転校編
♯9 放課後
 ヒワダ中学の少し離れたところにある旧体育館。だいぶ古くなってきた言うことで4年ほど前に新しく体育館を建てるものの、未だ取り壊さずそのまま残っているのだが、現在はスポーツをやる熱い生徒ではなく不良のたまり場となっていた。

 そんな不良達…ホーネット達は5時限目の授業を受けず、この体育館の中にある広くて薄暗い倉庫集まっていた。倉庫には今は使われていないボロボロになった体育用具が処分されずに残っている。

「くそっ!!あの忌々しいヒトカゲめっ!!俺様達の楽しみを邪魔しやがって!!絶対許さねえ!!」

 ホーネットはタバコを吸いながら右手の大きい針をマットにグサグサと突き刺す。建物は使われなくなったものの、マットや跳び箱などの器具はそのまま残っていた。ホーネットが座っている穴だらけのマットもその名残である。
  
 ホーネットがイライラしている最中、ガラガラっと倉庫の鉄扉が横に開き、明るい光と共に1人のポケモンが中へと入ってきた。鉄扉を閉め再び薄暗い世界に戻る。

「おう。ご苦労だったな。それで?何かわかったのか?」

 ホーネットが中に入ってきたポケモン、ビッバに聞いた。どうやら、先ほどダイルを助けに来たヒトカゲについて調べに行っていたようだ。

「おっす!ホーネット先輩!わかりましたよ。あのヒトカゲについて。名前はヒイロで2年C組。今日転校してきたばかりの新入りのやつなんすがね。調べてみたら色々と面白いんすよ。なんでも初日に遅刻した上にあのうるさい教頭に暴行を加えたとかで噂されてるっす。」

「教頭ってあのピジョットの事か?」

「そうっす!あの口うるさいピジョットっす!」

「へぇ〜あの野郎になんかするなんてバカな野郎ですね!リーダー」

 少し口うるさく喋るビッパの説明に割り込み、タツベイが言うがホーネットは無表情で黙っている。その沈黙が恐ろしく、周りが額に汗を流していた。

「そ、それでなんすがね!どうやら同じクラスのエンってヒノアラシと仲がいいみたいっす!あのワニ野郎にあげたパンも、その時一緒に売店に行って買ってきたみたいですし、その後は一緒に食べたみたいっすから。その時は他に女子が2人いたみたいっすけど」

 その後の情報を聞いた瞬間、ピクリとホーネットの体が反応した。

「くくっ、あのヒトカゲには仕返しするには丁度いいかもしれないな。まずは奴をやる前に少しばかり精神的なダメージを与えるとするか。この俺に刃向かう事がどういう事か思い知らせてやる!!」

 薄暗い倉庫の中、ようやくホーネットが笑いだす。

 その場にいた仲間達ですら身震いするような不敵な笑顔で。





 今日1日の終わりを知らせるチャイムが校舎に鳴り響く。

 HRが終わると一斉に生徒達が教室を出て、家に帰る者、部活動へと向かう者の姿が見られる。その中にダイルも混じり自宅へと向かう。

 知っての通り、彼はホーネットに目を付けられている為、関わると巻き込まれてしまう恐れがある。その為、彼には一緒に帰る相手すら皆無であった。しかし、昔から苛められていたダイルには既にそんな環境に慣れていたのであまり気にしてはいなかった。

 むしろ今気になっている事は別のこと。二度も助けてくれたあのヒトカゲの存在である。

 はっきりとわからないが、あのヒトカゲは他のポケモンとどこか違う気がする。あの出来事があってからダイルはそのことばかり考えていた。

「よう!また会ったな!」

 突然背中を叩かれ、ビクッと驚き鞄を落としてしまった。振り向くとそこには気になっていた相手、ヒトカゲであった。「傷のほう大丈夫か?」と尋ねてくる。

「……うん。大丈夫。」

「そっか。それはよかった。結構酷い傷だから大丈夫か心配してたんだけど。あんまり無理するなよ?痛むんだったら、我慢せず病院にちゃんと行った方がいいからな」

 笑って話すヒトカゲを見て、「うん……そうだね」と視線を反らすダイル。

 正直、彼の優しさはダイルにとっては辛いものでしかなかった。以前、同じように優しく声をかけてくれたポケモンがいた。友達になってくれたポケモンがいた。しかし、簡単に壊れてしまった。

 ここでまた頼ってしまったら。甘えてしまったら。きっとまた同じ事の繰り返しになる。それがダイルにとって一番避けたい事だ。「話はそれだけですか?なら、オイラは帰ります」と逃げるように彼から去る。

「あっ!?ちょっと待ってくれ!!」

 事が出来なかった。

「お願いがあって、今から中庭の掃除に行かなきゃならないんだけど、掃除用具の場所教えてくれないかな?オレ、転校してきたばかりでわかんないんだ。外のどこかにあるみたいなんだけど、場所聞くの忘れちまって……」

「……いいですけど……掃除って今から?」

 ダイルは疑問に思った。いつも全ての授業が終わってからHRをする前に必ず全体で掃除をする事になっている。クラスによって掃除場所は変わるしその中でグループに分かれて行うのだが確か中庭掃除もあった筈だ。

「……いや〜実は遅刻した上に教頭先生にちょっとその……まあ色々と問題起こしてな。罰として中庭の掃除を命じられたんだ」

 ヒトカゲは苦笑いしながら右手で後頭部をさする。それで掃除用具の場所や左手で白いごみ袋を持っているのかと、ダイルは話の合点がいき納得する。

「そんなわけで教えてくれないか?勿論、掃除は自分でやるから安心しろ。手伝って貰おうとは思ってないからな」

「……わかりました」

 これ以上関わらない方がいいのだが、彼には2回も自分を助けてくれた恩ポケなのだ。なら断るわけにもいかず、ダイルは案内することにした。無論、案内が終わったらすぐ別れるつもりで。

 特に会話することもなく、東校舎裏にやってきた。
 
 風景は反対の西校舎裏とそんなに変わらない。地面の土に雑草が生え、いくつかの木が間隔を開けて立ち並ぶ。変わるとすればフェンス側の向こうの景色であろう。すぐそこには四角い灰色の大きい物置があった。

「……ここがそうです」

「おう!サンキューな!」

 ヒトカゲはお礼を言ってさっそく物置の引き戸を横にスライドさせ、暗い物置の中へと入って行った。中からガタゴト、ガラガラガシャンと大きい音と共に「痛ぇ!?」と悲鳴。大丈夫?と様子を見に行こうとしたら、埃塗れの状態で竹箒とちりとりを持って中から出てきた。

「あった!あった!にしてもこの中すごい埃っぽいな。全然使われてないみたいに感じるぞ」

 ヒトカゲは頭や肩に被った埃を手で払うと、「案内してくれてありがとうな!気をつけて帰れよ!」と笑顔言った。

「あ……はい。そ、それじゃあ…」

 ダイルは視線を合わせないままお辞儀すると、その場から離れる。と思いきや、振り返ると「あの…」と初めて顔を見合わせ、

「…その…もう、オイラに関わらないでください」

 ダイルの言葉に「は?」とヒトカゲは目を丸くするが、彼は喋り続ける。

「恐らく、オイラの事は他のポケモンから話を聞いてると思うけど…さっきみたいな真似したら、間違いなく貴方も狙われる。そうなったらもう無事で済みません。だからこれ以上オイラに関わるのはやめて下さい……お願いします!」

 そして頭を下げたダイルの瞳からポタポタと涙が零れる。これでいい。彼がこれ以上ホーネット達と対峙しなければ――

「断る」

 ――傷つくことなく……

「…………え?」

 今度はダイルの目が丸くなった。

「い、いまなんて……?」

「だから、お前に関わる事をやめるのを断る」

 ハッキリと拒否するヒトカゲに「えぇ!?」と声をあげてしまった。

「なっ、なんでです!?オイラの今の話聞いてました!?それに他のポケモンにだって――」

「ちゃんと聞いてたぜ。確かに、クラスメイトにも関わるなって言われたな」

「な……なら――」

「けど、断る」

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 一体なんなんの、このヒトカゲは!?

 クラスメイトにも警告され、尚且つ先ほどのやり取りで相手がどれだけ危ないポケモンなのか理解している筈なのに…それでも、彼は自分に関わろうとする。それは、

「なんで……」

「え?」

「なんでそんなにオイラに関わろうとするの!?こんな臆病で弱くて何も出来ないオイラになんで……なんでそこまで……」

「そんなのお前を助けたいから決まってるからだろ?」

 いつの間にか涙を流すダイルに、ヒトカゲはハッキリと言った。それが当たり前だろと言わんばかりの表情で。しかし、ダイルにとってそれは望んではいけないことなのだ。あの過去をまた繰り返してしまう。このままでは。

「た、助けなんてオイラはいりません!オイラが――」

「お前が我慢していれば、誰も巻き込まれずに済むってか?そんなの何の解決にもなってない。主体がお前ってだけで、他のポケモンだって被害を受けているんだろう?」

「そ、それは……」

「だったら、お前が我慢して耐えるだけじゃ解決になんてならない。それに、お前だってこのままずっとやられるなんて悔しいんじゃないのか?」

 淡々と喋るヒトカゲの言葉にダイルの表情が少しだけ変化した。「た、確かに」と口を開く彼の顔は、笑顔でもなく泣き顔でもなく。

「確かにオイラだって悔しいと思ってる!思ってますよ!!でも、それならオイラに何が出来るって言うの!オイラはあのポケモン達みたいに強くもないし仲間もいない!頭もよくないし、君みたいに言い返す勇気もない!そんなオイラに何をどうすればいいんですか!?何もできないなら、我慢するしかないじゃないですか!耐えるしかないじゃないですか!!それしか……」

 ダイルは崩れるように前に倒れ、両手を地面に着けると、

「それしか……オイラには出来ない……」

 ポタポタと。大きな瞳から流れる涙が頬を伝い、まるで雨のように雑草や土の上に零れ落ちていく。そんな姿を見下ろすヒトカゲは「そっか…」と呟き、

「確かに、いきなりそんな風に言われても困るよな。悪い、えらそうな事言って」

「い、いえ…オイラこそ……急に大声出したりしてごめんなさい…」

「別に謝る事ないぜ。それに、オレちょっと嬉しいし」

「嬉しい?」

「あぁ。だってお前ちゃんと悔しいって気持ちを持ってるってわかったし、しっかり言い返すことも出来るんだなって。結構負けん気が強いんじゃないか?」

「そ、そんなことあるわけないです!!オイラがそんな…」

 思いがけない発言にダイルは慌てて否定すると、その反応が面白かったのか、ヒトカゲは大笑いした。

「ははは!でも、何かあったら遠慮なく言ってくれよな。オレでよかったらいつでも手貸すからさ!」

「……はい」

 彼の言葉にダイルはそう答えてしまった。さすがに笑顔でそんな事言われたら断るに断れなかった。それに、断ったところで彼は聞く気もないだろう。

(でも、やっぱり巻き込むことなんて出来ない…だから、ここで別れたらもうヒトカゲさんとは……)

「あっ!そう言えば、まだお前に自己紹介してなかったな!オレはヒイロ。2年C組だ」

「…オイラはダイル。2年D組で――」

 そこでダイルの声が途切れた。目の前のヒトカゲ改めヒイロが右手を差し出してきたから。つまり彼が求めているのは。

「これからよろしくな!ダイル!!」

 元気よく笑顔で言う彼にダイルもまた右手を差し出し握手を交わすと「よ、よろしく」と小さい声で返した。

「おっと、いい加減始めないと先生にまた言われそうだな。それじゃあ、ダイル!また明日な!」

 そう笑顔で言い残すと、竹箒を担いで去っていくヒイロ。そんな彼の後姿を見つめるダイル。

「また……明日……」

久しぶりに聞いたその言葉。

 そして、ホーネット達以外にほとんど呼ばれる事なかった自分の名前。

「うっ……うぅ…」

 また涙が零れる。

 しかし先ほどとは違う。

 これは、嬉しさから出る涙だった。


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けもけも ( 2017/08/07(月) 22:09 )