転校編
♯1 起床
 ♪♪〜〜〜ピッ、

《お〜い、バカ息子。お前、昨日なんの連絡も無しってどういう事なんだ、この野郎?無事に着いたなら、家族に連絡するのが普通だろうが……まぁ、どうせお前の事だから、“スーパーに行って買い物して、帰りにナンパ現場目撃して、助けようとしたらアイス的なかなんかぶっかけて不良達に追いかけられたりなんかして、撒いたと思ったら帰り道がわからなくなって無駄に疲れる羽目になって、電話する気力も無かったんだろう”が、せめて一言でもメール位出来るだろう?まったく、この親不孝者が。どんだけオレとマリアとロールが心配してたと「旦那さま。スーツの内ポケットにこのような物が入っておりましたが、昨日の夜仕事とは別にどちらに行かれていたのでしょうか?」……あっ、それはな……え〜っと……》

 ピッ、とヒイロは携帯を切ると無造作にポイッと放り投げた。

「……朝か」

 取り付けたばかりの青いカーテンの隙間から、漏れ出している朝日の光で目が覚めた(決して、どっかの迷惑電話から目覚めたわけではない)。外からはスズメと思われる鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 体を起き上がらせ両手をあげながら体を伸ばした。まだ眠気がとれず脳内がボーっとする。枕元に置いた目覚まし時計を見るとまだ7時ちょっと過ぎ。

 自分は眠い目をこすりながら辺りを見回す。

「そっか……オレ、昨日からここに引っ越してきたんだ……」
 
 少しだけいつもと違う違和感を感じた。

 ワンルームで部屋の広さは約10(じょう)。1匹で住むのであれば申し分ない広さでキッチンやトイレ、お風呂だって完備。本当なら家電製品は取り付いていなかったが両親の計らいで冷蔵庫、テレビ、洗濯機など生活するのに 必要な家電器具は揃えてくれていた。

「さて……」
 
 とりあえず眠気を覚まそうと洗面所へと向かい顔を洗うことにする。昨日から洗面台の棚に置いておいた歯ブラシと歯磨き粉使って歯を磨き始めた。

「そういえば、朝ごはん無いんだよな……」
 
 自分は歯を磨きながら冷蔵庫の前まで移動し扉の前に立ち、扉を開けた。

 ガチャッ。当然中身はカラッポである。

 「はぁ」とその場で溜め息をついて扉を閉める。その瞬間、グゥとお腹から鳴き声が。なんて嫌な性格のお腹なのだろう。

 考えてみたら昨日の夜から何も食べていない。昨日の騒動で、せっかくスーパーで買って来た分の食材全てをどこかに落としてしまったからだ。

「……不幸だ」
 
 朝からこの言葉は使いたくないのだが、習慣付いている為、この単語は無意識に出てしまう。習慣って本当にコワイ。



 そもそもどうしてここへ引っ越してきたのか?

 別に地元の学校で問題を起こした訳でもなく、不満を持っていたわけでもない。今はまだ桜の花がまだ残っている4月中旬で、ヒイロは中学2年生になったばかりだ。なのに、すぐ転校というのもおかしい。

 別段、親の仕事の都合とかそんな訳でもない……がある意味それに近い気とも言える。

 なぜならこの引越しは自分ではなく家の親父が決めた事だからだ。

「こういう自然の学校に行ってみたいな」

 一週間前、とある雑誌を見てヒイロが言った台詞。

 その一言を聞いたヒイロの父親は、次の日に引越しと転校手続きを突拍子もなく済ませてしまったのだ。それを聞いた時は、怒りを通り越して呆れて何も言えなかった。

 勿論反論しようと考えたのだが、元々人の話をまったく聞こうともしない超自己中的性格の持ち主。言ったところでまず聞く耳を持たないだろう。今まで、何十回もそういう経験をしているからなんとなく予想出来た。

 しかし、同時に興味を持ったのも事実だ。

 ヒイロの生まれ故郷『コガネ都市』は、多くの高層ビルが建て並ぶジョウト大陸一発展した大都市で、生まれてからほとんど他の町には行った事がなかった。

 だから他の町は一体どんなところなのだろうかと興味を持っていたし、さっきも言った通り自然に囲まれた学校にも行ってみたかったのだ。実際、通う事になるとは思ってもいなかったが。

 そんな期待もあり、ヒイロは父親の考えに賛同した。

 ヒイロは、口の中に溜まってきた歯磨き粉の泡を出すため洗面所へと向かい、口を3回ゆすいでタオルで水滴をしっかりと拭く。

「さて、次は学校の準備と」

 ヒイロは、いくつか開けて無いダンボールの中から、『学校』と横に表記された物を探し見つけると爪でフタしたガムテープをバリバリと一直線に切ると、中から規定の革カバンと、送られてきた資料に時間割表、転入に必要なものが記載された用紙を取り出し、時間割表を確認しながら今日必要な教材を入れ始めた。

(教科書、筆記用具、転入手続きの書類……こんな物か)

 残念ながら、前の学校で使用していた教科書とは載っている内容が異なっており代用出来なかった。そもそも地域によって教材が変わるのだから、当たり前の事なのだが。

 必要な物をカバンに入れ終え、ヒワダ中学規定の青色のネクタイを首に巻く。

 ネクタイには校章である十字マークがついていて、学年ごとにマークの色が分かれているそうだ。

 1年は赤、2年は黄、3年は白。ヒイロは2年だから黄色だ。

「さて」と、一通り準備を終え暇になったヒイロは、とりあえず時間潰しに一度読んだ学校案内のパンフレットを取り出し読み始める。

 今日から通うヒワダ中学は沢山の種族のポケモン達が集まって勉強している、ヒワダ町にある5つの中学校の中で2番目に大きい学校である。

 校舎は『工字』型で東棟が主に生徒の教室が集まり、西棟が理科室や音楽室など移動教室がほとんどだ。東棟には体育館、西棟には武道場、つまりバトルをする為の場所がある。他にも中学校には珍しく給食はなく、学食もしくは弁当を持参することとなっている。中には購買部まであるのだ。

 「あの自分勝手な父親のせいとは言え、少し楽しみではあるんだよな。」とパンフレットを見ながら少し笑顔をみせる。一体どんなポケモンがいるのだろうか?どんな学校生活が待っているのだろうか?

 そんな事を考えながら、再び目覚まし時計の時刻を見てみる。まだ7時過ぎ。かなり余裕が――、

 「……ん?」と、首を傾げた。確か朝起きた時も7時過ぎだった筈なのだが。

 何か嫌な予感に襲われ、恐る恐る携帯を取り時刻を確認する。

 時刻は8時30分と表示されていた。既に校門が閉まる時間となっている。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」と叫ぶと、準備したカバン慌てて掴み、足元の段ボールをいくつか蹴飛ばして颯爽と家を飛びだした。

 転校初日にして、ヒイロは『遅刻』決定となった。


けもけも ( 2016/01/13(水) 22:42 )