♯2 登校
ヒイロは生まれた時から不幸を呼ぶ体質だったらしい。
らしいというのは適切ではないと思うが、見た目でわかるわけでもなくそんな体質があるなどと誰も思わない。自分だって初めの内は不幸な出来事が起きても、“たまたまだろう”と思って笑っていたが、時間が経つにつれさすがに相次いで起きる事に自分も周りも疑問を抱いた。
今でもなぜこんな体質であるかは正確な理由はわかっていない。現段階ではあるものが原因だと言われているが。とにかく自分に起きている不幸は『偶然』ではなく『必然』。
そう。自分にとって不幸は正に必然なのだ。
実際今日のような朝の出来事も今まで数え切れない位体験した事がある。しかも遠足、修学旅行、文化祭など決まって予定がある時に起きる。おかげで怒られるのは勿論、遠足とかにいたっては置いて行かれ1人寂しく自主勉強をする羽目になった事もある。ちなみにもしかしたらと思って目覚ましの電池を寝る前に新しいのを取り替えたりもしたがそれでも止まっていた。
昨日に至っての、不良に絡まれるなんてもう数えるのも嫌になるくらいあった。勿論自分から仕掛けたのではなく、全て不幸な事故のせいである。
その他にも4階の階段から1階まで転げ落ちたり、公園のベンチで読書してたら顔に連続で野球ボールやサッカーボール等ありとあらゆるボールが飛んできたり、財布をカバンにしっかり入れても気がついたら落としていて中身がないまま交番に届けられたり……
数え切れない不幸な記憶を思い出すだけで疲れが出て来る。しかも、1回ならまだしも同じ出来事が何度も繰り返し起きているのだ。これはもう完全に必然としかいいようがない。
(結局場所が変わっても自分が不幸なのは変わらないと言う事。そりゃあ環境が変わったからといって不幸がなくなるわけじゃないけどこう……もう少しこう…うまくいかないものかな)
転校先のヒワダ中学に駆け足で向かいながら、少しだけ思いつめていた。そして癖でもある溜め息をついた時だった。
ドン!!と細い交差点に入ったところで誰かが左の道から出てきてぶつかってしまった。「うわぁ!?」「きゃあ!?」と声をあげ、2人とも後方に倒れる。
「イテテ……すいません!急いでいたもんで――」
少し痛むおしりを押さえながら立ち上がり、相手に向かって謝罪する。見ると、目の前にはペンギンに似たポケモン、ポッチャマが自分と同じように尻餅をついていた。首には黄色いスカーフが巻かれていて丸い紋章が見える。
見たところ自分と同じくらいの年かな?
「あっ……君大丈夫?」
どうやらぶつけた顔の方が痛いらしく両手で顔を押さえている。ヒイロは、彼女の元に近づき手を差し伸べた。
ようやく痛みが和らいだのか、ポッチャマが顔から手を離してゆっくりと瞑っていた大きい目を開けこちらを見上げる。
すると急に顔が赤くなり驚いた表情になり、「えっ……あっ……だ、大丈夫……です!こちらこそ……ごめんなさい……!!」と言って立ち上がり、すぐさま黒い革カバンを拾って両手で抱えながら、早々と横を通り過ぎて行ってしまった。
「は、恥ずかしがりやなのかな……?」
でも、今の反応……明らかに拒絶されたように見えたんだけど、気のせいかな?話し方からすると女の子のようだったけど、もしかしてそんなにオレ怪しい奴に見えたのか?そりゃあないだろう。確かに、最近若い女の子が襲われるような事件が多いと言われてる世の中だよ。だからと言って、むやみやたらに疑うのもどうだろう?むしろそんな奴に見えたのか?自分は?
「不幸だ……」とあまりのショックに膝を落とし、両手で手をついてしまった。
まだそうと決まったわけでもないのに完全にネガティブ思考に入った自分は既に落ち込みモードに入ってしまっていた。
「……なんか涙まで出てきそうだ……アレ?」
ふと下を見ると、ヒイロの視界内に何か落ちている事に気がついた。拾って見てみるとそれは青い宝石がついているチェーン型キーホルダーだった。
「この宝石……アクアマリンか。」
アクアマリンとは宝石の種類の一つで、緑柱石という透明の鉱物をカットして加工したもので、3月の誕生石として有名だ。
「それはともかくなんでこんな物が?もしかしてさっきの子が落としてったのかな?となるとあの子、もしかしたらここに取りに来るかもしれないな。でもここに置いといたら他の奴に拾われそうだし……しかも本物だから余計危ない」
ヒイロはどうするか悩んでいると、『キーンコーンカーンコーン』と、学校のチャイムのような音が聞こえた。恐らく今向かっている中学校からだろう。
「げっ!?やばい!!しょうがない、これはひとまずオレが持っておくか。今度会った時に返せばいいよな。うん!」
勝手に解釈し、アクアマリンをカバンのポケットにしまうも、これによって更なる誤解を招きそうな気もしていたが、今は気にしている暇は無い。
「とにかく、今は学校だ!!」
ようやくヒイロは、ヒワダ中学に向かって走り出した。