チャンピオンとの決戦!
フワライドに乗り、トクサネシティに到着すると、海岸沿いでシリアは傘も差さずに立っていた。そこにサファイアが降り立つと、シリアはいきなりボールを構える。
「ようやく来やがったか……さあ、俺とバトルしろ!」
有無を言わせぬ、という態度だがサファイアにしてみれば理由がわからない。
「待ってくれ、シリアもジャックを止めに来たんじゃないのか?なんで俺たちが争う必要があるんだ」
「それは……」
シリアが説明しかけた、その時だった。
「それには僕が答えてあげるよ、原石君」
すると今度は電話ではなく、頭の中に直接ジャックの声が響く。周囲を見回すが、ジャックの姿はない。
「僕は先に来たシリアにこう言ったんだ。ボクを止めたければ、原石――サファイア君を倒せってね」
「なんでそんなこと……」
「だってー、仮に君とシリアが協力して戦ったとして、まともに連携が取れるかい?君の方は出来るかもしれないけど、シリアには無理だね。彼は誰かと協力できる性質じゃないし、そんなバトルじゃ――楽しめないだろう?」
どうやらジャックの目的はあくまで楽しむことにあるようだ。そのことに少なくない怒りを覚える。サファイアはまだ小さかったからあまりよく覚えていないが、10年前の大雨と日照
りはホウエン地方全体に大きな被害をもたらしたと聞いている。ジャックがやっているのはその再来なのだから。
「それだけのために……こんなことをしているのか?自分のやってることがわかってるのか!?」
「いいや、他にも目的はあるしむしろそっちの方が重要なんだけど――まあ、君がシリアに勝って僕の元にたどり着いたら教えてあげるよ。だから頑張ってね」
気楽に、道楽のような調子でジャックは言い、声が途切れる。
「……シリア、ジャックの言うことを聞く必要なんかない。ジャックはトクサネのどこかにいるんだろ。二人で協力して探して――」
「うるせえっ!理屈じゃねえんだよ!!」
「!」
協力を申し出るサファイアを、シリアは一喝の元に切り捨てる。そして熱に浮かされたように、悪鬼の如き執念をちらつかせて。サファイアを見た。
「ジャックはなんだか知らねえがてめえを買ってる。だがあいつに認められたのは――俺だけだ!俺だけじゃなきゃ、いけねえんだ!俺はてめえのことを認めねえ!」
「なんで、そこまで……」
「……おくりび山を出た後、俺は死に物狂いでバッジを集めようとした。だが自力で集められたのは一個だけ……ムロタウンのジムリーダーにさえすぐには勝てなかった」
シリアが自分の過去を語りだす。それはサファイアにとっては驚きだった。自分たちはムロタウンでのジム戦に全く苦戦しなかったから。
「どうしてもチャンピオンにならなきゃいけねえってのに、俺にはバトルの才能はないのかと絶望しかけた。そんな時だった。あいつが、あいつこそが俺をチャンピオンにまで育ててくれたんだ……」
そこにはジャックへの強すぎる感謝の念と、執着心。そして彼に認められているサファイアへの嫉妬が確かにあった。
「だから、俺はあいつを死なせねえ!あいつを止めるのは――俺だ!!」
「待ってくれ、死なせないってどういうことなんだ!」
「黙れ!てめえに知る必要はねえんだよ!出てこいヤミラミ、シャドーボールだ!」
「なっ……フワライド、シャドーボール!」
ヤミラミとフワライドの漆黒の弾丸が激突し、相殺し合う。
「俺は俺のバトルでお前と、あいつに勝つ……誰にも邪魔はさせねえ!行くぞ!」
ここまで長かった旅、ついに――チャンピオンのシリアが勝負を仕掛けてきた!
「いちいち六対六の勝負に持ち込むつもりはねえ……やれヤミラミ、黒い眼差しだ!」
ヤミラミの宝石の瞳が光り輝き、周りにどす黒い瞳が目々連のように現れる。ただ瞳に見られているだけなのに、凄まじいプレッシャーを放っていた。
「これでフワライドはボールに戻ることは出来ない……てめえが降参するまで、徹底的に甚振ってやる」
「そこまでする気なのか……フワライド、シャドーボール!」
「ヤミラミ、封印!」
フワライドが攻撃を放とうとする直前に、ヤミラミの手が印を結ぶ。すると、フワライドの動きが止まった。封印の効果でシャドーボールが使えなくなったのだ。
「さあ更に挑発だ!」
「今度は補助技封じか、なら妖しい風!」
ヤミラミが指を振って挑発するのに対して、フワライドは不気味な風を巻き起こす。抵抗せずに風に吹き飛ばされるヤミラミだが、平然と起き上がった。
「それでも構わない!妖しい風の効果で、フワライドの能力はアップする!」
「……かかったな」
シリアが陰惨に笑う。手を前に翳して、ヤミラミに指示を出した。
「ヤミラミ、お仕置き!」
「避けろフワライド!」
ヤミラミがフワライドに走りより一撃を決めようとするのを飛んで回避しようとする。
「無駄だ、黒い眼差しの効果で貴様のフワライドは逃げられない!」
「!!」
飛ぼうとしたフワライドが、黒い瞳のプレッシャーに動きを阻まれる。ヤミラミが鉤爪を振るい、フワライドの体を引き裂く!
「お仕置きの効果は、貴様のモンスターの能力が上がれば上がっているほどその威力をあげる……つまり、妖しい風で全能力をアップさせたことで威力は圧倒的に増大する!」
「それはどうかな!フワライド、アクロバット!」
「はっ、無駄なことを……」
シリアは完全にフワライドを倒したと認識していた。それもそのはず、今言った通りお仕置きの威力は凄まじく上がっており、悪タイプの攻撃は効果抜群のはずなのだから。だが――
フワライドの体は動き巨体とは思わぬアクロバティックな動きがヤミラミを翻弄し、吹き飛ばす。
「何っ!?」
「能力をあげる技を使えばヤミラミはお仕置きを使ってくる……俺だってヤミラミを持ってるんだ。それくらい読めてたさ!」
「貴様っ……!!」
「だから俺は敢えて能力をあげずに能力が上がったとだけ言ったんだ。シリア、俺の事を舐めてるんじゃないのか?」
「言いやがったな、後悔させてやる!出てこい、歯向かう愚民を威光に跪かせる王者の盾……ギルガルド!!」
シリアが戦闘不能になったヤミラミを下げ、剣と盾を持ったポケモン、ギルガルドを呼び出す。その強さはサファイアも良く知っていた。四天王のネビリムを圧倒したのをこの目で見ている。黒い眼差しと封印、挑発の効果は切れたが、油断できたものではない。
「ギルガルド、シャドークローだ!」
「フワライド、シャドーボール!」
漆黒の弾丸を、剣が切り裂く。そして影が伸び、そのままフワライドの身体を狙う。
「小さくなる!」
しかしその体が縮み、寸でのところで回避する。シリアは舌打ちすると、ギルガルドに命じた。
「だったら本気を見せてやるよ。ギルガルド、ボディパージ!」
ボディパージは自分の体を削ることでスピードを上げる技だ。だがギルガルドは削る代わりに――なんと、高速で自身の剣を打ち出したではないか。予想外の挙動に反応が遅れ、その剣がフワライドの体に突き刺さる!サファイアはフワライドをボールに戻した。
「戻れ、フワライド。そして出てこい、絶望の闇を照らす、希望溢れし焔の光!今降臨せよ!」
体全体に明かりを灯して現れるのはシャンデラ。その姿に、シリアは見覚えがあったようで、眉を顰める。
「そいつは、イグニスの……」
「そうだ、あの人が俺に託してくれたんだ」
「はっ!そいつはお優しいことだな、やれ、ラスターカノンだ!」
「火炎放射!」
倍速で打たれる鋼の光弾を、シャンデラの炎が相殺しきる。威力はほぼ互角だった。
「さすがの威力と褒めてやるよ。だがギルガルドの速度についてこれるか?影打ち!」
「遅れてもいい、シャドーボールだ!」
凄まじい速度の影がシャンデラを打ち付ける。効果抜群のそれは少なくないダメージを与え、シャンデラが苦しんだ。それでも漆黒の砲弾のごとき一撃を放ち、ギルガルドを狙う。
「キングシールドだ!」
ギルガルドが盾を構え、砲弾を弾く。圧倒的な攻撃力を誇るシャンデラでさえ、その盾は砕けない。
「どうだ!これが王者の威光示す最強の盾、そして剣に頼る必要のない特殊攻撃力と速度……こいつの前にひれ伏せ!」
「いいや、俺はもうあんたに臆さない。八百長しなきゃ自分の立場も守れないチャンピオンに、負けるもんか!」
「てめえ……だがそのシャンデラの弱点はわかってる。そいつの攻撃力はさすがだが、防御力はギルガルドに及ばねえ!影打ちの連発で終わりだ!」
「そう思うなら、やってみろ!」
お互いに啖呵を切り、戦いはさらに激化していく。
「ギルガルド、もう一度影打ち!」
「鬼火だ!」
またも放たれる影を無視して、シャンデラは元の持ち主の名そのものである鬼火イグニスを放つ。鬼火は
命中し、ギルガルドの攻撃力を下げつつ火傷のダメージが鋼の体を苦しめてゆく。
「ちっ、キングシールドは変化技は防げない……そこを突いてきやがったか」
「ああ、そして次の一撃でとどめを刺す!」
「何?」
「行けっシャンデラ」
サファイアが走りながら、言葉をためる。すかさずシリアはキングシールドを構えさせたが、構わず攻撃を命じた。
「オーバーヒート!」
爆炎。大雨などものともしないほどの炎が吹き荒れ、ギルガルドの体を炎が包み込む。ピシリ、と何かが砕ける音がした。シリアが戦慄する。
「馬鹿な……ギルガルドの盾が、砕けた!?」
炎が晴れた後シリアがギルガルドを見ると、王者の盾は砕けていた。しかもそこには――先ほど自信が投げ捨てた剣が突き刺さっている。
「まさか……」
「そうさ!あんたが投げ捨てた王者の剣。それをオーバーヒートと一緒に放ったんだ。最強の盾を砕くには最強の剣だ!」
「ふん、だがこれで剣は戻った!切り伏せろ、ギルガルド!」
手に戻った剣をすかさず振るわせることが出来るのはさすがチャンピオンといったところだろう。シャンデラの体に傷が入るが――
「忘れたのか?今あんたのギルガルドは火傷を負ってる。攻撃力は下がってるんだ。止めだ、影打ち!」
「くそがっ……!!」
シャンデラの影打ちが守りを失ったギルガルドを打つ。堪らず倒れ、シリアがボールに戻した。サファイアもシャンデラをボールに戻す。これで2体2の痛み分け。
「現れろ!全てを水底へと沈める悍ましき水棲の化け物!」
「出てこい、安らぎを求めし人々の寄り添う大樹の陰!」
次に繰り出したのは――シリアはブルンゲル、サファイアはオーロットだ。水対草で、サファイアの方が相性はいい。だが双方ゴーストタイプを持つ以上、一瞬たりとも油断は出来な
い。
「ブルンゲル、相手の生気を搾り取れ!」
「オーロット、ウッドホーンで回復だ!」
ブルンゲルとオーロットがお互いの体に絡みつき、体力を奪っていく。しかしオーロットの攻撃は回復も兼ねるため、ブルンゲルの方が不利に思われるが――
「ブルンゲル、自己再生!そして呪われボディの特性効果発動、貴様のウッドホーンを封じる!」
「くっ……下がれオーロット、身代わりだ!」
オーロットの体が周りの木々と入れ替わる。ブルンゲルもすぐさま離れて体勢を整え、体力を回復した。
「さらに影分身!」
「ちょこまかしやがって……ブルンゲル、妖しい風!」
「ゴーストダイブで避けろ!
分身を増やそうとしたところにこの場全体を不気味な風が吹き荒れ、さらにそれを影に潜り避ける。そして地面から強烈な一撃を見舞おうとするが――
「溶ける!」
ブルンゲルの体が、ぐにゃりと歪んだ。オーロットの体が空を切る。
「ブルンゲル、オーロットの体を取りこめ!」
「何っ!」
ブルンゲルの体がスライムのようにオーロットにまとわりつき、その体を包み込んだ。オーロットがじたばたともがくが。脱出することは叶わない。
「そのまま海に潜り込め!」
「まずいっ……オーロット、根を張る!」
海へ移動しようとするブルンゲルに対して、その場で根を張ることで身動きを封じる。だがそれは自分自身の動きも封じてしまうのと同じだ。
「はっ、自ら墓穴を掘ったな!ブルンゲル、シャドーボール!」
「……オーロット、道ずれだ!」
使いたくなかったが仕方ない。とオーロットに命じる。シャドーボールは直撃しオーロットの体が倒れるが、ブルンゲルも道ずれの効果を受けて倒れる。
「ふん……そいつに頼って何とかことなきを得たか。だが――」
「なあシリア」
ボールにポケモンを戻しながら、シリアを遮ってサファイアは言う。シリアが眉を顰めた。
「シリア――本当に、今のシリアが本気なのか?」
「ああ?どういう意味だてめえ。ぎりぎりで互角で持ち込むのがやっとのくせによ」
「違う。そういうことじゃない」
サファイアは目を閉じ、意を決してシリアに告げる。それはこの前戦った時にも感じたことだった。
「好き嫌いの問題じゃない。俺が憧れてきた、相手を引きたてながら優雅で幽玄なバトルをする。相手の攻撃をうまくかわしながら強烈な一撃を決めるシリアの方が……今のあんたよりずっと、強く見えるんだ」
確かにシリアのバトルはこちらの方が元々のものなのだろう。サファイアの憧れてきた『幽雅に舞う』シリアの姿は偽りでもあっただろう。でも――サファイアにはそちらの方が強く、素晴らしく思えた。
「ここまでバトルをして、やっぱりそう思うんだ。……俺はまだ、本気のシリアには勝てないと思う。それでも今こうしてなんとか食らいつけてるのは……今のシリアが本当の意味で全力じゃないからだって」
喋るうちに、胸の内の疑問は確信へと変わっていく。そして今の自分の理想とともに、突き付ける。
「俺、ルビーと話して誓ったんだ。人を楽しませる本物のバトルをするって。シリアだって、本当はそっちの方がいいんじゃないのか?昔はどうあれ、今のあんたは『幽雅な』ポケモンチャンピオン。そうなんじゃないのかよ、シリア!!」
はあはあ、と、息を荒くするサファイア。シリアはずっと黙って聞いていた。
「ふっ、くくく……ははははは!!」
そして浮かんだのは――獰猛で、悪鬼のような笑み。
「馬鹿馬鹿しい。何を言いだすかと思えば……あんなバトルは、てめえら雑魚に見せかけだけを良くするためのバトルだよ。あれが俺の本気?――ふさけるんじゃねえ!」
取り出すのは、紫色のボール。マスターボールと呼ばれるそれを、シリアは宙に放った。
「今から貴様の人を楽しませるバトルとやらが戯言でしかねえことを証明してやる――顕現せよ、砕け散り行く世界に住まいし反骨の竜よ!歯向かう愚民を根こそぎ滅ぼせ!」
サファイアの耳に聞こえたのは、紛れもない竜の咆哮。そう、シリアのボールから現れたのは紛れもなく亡霊であり、竜だった。
「見るがいい、こいつが俺を王者へと押し上げた最強のポケモン……ギラティナだ!!」
亡霊の竜は地面に降り立ち、大地を揺るがす。ぼろぼろの黒き翼が、金色の体が、先の黒い眼差しや今まで見てきた伝説のポケモンさえ凌駕するプレッシャーを放っている。
「……それでも、俺は負けない」
サファイアは怯まなかった。モンスターボールを手に取り、叫ぶ。
「本当の勝負は……これからだ!!」
「本当の勝負……ねえ。いいぜ、ここからてめえに本当の地獄を見せてやる。さあ次のモンスターを出しな!」
「俺は負けない!出てこい、そしてシンカせよ!その輝きで笑顔を照らせ、メガヤミラミ!」
ヤミラミの体が光輝き、宝石が巨大な盾となる。メガシンカすることで守りに秀で、さらにメタルバーストで攻撃を反射することも出来る強力なポケモンだ。だがシリアはそれを鼻で笑った。
「メガヤミラミ、敵じゃねえな。まずはギラティナ、回復封じ!」
「自己再生を封じにきたか……メガヤミラミ、シャドークロー!」
宝玉の光が強い陰影を映し出し、色濃くなった影がギラティナの巨体を切る。しかし……
「無駄だ。その程度の攻撃はギラティナには通用しない!」
その一撃は、ギラティナのぼろぼろの羽根を薄く傷つけただけだった。
「ギラティナ、竜の息吹!」
「メガヤミラミ、メタルバースト!」
ギラティナがこの世のものとは思えない、蒼と黒と白が混ざったような気味の悪いブレスを放つ。それはヤミラミの大楯に当たり、物理法則を無視してぐにゃぐにゃに散乱したが、メタルバーストの効果は発動する。さらに、ヤミラミの影が伸びる。
「光と闇、今一つとなりて新たな力を生み出さん!混沌螺旋カオスバースト!」
メタルバーストの反射に影打ちを組み合わせ、高速で光と闇による螺旋状の一撃を生み出すサファイアとヤミラミの新たな技。輝きと影、二つの相反する攻撃を受けてギラティナの体の周りに爆発が起こる。だがなおも――伝説の竜の姿は、びくともしない。
「……怨みとプレッシャーの効果発動。貴様の影打ちとメタルバーストのエネルギーを奪う」
「びくともしない……これがシリアの伝説のポケモンの力なのか」
「そうだ、これがゴーストタイプ最大の体力、そして耐久力を持つギラティナの力……だがそれだけじゃねえ。こいつの伝説たる力を見せてやる!ギラティナ、シャドーダイブ!」
ギラティナの体が、唐突に消える。ゴーストダイブと同じ種類の技かと思ってあたりの影を見渡すが、どこにもギラティナの存在は感じない。
「メガヤミラミ、守るだ!」
ヤミラミの体が緑色の防御壁に包まれる。今やこの守りは四天王のイグニスのファイヤーの業火さえ防ぎきるほどだ。ひとまず相手が姿を現すまで耐え凌ごうとするサファイア。
「読み通りだ……やれ、ギラティナ!!」
ギラティナの体は、何もない空中から穴をあけて顕れ、メガヤミラミに向かって突撃する。その一撃は緑の防御壁を――そもそも存在しないかのように突き抜け、ヤミラミの体を吹き飛ばした。
「なっ……」
「シャドーダイブは影に隠れて攻撃するだけのゴーストダイブとは決定的に違う。こいつが隠れるのはな、こいつの世界そのものなんだよ。全ての物理法則が通用しない空間。その性質を得て攻撃することで一瞬だがギラティナはあらゆる防御を無効化することができる!!」
サファイアは、ギラティナの出てきた『穴』を見た。見てしまった。その中は、大地が天に、天が大地に存在し、水が下から上に流れ草木の根が触手のように直接空間に蔓延っている名状しがたい空間だった。思わず吐き気がこみあげるサファイア。
「そんな技が……大丈夫か、メガヤミラミ」
ヤミラミは何とか宝石に縋るようにして立ち上がる。よく見れば、ダメージだけではなく体が麻痺していた。竜の息吹の効果だ。
「さあ止めだ!ギラティナ、祟り目!」
「……ヤミラミ、守る!」
ギラティナの破れた翼から放たれる瞳型の光線を、今度こそ防御壁が防ぐ。だがその間にもプレッシャーの特性が技を出すエネルギーを削っていく。
「ひとおもいにはやらねえ、俺を本気で怒らせたこと、たっぷり後悔させてやる……ギラティナ、怨み!」
さらに負の思念が守るのエネルギーを削り取る。もう一回使えればいい方だろう。
「お返ししてやるよ、影打ちだ!」
「……メタルバースト!」
ギラティナから伸びる影を、ヤミラミが宝石で防いで跳ね返す。しかし元々影打ちの威力は低いのと、ギラティナの圧倒的な体力の前にはほとんど効果がない。
(それでも、まったく効いてないなんてことはあり得ない……耐え続けて攻撃を仕掛ければ、勝機は)
「あるとでも思ってるんじゃねえだろうな?さあ怨めギラティナ!お前を理不尽な世界に閉じ込めた奴らへの怨みを晴らせ!」
負の思念が、ことごとくヤミラミの技を放つエネルギーを削っていく。その憎しみは、過去におくりび山での使命を強制されていたシリア本人のものでもあるようにサファイアには思えた。
「さあ止めだ!シャドーダイブ!」
ギラティナがこの世の物理法則が通用しない世界へと隠れ、全ての守りを無効にする渾身の突撃がヤミラミの体を吹き飛ばす。
「どうだ、これが俺の……」
「詰めが甘いぜシリア!」
「何?」
「メガヤミラミ、混沌螺旋カオスバースト!」
再び、光と闇の螺旋がギラティナに飛んでいく。直撃し、ギラティナが初めて苦しそうな雄たけびをあげる。
「まだメタルバーストを打つ余力があったとはな……だがこれで終わりだ、祟り目!」
「……戻れ、メガヤミラミ」
二発のシャドーダイブでヤミラミの体力は尽きる寸前だった。守るを使うエネルギーも切れ、防ぐ術なく倒される。だがサファイアの闘志は挫けない。
「続いて現れろ!全てを憎しみを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!」
「――――!!」
ジュペッタがケタケタ笑いを浮かべながら出てくる。その笑い声が、熱くなりすぎるサファイアの頭を冷やしてくれる。
「シリア、あんたは怨みで技を出すエネルギーを切らすのを狙うならメタルバーストが打てなくなるのを確認してからとどめを刺しに来るべきだったんだ。回復封じ、シャドーダイブの
防御封じと攻撃回避……そして怨みとプレッシャーの技封じ。一見無敵に見えるけど実はそうじゃない。今のシリアは――その強さで相手を見下しててスキが出来てる。俺が知ってる幽雅なチャンピオンはそんなミスしなかった」
「……ちっ」
「それに――シリアは、今バトルしてて楽しいか?ワクワクしてるか?」
「はっ、くだらねえ。これはジャックのところに行くための踏み台のバトルだ。そうでなくても、俺にとってはバトルは勝つためだけにあるんだ。そんな感情、入り込む余地はねえよ」
「……だったら、俺がこのバトルでシリアをワクワクさせてみせる。そういうチャンピオンに、俺はなる」
「なら俺を倒してみろ……ギラティナ、眠る!」
ギラティナが瞳を閉じ、ヤミラミが折角削った体力を回復させる。回復封じの効果は終了したらしい。
「さらに!カゴの実の効果が発動し、俺のギラティナは眠りから覚める……これでお前のヤミラミの努力も無駄ってわけだ」
「いいや、それは違うさ。メガジュペッタ、影分身!」
ジュペッタの体が高速で分身していく。ギラティナは本体を見失う。
「またちょこまかと逃げるだけか?まだギラティナの技はある。波動弾!」
ギラティナの『気』が具現化し、蒼と黒と白が混ざったような光弾が放たれる。それはまっすぐにジュペッタの本体へ飛ぶ。格闘タイプの技ゆえにジュペッタにはダメージはないが――
「ふん、そこが本体か。竜の息吹だ!」
「もう一度影分身!」
本体を見抜き、攻撃が飛んでくる前に再び分身を作り出す。特性『悪戯心』の前に思うように手が出せないギラティナ。
「ヤミラミが教えてくれたんだ。ギラティナはスピードはそこまで高くない。メガジュペッタの速度には追い付けない。攻撃も直線的だ。いくら守りを無効化出来ても、そもそも当たらなければ意味がない」
「なら、怨みで技が出せないようにするまでだ!ギラティナ、やれぇ!」
「その前に倒しきる!メガジュペッタ、虚栄巨影!」
ジュペッタの体が巨大化し、その爪が怨みを込めるギラティナの体に傷を入れる。ナイトヘッド、シャドークローの両方の技を出すエネルギーが削られるがお構いなしだ。
「怨め!もっともっと怨め!」
「続けろメガジュペッタ、残影無尽撃!」
分身したジュペッタの影が伸び、無数の刃となり、ギラティナの翼を、体をさらに傷つける。そして次の瞬間、ギラティナの周りの空間が撓んだ。
「ギラティナ、シャドーダイブで退避しろ!」
「させるか、怨虚真影!」
怨みと影打ちを組み合わせた、神速の一撃が異空間に逃げようとするギラティナをはじき飛ばす。そして吹き飛ばした先は――無数の分身たちの、中心。
「これでとどめだ、必殺・影法師!」
今までの旅で作り出した技の最後に繰り出すのはサファイアとジュペッタ――当時はカゲボウズがシリアに憧れて生み出した最初の必殺技。無数の巨大な影を前にギラティナが、亡霊の竜が――屈し、倒れる。
「馬鹿な……こんな子供だましの技にギラティナが……」
「確かにこれはあんたに騙されて作った子供の技かもしれない。でも……俺は、俺たちはあんたに騙されたからこそここまでこれたんだ」
「うるせえ……うるせえうるせえうるせえっ!出てこいメガジュペッタ!」
サファイアの言葉に、ギラティナが倒された事実に、何より自覚せざるを得ない自分の詰めの甘さに苛立ち、葛藤するシリア。怒りのままにジュペッタを繰り出し、ヒマワキで見せた必殺の一撃を使う。
「ナイトヘッドからの怨みだ!全ての技のエネルギーを刈り取れ!」
シリアのジュペッタの体が巨大化し、凄まじい負の思念が視覚を通してサファイアのジュペッタを蝕もうとする。だがそれは一度見た技。何より、ナイトヘッドの弱点をサファイアは知っている。
「目を閉じろ、メガジュペッタ!」
「!!」
そう、目を閉じればナイトヘッドの恐怖は伝わってこない。必殺の一撃をあっさりと躱され、焦るシリア。
「だったら呪いと怨みだ、その呪詛で、奴の体を貫け!」
「――――!!」
シリアのジュペッタの手に、呪詛が纏わりついた螺子のような物体が握られる。それを特性『悪戯心』による高速の移動でサファイアのジュペッタを貫こうとして、その螺子が空を切る。理由は単純に、サファイアのジュペッタの影分身の方が速かっただけだ。
「なっ……!俺のジュペッタの速度を上回るなんて、こんなことが……!」
「……俺の知ってるシリアは、それくらいの不利ひっくり返したさ」
「……!」
呪いは自身の体力を消耗して発動する技だ。残された手段は――ただ一つ。
「いけっ、メガジュペッタ、シャドークロー!」
「……怨念だ!」
サファイアの攻撃に合わせて、怨念を放つ。避けるそぶりもなく攻撃は直撃して、シリアのジュペッタが倒れると同時に、サファイアのジュペッタの技のエネルギーを全て刈り取った。シリアがジュペッタをボールに戻すと同時、サファイアもジュペッタを戻す。
「この俺を最後まで追い詰めるとは……出てこい、サマヨール」
「頼んだぞ、ヨノワール!」
サマヨールとヨノワール、進化前と進化後のポケモン同士が最後に残る。苦渋の表情を浮かべるシリアに対し、サファイアの表情は笑顔すら浮かんでいた。
「こんな形になったけど……シリアとバトル出来て楽しいよ。伝説のポケモンまで倒せて、すっごくワクワクしてる」
「……ああそうかよ」
だからどうした、と言わんばかりのシリア。
「俺、ヒマワキシティでのシリアのバトルのこと、最初は相手を無理やり動けなくするだけの相手を見下した酷いバトルだって思ってた。でも今は違う……どんなバトルにも、真剣にやってるから楽しい、そう思えるんだ。」
「……」
「俺はシリアのバトルを否定しない。これがシリアの本当のバトルスタイルだって言うならそれでもいい。だけど……『幽雅』な心まで無くしちゃ駄目だ。きっとシリアは、その方が強い」
「……言いたいことはそれだけか?」
「ああ、もうこれ以上言うことはない」
数秒、お互いに静寂。発声は同時だった。
「サマヨール、重力!」
「ヨノワール、重力!」
両手を前に突き出しお互いに発生させた重力が、お互いの体を潰しあう。ヨノワールは攻撃に優れ、シリアのサマヨールは進化の輝石を所持しているため防御にさらに特化している。
攻撃と防御。純粋な力の衝突に勝ったのは――サファイアと、そしてルビーのヨノワールだった。シリアの最後の手持ちが力尽きる。
「……………………俺の負け、か」
「ああ、俺の――俺とルビーと、仲間みんなの勝ちだ」
敗北したシリアは、何処かすっきりとした表情をしていた。憑き物が落ちた、という表現がふさわしい。サファイアの顔をまっすぐ見据えると、こう言った。その笑顔は、まさしくサファイアの知っていたチャンピオンの顔そのままだった。
「ジャックを……俺の師匠を頼む。だが次は負けねえ。ホウエンリーグで待ってるぜ……この地方の代表、『幽雅な』チャンピオンとしてな」
「わかった。この戦いが終わったら、すぐにでも行くよ」
口調は元のまま、それだけ言って、シリアは踵を返して去っていく。それをサファイアが見送ると、再びジャックの声が響いた。
「やあ、チャンピオンとの戦いお疲れ様。良いバトルだったよ。末期の見世物には丁度いいね」
「それで、ジャックはどこにいるんだ」
「まあ焦らないでよ。――今行くからさ」
すると突如として、サファイアの目の前にジャックが現れた。もう意外とサファイアに驚きはない。
「さあ、今ここにホウエントレーナー最強のトレーナーが誕生したわけだ。こちらも最強のポケモン達で挑まないとね」
ジャックが指をパチンと軽やかな音を立てて弾く。すると――海を割り、大地を割り、二体のポケモンが現れる。
「グラアアアアアアア!!」
「ギャオオオオオオン!!」
その二体こそが、この日照りと大雨を引き起こしているポケモン、グラードンとカイオーガだった。体に浮かんだ金色の文様から、異常なまでの力を感じる。
「これこそがメガシンカと対を為すゲンシカイキの力。僕を3000年生きながらえさせている無限の忌々しき力だよ……ポケモンは回復させてあげる。だから全力でかかっておいで。そしてこの二匹を倒して――ゲンシカイキの力を消滅させて、僕を眠らせてくれ。でないとこの二体はホウエンを滅ぼしてしまうよ」
虹色の光がサファイアを包むと、ボールの中のポケモン達が回復した。ジャックはサファイアとの対戦に喜んでいて、ゲンシカイキの力に怒っていて、自分の呪われた生を哀しんでいて、ティヴィルにメガシンカの力を蓄えさせ、この状況を作り出したことを楽しんでいた。全ての感情がまじりあった不思議な笑顔だった。
「――さあ、最高のバトルを楽しもう」
「……やってやる」
サファイアは覚悟を決める。ルビーの、シリアの、今まで旅して出会ってきたすべての人々の思いを込めてサファイアは叫ぶ。
「俺はホウエンを守る。そして――ジャックのことも死なせない!それが俺のポケモンバトルだ!!」