その師弟は仲良しで
ナズナに連れられるままやってきたのは大きな赤い建物。
果てしなく目立つ。
外壁を見るに真っ赤な石を切り出して造ったのだろうが…
それにしても大きい。
きっと大型のポケモンも入れるように配慮してあるのだ。
…ホエルオーは流石に入らないだろうが。
「…ホタル?」
「ん?」
ぼけーっと眺めていたらナズナに前足を踏まれた。
痛い。
「話聞いてた?」
「全然」
ナズナ宅からここに来る数分の間に俺の聞き流しスキルが上がっていた。
最初の方は割とまともに聞いていたのだがエンドレステープのように
ずっと探検隊の素晴らしさについて語られてやめたのだ。
「…もう一度言うけど、探検隊登録といっても素人のボクたちは
ギルドマスターランクっていうランクの探検隊に弟子入りしないと駄目なの。
でもってこの村にはギルドマスターランクの探検家は一人きりで
この探検基地に住んでるグレンさんなんだ」
ああ、思い出した。
それからグレンさんというのの武勇伝を話し出しそうになって
聞き流しモードに入ったんだった。
「くれぐれも失礼の無いようにね」
それを言うためだけに前足を踏んだのか、こいつは。
ずんずんと先に進んでいくナズナを追いかけて建物に入る。
これから先が思いやられそうだ。
☆☆☆
建物の中は異様な空気に包まれていた。
中にいるのはギルドマスターランクの探検家であろう、
ウインディ、それと…
『…』
誰もが黙りこくっている。
この場において、発言というものは
ふくらみきった風船を針でつつくようなものだ。
当然、そんな危ないことは誰もしない。
誰も発言できない。
「…ね〜、チョロ〜」
訳ではなかった。
「こいつ〜、朝の〜、あいつ〜だよね〜」
ヤドンだ。
持ち前の鈍感さでこの空気をぶち壊す。
ある意味天才。
「…知り合い、だったのか?」
そう、建物に入ってみると目に飛び込んできたのは
ふかふかそうな椅子に座ったグレンさん(と思われるウインディ)
になにやら報告をしているらしかった
チョロネコ、ヤドン、マルマインの三人組の姿。
「…ぁ、あの、ボクたt「朝の変な奴らじゃない!」
出鼻をくじかれまくったナズナが葉っぱのような尻尾を垂れる、チョロネコめ。
それをよく思わなかったらしいグレンさんは助け舟をだす。
「猫の手隊は少しだけ静かにしてくれ。
それで、君たちはどんな用件でこちらに?」
「あの、ボクたちを弟子にしてください!!」
ピンと背筋を伸ばして礼をするナズナは
なんか、かっこよかった。
…じゃなくて、俺も頭を下げなくては。
「探検隊志望か。それは良いことだ」
「それじゃあ…」
にっこりと微笑んだグレンさんに
ナズナは目を輝かせる。
意外と簡単なんだなと気を抜いたところで、
「断る」
耳を疑った。
「え、でもチョロネコ達は…」
「忙しいからだ。私には君たちに注意を払う余裕はない」
「注意なんで払わなくったって…」
「何のために弟子入りが推奨されていると思っている?」
「でも、でも…」
「断ると言った」
なにを言っても無駄。
そう思っていた。
「お言葉ですがグレン師匠、あたくしは
このチビ共を弟子にするべきだと思います」
そこに割って入ってきたのはチョロネコだった。
「何故?」
「あたくしは夢を諦めさせるようなコイキング以下の師匠なんていりませんの」
ニヤリとしながらゆったりと尻尾を揺らし、
ひとを小馬鹿にしたように笑う。
それでいて少し悲しげな目をするものだから流石だ。
演技派だな。
「それに、少しでも関わったんですから…
野垂れ死んでもらってはあたくしが困りますわ」
物言いはかなり高慢だったが、
全く他人を怒らせない、むしろ起こる気を失わせる
不思議な話し方だった。
「……分かった。弟子入りを認めよう」
チョロネコの説得にグレンさんが折れる。
グレンさんは奥の棚から一枚、紙を取り出すとナズナに手渡した。
「そこに名前を記入してくれ」
慣れた手つきでナズナは文字を書く。
のだが、一切読めない。
なんだこの字。
「…もしかして足形文字、知らない?」
「知らない」
暗号にしか見えない。
「じゃあ、ボクが書いておくけど…
次からは書けるようになってよ?」
自信がない。
一文字たりとも違いがわからないんだが。
そうこうしている内に全ての記入が終わった。
「記入が終わったようだな。
これが君たちのバッグと探検隊バッチ、不思議な地図だ」
グレンさんは茶色の革でできたバッグを俺に渡すと
地図とバッチを中にしまった。
「探検隊結成おめでとう。
私はグレン。見てのとおりウインディだ。
こっちは君たちの先輩にあたる猫の手隊。
メンバーだが、チョロネコ、ヤドン、マルマインの三匹だ」
「よろしくお願いしますわ」「よ〜ろ〜し〜く〜」「よろしく」
「ああ、言い忘れていたがここは全寮制だ。
部屋は下に使ってない部屋があるから…チョロ、案内を頼む」
「分かりましたわ」
☆☆☆
「ここがあなた方の部屋ですわ。チーム別に部屋がありますの。
ランクによって部屋のグレードが変わりますわ。
ワタッコのように柔らかい寝床が欲しければ仕事に励む事ね」
連れられた部屋はお世辞にもいい部屋とは言えなかった。
狭いし暗いしナズナの家の方がいい気がする。
積んである藁(だと思う)が寝床なのだろうが
物凄く乾燥していて一晩寝たら粉々になりそうだった。
まあ流石にそんなことはないだろう。
「…それと、あたくしたちの部屋は右隣ですの。
グレン師匠の部屋はさらに右隣。何かあったら必ず報告しなさい
マニューラ並みのスピードでとんでいきますわ」
さっきから度々引っかかっていたのだが、
このチョロネコは何かに例えるのが好きなのだろうか。
「朝は鐘が鳴ったら広場に集合ですわ。
広場は地下にあって…あの穴から降りますわ」
……穴?
チョロネコが指差す先にはかなりの大きさの穴が開いていた。
なんだこれ。
「あの穴、閉じることも出来ますのよ。
何でも避難所としてグレン師匠が提案したとか」
これまた大型ポケモンに配慮してのことだろうがでか過ぎないか?
その穴はマンムーでも余裕で通れそうだった。
「すごい! ボク行ってみてもいい?」
「…オススメはしませんわ。
ホイーガのようになっても知りませんわよ」
降りかたの想像がついた。
「…や、止めとくよ」
「賢明ですわ。
さて、今日はもう休みなさい。あたくしたちの朝は早いですわ」
そう言って隣の部屋のドアを開けた。
ドアノブもないのにどうやってあけるのかと思ったが普通に押して開けていた。
反対方向にも開くらしく、手足のないポケモンでも開けられる仕組みだった。
「じゃ、行こうホタル」
「ああ」
☆☆☆