その真実は無機質で
『……さん、聞…えますか?』
夢、またあの声が頭に響く。
心なしか前よりも聞き取りやすい。
「お前は誰なんだ?」
自分の声も、出る。
だがそこまで。
周りは何も見えないし当然声の主もわからない。
『あ、も…かして、わたしの…と、忘れてし…いました?』
「何のことだ?」
声はため息をついた。
「教えてくれ、知っているんだろう、人だったころの俺を」
『ぁ…そうですね。あ…たが誰で、わたしが何で、どうしてこ…な状況に…ったのか』
『…す、すい…せん、時間切れ、みた…です』
時間切れ、目が覚めると言うことか。
次の夢で教えてくれるのだろうか。
『このお話…次回とい…ことで』
「絶対、約束だからな」
『……はい!』
嬉しそうに返事を返したこの声はどこか聞き覚えがある気がした。
☆☆☆
朝。
本来なら鳥ポケモンのさえずりが聞こえるのんびりとした朝。
が、しかし、カフェ•チェリムでは騒ぎ声が響きわたり、
おかげで店が潰れそうなほどうるさかった。
「ナズナ〜♪」
「ちょっ、やめっ……わ、ひゃあっ!」
店主のチェリムはナズナに夢中で飛びついている。
きっとじゃれつくとかその辺に違いない。
遊びとか戯れとかじゃ生ぬるい、命をかけた鬼ごっこ(誇張)だ。
…なんでこうなったんだっけ?
遡ること半時前。
朝、広場に集まると突然グレン師匠に仕事を命じられた。
「二人には今日から自分で仕事を探してもらう。
外で困っているポケモンがいたら話を聞く、分かったな」
随分と投げやりな態度だったが、
グレン師匠曰わく紙としてくる依頼よりも簡単なケースが多いため練習にもってこいらしい。
今よりもっと若い頃には師匠ウルガモスとやっていたとか。
師匠っていうかチームリーダーみたいだな。
「依頼なら人が沢山いるところ、だよね。ボクの知る限り…」
カフェ•チェリムしか無かったらしい。
チェリムは仕事の時はナズナにじゃれつくことはない。
だが仕事探しはチェリムにとって仕事に入らなかったらしく…
「くすぐったいっ、わっ、放して〜!」
「ふふふふふ♪」
今に至る。
因みにプルリルは海にプカプカしに行ったのでストッパーがない。
…止めるか。
一人ではあの勢いに飲まれそうなので周りのポケモンと…
「って、居ないし!」
さすが地元民。
避難がはやかった。
ゴツンっ
とばっちりでスプーンがぶつかる。
ゴンっ
とばっちりでコップがぶつかる。
ズドーンっ
とばっちりでテーブルが…
「っ、それ駄目なやつ!!」
どうやったら四人テーブルが空を舞うのだろうか。
「いい加減にしろぉおお!!!」
これにはナズナもチェリムも面食らったようで気をつけの姿勢で押し黙った。
「ご、ごめんなさい」
「いや、ボクも悪かったから、ごめん」
やっと静かな朝がかえってきた。
ほっと一息ついているとカランカランと店のドアが開く音がした。
誰だろうと顔をドアの方に向けるとウルガモスさんがいた。
え、何故に?
カフェとかにいきそうなイメージじゃなくて驚いているとウルガモスさんは店の惨状と俺達を見て状況を察したらしい。
「…ふむ。若いものはそれでいい」
随分年寄り感溢れる台詞だった。
「それにしても、両手に花とは…」
いや、それ絶対誤解だから!
だいたいチェリムは花のポケモンだけどナズナは草蛇だろう?
脳内で訳の分からない弁解をしている場合ではない。
「あの、実は…」
「…ふむ、あやつがそんな事を」
話を聞き終わったウルガモスさんは何度もふむ、ふむと言いながらも何かいたずらっ子のような雰囲気を纏っていて正直あまりよくない予感がした。
「では儂が依頼をしようかの」
なると思った。
…ウルガモスさんの依頼って何だろう。
提案者なのだからこのやり方をよく知っているだろう。
だからあまり難しくないのをくれるはずだ。
「虹の湖という美しい場所がある。
そこには儂の旧友がおって、ふみを届けて欲しい。
昔は儂ひとりで簡単に行ったものだが、もう年かの」
すっと手紙を渡された。
詳しい話を要求したら、虹の湖というのはダンジョンであること、そこまで難しくないこと、旧友とは一匹のミロカロスの事ということがわかった。
報酬はお楽しみと言われて聞き出せなかった。
「ナズナ、行こう」
「ふふっ、分かってるよ」
何やら上機嫌だった。
見ればチェリムもにこにこと手を振っている。
女の子って分からない。
☆☆☆
虹の湖入り口
「本当にここ、だよね?」
「多分」
湖はどうやら森の中にあるらしく今はひたすら獣道を歩いている。
ダンジョンに入れば道も安定するからもうしばらくの辛抱である。
すると突然開けたところに出た。
「ビンゴ」
「あそこの穴を通るんじゃないかな?」
ナズナが指した方には大きめの岩戸があって足形文字で何か刻まれていた。
言うには虹の湖入り口と彫られているらしい。
勉強しよ、足形文字。
「いよいよだね。気をつけて行こう」
虹の湖
「わ、この洞窟、下に水があるよ?」
洞窟、ダンジョンに入ると中が水浸しになっていることが分かった。
なんか、俺に相性の悪そうな逆にナズナには燃料タンクになりそうなところだ。
というかドレイン系の技羨ましい。
「…」
しっと黙ってのポーズでナズナは俺を引き留めた。
先には青いカラナクシがいる。
ダンジョンがうまれるときに飲み込まれたポケモンたちは死ぬことはないが正気もない。
倒して、瀕死状態に持ち込まなければならない。
…なんでこんなこと知ってるんだろう。
「つるのむち!」
一撃でカラナクシを沈めるとナズナはスタスタと先に行ってしまう。
俺、まるっきりお荷物じゃないか。
それからもナズナはカラナクシ二匹、カブト二匹、アノプス一匹、シェルダーを五匹倒してレベルアップもしたらしい。
対して俺はサポートに徹し、ナズナがわざと残してくれたポケモン相手に戦っているという非常に情けないことになっていた。
「ん、この先とびらを開けないと行けないみたいだよ?」
しばらく歩いて岩の扉にぶち当たった。
周りには見え見えの罠や、よくわからない台座などが置かれていて何となくこの作りを知っている気がして真っ直ぐ扉の前に進んだ。
「…どうするの?」
「どうって、開けるけど?」
そう、もっともらしく作ってあるこれは全て罠だ。
扉は普通に開く。
そのことを俺は知っていた。
……ごごごご、がたん
どことなく間抜けな音がしてあっさり扉が開く。
「え、何で!?」
「ミロカロスってポケモンが出入りしているんだろう、地面に跡が少し残ってる」
地面にはうっすらそれっぽい跡が残っていた。
もちろん後付けの理由だけど。
「凄いよ、ホタル!」
無邪気に笑うナズナをみて、自分の記憶はどうなっているのか、引っかかっていた、
☆☆☆
湖から虹が伸びている。
水はかなり透明度が高く底がみえたが足は着かなかった。
真っ白な砂と宝石のような湖、頭上は鍾乳石が連なり幻想的な空間だった。
「ここが…虹の湖」
キラキラと輝く水面を覗くと深いのか、浅いのか分からないところに象牙色と桃色の美しいポケモンがいるのが分かった。
あれがミロカロスか。
「あの、ミロカロスさんですか? ウルガモスさんからお手紙です」
そう呼んだらピクリと反応してものすごいスピードで水面に飛び出るものだからナズナも俺も水浸しになった。
ブルブルと水気を飛ばしてミロカロスさんを睨むと申し訳なさそうにしていて文句を言うのはやめた。
「お手紙ですか。ありがとうございます。あの子から手紙なんて、もうそんなに経ちますか」
一体いくつなんだろう、このポケモン。
「あら、そんな目で見ちゃいけませんよ?
私はまだ若いので、ミロカロスとしては」
?
「ミロカロスは割と寿命が長いのですよ?
あの子は…虫ポケモンですからね、年の割に老けて見えるのかも」
「そういうものなのか?」
だったら何か不公平な気がしてつい問いかけてしまった。
やっぱり敬語を忘れて。
ミロカロスさんはそれに気を悪くした様子もなく答えてくれた。
「そうですよ。だいたい虫ポケモンは十年いきれば往生です。
ですがあなたはキュウコンに進化すれば千年くらい余裕なのですよ?」
マジか。
桁が二つ違った。
「ふふ、世間知らずですね。もしかして元人間だったりします?」
当てられた。
「分かりますよ。それくらい」
「あ、あの、ミロカロスさん、ボクたち…」
とそこでしばらくほったらかしになっていたナズナが口を挟んだ。
「あら、ごめんなさい。私ったらつい…気にしないでくださいあの子にはよろしく伝えてくださいね」
言い切ると湖の奥まで潜っていったがいかんせん水が綺麗なので丸見えだった。
それでも気遣いが嬉しくて、ナズナに笑いかけたら、やっぱりナズナも笑っていた。
依頼は大成功だ。
☆☆☆
ウルガモスさんからは報酬に農園をいただいた。
なにも手入れしていないし、いらないし、オレンの木とか育てたらどうかといわれた。
で、オレンの木ってどう育てるんだ?
「…しばらくは放置、かな?」
はっきり言っていらなかった。
まあ晴れて地主である。
いざとなったらそこで寝泊まり…いや、グレン師匠に泣きつくだろう。
やっぱり使い道がなかった。
グレン師匠は持っていればいつか使えるだろうと言っていたし、まあ持っているだけでお金が取られるなんてことはこの世界ではないらしい。
ならいいか。
☆☆☆
その数日後のことだった。
「ウルガモスさんが亡くなったらしい」
告げられた言葉はどこまでも単純で、
だから、あっさり受け止めてしまった。
命の重さは、何よりも重いというのに。