その話は鮮明で(前)
ウルガモスさんが亡くなって数日がたった。
ポケモン達は淡白でもうなにごとも無かったかのように個々の生活にいそしんでいた。
当たり前なのかも知れない。
この世界では死はとても身近で冒険者が死ぬなんて一々気にしていられないのかも知れない。
それでも、
「今日は討伐依頼だ、気を引き締めてかかれ」
このひとは、グレン師匠は、どうしてこうも普通でいられるのだろう。
仮にも師と仰いだひとのことを想うことはないのか。
まだ人だった頃の感覚でものを考えているだけでこれは当然とでもいうのか。
俺には分からない。
「頑張っていこうね、ホタル」
ナズナはどう思っているのだろうか。
聞きたい気もしたがそれよりもナズナの完璧な笑顔の前に悪い答えが返ってくることを想像して、俺はなにも言えなかった。
ナズナもまた、彼女自身の日常にいると分かってしまったから。
☆☆☆
その夜。
俺は眠れずにいた。
散歩でも行こうと、
のそのそ起き出して赤い扉を出ようとして気づく。
丘を登るポケモンの影。
影はリンゴの木の下で動かなくなった。
誰だろう。
そう思いつつも俺はその影がグレン師匠であることを望んでいた。
丘を影に続いて登り終え、その影がグレン師匠だと分かったとき安心した。
師匠は木の下で丸くなっている。
「…ホタルか」
師匠は顔を上げないままぼそりと言った。
「…ウルガモスさんの事ですか?」
「ああ」
会話が途切れ、静かな時間が流れていく。
夜空には満天の星々が煌めいていたがそんなもの、どうだってよかった。
単純に、この世界でも死が悲しいことだと知って嬉しかった。
「…これは、独り言だ」
ぽつり。
呟いてその話は始まった。
☆☆☆
それはまだ、私が探検家になりたての頃。
今から大体九年くらい前の話だ。
「お宝?」
「そうさ、この森の奥には秘宝が眠ってる。
もっとも誰も取れるような代物じゃない、だからこそ秘宝だ」
その頃はまだ全然実力もなくて、無名だった私はただすごい探検家になりたいと、それだけを考えて難しいダンジョンに挑んでは逃げ帰ることを繰り返していて…笑うな、そういう頃もあっただけだ。
…とにかく、その噂に飛びついたんだ。
「森の奥には秘宝がある、でも誰にも取れない。
となると…」
秘宝の姿が分かればいいのだが。
持ち帰れるサイズじゃないとか、そもそも手に取ることが出来ないとかだったらどうしようもない。
「とりあえず行ってみよう」
噂で聞いたとおりの道を進む。
時々現れるポケモン達はそこまで強くなかったため苦戦はしなかった。
アイテムも落ちているし、なにより明るい。
だから見通しも利くし遠距離技を持っている自分には非常に進みよい道だった。
「道が、開けた?」
だから少し油断していた。
ここが、誰も攻略出来ないダンジョンたる由縁であろうそれ。
木々が取り囲む綺麗な草原。
そのど真ん中に存在感MAXで待ちかまえていた、それ。
「…湖」
の中にいる無数のギャラドス達である。
皆、一様に此方を睨む。
いかくのせいでもとからギャラドスには歯が立たない攻撃力は悲しくなるくらい落ちているに違いない。
モンスターハウスより数段恐ろしい。
『ギャォオオオオッ!!』
湖が生き物であるかのようにうねりギャラドス達が技を使うのだと教えてくれる。
分かったところで逃げようもない。
…詰んだ。
ぼーっとギャラドス達の生み出す水のボールを眺めていると。
「…何やってるっ、逃げるぞ!」
グイッと引っぱられてよろめくと自分のいた場所に太い水流が掠めていった。
危ないなんてもんじゃなかった。
だれかに引かれるまま茂みの中へ。
そのまま森の中に入り、ようやく安心出来ると一息つくと隣から呆れたような、いや実際に呆れてるに違いない、声が聞こえた。
「まったく、あんな所に飛び込むなんて、バカ?」
よく通るボーイソプラノの主はまだ年若い、むしろ幼いと言ってもいいメラルバだった。
生意気そうな口をきくが文句は言えない。
助けてもらったし、あと実際飛び込んだのは自分だし。
「…じゃあね、僕は忙しいんだ」
そのままひょいひょい去っていこうとするメラルバ。
しかし、このメラルバは何故こんな所にいるのだろうか。
ギルドに入るには幼すぎ、独学でやるにはある程度金銭的余裕がなければならない。
ならば地元の子かというとその身のこなしからして違うだろう。
「待ってくれ!」
「バカ、大声出すな。…ったく、まだ何か?」
「君は探検家なのか?」
なりたいのか、とは聞かない。
それは自分が失態を犯したからではなく、純粋に疑問に思ったから。
「っ…別に、そういう訳じゃないよ」
ぷいとそっぽを向いて不服そうだ。
正直、この反応は予想外だった。
「…もういいでしょ、僕は行くから」
「待って」
かさり、と何かが擦れるような音が聞こえた。
微かでメラルバは聞き取れなかったらしい。
「何? 僕と探検すれば勝率が上がるかも、
とか馬鹿なこと考えてるんじゃないよね?」
「…静かに」
メラルバを制すと耳をピンと立てて音の発生源を探る。
木々の間を流れる風の音。
湖のギャラドスたちの音。
空を飛ぶ鳥ポケモンの音。
それに紛れて聞こえる木の上から技を撃とうとする…
「っかえんほうしゃ!!」
それと同時に太い水流が飛んできた。
炎と打ち消しあって、白い湯気がもうもうと立ち上る。
ちらりと見えた水流の主はニョロトノ。
相性最悪な相手だ。
慌ててメラルバをくわえて逃走。
「わ、離せっ! 自分で走れる!!」
「速度がでないだろ!!」
ニョロトノは完全に捕食者である。
ダンジョン内のポケモンは外の仲間と違う。
木の実だけでなくポケモンをぺろりと平らげてしまう。
食物連鎖の最下層にいる虫ポケモンは…言うまでもない。
ニョロトノの気配が完全に消えたところでメラルバを降ろしてやる。
「…その、ありがと」
俯いて恥ずかしそうにお礼を言われた。
「バカでも助けるくらいなら出来るぞ?」
「…根に持ってたのかよ」
これまた俯いての発言。
照れているのだろうか。
「あのさ、変かも知れないけど…」
もじもじ。
言いにくいのか少し間をおいて、意を決したようにばっと面を上げた。
「僕の馬になってくれないかな?」
すっげーいい笑顔だった。