまだしもお昼まで一緒となれば悩みモノである。もちろん、彼女に何かしようなんて全く思っていないヒイロだが、仮にも、思春期真っ盛りの男女。そんな、どこか青春物語のような展開を起こし、『親密度』を上げ『フラグ』を立てるような行動なんかしていいのだろうか。
などと、変に考え過ぎている彼に対し、「もちろん♪」とアカリは答える。彼女の純粋な笑顔を見た瞬間、悩めるヒイロはとても恥ずかしく思え、「それじゃあ、お願いするよ」と承諾した。「うん!任せて♪」と、彼女は嬉しそうな表情をして、「それじゃあ、また次の休憩時間お話しようね♪あ、あと、私のお友達も紹介するね♪」と、顔を先生の方へ向き直した。
「不思議な子だな」とヒイロも同じ方を向くと、視線だけ動かしアカリの姿を捉える。教壇で『方程式』の説明をするフラウ先生の話を聞きながら、しっかりノートに書いていく彼女。まじめで、優しい性格。きっと周りから親しまれている事だろう。特に男子には人気が高そうだ。ナンパされるのも、わかる気がする。
(まぁ、そう言った方向は期待してなくとも、仲良くなれたらいいな)
そう思うヒイロの表情に笑みが浮かびあがる。
その瞬間、ゾクッと全身がまるで凍りつくように、悪寒が走った。表情が一気に苦痛へと変わる。
(な、何だ!?)と目立たない程度に顔を左右に動かし、授業中の教室を見渡す。そして、気が付く。何人……いや、一桁では済まない程のポケモン達が、ヒイロを睨みつけていた。授業中でなければ、一斉に襲いかかってきそうな……そんな感覚に襲われる。
(あぁー……これは、もしかして、アレですかね?俗に言う――)
ダラダラと汗を流す彼の出した結論。
恐らく、“嫉妬”と言うものである。
ちなみに、そんな中彼に異常な視線を送っているポケモンがいる事に、まだ気が付いていない。