転校編
♯4 挨拶
「えっと……では、い……色々とありましたが!改めまして、今日からこのクラスでみんなと一緒に勉強します、転校生のヒイロ君です」

 顔をまっ赤にしたフラウ先生が、必死な作り笑いで隣に立つヒイロを紹介する。そして、「……どうも」と彼はまっ赤になった鼻をさすりながら、痛い視線を送るクラスメイト達に小さく会釈をした。

 不慮な事故とはいえ、いきなり最悪な印象を与えてしまった。クラスメイトにも。先生にも。特に、教室まで案内してくれたトリワタリ教頭は去り際に見せた“鋭い眼”は、まるで獲物を狙う狩人の如く、殺意を放つものだった。

 ほんの数分前の誓いは、こうも容易く粉々に砕けてしまった。

「あはは……え〜、それでは、あまり時間もないけど、誰かヒイロ君に聞いてみたい事とかある?」

 苦笑する先生が、空気を変えようと質問タイムを設けた。「はい」と後ろの方から挙手が上がり、「どこから来たんですか?」と定番といえる質問が出された。ヒイロは、少し迷うような素振りを見せるも、「……コガネ都市から来ました」と素直に答える。

 瞬間、教室内が騒がしくなった。

「コガネ都市だって!?」
「あのエリートばかりが住んでるところだよな?」
「なんで、そんなポケモンがこんな田舎に?」

 などなど、至るところからクラスメイト達の声が耳に入って来る。

(……だよな。ある程度予想はしてたし、疑問に思うのも無理ないよな)

 溜息を吐き苦笑するヒイロ。みんながこうも騒ぐ理由は、至って簡単。

 彼の住んでいた世界が“エリートの世界”と呼ばれるからだ。

 ジョウト地方には都市7、町3の合わせて10の場所が存在する。その中でも、『キキョウ』、『エンジュ』、そして『コガネ』は『ジョウト三大都市』呼ばれる程発展した大都市。そして、彼の住んでいたコガネ都市こそ、ジョウト地方最も発展した場所である。

 人口おおよそ100万人。コンクリートの建物と高層ビルの集合体とも呼べる大都市は、政治経済、歴史、医療技術、科学技術……地方中心部に存在するコガネはありとあらゆる分野において特化し、今でもその発展成長を止める事無く、むしろ日々進化し続けている。『歴史の生まれは、コガネにありと』と、地方の始まりはこの都市からと、伝えられるだけの事はある。

 特にコガネでは“科学”の世界では他の地方世界では引けをとらない程のものだ。生物、化学、ポケモン学、遺伝子学等、この都市から発祥した研究分野のものも多数存在する。そう言った産物を作り出しているのは、紛れも無くコガネ都市に住む経営者や科学者達、言わば“エリート”なのだ。

 コガネ都市に住む人達の多くは、そう言った類の者ばかりであり、学校に関しても例外なく、幼稚園から大学まで、将来エリートとして育てる為の施設ばかりだ。それ故に、そんな者達には無縁であるここ、『ヒワダ町』に越してくるなど不思議でならないのは当たり前の話である。

(けど、そんな先入観ばかりに囚われるのも、どうかとオレは思うけどな。気持ちはわからない事もないけど)

「はい!みんな、静かにしてね。他の教室に迷惑かかるから。他に色々と聞きたい事あると思いますけど、そろそろ授業再開しないといけないから、また休み時間の時にでも聞いて下さいね。ヒイロ君も分からない事があったら、わたしやクラスのみんなに遠慮なく聞いてね。それじゃあ、君の席は……あそこ、窓際の席が空いているからそこに座って」

 フラウ先生が指す方向を見ると、確かに後ろから2番目の窓際が空いている。「はい。よろしくお願いします」と先生とクラスメイトにもう一度答えると、荷物を持ち席へと移動する。

 移動中、周りからグサグサと刺さる視線。チラッと視線だけ動かすと、怪訝な表情で隣とコソコソ話している姿が何組か。

(あぁ……気が重い……)

 恐らく、“なんで彼が、この町に越してきたか?”が気になる所なのだろう。先にも言った通り、向こうの住人がこっちの世界に来る事などそう無いのだから。

 となれば、自然と“仮設”が出来上がり、それこそ先入観に囚われた“予想”が生み出される。

 まるで、お店に並ぶ新商品のお菓子のように、パッケージの味を見て「これは、きっと美味しくない」と言っているのと一緒である。実際は、食べてみないとわからないのに、先入観で答えを見出してしまうのだ。

 かと言って、彼自身も『彼らに納得をさせられる程の答えを、持ち合わせていない』のが現状なのだが。

 「あぁ……先が思いやられる」と心中、呟いていると、「ねぇねぇ。席、通り過ぎてるよ」と誰かに呼び止められた。確かに、いつのまにか空席を通り過ぎていた。クスクスと笑う声が聞こえ、恥ずかしさでオレンジ色の顔が赤に染まる。ヒイロは俯かせたまま、バッグを机の上に置き、椅子に座るとバッグをクッションに顔を沈ませる。

「色々と災難だったね」

 右隣りから聞こえてきた声。さきほど、席を通り過ぎた事を教えてくれた人と同じ声だ。

(……いや、あれ?この声……もっと前に聞き覚えが)

 咄嗟にヒイロは、突っ伏していた顔を上げ、彼女の方へ向く。瞬間、「……あっ」と口から漏れた。

「“まさか、こんな風に会えるなんて、思ってもみなかったけど、でも、また会えてよかった♪”」

 彼女、『ピカチュウ』は笑ってそう言った。


けもけも ( 2016/01/21(木) 20:02 )