その休日はせわしくて
チュンチュンと鳥ポケモンがさえずっている。
すっきりとした目覚め。
昨日の疲れが残っているかと思ったがそうでもなかった。
「…夢、見なかったな」
話の続きが知りたかったが望んでみられるものでもないし、仕方ない。
ため息を一つ。
するとナズナがもぞもぞと起き出してきた。
「…ぅん……おはよぅ、ホタル」
「おはよう」
ナズナは挨拶をしながらも眠そうに目をこすっている。
初日に比べたら進歩したものだ。
ゴーーーーーーーーーン…
「ホタル、鐘が鳴ったよ。行こう」
「ああ」
例のごとく謎に和風な鐘の音が響く。
部屋を出たナズナを追いかけてこれまた例の穴に飛び込む。
もう慣れたもんだった。
☆☆☆
「今日は知っての通り休日だ。
十分に羽を伸ばしておくように」
探検隊は週休一日制だった。
助けを求めてるポケモンほっぽりだして仕事しないのかよ。
「…休日があった方が効率的なんだって。
グレン師匠が取り入れたんだけど…凄い発想だよね」
多分変な顔をしていたのだろう、見かねてナズナが説明を入れる。
グレン師匠が新しく取り入れたって…それまでポケモン達に休日は無かったのか。
……社畜ライフを満喫するところだった。危ねぇ。
「それでは解散」
グレン師匠もそこはかとなく浮き足立っているように思える。
実は自分が休みたかっただけなのでは?
「はぁ…師匠って休日でも仕事してるんだって。
信じられないよ、ホタルもそう思うよね?」
「え」
「知らなかったの?」
知りませんでした。
というか大丈夫なのか、楽しそうに歩いてるが。
「…末期?」
「…だよな」
☆☆☆
「休日はいいんだけど…どこ行こうか?」
「どこでもいいけど」
「ホタルが行きたいところ、ないのかな?」
そもそも知らないし。
「あー、うん、そうだよね…じゃあさ、村のみんなでも紹介するよ」
「みんな?」
☆☆☆
「つ、疲れた…」
ナズナに連れ出されて小一時間、俺は早くも音を上げていた。
これはさんさんと降り注ぐ太陽のせいだけではない。
というか炎ポケモンな以上晴れは気持ちいいものだ。
体力的にはMAX、精神的には0。
まあ理由はこうだ。
ポニータはなにをいっても話がかみ合わないし、
ヨーテリーは疫病神かと疑うほど運が悪く話どころではなく、
コラッタはバクーダをくすぐっては揺れる背中に駆け上がって遊んでて話を聞かないといった具合。
前から奇人変人が多いとは思っていたが…これほどとは。
「次が最後だから、もうちょっとだけ頑張ってくれないかな?」
「…あー、うん」
ああ駄目だ、返事が雑になってきている。
「昨日も会ったよね、チェリムさん」
「あの無駄にきらきらした挨拶の…」
最後はカフェ•チェリムだった。
あのポケモンも…まあ変人だろうな。
でも店をみる限りだいぶ繁盛しているようだし、そこまでではない(と信じたい)筈だ。
ポケモン的バリアフリーの扉を開いて入店。
と同時にきらきらした挨拶がとんできた。
「いらっしゃいませー♪」
「あの、チェリムさん、ボクの友d…」
友達を紹介したいんだけど、まで言わない内にチェリムが飛びついて来た。
「ナズナちゃ〜ん♪ 今日はお仕事じゃないのね〜♪」
「…く、首、絞まってるから」
なんだこれは、俗に言う百合というやつなのか、え?
呆然とすること数秒。
その間も首を絞められたナズナの顔は赤くなっていく。
あ、これ駄目なやつだ。
我にかえったときに後ろから声が響いた。
「…あまごい」
途端に太陽は隠れ、雨雲が広がった。
雨が降り出すとあれほど強くしがみついていたチェリムはぽてっと床に落ち、見る見るうちにフォルムチェンジ。
花弁の笠で体を覆った姿になり、ちょこん正座(たぶん)したのだった。
「…チェリム君、おはよ」
そのチェリムの横にかがんだのは桜色のプルリル。
ふわふわ浮いているのでかがんだと言うよりは体を丸めたに近いのだが。
チェリムは顔(たぶん)をプルリルの方に向けると泣きそうな声で言った。
「あ、あの、プルリルちゃん、僕、また、ナズナさんに…?」
なんだこれは(二回目)
あれか、俗に言う二重人格。
「…多分、平気」
「そ、そうかな、だ、大丈夫、だよね?」
完全に伸びていた。
駄目じゃん。
「…平気そう」
「うん♪」
ん?
みるとあまごいの効果がなくなり、雲の切れ間が…
「ナズナちゃ〜ん、一緒に遊ぼ♪」
「…帰るね」
なんだこれ(三回目)
あれか、俗に言う…あー思いつかない。
なんか負けた気分。
とかいってる場合じゃなくて…
「うぅ…ホタルぅ〜に、逃げて」
ナズナ、いいやつだったな。
お前のことは忘れない。
「明日には返すよ♪」
笑顔が怖いです。
☆☆☆
「逃げてしまった…」
軽く自己嫌悪。
いやいや、軽くないし。
なんか流されまくってる気がする。
で、後になってうじうじと考えて、情けない。
ああ、でも、ナズナは俺以外にもちゃんと友達がいるんだな。
なんでわざわざ俺と探検隊をやろうなんて思ったんだろう…
「あら、お一人?」
ボーとしながら歩いていたら聞き覚えのある声に引き留められる。
チョロネコだ。
珍しく取り巻きを連れていない。
「あたくしもですの。二人は隣町に遊びに行きまして、暇で暇で…この際、貴方でも構いませんわ、遊びませんこと?」
この際って何だ、妥協された。
生意気な…あー、先輩に失礼か。
「いいですよ」
腹立たしいが一応敬語にしておこう。
☆☆☆
連れて行かれたのは村はずれ。
小高い丘の上、リンゴの木の下。
そよ風が心地いい綺麗な所だった。
「本当にあたくしとでいいんですの?」
「?」
チョロネコは開口一番、訳の分からないことを問いかけた。
別に嫌っているわけでもないし、先輩の誘いを断らないだろう?
「不思議なロコンですわね。会ったときから…というか貴方あの時何をしていたんですの? 結局聞きそびれてしまいましたわ」
「さぁ…」
事実わからない。
突然、本当に突然、気づいたらあそこにいたのだから。
「さぁ、って…どういうことですの?」
「人間だったんだ。元は。気づいたらあそこにいて、ロコンになっていて。
昔の記憶は丸々無いし、全然分からない…あ、です」
ですます調を忘れていた。
どうせそういう癖とか無かったんだろうな…
「ですとか、付けなくて宜しくてよ。それにしても、人間とは…珍しいですわね」
「珍しい?」
他にもポケモンになった人間がいるのか。
是非とも参考までに話を聞きたい。
「あら? ナズナから聞いてないんですの? まさか話をしてないとかはないですわよね」
「え、あ、聞いてない、けど」
ナズナがどうしたって?
何か知っていたのか?
何で、教えてくれなかったんだ?
「後でナズナに聞きなさい」
「そうする」
しばらく無言が続く。
チョロネコがはなすのをやめ、丸くなったからだ。
いい陽気だと眠くなるのかもしれない、猫だし。
そう思ってこちらも丸くなる。
目を閉じると虫ポケモンや、鳥ポケモンの囁きが聞こえる気がした。
草の香りを吸い込んで風を身体で感じる、とても、暖かい。
気持ちよさにうとうとしかけたところでチョロネコが口を開いた。
「貴方って、自分の意見を言わないんですの?」
時間が止まったような気がした。
本当はそんなことはないのだが正体不明の衝撃を受けたから。
「今日、いろいろ話して分かりましたの。貴方は意見を一つも言いませんでしたわ。
責めているわけではありませんの。ただ、少し心配ですわ」
意見。
確かに一つも口に出していなかった。
ナズナに行き先を問われたときに言わず、
ナズナに逃げてと言われたときに助けもせず、
チョロネコに誘われたときも文句を付けなかった。
「貴方が何もしない分、あたくしは疲れましたわ。
きっとナズナも。そして貴方も。違いまして?」
そうかもしれない。
カフェに入るのが嫌そうなナズナを別のところに連れ出せば良かった。
でも、何もいわなかったから伝わらなかった。
「人間だと聞いて、記憶がないと聞いて、それが原因かとも思いましたわ。
けれど、なにか違う。あたくし、分かりましてよ、そういうの」
きっとそれは
意見を言わないことに対する言い訳だった。
「貴方の性格ですわね、きっと。
優しいんですわ。だから他人を傷つけないように、何も…」
優しい。
よく分からない。
ただ、そんなのじゃない、と思う。
「直ぐに変われとは言いませんわ。でも、覚えておいて欲しいんですの」
チョロネコは立ち上がり丘から去っていった。
俺はただ見ていることしかで出来ずにいる。
あんなに心地よかった風がいまはただ、寂しかった。
☆☆☆
「ホタル、し、死ぬかと思った…」
空に星が輝き始めた頃、帰ってきた俺をあちこちをリボンで飾り立てられたナズナが待っていた。
チェリムに弄ばれたに違いない。
「え、えっと…その、なんかごめん」
「あーうん、ホタルのせいじゃないから」
謝ったもののナズナの方が一枚上手だった。
何から何まで情けない。
表情を見かねたのかナズナが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「どうかした? 遊びに行ったの、嫌、だったかな…?」
言わないから分からない。
そう言外に告げられた気がした。
「嫌じゃなかった」
「ふふ、ホタルって単純だよね」
慌てて否定したのだが…
やはりナズナが一枚上手。
ツタージャの尻に敷かれるという感覚を味わうことになるとは。
「明日からはまた仕事だし、そろそろ休もうか」
「おやすみ、ナズナ」
「うん、ホタル」
まあ、このままでいいのかもしれない。
ぼんやりと思い、眠りに落ちた。
☆☆☆
その頃、グレンの部屋では…
「…という訳ですの」
「人間、か…ややこしい事になったな」
ちょこんと木のいすに腰掛けたチョロネコがペラペラと紙の束を捲る。
過去の伝説の数々がかかれた書物である。
「“どの時代でも人間がこの世界の鍵を握っている”」
「可笑しな話ですわ。
ポケモンだけの世界をポケモンではない者が救うなんて」
唐突に紙束をめくる手が止まる。
目的の伝説を見つけたからだ。
「ありましたわ。石化事件の顛末。
元人間のナエトルとそのパートナーのリオルの話を」
二人は伝説を読み返す。
この時代では何が起こるのか、その手がかりを探るために。