怒りの眼、輝く
ダイバとの約束で行動を共にすることにしたジェムは、自分たちを狙い寄せ来る敵を破りながら2人で次の施設へと向かう。さっそく受付のお姉さんに説明をお願いすると、次のように話してくれた。
「こちらの施設はバトルクォーターです!その名の通り、挑戦者の皆様には15秒の高速バトルを体験していただきます」
「15秒……?」
「はい。この施設のルールは3対3のシングルバトルですが、特徴として15秒ごとにバトルの判定が行われます!判定の基準は3つ。一つはいかに相手を攻撃したかの『心』、そしていかに相手の弱点を突いたかの『技』、どれだけ多くの体力が残っているかの『体』。この3つによって決定されます!」
「判定で勝つとどうなるの?」
「勝った方がそのまま残り、負けたほうはいかに体力が残っていたとしてもそのバトルでは戦闘不能として扱います。短い時間の中でいかに攻めたてるかが勝負のカギとなります!」
「つまり、スピードと攻撃力が高いポケモンで挑むのがほぼ前提。守ったり相手を妨害している暇があったら攻撃したほうがいい……パパたちの考えそうなルールだ」
ダイバがため息をつく。ジェムにとってもこれはかなり厄介なルールだ。ジェムの戦術は能力変化で確実に有利にしていきバトルの主導権を握るものだが、一回のバトルにつき15秒しかないのでは準備を整えている間に勝負が終わってしまう。
二人して難しい顔をされると受付のお姉さんも対処に困るのか、さっさと通してしまおうとする。
「ささ、お二人ともそう悩まずにまずは体験してみてください!きっとご満足いただけると思います!」
そうして二人は挑むポケモンを選出する。ジェムはひとまず自身の手持ちの中で攻撃と素早さに優れたポケモン、キュウコン・ラティアス・マリルリを選んだ。ダイバもポケモンを選び終えると、受付のお姉さんが中へと案内する。
「あ、15秒しかないのとポケモンを判定する関係上、バトル中の交代は禁止されているのであしからず!」
「わかったわ。……気合入れていかなきゃ」
短いバトルの連続は、集中力を使うことだろう。ダイバはいつも通り帽子を目深に被っていて何を考えているのかわからない。
二人はまるで卓球の大会のような、いくつものバトルフィールドが横にずらっと並んでいる広い空間へと案内された。それぞれバトルフィールドに立つと、向かいにバーチャルが現れる。
「……君が何で勝てないのか、この施設で教えてあげる」
バトルが始まる直前、ダイバが意味深に言った。上からの物言いにむっとするが、事実勝てていないのだから反論できない。
「うほっ いいポケモン バトル やらないか」
「私は 優しい チャンピオンに なるのだ!」
ジェムの相手は山男。ダイバの相手は幼稚園児のバーチャルだ。山男はライボルトを。幼稚園児はホルードを繰り出した。
「頼んだわ、キュキュ!」
「……出てこい、ガブリアス」
バトル開始を告げる鐘が鳴る。どうやらどのバトルも一斉に時間を図るようだ。ダイバとジェム、そしてバーチャルが動き出す。
「キュキュ、連続で火炎放射!」
「ライボルト 十万ボルト」
キュウコンが9つの尾から9条の火を放つ。ライボルトの電撃が相殺していくが、6条までしか打ち消せず残りが体を撃った。
「一発は小さくてもいいわ。とにかく火炎放射よ!」
「ライボルト 充電」
攻撃が通用したと判断したジェムは更に火球を連発させる。無抵抗のライボルトの体力を着々と削っていくが、10秒たったところで反撃が来た。
「ライボルト 雷」
「っ、上!?」
文字通りの雷が電気をためていた分強力になって天井から落ち、キュウコンの体に直撃する。キュウコンは悲鳴を上げて倒れてしまった。
「頑張って、キュキュ!」
「きゅ……」
なんとか立ち上がるが、満身創痍なのは明らかだった。向こうのライボルトは火炎放射を受け続けたとはいえ充電で特防をあげていたためまだ少しは余裕があるように見えた。
「それでは判定に移ります」
もう15秒が立ち、判定が始まる。結果が電光掲示板に表示された。
「キュウコン対ライボルト、『心』はキュウコン。『技』は引き分け。『体』はライボルト……よって結果引き分け」
引き分けの場合はお互いに戦闘不能になったものとして扱う。ライボルトの姿が消え、ジェムもキュウコンをボールに戻した。この時、ジェムは内心でほっとしていた。もしここでキュキュが勝っていれば体力の尽きかけた状態で連戦することになる。それで手痛いダメージを受けて苦しむのをジェムは恐れていた。
理由は単純で、先のダイバとの戦いで自分のポケモン達を散々痛めつけられたからだ。
「出てきて、ラティ!」
続けて出すのはジェムの一番の相棒、ラティアスだ。バーチャルはエルフーンを呼び出した。
「フェアリータイプ……なら、サイコキネシス!」
「エルフーン ムーンフォース」
強力な念力を相手にぶつける。エルフーンの綿毛がくしゃくしゃになったが、あまり大きなダメージではなさそうだった。対して天井からの月の光を具現化したような光線は、タイプの相性も合わさって強烈にラティアスを撃つ。ジェムの中で、メタグロスに痛めつけられた時の記憶がフラッシュバックする。
「あ……ラティ、自己再生!」
「エルフーン ムーンフォース」
自分の相棒が傷つくことに怯え、回復させるジェム。バーチャルは淡々と攻撃を命じ、回復が追い付かない速度でダメージを与えていく。そして15秒が経過した。
「『心』『技』『体』、全てエルフーンの勝ち……戻って、ラティ」
結果は当然、バーチャルの勝ち。ジェムはラティアスを戻し、最後のポケモンマリルリを繰り出す。だが相性の関係から半ば勝負は見えていた。15秒のカウントが始まる。
「……ルリ、じゃれつく」
「エルフーン コットンガード」
マリルリがとびかかるより先にエルフーンの特性『悪戯心』によってエルフーンの体をすごい勢いで綿が覆っていく。マリルリが攻撃した時にはもこもこの綿が攻撃の威力を吸収し、ほとんどダメージにならなかった。
「ルリ、アクアジェットで逃げて!」
「エルフーン ギガドレイン」
水の噴射で距離を取らせようとする。だが直線的な攻撃ではなく、直接生気を吸い取る技から逃れる術はない。マリルリの体力が大幅に吸い取られる。
「エルフーン ギガド――」
「待って!もう……降参する」
どうせこの勝負は勝てない。なら自分のポケモンが傷つけられる前に……とジェムは手をあげてサレンダーした。バーチャルの攻撃が止まる。
「ルリ……ラティ、キュキュ。ごめんね」
泣きながら、ジェムは自分のポケモンに謝った。バトルに負けたことは勿論、ポケモントレーナーとしての自分が折れかかっていることがたまらなく悔しかった。
「……もう負けたの?」
自分のバトルを終えたダイバが遠慮なしに声をかけてくる。彼の場には最初に出したガブリアスが健在だった。ダイバとの実力差を感じながらジェムは答えることが出来ない。ダイバはこれ見よがしにため息をついて言う。
「……はあ。ブレーンに挑戦しようと思ってたけど、一週で終わりにするよ。――だから、僕のバトルを見てて」
「……?」
「言ったよね、君が勝てないのには理由があるって」
それだけ言って、ダイバは次のバトルを始める。出すのは再びガブリアスで、相手はモジャンボだ。
「ガブリアス、剣の舞」
「モジャンボ パワーウィップ」
「いきなり補助技を……」
相手は体中の草の鞭で叩きつけてくるが、ガブリアスは構うことなく特殊な舞を踊って、己の攻撃力を大幅に上げる。その行動をジェムは不思議に思った。攻撃すれば攻撃するほど有利な施設だと言っていたのはダイバ自身だからだ。
「モジャンボ パワーウィップ」
「逆鱗」
次の鞭が飛んでくる前に、ガブリアスは音速にも等しい速度でモジャンボに接近すると、先ほど受けた攻撃の鬱憤を晴らすようにその鋭い刃物のような腕で鞭を無茶苦茶に引き裂いていく。剣の舞の効果と合わせて凄まじい威力となった攻撃は、一撃でモジャンボを戦闘不能にした。
続いてバーチャルはスピアーを繰り出すが、同じことだった。スピア―が動く前に竜の逆鱗が一撃で敵を戦闘不能にする。
「これじゃあ……ルールなんて関係ないじゃない」
ダイバの戦い方は、施設のルールなど見ていなかった。15秒で判定が行われるのなら、15秒以内に敵を倒してしまえばいいという意思がはっきり表れている。だが次にバーチャルが繰り出したのは、奇しくもジェムを倒したエルフーンだった。
「エルフーン コットンガード」
「……」
ガブリアスの逆鱗は続くが、フェアリータイプにドラゴンの技は通用しない。その間にエルフーンは綿毛をもこもこと膨らませ、物理攻撃に対する壁を作る。
「逆鱗の効果が終了したガブリアスは混乱する……ここからどうするの?」
「ガブリアス、炎の牙」
「エルフーン ムーンフォース」
ダイバは構わず攻撃するが、混乱した状態ではうまく攻撃を当てられない。相手の月光の光線が当たり、ガブリアスを戦闘不能にした。
「出てこい、そしてシンカしろ……メガガルーラ」
次にダイバが呼び出したのは――親と子供で一体として扱われるポケモン、ガルーラだ。メガシンカを遂げたことで子供が袋から出てきて、確かな戦力となる。
「それでも、あの防御力は……」
「関係ないよ。綿毛と一緒に凍り付け……冷凍ビーム」
「エルフーン ギガドレイン」
相手がガルーラから生気を吸い取るが、ガルーラの耐久力はかなり高い。親と子供、二本の冷凍光線がエルフーンに飛んで行き――その綿毛をカチコチに氷漬けにした。エルフーンは凍ってしまって動けない。
「このまま冷凍ビーム。これで終わりだ」
次の一撃――いや、親子の二撃でエルフーンは倒れた。ダイバの勝利だ。
「わかった?これが僕と君との実力の差……そして、バトルに対する違いだよ」
「違い……?」
実力の差はそもそも自分のポケモンを痛めつけられた時にわかっている。だがバトルに対する違いとはどういう意味か。それをダイバはこう語った。
「君はこの施設、攻撃すればするほど有利だと思って補助技をロクに使わず戦ったよね。……それが甘い」
「……」
「本当に自分の実力に自信を持っているなら、そんな小細工はせずに『自分の』バトルを貫いたはずだよ。……君のバトルは、『お父様』とやらの影を追っているだけで実戦経験のなさが露骨に現れた、哀れなほど薄っぺらなものだ」
「そんなことない、私毎日ジャックさんと戦って……」
「ずっと同じ人、同じポケモンと戦ってたんでしょ?一応ポケモンの知識はあるみたいだけど、相手に対する対応力がまるでない……」
反論しようとするジェムを、一言で切り捨てるダイバ。その言葉はジェムの胸に刺さった。自分のバトルを、今までの経験をばっさり否定されたからだ。
「何もかも浅いんだ……君は。ポケモンバトルの実力も、信念も」
「……」
ジェムは静かに涙を零した。もうここに来てから何度目の涙かわからないくらいだった。とっくに心は打ちのめされているのに、悲しさは止まってくれない。
「また泣く。……まあ好きにすればいいけど、ちゃんとバトルは見ててよね」
自分のバトルを見ることを強調し、ダイバはバトルに戻る。そこからの展開はほとんど同じだった。初手に剣の舞を積み、逆鱗や地震で相手を一撃で沈めていく。混乱や相性などで仕留めきれなかった分は、メガガルーラの連続攻撃で相手に反撃を許さず潰していく。
それはほとんど流れ作業に近かった。彼は全てのポケモンを知り尽くしているように、機械的に処理をしていく。その動きはジェムの心に密かにこの人にはとても敵わない、傷つけられたくないという気持ちを植え付けていく。何より、自分のポケモンを傷つけられた時のことを思い起こさせる。
「……はい、おしまい。一旦戻るよ、ジェム」
勝負を終え、ダイバはジェムに手を伸ばす。ジェムはその手を取る気にはなれなかった。施設から出るダイバに無言でついていくジェムに、ダイバはフードの下でほくそ笑む。
「じゃあ、外では僕の代わりに戦ってもらうからね。約束通り――」
「……もう。やだ」
「……へえ?なんで?」
ジェムはポツリと否定する。その声は震えていた。ブレーンに負けて、ポケモンを痛めつけられて、心を支配されかけて、施設のバーチャルに一回戦で負けて、自分のバトルを否定されて……また痛めつけられたことを思い出させられて。ジェムの心はぼろぼろだった、すっかり歪んでいた。それをダイバは、笑いをこらえながら問いただす。
「私なんかより、あなたの方がずっと強いじゃない……その辺の相手なんて、私がポケモンを戦わせなくてもあなたは簡単に蹴散らせるでしょう?」
「……まあね」
「だったら!だったら……貴方が私の代わりに戦ってよ……もう……傷つけられるの、いや……」
簡単に認めるダイバに、約束を反故にする行為だとわかっていてもジェムはそう言わずにはいられなかった。ダイバはにやりと笑みを浮かべて言う。
「……いいけど、じゃあその代わり何かしてもらわないと割に合わないよね?それでも――」
「いい。いいから……もう、私を戦わせようとしないで」
正直、出来ることなら今すぐ母のいるおくりび山に帰りたかった。だけどこんなみっともない姿を尊敬する母に見せたくないという思いもあった。だからジェムは、ダイバに庇護を乞う。乞ってしまう。
「わかった、それじゃあ……」
この時ダイバにはジェムを自分のものに出来たという確信があった。だが――
「見つけたぞ、ジェム・クオール!!」
金髪を腰まで伸ばし、紺色のスーツとマントを着たいかにもドラゴン使いですといった感じの18歳くらいの少女がずんずんと大股でジェムに歩み寄ってきた。彼女は自分のモンスターボールを突き付け、堂々と宣言する。
「私の名前はドラコ・ヴァンダー。四天王の娘であり、次のポケモンリーグでチャンピオンとなるものだ。さあ私とバトルしろ!!」
「……いや、私は」
「問答無用!出てこいオノノクス!!」
金髪の少女はジェムの心境などどうでもいいと言わんばかりに己のポケモンを出す。ダイバが不機嫌そうに割って入った。
「待った。今この子は戦える状態じゃないんだ。代わりに僕が――」
「お前のことなど知らん、引っ込んでいろ!私はチャンピオンの娘に用があるんだ!!」
「……」
「チャンピオンの、娘」
その言葉は、ほんのわずかに残っていたジェムの心の支え。だけどポケモンを傷つけられたくないという葛藤から、すぐに応えることが出来ず俯いて、そう答えることしか出来ない。。
「どうした?さっさとポケモンを出せ!それとも……怖いのか?」
「……そうよ」
「はっ!チャンピオンの娘であることを誇りにしていると聞いて来たが、とんだ腑抜けだったか。これではチャンピオンの実力もたかが知れるな!!」
「……!」
挑発なのか本心なのか、ジェムでなく父親を貶すドラコを、ジェムは二色の眼でキッと睨む。
「……お父様を、馬鹿にしないで」
「ふざけるな、戦う意思さえ持てないような者をこの地に送り出す時点で貴様の父親は愚か者だ!!」
「……ジェム、こんな奴に構うことなんてないよ。ここは僕に任せて……」
「……私がやる」
その瞳は、怒りに燃えていた。ジェム自身を馬鹿にされただけなら、心の折れたジェムはそれを受け入れただろう。だが尊敬し、愛する父親を馬鹿にされては、己を奮い立たせずにはいられなかった。
「ふん、やっとやる気になったか。行くぞオノノクス!!」
「お父様を馬鹿にした言葉……取り消してもらう!出てきて、ラティ!メガシンカ!」
二人の少女は、己のドラゴンをぶつけ合う。そしてジェムの怒りは、新たな力を覚醒させようとしていた――
「ラティ、竜の波動!」
「オノノクス、地震だ!!」
メガシンカしたラティアスが一回り大きくなった銀色の波動を放つ。オノノクスは大地を揺らすと、自分の前の地面を大きく隆起させ壁にした。波動がぶつかり大地が砕けるが、オノノクスにダメージはない。
「地震をそんな風に使うなんて……」
「ふん、驚くのはまだ早い!オノノクス、もう一度地震だ!!」
「ラティ、上に逃げて!」
「甘い!!」
オノノクスが勢いよく四股を踏むと、ラティアスの真下から岩が高速で噴き出す。地面の揺れのベクトルを調整し、大地に眠る岩を跳ね飛ばしたのだ。不意の一撃に岩を避けられず、ラティアスに命中する。
「オノノクスの特性は『型破り』。この特性によって私のオノノクスは相手の特性によって技を無効にされない!!」
「だったら……ラティ、影分身!」
「ドラゴンクロ―だ、オノノクス!!」
相手が爪を振るう前に、光の屈折率を変えて自分の分身を数多作り出すメガラティアス。それに惑わされてオノノクスは攻撃を外した。
「回避率をあげるか……ならば仕方ない。オノノクス、ハサミギロチン!!」
「ッ!逃げて、ラティ!」
オノノクスの顎の横についた刃が、丸鋸のように振るわれる。それはジェムとラティアスに強烈な『死』のイメージをもたらした。直観的にラティアスを下がらせる。
――その刃は確実に一瞬前までメガラティアスがいた場所を切断した。もし下がっていなければ、ラティアスの体は引き裂かれていただろう。
「回避、命中率の変化を無視できるとはいえ、やはり簡単には当たらんな。だが次は――」
「……ハサミギロチンはノーマルタイプの技。なら……出てきて、ペタペタ!」
メガラティアスを下げ、ジュペッタを繰り出すジェム。
「一撃必殺を恐れたか。オノノクス、ドラゴンクロ―!!」
「ペタペタ、鬼火!」
オノノクスが近づいてくるのに対しカウンターの要領で鬼火を当てる。だが、オノノクスの猛攻は止まらない。両腕の爪でジュペッタの体を引き裂きにかかる。
「そのままやってしまえ!!」
「ペタペタ、こっちもシャドークローで対抗よ!」
竜の爪を自身の漆黒の爪で受け止めるジュペッタに、一定のステップを踏みながら攻撃するオノノクス。その動きは次の技へと繋がっていた。
「オノノクス、竜の舞からドラゴンクロ―だ!!」
「ゴーストダイブで逃げて!」
攻撃力と素早さを上げる舞を踊り、更に攻撃しようとする。それをジュペッタは影に隠れることで回避した。攻撃を躱されたドラコが舌打ちする。
「さっきからこそこそと姑息に逃げ回ってばかり……お前、私を舐めているのか!!」
「……そんなつもりじゃない、私はただ……自分のポケモンを傷つけたくないだけ」
「……やはり所詮は臆病者か。ならば容赦なく叩き潰してやる!!オノノクス、剣の舞!!」
「ペタペタ、出てきて!」
ジュペッタが影から這い出て攻撃を仕掛ける。オノノクスはそれに反撃せず受け止め、攻撃力を大きく上昇させる舞を踊った。そして。
「この技を受け果てるがいい!激震のダブルクライシス!!」
オノノクスが地震で地面を大きく揺らす。ジュペッタの体勢を崩したところに顎についた刃を二連続で振るう『ダブルチョップ』がジュペッタの体を紙屑のように引き裂いた。
「ペタペタ、下がって……」
「さあ、次のポケモンを出すがいい。それとも……ギブアップするか?臆病者」
ドラコの目が身長差も相まって小動物を見る巨竜のようにジェムを見下す。その目に怯みながらも、ジェムはまだ諦めることを――父の名誉に泥を塗ることをよしとは出来なかった。
「……行くよ、ミラ!」
「ヤミラミ……やはりハサミギロチンを恐れているのか」
図星だった。だがここで折れるわけにはいかない。壊れかけた矜持を胸に、ジェムは戦う。
「だがそんな小さなヤミラミ如き、一撃で沈めてくれる!オノノクス、ドラゴンクロ―!!」
「ミラ、見切り!」
大きく振るわれる爪を見切って躱す。懐に潜り込んだこの隙を好機と、ジェムは指示を出す。
「ミラ、『おしおき』よ!」
「!!」
相手の能力値が上がれば上がるほど威力が増す一撃を、オノノクスの胴にぶち当てる。オノノクスの体が勢いよく吹き飛び、地面に倒れた。
「……小さいからって甘く見ないで」
「このまま全タテしてやろうと思ったが……こうでなくてはつまらん。出てこいカイリュー!!」
オノノクスに代わり現れたのは寸胴な巨体を持つ竜、カイリューだ。やはりドラゴン使いなのね、とジェムは思う。
「ミラ、爪とぎ!」
「カイリュー、電磁波!!そして天空へ舞い上がれ!!」
カイリューの尾から見えない電気が放たれ、ヤミラミの体を痺れさせる。ドラコはすぅ、と息を吸い込み勢いよく喝を入れるように発声した。カイリューの体が姿すら見えなくなるほどの遥か天空へと飛翔し、空に暴風が吹き荒れ始める。
「食らえ!旋風のメテオダイブバースト!!」
カイリューのが大きく羽を震わせるとその巨体が風を纏い、一つの流星となってヤミラミに突撃する――!
「ミラ、見切り!」
「その程度で私の必殺技を止められるものか!!」
ヤミラミが突っ込んでくるカイリューの動きを見切ろうとする。だが、麻痺した体で逃れるのには相手の攻撃はあまりに速かった。フロンティア中に響くのではないかというほどの衝撃がヤミラミの体を押しつぶした。
「……ゆっくり休んで、ミラ。出てきてラティ!」
「最初のラティアスか……いくぞ、電磁波!!」
「させない、サイコシフト!」
「なにっ!?」
カイリューが電磁波でラティアスの体を痺れさせようとするが、その前に特殊な念力で電気を跳ね返し、逆にカイリューの体を痺れさせる。ドラコが歯噛みした。
「状態異常を跳ね返したか……なら攻め倒すまで、ドラゴンダイブ!!」
「竜の波動よ!」
カイリューが再び天空へ舞い上がろうとするが、速度が乗る前のカイリューのスピードは麻痺していることもありそう速くはない。振り切られる前に銀色の波動がカイリューの体を撃つ。同じドラゴンタイプ同士、弱点を突く一撃は大きなダメージを与えるかに思われたが。
「……特性『マルチスケイル』の効果で、ダメージを受けていないとき相手から受けるダメージは半減される」
「ラティ、自己再生で次に備えて」
「影分身にサイコシフト、そして自己再生か。……随分と臆病なことだ。戻れカイリュー。そして出てこいチルタリス」
もこもことした綿のような羽毛に包まれた蒼い竜、チルタリスが現れる。普通のチルタリスは一見鳥のようにも見える愛くるしさがあるが、ドラコの従えるそれは目つきも鋭く正しく竜の威圧感を放っている。
「……自分のポケモンが傷つかないようにするのが悪いことなの?」
「はき違えるな。お前の戦術はそんな大層なものではない。ただ敗北と、自分の傷を抉ることに怯えているだけだ。……その程度の敵に私は負けん!チルタリス、ゴッドバード!!」
「私は、そんなつもりじゃ……ラティ、影分身!」
「無駄だ、この瞬間パワフルハーブの効力が発揮される!!」
その言葉通り、チルタリスは一切のノーモーションから神速を得てメガラティアスが何かする前に体を突っ込ませた。先のカイリューとは違う初動の速さに意表を突かれる。
「く……ラティ、竜の波動!」
「チルタリス、チャームボイス!!」
チルタリスに体を抑え込まれながらもメガラティアスは竜の力を込めた波動を放つ。相手は相討ち上等と言わんばかりに特殊な音波を放って攻撃してきた。波動と音波がお互いに直撃し、メガラティアスは倒れる。チルタリスも大きなダメージを受けたが、ばたばたと羽毛の羽根を広げて戦意を見せた。
倒れたラティアスに駆け寄り、膝をついて体をさする。その様をドラコは蔑むように見下している。
「ラティ!しっかりして……お願い……」
「そいつにもう立ち上がる力はない。泣き言を言っていないで次を出せ」
「私は……私は……」
「ふん、戦意を喪失したか?ならば臆病者らしくこの地から消え去り、二度とバトルの表舞台に立つな。そして……私が貴様ら親子に引導を渡してやる。貴様の親は戦う意思すらないものを平然とこの地に送り出す下郎だとな!!」
ドラコは本気でジェムに、否チャンピオンに失望している。……その態度が、ジェムには許せなかった。
「私のことをどう思おうと好きにすればいい……でも、お父様を……悪く言うな!!」
「くだらん。事実を言って何が悪い」
「許さない……絶対に許さないんだから!」
ジェムの片方の赤い瞳が、熱を持ったように爛々と輝く。その時だった。ジェムの手持ちの一つが輝き、光に包まれる。怒りに燃えるまま、ジェムはそのポケモンを出した。
「出てきて、クー!」
クチートの大角が、メガシンカしたことにより二つに分かれる。より大きく、禍々しく歪んだ角が開き、相手を威嚇した。
「二体目のメガシンカか。いいだろう。全て叩き潰してやる!!」
「これ以上好き勝手言わせない……行くよ、噛み砕く!」
「コットンガードで受け止めろ!」
挑みかかるクチートにチルタリスは自身の羽毛を膨らませ衝撃を吸収する壁を作る。かぶりつくメガクチートの両顎に――霜が降りた。一気に冷え、極寒の冷気が柔らかい羽毛を凍り付かせ、粉々に粉砕した。そしてもう片方の顎が、チルタリスの蒼い体に食らいつく。チルタリスは大きく悲鳴を上げて倒れた。
「氷の牙か……下がれチルタリス」
倒れたチルタリスをボールに戻し、次のポケモンを出す。出てきたのは、緑色の体に妖精のような羽を生やした竜、フライゴンだ。
「噛み砕く!」
「易々と近づけると思うな、地震だフライゴン!!」
フライゴンが大きく地面を揺らし、メガクチートの足が止まる。だが、両顎には膨大な冷気が溜まっていく。それを光線のように打ち出した。直接攻撃を警戒していたフライゴンには、避けきれない。
「なっ……冷凍ビームだと?」
「許さない……あなたのポケモンは、全てこの子が噛み砕く!!」
羽が凍り付き、地面に降りたフライゴンをクチートの両顎で噛みつく。その力はすさまじく、フライゴンの巨体を回転させて捻りつぶした。フライゴンが動かなくなってなお、ジェムとメガクチートは相手を傷つけようとしている。紅い瞳が完全に怒りに支配されていた。
(こいつ、さっきまでの怯えたバトルとはまるで別人だ)
そう確信し、ドラコは初めてこの戦いで笑みを浮かべた。
「だが……そうでなくてはつまらない。私も本気でやってやる。出てこい、リザードン!!」
言わずと知れた赤き翼竜、リザードンを繰り出す。さらに、その体を蒼い光が包む。
「誇り高き竜よ。蒼き血統を受け継ぐ翼翻し。栄光の道を突き進め!!メガシンカ、Xチェンジ!!飛翔せよメガリザードン!!」
リザードンの体が蒼と黒を基調とした色に染まり、口からも蒼い炎が漏れている。その威容を見てもジェムは全くひるむ様子を見せない。
「まずは挨拶代りだ。火炎放射を受け取れ!!」
「アイアンヘッド!」
メガリザードンが蒼い炎を吐く。一直線に飛んでくるそれを、メガクチートは二つの顎を大きく振るってはじき飛ばした。
「続いて煉獄!!」
「ミストフィールドよ!」
更なる業火を放つメガリザードンに対し、クチートは妖精の霧を漂わせて炎を軽減する。『煉獄』には命中した相手を強制的に火傷にする効果があるが、発動しない。
「面白い……ならば私とリザードンの必殺技で決着をつけてやる!!」
「……クー、鉄壁!!」
メガリザードンの体全体が蒼い焔に包まれる。メガクチートがいつでも大顎を振るえるように警戒しつつ守りを固めた。
「気高き竜の牙にかかって最期を遂げられる事、光栄に思うがいい。蒼炎のアブソリュートドライブ!!」
「クー、『じゃれつく』!」
フレアドライブとドラゴンクロ―を組み合わせた猛火の爪と、怒りに燃える黒き大顎が正面から激突する。相性は炎と鋼、ドラゴン、フェアリーで実質互角。数秒に渡る拮抗の末――お互いの体が吹き飛んだ。
「クー!」
「リザードン!!」
お互いがよろけながら立ち上がる。先に相手に挑みかかったのは、ジェムのメガクチートだ。
「火炎放射だ!!」
「突っ込んで、クー!」
メガリザードンが吐く炎の中に躊躇なく潜り込み、ミストフィールドと自身の大顎で守りながら肉薄し、噛みつく!
「……戻れ、リザードン」
大顎に噛みつかれ、リザードンは戦闘不能になった。ドラコがふう、と息をつく。満身創痍ながらも今だ戦意を見せるメガクチートを見て、呟いた。
「……いいだろう、撤回してやる」
「え……?」
ドラコの身体から戦意が消え、ジェムに近づいてくる。自らの右腕をジェムに差し出した。無警戒な態度に怒りから我に帰るジェム。
「お前とお前の父親への非礼は詫びよう。私の竜たちと互角に戦った実力、認めてやる。さすが王者の娘だとな」
「……本当に?」
「ああ、今回は負けを認めてやる。この私が認めるんだ。誇りに思うがいい」
「でも、私我を忘れてて」
「知ったことか。この地では、いやポケモンバトルでは戦いの結果だけが全てだ」
「……ありがとう」
ジェムはおずおずと手を伸ばす。ドラコはその腕を半ば強引に握り、握手を交わした。ただし、とドラコは挑戦的な笑みを浮かべて。
「私が認めた以上、許可なく無様な戦いをすることは許さん。だから――怯むな!!誰が相手でも、どんな状況でもだ!!」
ぽかんとするジェム。しかしすぐ後にこれはドラコなりの叱咤激励だと気づいた。ジェムは笑顔で礼を言う。なんだか久しぶりに笑えた気がした。
「ありがとう。でももう少し、優しい言い方をしてくれてもいいと思うわ」
「ふん、くだらん。上っ面の優しさに何の意味がある」
バッサリとした物言いだが、そこに棘はなかった。
「では私はポケモンを回復させてくる。……また戦う時を楽しみにしているぞ。ジェム・クオール」
ドラコはボーマンダを出し、その場から飛び去る。ジェムはそれを見届けていると、何もしていないのに疲れた様子でダイバが話しかけてくる。
「……終わった?」
「ええ、それと……やっぱり約束は守るわ。ちゃんと私、戦う」
「……はあ。わかったよ」
「……?なんで残念そうなの?」
「なんでもないよ」
ため息をつくダイバに首を傾げる。ダイバとしてはむしろ心が折れていた都合が良かったので、落胆していた。それには気づかず、ジェムは砕けかけた心を持ちなおし、次のバトルへと向かう――宝石は削られ研磨されて輝きを増すように、その瞳には活力が宿っていた。