その仕事は難問で
朝になった。
相変わらずロコンのままなのに少しがっかりする。
記憶に関しても進展はない。
しばらくは嫌でもナズナと過ごす事になるのだろうが…
そういえばナズナのことを何も知らない。
聞いておいて損はないだろう。
ぼーっとそんなことを考えているとやたら重々しい音が響いてきた。
……ゴーーーーーーーン
「そういえば鐘とか言ってたな。…何で和風?」
そう、この音は慣れ親しんだ除夜の鐘…
慣れ親しんだ?
「…思い出せない」
それよりも広場に集合だ。
ナズナは…まだ寝てる。
「ナズナ〜、起きろ〜」
もぞもぞと体を動かすものの眠ったままだ。
これは…
「…」
寝起きドッキリをやるチャンス!
…とかではなく、朝が弱いタイプなのでは?
「おーい、起きてくださーい!」
「…すぅ……すぅ…」
だめだこれ。
どうしようか。
………くすぐろう。
足の裏…は面積的に無理だとして…脇の下辺りにするか。
「…こちょこちょ」
「ひゃあっ!?」
飛び起きた。
最初からこうすれば良かった。
涙目になっているナズナ。
くすぐりにも弱いのか。
「ど、どこ触ってるのホタル!」
しかもめっちゃ怒られた。
いや、起きないのが悪いだろ。
「馬鹿」
「いや、起こしただけだし」
「なっ! そ、そっか」
やっと状況が分かったらしい。
「…寝坊してごめん。広場、行こっか」
全く、これから大丈夫なんだろうか。
☆☆☆
「遅いですわ」
広場に着くと開口一番に文句を言われた。
もうすでにグレンさんとチョロネコ、ヤドン、マルマインは整然と並んでいた。
「も〜う〜、始まってるよ〜」
「ヤドン、もう終わってるぞ?」
どっちだよ。
マルマインの方が信頼できそうだが。
そこにグレンさんがこう言った。
「ホタル、ナズナ、今日は初日だし見逃すことにする。次はないが。
ああ、二人には早速依頼を受けてもらうぞ」
いきなりだった。
いや、まだ依頼とか訳わからない。
「ああ、そうか。説明がまだだったな。
今回は探検隊の雰囲気を味わってもらうための依頼だ。
勿論、難しくもないし、危険でもない。この紙が依頼書だ」
「…えっと人捜し?」
渡された紙にはウルガモスの写真と捜索の旨が記されていた。
行き先ははじめの森。かなり分かりやすかった。
下の方には報酬である百ポケ、依頼主のグレンとい…グレン?
「お使いみたいなものだ。最初は皆、この依頼を受ける。
私の師匠にあたるウルガモス氏を捜し、挨拶をしてきなさい」
「…し、師匠、なんだ」
チョロネコたちもやった依頼なのか。
「ねぇ、ここってダンジョンなの?」
「ああ。敵も弱いが出てくる。気をつけろ」
ダンジョン。
何故かは分からないがよく知っている。
持ち物とか、トラップとか、いろいろ。
「…ね、ホタルはバトル、したことある?」
「無い、と思う」
バトル…そうだ。
俺はいま、ロコンなのだ。
「バトルをしたことがないのか?
技はなにが使える? 特性は? 自分のステータスは分かるのか?」
「えと、ボクはたいあたり、つるのむち、へびにらみ、まきつく。
特性はたしか、しんりょく。レベルは10」
「分からない」
ナズナはすらすらと答える。
そういえば何一つ分からない。
「おい、分からないって…
まあいい。今から測定するぞ、ついて来い」
☆☆☆
よく分からない青い玉に触れたら足形文字でステータスが中に浮かんできた。
読めねぇ。
「ロコン。レベル10。技、ひのこ、でんこうせっか、ほえる、ん? じんつうりき?
えーと、特性……が、ひでり? かなぁ」
妙な間が怖い。
いったい何だというんだ。
「…普通ならじんつうりきなんてそのレベルじゃ覚えないよ?
多分タマゴのときにあれやこれやで覚える技なんだけど…ホタルに限っては、ね?
それに特性が読めない。ぐちゃぐちゃになってて…ひでりだとは思うんだけど」
それって故障じゃないのか?
「ま、ステータスが分かったからいっか」
いいのか?
☆☆☆
よく分からないままはじめの森に着いた。
技の使い方は教わったし、まあ問題ないはずだ。
「この奥がダンジョンか?」
「多分ね」
入口にはご丁寧にはじめの森という看板とガルーラの石像があった。
ガルーラ像のこともなぜか知っている。
道具を転送する装置、便利だ。
「じゃ、行くよ」
意気揚々と俺達は進んでいった。
…のははじめの数十分だけだった。
「誰も何もないんだけど」
「そうだな」
何もなかった。
もうそれはそれは何にもない。
ポケモンには遭遇しないし、物やポケも落ちていない。
「ね、静かすぎない?」
「そうだな」
立ち止まって耳を澄ましても何の音もしない。
「ボクさ、ずいぶん前にもこんな事あったんだよね。
しんとしてて、何もなくて、それでね…」
言ってはいけない。
そんな気がしたのだが人の口にとをたてる技なんてしらない俺はとめられなかった。
「すごい強敵がいるの」
グオオオオーーーーン……
遠くで何かの鳴き声が聞こえた。
いわゆる強敵のものだろう。
やっぱりね。
「……どうする?」
「いや、どうしようもなさそうだぞ」
そしてロコンである俺の聴力は告げるのだ。
こっちに来るぞ、と。
☆☆☆
一方、グレン達の元にはひとつの情報が入ってきた。
情報をもたらしたのはチルタリス。
普段、能天気な彼女はグレンの姉弟子であり、情報屋である。
「…刻印のポケモン。また出たのか」
「ここの所増えてるのー。わたしもこの目でみたけど、目玉みたいな変な赤い模様が腰に付いているオノノクスだったのー」
オノノクス、か。
強いポケモンが刻印を入れられると厄介だった。
「それでね、そいつ、倒す前に逃げちゃって、はじめの森に行っちゃったのー」
「はじめの森、だと?」
☆☆☆
巨大だった。
太い四肢も、鋭い牙も、長い尻尾も。
そいつは真っ赤に染まった目で睨んできた。
腰のあたりには見慣れない血色の模様が窺える。
オノノクスだ。
「…ホタル」
命がけ。
こいつは強い。
下手をすれば殺される。
言いたいことはよく伝わった。
この状況で俺達がとれる最善の手段を。
ナズナは小さく息を吸って叫んだ。
「へびにらみっ!」
そう、逃げるのだ。
へびにらみをすれば敵はしばらく攻撃できない。
…はずだった。
「グオオオッ!」
クラボのみを飲み込む。
どうりで物が落ちていない訳だ。
すべて、こいつがとっていったのだ。
「ドラゴンクロー!!」
背中に衝撃を受けた。
簡単に吹き飛ばされ木に激突する。
今まで経験したことのない痛みが体中を駆けめぐる。
「ホタル!!」
よそ見をするな、と言いたかったが肺の空気が全て出てしまったようで声がでない。
「ドラゴンクロー!!」
オノノクスは愚直に同じ攻撃を仕掛ける。
ナズナは勿論、避けられるわけもなく吹き飛ばされた。
「…グオオ!」
オノノクスはドシドシとナズナに近づいていく。
俺と同じ攻撃を受けたのだ、逃げられるわけがないのがよく分かる。
と、そこで
「……ぅ、つ、つるのむち!」
ナズナは反撃したのだ。
「グゥウウッ!?」
これにはさしものオノノクスも面食らったようで僅かに身をのけぞらした。
いや、僅かだがダメージを与えたのだ。
「…しんりょく、発動してるから」
ゆらりと立ち上がった姿は綺麗だった。
だが、こいつ相手では…
見るとオノノクスは怒りを体現したかのような形相でナズナを睨んでいる。
「りゅうのはどう!」
オノノクスが息を吸ったところで
「むしのさざめき」
思わぬ乱入者があらわれた。
赤い赤い花弁のようなものを広げ、ふわりと浮くそのポケモンは紛れもなくウルガモス氏その人だった。
「グオオオオーーーーッ!?」
そして俺達を苦しめたオノノクスを一瞬で屠ったのだった。
☆☆☆
「君達、大丈夫だったかね?」
オノノクスが持っていたオレンのみで無事回復した俺達にウルガモス氏は優しく問いかけた。
「だ、大丈夫です。…その、ありがとうございます」
「いやいや、大したことはないよ。無事でよかった」
話し方からしてかなりお年寄りなのだろう。
しかし強さはピカ一だった。
流石、師匠の師匠。
「あの、ボク達、グレンさんの所で新しく探検隊を始めたんです。
それで、挨拶をかねて、初仕事をするところで…」
「ほう、あのバカ弟子が? そうかそうか…
儂はもう歳だから弟子はもう取らないが…ほう、あやつが」
なにやら押してはいけない年寄り特有の長話スイッチを押してしまったようだ。
「…何にせよ良かった。それで探検隊、続けるのかね?
この先、こういうことは沢山ある」
「そりゃあ今回は怖かったけど、でもボク達は探検隊なんだ。
絶対に辞めたりしないよ」
おいおい、勝手に話が進んでいく。
「そうかそうか…歩みを止めたらお終いだからの」
「はい!」
まあ楽しそうで良かった。
ウルガモス氏は暫くナズナと話をした後、こっちを向いて言った。
「そっちの、この子を大切にするんだ、いいね?」
どういうことだ?
☆☆☆
「…ただいまー!」
「ただいま」
「お邪魔するよ」
ウルガモス氏を連れてグレンさんの元に帰る。
グレンさんは何でかオノノクスのことを知っていて大袈裟過ぎるほど驚いていた。
「そうか、やっぱり戦ったんだな」
「幸運が重なったから助かったようだぞ?」
ウルガモス氏が通りかかってくれなければ死んでいた。
「…あいつに変な模様が付いているのを見たか?
あれは刻印と呼んでいてな、あれが付けられたポケモンは凶暴化する。
何なのかも何故なのかも分かっていないが倒せば消える。
ここの所増えているらしい、警告しなかった私の責任だ」
なんだそれ。
今まですんなりと分かっていたこの世界が唐突に分からなくなった気がした。
いや、ロコンになった時点ですんなりもなにもない。
「そういえば何で俺は一撃でやられたのにナズナは平気だったんだ?」
「…多分、防御力の差と、特性じゃないかな」
特性?
しんりょくのことか?
それ関係ないんじゃ…
「オノノクスはとうそうしんって特性で、丁度やつはオスだった。
ホタルもオスだから余計にダメージ受けたんだと思うけど…どうしたの?」
…ナズナはメスだったのか。
知らなかった。
いつもボクとか言ってるし。
………ちょっと待て。
俺は朝、何をしてナズナを起こした?
思えばあの怒り方は…
いっそ一思いにオノノクスにやられてしまった方が良かった。
とか思ってないぞ? 思ってないんだからな?
「あの二人はいいアベッk…パートナーになりそうだの」
「ウルガモス氏、それは死語だと…」
なにやら関わりたくない会話が聞こえてきた。
「…ホタル? どうかしたの?」
「…いやなんでも」
あなをほるを習得しそうなほど恥ずかしい。
今すぐ埋まりたい。もういっそ地割れとかで落ちていきたい。
「ああ、そうだ。これが報酬だ。もう部屋に戻りなさい
明日こそ遅れないようにな」
そして一瞬で笑顔から真顔に戻ったグレンさんにそこはかとなく恐怖を抱きつつ部屋に戻るのだった。
部屋?
…そういやナズナと同じ部屋なんだよな。
グレンさんがニヤニヤしているのは見なかったことにした。
☆☆☆
「今日は疲れたね。それにしても…あのオノノクス、びっくりしたよ。まさかあんなのがいるとは思っても…見な……かっ…………あの、ホタル?」
「へ?」
全く聞いていなかった。
この聞き流しスキルをあの場で使えば良かったんじゃ?
「その、ボクのこと、嫌いになった?」
じっと見つめられる。
「メスなのに、ボクとか言ったり、無理やりホタルを探検隊にして危ない目に合わせたり、さっきも嫌な思いさせちゃったみたいだし…」
こいつにこんな台詞は似合わない。
そう思った。
「…いや、そんなことない」
そう言って笑ってやる。
なんだ、こんなやつにも可愛いところくらいあるじゃないか。
「その、ずっと探検隊、一緒にやってくれる?」
「ああ」
ナズナは満足そうに目を閉じて、言葉一つ一つを噛みしめるように言った。
「そっか。命を懸けて探検隊、やってくれるんだね。
絶対に逃げないで戦ってくれるんだね」
はめられた気がするのはきっと気のせいではない。