最終話、フロンティアを駆け抜けて
(……それにかなり不利だけど、二人のおかげで準備はできたわ)
ジェムがドラコとアルカからポケモンを借りたのは自分の意志を示すこと意外にもう一つ理由がある。もう少し、もう少しで勝つための布陣が整う。
「自分の手持ちであるキュウコンか……だがもう手遅れだ。ゴルーグ『シャドーパンチ』」
「ラティ、『ミストボール』!」
ゴルーグの巨大な拳の影が飛んでくる。『ミラータイプ』でラフレシアのタイプをコピーしたラティアスが放つ霧は毒ガスのように紫色でより深く仲間の姿を隠す。
「それで当てられないとでも思うのか?」
だが、影の拳は大きさに任せて振りぬかれキュウコンの額を撃つ。直撃は避けたがそれでも少し体がぐらついた。でも、これで。
「…………お父様の方よ」
「ん……?」
ジェムには、今から自分のすることが少し怖い。でも、心の準備はこの一週間でしてきた。自分の大事な人にも、自分が何をするかは伝えたし彼らも反対はしなかった。
「手遅れなのは……お父様の方よ! キュキュ、『炎の渦』! お願い、しばらく耐えて!」
「ジェム……何をするつもりだ! やめろ!」
「コオオン!!」
キュウコンが特大の炎の渦を吐いて相手を妨害する。何かを察したサファイアが猛攻を仕掛けるが、キュウコンは分身や蜃気楼を使い凌いでいく。ジェムはキュウコンを信じ、胸の前で手を合わせ唱える。ジャックに教えてもらった、バトルピラミッドでレジギガスを呼び出すのに使ったものと同種のポケモン同士の力を融合させる古代の呪文。
○○ ○○ ●● ○○ ○○ ●● ○● ●○ ●○ ○○ ●○ ●● ○● ●● ○○ ○● ○○
○○ ○● ●○ ○● ○○ ○○ ●○ ●○ ●● ○● ○○ ○● ○○ ○● ●● ○● ○○
●● ○○ ○● ●● ●○ ○● ●○ ○● ○○ ●○ ●● ●○ ○○ ○○ ○○ ●○ ●●
(げんわくのきりをはなつりゅうよ)
○○ ○○ ●● ○○ ●○ ●● ○● ○○ ○● ●● ●○ ●○ ○● ○○ ○○
○○ ○● ●○ ○● ○○ ○○ ●○ ○● ●● ○○ ○○ ○○ ○● ●● ○○
●● ○○ ○● ●● ○● ○● ●○ ○○ ●○ ○● ●● ●○ ●○ ●○ ●●
(げんかくのどくをちらすはなよ!)
○○ ●● ○○ ○● ●○ ●○ ●○ ○○ ●● ●○ ○○ ●○ ○○ ●○ ●● ○○
○○ ●● ○● ●○ ●● ○○ ○● ○● ●● ○● ○● ●● ○○ ●● ●● ○○
●● ●○ ●● ●○ ●○ ○● ○○ ○○ ●○ ●● ○○ ○● ●○ ○○ ●○ ●●
(てんのちからでまじわりて)
○○ ○● ○● ○● ○○ ●● ●○ ○○ ●● ○○ ○● ●● ○○ ●○ ●● ○○ ○○
○○ ●○ ●○ ●● ○● ○● ●● ○● ○● ○● ●● ○○ ○● ○● ●○ ●● ○○
●● ○● ○● ○○ ●○ ●● ○● ○○ ●● ○○ ●○ ○● ●○ ●● ○● ●○ ●●
(こころをむしばむどくをまけ!)
○○ ○● ○● ○○ ○● ●● ○● ○○ ●○ ●○ ●○ ○○ ●● ●○ ●○ ●○ ●● ○○ ○○ ○○
○○ ●○ ●○ ○○ ●○ ●○ ●● ○● ○● ●● ○● ○● ●● ○● ○● ●○ ●○ ○● ●● ○○
●● ○● ●○ ○● ●● ○● ●● ●● ●○ ●○ ●● ○○ ○● ●○ ○○ ○● ○● ●● ●○ ●●
(このぽけもんたちまぜたらきけん!)
唱え終わり、ラティアスと彼女がコピーしたラフレシアの力が交じり合い融け合う。最後に、ラティアスにいつもの言葉で命じる。
「ラティ、お客さんのみんなに……『ミストボール』!!」
「ひゅらあん!!」
ポケモンバトルをする際の観客席にはポケモンの技によるダメージを受けないように目に見えないバリアーが張り巡らされている。ポケモンの技で言う『光の壁』や『リフレクター『神秘の守り』のようなものだ。通常のポケモンバトルではそもそも起こりえないことだが、故意に観客を攻撃しようとしても届かないようになっている。――だが、抜け穴はある。ポケモンの戦いは見えるように、風や炎の勢いが伝わる無害にならない範囲の影響は届くように調整されている。
(アルカさん……ドラコさん。あなた達のおかげで、私は世界のみんなにだって立ち向かえる)
アルカのラフレシアのまき散らした花粉は、サファイアのポケモンには効かなくてもフィールドに舞う。そしてドラコのリザードンの羽搏きによって客席中に届いている。勿論『毒の粉』のような直接体に害を与えるような毒ならばバリアーに防がれる。粉は届いているがそれ自体には害はない。で、毒タイプになったラティアスが放つ毒ガスのような濃紫の霧。最後の仕上げとしてマイクのスイッチを入れ叫ぶ。
「私は……私達を笑いものにしたお客さんたちを許さない! 私達が苦しんでいるのを見て楽しんだお客さんが大嫌い! だから……みんなに、私の受けた苦しみを味わってもらうわ!!」
「ジェム……やめてくれ!」
サファイアがさすがに察したのか今まで聞いたことがないくらい焦った声で叫ぶ。でもその声はジェムを煽る結果にしかならない。自分が苦しんだことを聞いていた時は平然としていたのに、お客さんが危なくなれば焦るなんて、それがお父様の理想だと理解していても、納得など出来るはずがない。
「ラティ、『サイコシフトッ』!!」
「ジェム!!」
ラティアスの瞳が光、ラティアスが観客の心に写し移すのは自分とジェムがアルカから受けた毒の痛みの一部。体が痺れ、眠くなり、身体が痛む――ような幻覚。毒ガス状の霧を通した架空の小さな痛みでも、得体のしれない花粉と見るからに有毒そうな霧に包まれた観客たちにとってどんな興奮も楽しみも醒めるような『劇薬』になる。
その結果。
大人も子供も等しく狂ったような悲鳴を上げ。
突如自分たちに押し寄せた対岸の火事が、観客たちに大パニックを巻き起こした。
「皆さん、幻覚です! 害はありません! どうか落ち着いて――」
サファイアが叫んだ。他者を魅せ続けた王者の叫び。でもそれは、所詮一人のポケモントレーナーの叫びでもある。対して観客の数は数百数千ではきかない。マイクを使っても声など届かない。不動の王者として、戦いを自分で魅せるのではなく、他人に主導権を明け渡した彼に、自分の言葉で他人を鎮める力などない。観客たちは互いを押し合いへし合い、濃霧で一メートル先も見えない状況で逃げようとする。実際の毒を受けていればそんなに動けないという矛盾にも気づけない。彼らは、大半がポケモンの技を身に受けたことなどないのだから。
「ジェム、今すぐ霧を止めるんだ! あの中にはルビーやジャックさんもいるんだぞ!?」
「いないわ。二人には、あらかじめこうするって伝えてるから。別の安全なところにいてくれるようお願いしたの」
「二人が止めなかった……? いや、それはいい。とにかくこれを止めるんだ。さもないと……!」
「さもないと……お父様は私をどうするの?」
ジェムはサファイアがどうしてこんな計画を立てるまでに至ってしまったのかは知らないし今は知りたいとも思わない。でも十年以上の時間をかけて進めてきた計画で、今までにも何度も誰かの戦いを操ってお客さんを楽しませていたことは知っている。だから、その結末が、いや、この勝負もあくまで理想の過程に過ぎないだろう。こんな所でお客さんを失望させるわけにはいかないはずだ。ジェムがこのような手段に出た場合、自分の父親がどうするのか。ジェムは予想していたとしてもこの目で知りたかった。
「……残念だ」
迷いは数秒。サファイアが本来の自分の手持ちとは違う、装飾の違うモンスターボールから出てくるのはダークライ。そのポケモンの得意な技は眠らせるだけでなく相手の特定の思考を埋め込む催眠術。それを出すということは目的は一つしかない。
「ダークライ、ジェムを眠らせ……そして私の理想への心酔を植え付けろ」
「やっぱり、お父様はそうするのね」
「私は誓ったんだ……この世が退屈だというジャックさんにポケモンバトルの楽しみを与え続けると、ルビーに絶対に自分の理想を叶えてみせると、そして……たとえ私の憧れたものが偽りだったとしても、だからこそ本物のエンターテイメントを追求すると前のチャンピオンに……私自身に!!」
いつもの大人の落ち着きが消えうせた、理想に燃えた青年の声だった。年を取れば楽しみの形も変わる。自分の成長も難しくなるとジェムも話を聞いている。だからこそ大人になっても人を楽しませ続ける父親を尊敬し憧れた。それを支える母親に夢を見ていた。
「お父様、あの時言った通り私にお父様の理想を否定する権利はないわ。でももう、私を巻き込まないで」
「ここまでするつもりはなかった……だが、観客たちにここまで牙を剥いた以上、やはり野放しには出来ない」
「……お父様のバカ」
このフロンティアで父親と初めて会った夜に感情のままに言い放った時とは違う。父親の気持ちもジェムなりに考慮した上でそのうえで頑固な親に呆れたような言葉だった。その後、空を仰ぎ見て叫ぶ。
「ジャックさん、お願い!」
「まったく、昔からひやひやさせてくれるねジェムは! 待ちくたびれたよ!」
「ジャックさん……!?」
「それでは皆様ご注目! ダークライ、『ダークホール』!!」
ラティアスが『ミストボール』のよる霧を自分で消滅させ、同時に空に真っ黒に穴が開く。突然霧が晴れ響いた声にみんなの視線が向くと同時に黒い穴が観客全員とついでにバーチャルのダークライの意識を吸い込み――全員が夢の中に落とし、強制的に眠らせる。夢見の良い眠り方ではないが、パニックは収まった。万に届く観客達は、もう誰もサファイアとジェムの事を見ていない。宙から飛び降りて着地したジャックはチャンピオンに向き直って告げた。
「安心してよチャンピオン、今の騒ぎはお客さん達の中でダークライが『悪夢』として処理してくれてる。まあ何で意識を失っちゃったのかみたいな疑問に応えたり埋め合わせのバトルを用意する必要はあるだろうけど……とりあえず君の築き上げたものが全部壊れたわけじゃない」
「何故……」
ジャックはサファイアの計画に対する計画に対する協力者だった。ジェムの危険をぎりぎりで救う位置としての役割を全うしてくれていた。その彼が、何より自分の理想を誰より楽しみにしてくれていたはずだったのにどうしてと。
「君のポケモンバトルは大好きだよ。その為の手段にも僕がどうこう言えたことじゃないし肯定してる。それでも……愛弟子の頼みだからね。僕みたいな老人のために、子供を縛り付けることは、昔の君が許せないことだったはずだろう?」
「……それは」
「お母様は、昔お爺様とお婆様にやりたくないことを無理やりやらされて苦しい思いをした……それをお父様が救ったんだもんね」
ジェムも小さく笑う。そこに偽りはないしサファイアのルビーに対する愛情が消えているわけではないことは知っているから、その心は消えていないはずだと信じている。
「……助かりました。ジャックさんがいなければ私の理想は消滅していた。計画のためにフロンティアを貸してくれたエメラルドにも顔向けが出来ない所でした」
サファイアはそこから話を逸らすようにジャックに礼を言う。ジェムをダークライで支配しようとした以上肯定することは出来ないのだろう。ジャックはそれにそんなことか、と言わんばかりに応える。
「もう、今気にすることはそこじゃないでしょ? 大体なんで僕の『ダークホール』が普通に観客に効いたと思ってるのさ」
観客たちを守るバリアーは消えている。でなければ如何に本物のダークライといえども『ダークホール』で観客たちを眠らせることは出来ない。そしてバリアーの設定を消せる人物は、フロンティアオーナーであるエメラルドしかいない。
「ダイバ君がね。エメラルドさんに『僕達の計画を伝えて、この事によって出来る損失を補てんするプランを考えて提出して……最後には子供らしく我儘を言ったら頷いてくれた』んだって」
エメラルドは自分たちに害をなす相手を容赦なく潰す人間だとジェムは聞いている。そんな彼に観客をパニック状態にさせるなどと知られれば今日この日が来る前にジェムを叩きのめしに来る可能性もあった。それでもこの計画にはエメラルドの権限が必要だったから、ダイバを信じて提案を通してもらったのだ。
ジャックはジェムの心に打たれ、エメラルドも自分の息子の我儘も効いてこの計画の黙認及び収拾のための手を事前に打った。ルビーが客席にいないという言葉の通りなら、ルビーがジェムの気持ちとサファイアの理想どちらを取ったかは誰の目にも明白だ。サファイアは瞳を閉じ、呟いた。
「……負けたのだな、私は。ジェムと……仲間たちの心の強さに」
ルビーもジャックもエメラルドもサファイアの計画に協力ないし支えていた。サファイアの理想を全肯定はしていなくとも、異を唱えたことはなかったし今もそうだろう。だが、その上でジェム達の気持ちを優先した。その事実を、サファイアも認めるしかないようだった。でも。
「何勘違いしているのお父様? まだ私たちのポケモンバトルは終わってないわ」
「そうだよ。その他大勢のお客さんは見てないけど、僕やルビーにエメラルド、それにジェムと戦ったブレーン達はこの勝負の決着を待ってるんだからね! みんな、出ておいで!」
「お母様、ダイバ君にアルカさんにドラコさん!こっちに来て!!」
ジェムとジャックの呼び声に控室からルビーとジェムがバトルフロンティアで出会った友達がやってくる。そしてサファイアの入ってきた方からゴコウやネフィリム、エメラルドのフロンティアブレーン達が登場する。中でもダイバ、アルカ、ドラコの三人の子供たちはジェムに駆け寄ってそれぞれ口を開く。
「ありがとうございます、ジェム。……おかげで、生まれて初めて報われた気がします」
「うん、どういたしまして!」
「よくやった。流石だと言いたいが……まだまだ竜の扱いが甘いな、これからゆっくり私が叩きこんでやろう」
「相変わらず厳しいのね……でも、ずっと信じてくれてありがとう」
「僕のメタグロス、借りといて負けるなんて許さないから」
「わかってるわ。ダイバ君、これからもよろしくね」
なんだか褒めてくれたのはアルカだけだったような気がするけど、でもそれが自分の友達だからいいかなとジェムは思う。向きなおれば、ジェムの父親と母親が会話を終えたようだった。
(何を話したのか気になるけど……後でお母様に聞こう)
母親とはいつでも電話で話せる。いつでも自分の話を聞いてくれる。そう信じられるから今は聞かない。
「さあお父様……決着をつけましょう!」
「ああ……そうだな。そして私が勝つ」
サファイアの声はもう取り乱してはいない。そして同時に、ジェムが聞き続けた大人の落ち着いた声ではなく、少し年上の少年のような勝負への期待がある。どんなに無理やりであれ、お客さんの目を気にせず戦える状況になったからかもしれないし自分の中での凝り固まった理想を激しく揺さぶられたからかもしれない。まだ幼いジェムにはわからない。今はただ、憧れだったホウエンチャンピオンがやっと自分に向き合ってくれる。それだけでいい。
「ジュナイパー、ゴルーグ。ご苦労だった」
パニックが起こり、サファイアが取り乱している間にキュウコンは相手の二体を倒していた。倒れた二体を戻す。
「本来の出す予定だったポケモンとは違えどダークライも私がこの手で呼び出したポケモン。だが私の手持ちではないし……ヴァーチャルポケモンでは戦力にならない。だから、私の使うポケモンは後二体だ」
確認ではなく断言。勿論ジェムも否やのあろうはずがない。戦うなら本気のサファイアと戦いたい。これでサファイアの残りポケモンは二体。その二体が何かは、ジェムにはわかっている。
「頼むぞヨノワール……そしてメガジュペッタ!!」
強烈な拳と防御力、特性による絶対の先制と影による爪の鋭さを持ったサファイアが特に信頼を置く二体。ジェムにはキュウコンとラティアス、メタグロスの三体がいるとはいえ決して有利とはいえない。
「キュキュ、『炎の渦』! ラティ、『龍の波動』!」
「ヨノワール、『栄光の手』!」
キュウコンが再び炎の渦を発生させ、何重もの火の輪を作る。その間を潜り抜けるように放つラティアスの波動は紅く燃えていた。だがヨノワールの二十年間の栄光が詰まった腕はゴルーグのそれよりもさらに大きく、振りぬかれた一撃は波動もろともキュウコンを吹き飛ばす。ジュナイパーとゴルーグ相手に時間を稼いだ時点で大きなダメージを受けていたキュウコンには耐えきれず体が倒れる。もう戦うことは出来ない。
「キュキュ……頑張って!! ラティ、『ミラータイプ』よ!」
「コォン!!」
それでも最後に力を振り絞り、九の尾そのものが炎を形どり『煉獄』の炎が輪を作る。その中を、炎タイプに変化したことで赤色に戻ったラティアスが潜り抜け、炎を纏う思念の一撃が繰り出される。それを見て酒を飲みながら観戦していたゴコウが声を上げた。
「おおっ、こいつは嬢ちゃんが儂との戦いで魅せた……」
「そうよ、これがラティとキュキュの合体技……『灼熱のベステイドバット』!!」
ヨノワールが続けて巨大化した拳を振るい、燃える闘志を具現化したラティアスと火花を散らす。数瞬の膠着の後、熱い心がヨノワールの黒く塗り固めた栄光を砕き――その本体に向かって真っすぐ突き進み頭突きを叩きこむ。
「これであとはメガジュペッタ一体よ! メタグロス、『バレットパンチ』!」
「ジュペッタ、『影打ち』だ!」
ラティアスの攻撃後の隙を尽かせないためにキュウコンを戻しメタグロスの先制パンチを浴びせる。メガジュペッタといえど無視できない鋼の拳を影で弾いている間に、ラティアスの炎が消えジュペッタから一旦距離を取る。ジュペッタも『ゴーストダイブ』でメタグロスの拳から逃れ、体勢を整えた。
(多分お父様は……ラティとメタグロスの合体攻撃を誘ってる。あの一撃を受けきるつもりがないなら、ここで逃げずに二体が合体する隙を与えず戦う選択を取るはず)
それが出来ないほどサファイアの切り札は弱くない。それを信じた上で、ジェムは宣言する。
「ラティ、メタグロス……それにダイバ君! 力を貸して!!」
「うん……ここまで来たら勝って終わらせないと気が済まない」
「ひゅうあん!」
「ゴオオオオオ!!」
ダイバがジェムに手を伸ばし、ジェムがそれを握って触れ合う。同時にラティアスとメタグロスの『思念の頭突き』が衝突し合い、メタグロスの変形を利用した合体が始まった。一見大きな隙のように見えるが、メガシンカ同士のエネルギーが二体を包んでおりそれがサファイアに手を出させない。メガシンカによるエネルギーの奔流が終わり、現れたのはメタグロスの鋼によって体をコーティングされまるで本物の飛行機のように丸みと硬さを持ったフォルム。胸にメタグロスのXラインを付けた鋼を纏ったメガラティアスの姿だ。エメラルドが舌打ちしながら笑う。
「出やがったな、俺のレックウザを倒したあの形態が……」
「容赦はしない!ジュペッタ、『鬼火』だ!!」
ジュペッタの特性により先制して放つ『鬼火』は合体後の一瞬をついて火傷にする炎を浴びせる。ラティアスなら『リフレッシュ』や『サイコシフト』で回復は可能だが、ジェムはそれを切り捨てる。
(お父様がそれを計算していないわけない、だからここで勝負に出る!)
その想いは口に出さずともラティアスとメタグロスに伝わっている。握った手から、顔を見なくともダイバも同じ気持ちなのが伝わってくる。超強力な念力による四つの腕が出現し、それぞれがメガジュペッタを打ち抜こうとする。だがジュペッタも自身やサファイア、そしてこの場に在るすべての影を操り無尽の刃を放とうとしているのがはっきりわかった。ジェムの知るジュペッタ最強の攻撃技だ。でもお互い、もう止まらない。
「ラティ、『天河絶破拳』!!」
「ジュペッタ『残影無尽撃』!!」
四つの思念と無限の影、お互いが交錯する。しかし、無限とは夢幻。幽玄とは有限。実際には限りがあり、ラティアスとメタグロスの拳は全てを打ち砕いてメガジュペッタの体を残った一発の拳が打ち抜き────
それを見た全員が決着だと思った瞬間。ジュペッタの体が朧に消えた。
「終わりだジェム……誰も私の『死線幽導』は見破れない!!」
サファイアのジュペッタが放つ最強の大技さえフェイントに使い、本物のジュペッタが合体したラティアスの影から這い出て自分の腕の爪を伸ばして奮う。それはラティアスの鋼の装甲を深々と突き破り、中のラティアスにまで……
「それはどうかしら!」
「何!?」
「ラティ、『ミストボール』!!」
届かない。攻撃を受ける直前、メタグロスの体はラティアスから剥離し、貫いた影の爪はラティアスを掠っただけだった。戦闘不能を免れたラティアスが霧の弾を放ち、ジュペッタを包み込む。
「まずい、脱出しろジュペッタ!」
「させないわ! これで……勝負の勝ちも私達がもらう! 『ミスティック・リウム』!!」
「ひゅうううう、あん!!」
メガシンカしたラティアスの霧は圧縮して水球となり、ジュペッタの体を包み込んで溺れさせる。影の中へ逃れようとも、完全に水の中に閉じ込められてしまっては身動きが取れない。仲間たちのタイプを『ミラータイプ』でコピーし虹色になった水球が弾け──中にいるジュペッタが、ただのぬいぐるみになったように力を失って倒れた。観客も実況も消えたフィールドに、電光掲示板の決着を告げる音だけが響いた。
「……今まで、よく頑張ったな。ジェム」
王者であり父が負けた後最初に言ったのは、悔しさでも王者としての体裁を繕うものでもなく、ただ自分の娘を本心から褒めたたえるものだった。ジェムはラティアスを抱きしめ、ダイバに倒れたメタグロスの入ったボールを返しながら頷く。
「うん、お父様……今まで、私の憧れでいてくれてありがとう! 大好きだったわ! お父様の理想は認められないけど……お父様とお母様の娘として生まれてきて、このフロンティアにきてみんなと出会えて……私、本当に良かった!」
アルカとドラコにもラフレシアとリザードンを返して、この場にいる戦った相手全員の顔を見た後、やっぱり我慢できなくてジェムは泣いた。泣いていたけど、しっかり自分の気持ちを口にして、周りに礼を言う。
「ああ……そうだな。お前はもう、自分の信じた相手と歩いていける」
「うん……だからお父様! お母様! ジャックさん、ゴコウさんにネフィリムさんにエメラルドさん!!」
勝負が終わった後どうするかは、もうすでにダイバたちと決めた通り。そして、戦った直後とはいえ長居するつもりはなかった。今行かなければ、甘えてしまう気がするから。
「さようなら……私は、友達と旅に行くから!!」
ドラコがリザードンとフライゴン以外の四体の竜を出す。アルカとドラコはそのまますぐに竜に乗った。ダイバもネフィリムの抱擁から離れた後、エメラルドに背中を叩かれ竜の背に乗る。ジェムも竜の背に向かおうとしたとき、母親のルビーがゆっくり歩いてくる。
「お母様……」
「ジェム……おめでとう。ジェムは私と違って……自分の力で誰かの支配から抜けられる強い子だよ」
優しいけど、少し自嘲気味な声だった。ジェムが体験したルビーの過去もそうだし、ジェムが苦しんでいるのに直接手を貸せなかったことを悔やんでいるのはジェムにはわかった。
「それは違うわお母様。お母様が私を好きでいてくれなかったら……私は、何もできないのに勝手なことばかり言う本当に弱い子だった。お母様……大好きよ。電話、ちゃんとするからね」
「ジェム……私も大好きだよ、ありがとう。いってらっしゃい」
「うん……うん、もうちょっとしたら行くね」
旅に出ても母親とはいつでも話せる。でも触れ合えなくなるのはやっぱり寂しいからその体をぎゅっと抱きしめて、一分か五分かはわからないけどジェムの気が済むまで抱きしめ合った。その間、周りは何も言わない。それが終わった後────ジェム達は、フロンティアを後にした。
「……ジャックとは何も話さなくてよかったの?」
「うん、『僕にしてみればジェムが旅する数年なんて君たちの一日より早い』って」
「不老不死とはいえ小さいくせに上からですね……ちなみに行先って決まってるのですか?」
「あ、そういえば言ってなかったわね。今からドラコさんの故郷に行くの」
「ああ、だから私の竜に身を任せていればいい」
ホウエンの夜空は風が温かく気持ちがいい。バトルタワーの時は見る余裕がなかった始めて見る夜景に目を奪われながらも仲間たちと会話する。
「……ドラコの故郷ってどこ?」
「千年単位の歴史がある山奥とかですかね……」
「貴様ら私を何だと思っているんだ」
「ドラゴン厨」
「右に同じく」
「振り落とすぞ貴様ら」
「あはは! 私もそんなイメージだったけど……キンセツシティのジムで育ったんだって!」
「都会だ……」
「あそこってドラゴンいましたっけ……?」
「それはついてからドラコさんにゆっくり教えてもらいましょう! ね、みんな!」
ジェム達はお互いのことをまだまだ知らない。ジェム達の付き合いも人生もまだ始まったばかりだ。
(でもそれは、もう誰かに見世物にされたり、大人の人達に支配されたりなんてしない)
(私たちは自分が選んだ友達と一緒に生きて、いつか自分で選んだ道を歩んでいくんだから!)
父親の理想を拒否して、自分が何になりたいかは決まっていない。でもそれはこれからゆっくり見つければいいとジェムは思う。困ったときは、今まで助けられた人たちの手をもう一度借りてみよう。少女たちは、時に過去を振り返りながら、誰も知らない未来へと駆け抜けていく。